技術試験隊斯ク戦ヘリ 作:ザクスキー2世
今話で第5章は最終話になります。
「敵増援、ムサイ級1隻、ザク4機!先頭の赤いザクは…赤い彗星の機体と思われます!」
連邦艦隊の旗艦では、報告を受けた司令官が正面のモニターへ身を乗り出していた。赤いザクが輸送艦隊へ入り、その後から来た3機も次々と戦闘機へ射撃を始めている。後方のムサイ級が放ったメガ粒子砲の光が、まだ前進していた僚艦のすぐ脇を抜けた。
既に巡洋艦1隻を失い、残る僚艦も被弾していた。護衛艦が輸送艦を庇って十分に砲を使えないうちに押し切るつもりだったが、今はその外側から新たな砲火を浴びている。
「チッ、エースのお出ましか……潮時だな。作戦中止、全艦反転!直ちに離脱せよ。後方のコロンブスにも回頭を命じろ」
通信員が命令を送り、艦長も操舵席へ反転を命じた。旗艦が艦首を巡らせる間にも、僚艦の周囲ではジオン側の砲撃が交差している。
砲戦の宙域から大きく離れた後方には、航空隊を送り出したコロンブス3隻が残っていた。搭載機の収容に備えていた各艦から、撤退命令を受領したとの応答が順に届く。
パブリクの母艦からは、残る5機が帰投中との報告も入った。最初に攻撃を終えた2機に続き、後続の3機も戦闘宙域の外を大きく迂回している。いずれも胴体下部の大型ミサイル2発を撃ち尽くし、補給を受ける前に撤退を命じられていた。
「コロンブスから、出撃中の機体をどう収容するのかと問い合わせです」
「母艦を追わせろ。セイバーフィッシュもパブリクも、離脱しながら収容すればいい。待つ必要はない」
「了解。航空隊に帰投針路を送ります」
「本艦は回頭完了と同時に最大戦速。急げ」
旗艦の艦首が離脱方向を向くと、推進器の噴射が一段と強まった。後方のコロンブスからも回頭を開始したとの報告が入ったが、針路図に示された母艦隊の位置は、まだ遠く離れている。
司令官は母艦の動きを待たず、増速を続けるよう命じた。
輸送艦の後ろへ回り込んだシャアは、パプアへ機首を向けていたセイバーフィッシュに横から射撃を浴びせた。胴体を撃ち抜かれた機体の脇で、僚機が大きく機首を振る。
逃れた1機を追おうとした時、画面の端にヨーツンヘイムの右舷格納庫へ向けて減速するヅダが映った。ザクとは異なる細身の機体と、その頭部に付いた指揮官用のアンテナに見覚えがある。シャアは離れていく敵をデニム機へ任せ、ヅダとの回線を開いた。
「ナカノミヤ少佐、無事か?貴官にしては随分と手こずっていたようだな」
操縦席脇の通信画面に映った顔を見て、シャアは続けかけた言葉を止めた。
ヘルメットの中にいるのは、汗に濡れた男だった。口を開けたまま呼吸を整えていた相手も、画面へ目を向けると、慌てて座り直そうとする。
『え、ええと……第603技術試験隊のヒデト・ワシヤ中尉ですぅ』
「ナカノミヤ少佐の機体に、貴官が乗っているのか?」
『は、はい!ナカノミヤ少佐は地上へ降りておられますので、留守の間は自分がお借りしています!』
シャアはもう一度、格納庫へ近づくヅダへ目をやった。機体を取り違えたわけではないらしい。
「そうか、失礼した。機体に損傷は?」
『ありません。ただ、弾と推進剤が…補給に戻るところでした』
「では、後はこちらで引き受ける。帰投したまえ」
『ありがとうございます!』
回線が切れると、ワシヤはゆっくり息を吐いて座席に背を預け直した。赤いザクはもうこちらを見ておらず、艦隊の外へ逃れようとする戦闘機へ向かっていく。
「借り物だと、ああいうこともあるのかよ…」
『ワシヤ、何か言ったか?進入角がずれている。少し右だ』
「分かってる、今直す」
マイの誘導を聞きながら、ワシヤは右のペダルへ足を掛け直した。格納庫の入口に沿って点灯する誘導灯へ機体を合わせ、甲板員が退いたことを確かめて、ヅダを中へ滑り込ませる。
固定架に機体を預けた途端、操縦桿を握る手から力が抜けた。
固定を確かめた作業員が操縦席へ上がり、マイもその後に続く。呼びかけへの返事は遅く、ハッチが開くまでには少し時間が掛かった。
ワシヤはシートベルトを外しても座席の縁を掴み、身体を起こせずにいる。
「ワシヤ、自分で出られるか?」
「出られるから、少し待ってくれよ……」
身体を起こしかけたワシヤの腕から力が抜けると、マイがその肘を支え、作業員も反対側へ手を添えた。2人に引き出されてようやく操縦席を離れたワシヤは、格納庫を横切る担架を見つけて口を閉じた。
包帯を巻かれた兵が担架に横たわり、取っ手を握っている。その後ろから来た衛生兵がワシヤへ目を向けた。
「俺は後でいい。自分で行ける」
「手すりを掴めるか?」
ワシヤがマイの示した手すりを握っても、指の震えは収まらなかった。それを見られまいとして身体の向きを変えたが、マイは衛生兵を呼び止めている。
「急加速の後に目が見えにくくなったんだろう?先に診てもらってくれ。機体はこちらで点検する」
「……分かった。オッチナンは?」
「シェル中尉に怪我はない。まだ艦底で撃っている。敵が退いたら、こちらで収容する」
ワシヤは頷き、衛生兵に肩を支えられて気密室へ向かった。扉の手前で一度だけ振り返ると、ヅダの足元ではもう整備兵が推進剤の残量を調べている。
少佐には無傷で返せそうだと考えて、ようやく少し笑えた。
「敵巡洋艦、反転しています!」
オキノトリシマのガネバン中尉は、遠ざかり始めた2隻を見比べた。先に離れた1隻は損傷が少なく、大きく距離を開けつつある。その手前のサラミスは舷側から破片を撒き、旋回の途中でも砲撃を続けていた。
ファルメルの砲火を避けようと艦体を傾けたところへ、オキノトリシマの斉射が届いた。艦首の脇で起きた爆発を受け、サラミスはさらに針路を変える。
「手前の巡洋艦へ射撃を集中!ミナミトリシマ、右舷の砲を向けられるか!?」
『向けられます。左舷の2基はまだ使えませんが、火災は収まりました!』
「無理に前へ出るな。その位置からでいい!」
ガネバン中尉が目標をファルメルへ伝えると、同艦からも射撃を集中するとの応答があった。ミナミトリシマは損傷した左舷を敵から遠ざけ、右舷の砲を順に旋回させていく。
3隻の集中砲火を受け、サラミスは後部の砲で撃ち返しながら退こうとした。ファルメルの斉射を躱して艦首を下げると、その先をミナミトリシマの砲火が横切り、側面の砲塔が基部から吹き飛ぶ。
ガネバン中尉は、相手の推進器の光が強まるのを見た。
「そのまま撃て!逃がすな!」
オキノトリシマの砲火が傷ついた舷側へ集中し、艦の中央部を貫くと、噴き出した炎の向こうで艦橋が傾いた。なおも撃ち返していた後部の砲も、次の斉射に呑まれて消える。
サラミスの艦尾が爆発し、推進器が外へ吹き飛んだ。艦首はなお前へ進み続け、裂け目から噴き出すガスに押されて後部艦体が離れていく。
「敵巡洋艦、撃沈!」
「残る1隻は?」
「さらに増速しています!間もなく射程外へ出ます!」
追うには輸送艦隊を離れなくてはならず、損傷したミナミトリシマを伴って追撃するわけにもいかない。ガネバン中尉は遠ざかる艦影から、周辺の味方の位置へ目を戻した。
航空隊の母艦は、逃げるサラミスのさらに先で離脱に移っている。戦闘機が帰っていく方向は分かっても、護衛を続けたまま砲撃できる距離ではなかった。
「ミナミトリシマ、本艦と共に艦隊へ戻れ。砲は周囲の敵機へ向けておけ」
両艦が針路を変える間に、赤いザクは帰投する戦闘機の進路へ機体を向けた。
『少佐、どちらへ!?』
デニムの声に、シャアは前方を見たまま答えた。
「敵の母艦を叩く。デニム、お前たちは艦隊を守れ」
『お待ち下さい!母艦はまだ遠い上に直掩機も残っています。我々が合流するまで……!』
「合流を待っている暇はない。収容を終えて逃げられる前に奴らを仕留める。そうでもしなければ、沈められた輸送艦の兵たちが報われん」
シャアは噴射を強めた。デニムが続けて何か言ったが、艦隊の警戒を命じ直し、ファルメルへ回線を切り替える。
「ドレン、ファルメルを敵母艦へ前進させろ。艦砲の届く位置まで詰めるんだ。私は先に出る」
『了解しました、少佐。ですが、あまり深追いはせんで下さいよ!』
「引き際くらいは弁えているさ」
シャアは回線を戻し、退いていく航空隊の進路を辿って加速した。後ろではファルメルも艦首を巡らせ、追撃を始めている。
艦隊の周囲に散っていた噴射光が遠ざかり、モニターに映るヨーツンヘイムの姿も小さくなっていった。シャアは途中で漂う残骸を避けながら、前方の光点との距離を確かめる。通常の倍率ではまだ母艦の姿を捉えられず、画面を拡大すると、回頭を終えつつある3隻が見えた。
その頃、先に回頭を終えて加速を続けた連邦の旗艦は、後方の母艦隊へ達していた。針路を合わせようとしているコロンブスの上方を速度を緩めずに抜けていく。
母艦の艦橋からは、巡洋艦の艦腹が見えた。援護に残るのかと目で追っていた見張り員の前で、サラミスの推進炎が長く伸び、その艦影が離れていった。
「回頭完了。離脱針路に入りました」
コロンブスの操舵員が告げた時には、旗艦は既に前へ出ていた。母艦も主推進器の出力を上げたが、艦の向きが揃った後も間隔は開いていく。
「帰投機へ針路と速度を送れ。収容口を開く。追いついた機体から順に入れろ」
母艦の艦長が命じると、後方を見ていた乗員が声を上げた。
「敵MS接近!速い…赤いザクです!!」
帰投するセイバーフィッシュの間をシャアのザクが斜めに横切っていた。近くの機体へ銃口を向けても、弾薬を使い切ったのか撃ち返してこない。シャアはそれらを追わず、前方のコロンブスへ照準を移した。
その進路を塞ぐように、母艦隊と共に後方に残っていた直掩の1個飛行隊が、赤いザクへ機首を向けた。
先頭の2機が左右へ開き、その後ろから別の2機が機銃を撃ち始める。シャアがザクを横へ滑らせると、その進路を塞ぐようにセイバーフィッシュのコンテナ型ミサイルランチャーから小型ミサイルが放たれた。
ザクを捻ってミサイルの間を抜けたシャアは、正面に残った敵へザクマシンガンを向けた。短い射撃で機首を砕くと、反転する僚機を追わず、その下を通って次の組へ迫る。
セイバーフィッシュのパイロットが機銃を向け直すより早く、赤いザクはその懐へ飛び込んでいた。すれ違いざまの射撃が胴体を裂き、飛び散った破片を避けた後続機の隊形が崩れる。
警報を受けて右後方の画面へ目を向けたシャアは、追ってくる機体を捉えた。上体だけを捻って銃を向け、短く撃ちながら左へ滑る。敵機が弾列を避けて機首を振ると、その先へ向けていた銃口から再び弾を送った。
片翼を折られて横転する機体を僚機が避け、その間を赤いザクが抜けた時には、戦闘機母艦のコロンブス2隻が正面に見えていた。
『赤いザクが抜けた!母艦に近づけるな!』
連邦側の通信が重なり、近くにいた機体が一斉に引き返す。先頭のコロンブスへ機体を寄せたシャアは、その艦腹に沿って進む。追う戦闘機からはザクの背後に味方の外板が見え、機銃を撃ち始めた1機も、弾が母艦へ当たるのを見て射撃を止めた。
追ってきたセイバーフィッシュが小型ミサイルを放った。シャアは短く噴射して艦体から離れ、母艦の外板へ突き刺さる弾体を見送る。その爆発を背に、ザクは開いていた収容口へ向かった。減速しながら足を艦腹へ当て、上体を捻って入口へ銃口を向ける。
中には帰投したばかりの戦闘機があり、奥の固定架にも機体が並んでいた。その脇では、作業員たちが器材を手放して逃げていく。
シャアは引き金を引き、入口を横切りながら格納区画の奥へ撃ち込んだ。
整備用の器材が砕け、固定架の戦闘機が揺れる。弾薬を積んだ台車の辺りで爆発が起こり、隣の機体の胴体までが内側から裂けた。入口から炎と破片が噴き出す前に、赤いザクは艦腹を蹴って離れていた。
遅れて火の塊が収容口を塞ぎ、閉じかけた扉を外へ押し曲げる。艦の奥でも次々と誘爆が起こり、外板の継ぎ目からも火が噴き出した。
「1隻」
シャアが後方へカメラを向けると、メガ粒子砲の光が遅れていたパブリク母艦の艦尾へ命中した。追撃してきたファルメルが、ようやく砲撃できる距離まで詰めていた。
噴射口を大きく損傷したコロンブスは、残る推進器の出力を絞り、姿勢制御スラスターで回転を抑えようとする。その間に次の斉射が届き、艦腹から外板が吹き飛ぶ。
先に帰り着いた2機のパブリクは、収容口へ近づくために減速していた。進入中止を叫ぶ管制員の声が飛び、2機は母艦の外側へ進路をずらしていく。後続の3機にも待避が命じられたが、収容口からはもう破片が噴き出していた。
シャアはそちらをファルメルへ任せ、残る戦闘機母艦へ向かって加速する。
空になりかけた弾倉を腰の予備と取り替える間にも、母艦を守ろうとするセイバーフィッシュが進路へ入ってきた。機体を下へ滑らせて敵の射線を外し、銃を構え直してすれ違う敵機の腹へ撃ち込む。
蜂の巣にされて炎を噴く機体の向こうで、コロンブスの噴射光がさらに強まった。収容口の扉も閉まり始め、進入しようとしていた戦闘機が慌てて艦から離れていく。
赤いザクは直進に移ったコロンブスへ斜め後方から距離を詰める。護衛機は後ろから続いたが、先頭が射撃を始める頃には、ザクはもうコロンブスの艦尾近くへ達していた。
シャアは主推進器の噴射を避けて外側へ回り、噴射口の付け根へザクマシンガンを撃ち込んだ。弾列が外装を破って機関区へ達すると、艦尾が内側から膨れ、噴射口の1つが炎と共に吹き飛ぶ。残る推進器の炎が大きく振れ、コロンブスは艦首を横へ流した。
追ってきた戦闘機の機銃弾がザクの右肩の盾で火花を散らすと、シャアは艦体から離れながら、敵へ銃口を向け直す。撃ち合いは長く続かず、風防の後ろを撃ち抜かれたセイバーフィッシュが母艦の艦尾へ突っ込んだ。衝突と同時に機体が爆発し、砕けた翼と艦の外板が四方へ飛び散る。
シャアは爆発の広がる艦尾を離れ、舷側に沿って艦橋へ回り込んだ。窓の向こうで人影が振り向くと同時に、ザクマシンガンの弾列が窓とその周囲を撃ち砕く。銃口を横へ振って艦橋を薙ぎ払い、その外壁を蹴って離れると、赤いザクの背後で艦橋が爆発した。
艦腹の非常用ハッチからランチが離れ始めた。シャアは艇の進路を避けて機体を上げ、後方へカメラを向ける。艦尾から続く誘爆が機関区の外板を押し広げ、残る推進器も光を失った。
『こちら機関区!隔壁が…!』
連邦側の通信が途切れ、艦尾から伸びた亀裂が中央部へ達した。千切れた大きな外板が回転し、裂け目から飛び出した器材がランチのすぐ脇を掠める。艇は噴射を強め、崩れ始めた母艦から離れていった。
最初に撃ったコロンブスも、格納区画のあった辺りから折れていた。パブリクの母艦は既に艦首と艦尾が離れ、砲撃が止んだ後も小さな爆発を繰り返している。
収容を断念した2機のパブリクは、残骸から遠ざかりながら大きく弧を描いていた。遅れて戻った3機も減速に入り、母艦へ呼びかけ続けている。だが、呼び出しに応じる者はいない。
シャアは周囲に残る機影を確かめてから遠方へカメラを向け、なおも離れ続ける旗艦のサラミスを捉えた。追えば追いつけるかもしれないが、ここからさらに加速し、戦って戻るだけの推進剤は残っていなかった。
「ファルメル、巡洋艦への追撃は行わない。輸送艦隊付近の敵機はどうなっている?」
『攻撃を中止して離れています。デニム機が監視中です』
「こちらの敵機は母艦の残骸付近へ集める。監視を引き継いでくれ。救助のランチも頼む」
母艦を失った戦闘機は、幾つかの組に分かれて旋回していた。赤いザクが銃を向けると、そのうちの1機から通信が入る。
『撃つな!こちらは攻撃しない!降伏する!』
「射撃を止め、こちらの指示する針路へ進め。急な動きはするな」
『分かった。だが燃料が少ないんだ、あまり遠くまでは……』
「救助を手配する。それまでその針路を保て」
先頭機が指示された針路へ向きを変えると、近くの2機もその後ろへついた。ほかの機体からも降伏の通信が続く。
シャアがファルメルへ各機の位置を送っていると、離れた場所を進むパブリクからも通信が入った。
『こちら突撃艇隊!残っている5機とも降伏する。ミサイルはもうない、撃たないでくれ!』
「そのまま減速を続けろ。残骸へ近づくな。収容する位置はこちらから知らせる」
5機の胴体下部には、どれも空の取付部が見えていた。シャアはファルメルへ監視を頼み、ザクマシンガンを構えたまま、近くの戦闘機が指定された針路を取るのを待った。
「敵機から降伏の申し出です!敵艦隊後方の母艦も、シャア少佐とファルメルが全て撃沈したとのことです!」
ヨーツンヘイムの通信員が顔を上げた。プロホノウ艦長は、艦隊の周囲で砲火が途切れていくのを確かめ、ワーテルロー少尉へ声を掛ける。
「各砲座、射撃中止!警戒は続けろ」
対空砲座へ命令が届くと、床から伝わっていた機銃の振動が止み、機関と送風機の音が耳に戻ってきた。艦橋にいた何人かが顔を上げる。
クリューガー副長が覗き込んだ通信員の画面には、戦闘中に記録したランチの位置が並び、近くの艦から届いた新たな救難信号も加えられていた。
「艦長、救助を待っている艇があります。先ほどのパプアの2艇は、本艦の後方です」
「収容を始める。信号弾を上げろ。副長、救助のランチを出せ。マルケス、近い艇と速度を合わせろ。ガネバン中尉には救助中の警戒を頼む」
ヨーツンヘイムから射出された信号弾が艦隊の上方で光を放ち、漂う残骸とランチの外板を照らした。発進準備完了の報告を受けた副長が、通信員の示す画面へ目を移す。
「艦長、連邦艦からの救難信号も入っています」
「信号弾を絶やすな!1人でも多く拾え!……副長、本艦はジオンも連邦も区別せず収容する。ただし、連邦兵の収容区画は味方の生存者を入れる区画からなるべく離せ」
「了解しました。各艇の位置と残りの空気を確認します」
「負傷者のいる艇を優先しろ。母艦の残骸付近には、ファルメルと連絡を取ってランチを向かわせろ」
副長が復唱して送話器を取ると、モニクも隣の通信器へ手を伸ばした。
「収容口に警備兵を置け。連邦兵は武装解除し、収容区画へ移す時も見張りを付けろ。医務室にも伝えろ、負傷者が増えるぞ」
各区画からの返事を聞きながら、プロホノウ艦長は航路図へ目を落とした。点滅する救難信号の間には、割れた艦体や漂流する積荷がある。ヨーツンヘイムをその中へ入れるわけにはいかなかった。
「左へ出ている艇から収容しろ。残骸の中は救助のランチに任せる。格納庫へ減速を知らせろ。シェル中尉の機体を戻す間は針路を保つ」
マルケスはランチへ近づく針路を取り、減速を始めた。先の信号弾が光を失う前に次の1発が打ち出され、残骸の間を抜けたランチが、その光を目印にヨーツンヘイムへ近づいてくる。
右舷格納庫では、マイがオッチナンの収容に取り掛かっていた。管制席へ戻ったミアも艦外カメラを確認し、艦底に残るJ型の位置をスミス少尉へ送っている。
頭部と右腕を失ったJ型は、まだ艦底の補強材に足を掛けている。その横へスミス少尉のザクが寄り、空いた左手で機体の腰を支えた。
『シェル中尉、こちらで支えます。先に銃を固定して下さい』
『分かった。これでどうだ?』
残ったザクマシンガンを固定具へ戻すと、オッチナンはハッチを閉じた。ミアがカメラを切り替え、腰のワイヤーがどこへ伸びているかを確かめる。
「スミス少尉、J型の右脚の外側にワイヤーがあります。そちらへ動かすと引っ掛かります」
『見えました。少し持ち上げます』
スミス少尉がJ型を支えたまま艦底へ寄せ、張っていたワイヤーが僅かに緩む。その動きを見届けたマイは、外へ出ていた甲板員へ固定を順に外すよう指示した。
亀裂の入った金具が1つあり、工具を当てると外側へ曲がる。甲板員が予備の索を掛けてからその金具を外すと、オッチナンは補強材から両足を離した。スミス少尉のザクがJ型を艦腹に沿って運び、その動きに合わせて、格納庫ではワイヤーが巻き取られていく。
「ゆっくりでいい。右舷の入口へ寄せてくれ」
『帰りは随分と楽になったな』
オッチナンが言うと、マイは頭のない機体を映した画面から目を離さずに答えた。
「次は待てと言ったら待ってくれ。ハッチを開けて撃たれたら、助けようがない」
『待ってたら何も見えないままだったろう……悪かったよ』
マイはしばらく黙ったまま、J型が格納庫の入口を通過するのを見守った。
「詳しい話は後だ。まず機体を固定する」
作業員が誘導灯を振り、J型がヅダの隣へ運び込まれた。右肩の裂け目から焼けた配線がはみ出し、首の周りに残った装甲も内側へ曲がっている。固定を終えてハッチが開くと、オッチナンが片手を上げた。
ミアが大きく息を吐き、マイもようやく端末から手を離した。
最初のランチが接舷し、収容口の内側で待っていた衛生兵と乗員が担架を気密室へ寄せた。気密室の圧力が戻るのを待って扉を開けると、艇内からジオン兵が1人ずつ出てくる。
先頭の兵は腕を吊り、その後ろの2人は、動かない仲間を挟んで運んでいる。担架を差し出した衛生兵に引き渡しても、そのうちの1人は負傷者の袖から手を離そうとしなかった。
「ここからは我々が運びます。あなたも診せて下さい」
呼びかけを受けて兵がようやく袖から手を離すと、待っていた乗員がその身体を支え、壁沿いに設けた待機場所へ連れていった。艦名を記した札の下では、係が生存者の所属と名前を書き留めている。
最後に出てきた艇長が、記録板を持った下士官へ顔を向けた。
「もう1艇、出ているはずだ。うちの後から、右へ……見つかっているか?」
「脱出した時刻と艇の番号を教えて下さい。こちらの記録と照合します」
艇長は時刻と番号を答え、壁の手すりを握ったまま確認を待った。すぐに後ろから空いた艇を離せという連絡が入り、次の接舷準備が始まる。
少し遅れて戻ったランチには、サラミスから脱出し、漂流していたところを拾われた兵たちの姿があった。連邦軍のノーマルスーツを見て、ジオン兵の話し声が途切れる。
警備兵が入口へ出て、両手を見せるよう命じた。
「武器を持っている者は言え。自分で触るな、こちらで外す」
連邦兵の1人が腰を示すと、警備兵は拳銃を取り上げ、その後ろの兵へ移った。負傷した兵を抱えていた男は、両手を上げようとして仲間の身体を離しかけ、慌てて抱え直した。
「そいつを支えていろ。動くな」
別の警備兵が脇から武器の有無を確かめ、衛生兵を呼んだ。連邦兵は担架が近づくと、抱えていた仲間をそっと押し出す。
「こいつを先に頼む。さっきから呼んでも返事がないんだ」
衛生兵が頷き、担架の固定帯を締めた。運ばれていく負傷者を追おうとした男の前へ警備兵が出ると、男はすぐに手すりを掴んで身体を止めた。
「所属と名前は?」
問いを聞き返してから、男は所属を告げ、自分と負傷者の名前を答えた。
収容作業の指揮に下りてきたモニクは、ヘルメット越しに報告を聞きながら、区画ごとの収容人数を確かめていた。艦内の負傷者だけで医務室の寝台は埋まりつつあり、食堂にも治療の場所を設けなくてはならない。
「自分で動ける者は奥へ移して通路を空けろ。毛布と固定帯の足りない分は居住区から回してもらえ」
指示を受けた兵が手すりを引いて離れる。その入れ替わりに、救助に向かったランチが、コロンブスから脱出した1艇を曳いてきたとの報告が届いた。
モニクは記録板の空いた欄へ艇の番号を書き込み、次の受け入れ場所を指示する。
艦外では、艦隊の周囲で降伏したセイバーフィッシュが速度を合わせ、間隔を開けて並んでいた。ライヒ中尉がその前方を押さえ、反対側ではクラウンのザクが銃を向けている。
ランチが近づくと、ライヒ中尉は各機に機関の停止を命じた。燃料が尽きかけた機体から乗員を出すよう指示すると、風防が開き、ノーマルスーツ姿の人影が現れる。操縦席へ繋いだ命綱を外す前に、ランチから伸ばされた索を受け取っている。
『もう1人いる。後ろの席だ。右腕を痛めて出られない』
通信を受けた救助員が機体へ渡り、後席の乗員を引き出した。乗員2人がランチへ収容されるのを見届けると、ライヒ中尉は残る機体へ目を向けた。
翼に穴の開いたものや、ミサイルの破片を受けたものもある。一方で、表面にほとんど傷のない機体も残っていた。
「ヨーツンヘイム、こちらメテオ02。状態のよい敵機があります。何機か持ち帰れませんか?」
『右舷格納庫には入らんぞ。艦外へ固定できるか、マイ中尉に確かめてもらう』
艦長の返事を受けて待つ間に、ヘルベルト少尉の帰艦を告げる通信が入った。左腕のないザクがオキノトリシマへ向かう姿を確かめ、ライヒ中尉はマイから送られてきた艦体図を開いた。
損傷した左舷を避け、機銃の射界や右舷格納庫への出入りを妨げない箇所が示されている。
『ライヒ中尉、3機なら固定できます。機体の写真を送って下さい。甲板長と取りつけ箇所を確認します』
「了解しました。まず近い機体の写真から送ります」
ライヒ中尉は機体の両側をカメラで確かめてから、スミス少尉を呼んだ。J型の収容を終え、補給を受けて戻ってきたスミス少尉のザクが、主翼の折れていないセイバーフィッシュへ近づく。
「03、こっちの機体から運ぶわ。右の翼端をぶつけないでね」
『分かってる。これ、どこを持てばいいんだ?』
「胴体を支えて。翼の先を掴んだら折れるわよ」
2機のザクで両側から機体を支え、推進器を短く噴かしてヨーツンヘイムへ寄せていく。外板の上では命綱を付けた甲板員が待ち、マイの指定した固定箇所と、運ばれてきた機体の位置を見比べていた。
火器管制装置の作動を止めたことを確認してから、整備兵が機体の主電源を落とす。甲板員たちは艦体の補強部へ固定索を通し、機体の胴体を支える位置に緩衝材を挟んだ。別方向からもワイヤーを掛け、張りを確かめて順に締めていく。
『まだ手を離すな。後ろの索をもう1本掛ける』
ヘプナー甲板長の指示で甲板員が艦尾側へ移り、ワイヤーを引いた。固定が済んでザクが手を離しても、セイバーフィッシュは外板に沿った姿勢を保っている。
同じ作業を繰り返し、3機を留め終える頃には、ライヒ中尉にも帰艦して休息を取るよう連絡が届いた。
『02、帰れるな?』
「ええ、あんたも帰り着くまで気を抜かないでよ」
スミス少尉のザクは銃を握り直し、オキノトリシマへ向き直った。ライヒ中尉もその後ろへつき、帰艦進路を送信する。艦隊の外側では、ファルメルから来たザクがまだ警戒を続けていた。
ファルメルへ帰投したシャアは、ザクを整備兵に預けて艦橋へ上がった。ヘルメットを外し、ドレンから救助の進み具合を聞きながら、手元の画面に並ぶランチの位置を確かめる。
だが、地図へ目を向けているはずなのに、ふとヨーツンヘイムの窓辺が脳裏を掠めた。黒髪をした褐色の少女が、窓枠を掴んでこちらを見つめている。脇から腕を掴まれても振り向かなかったあの顔が、妙にはっきりと浮かんだ。
シャアは画面を送り、次の艇の位置へ目を移した。その僅かな間にも少女の眼差しがちらつき、操作する指が止まる。
あの少女とは、どこかで会ったことがあるのだろうか。名前も知らず、声さえ聞いたことがない。それなのに懐かしく、胸が騒ぐ。理由を探すうちに、シャアはナカノミヤ少佐と握手を交わした時のことを思い出していた。
初めてあの感覚を知ったのは、彼女の手を握った時だった。周囲の景色が消え、七色の光の中で互いを見つめていた。その驚きは、今も鮮やかに残っている。ガルマに遮られて尋ね損ねたことも、まだ本人に聞けずにいた。
窓辺の少女に感じたものは、あの時とも違う。何が違うのかを考えようとすると、先に浮かぶのはナカノミヤ少佐の顔だった。今日もヅダを見つけた時には、戦闘が済めば彼女と話せると思っていたのだ。地上へ降りていると聞かされた時の落胆まで思い返し、シャアは止まっていた指を動かした。
「少佐?どうかされましたか?」
ドレンに呼ばれ、シャアは顔を上げた。報告がいつの間にか途切れ、返事を待たれている。
「…いや、何でもない。続けてくれ」
シャアはランチの位置へ視線を戻し、再開された報告に頷いた。今度は最後まで聞き取れたが、ドレンが次の記録を呼び出す間には、また少女の顔が浮かんでいる。その眼差しに戸惑いながらも、今ここにいてほしかった相手はナカノミヤ少佐だった。
地上の彼女は、どうしているのだろう。次に顔を合わせたら、今度こそあの時の話をしたい。シャアは画面の端にあるヨーツンヘイムの識別符号を見つめ、彼女が今はそこにいないことを改めて惜しく思った。
ヨーツンヘイムでは、なおも収容作業が続いていた。遠方に漂う母艦の残骸まで向かったランチが、生存していたコロンブスの乗員や降伏した搭乗員を連れて戻ってくる。
ファルメルからは、降伏したパブリク5機の搭乗員も全員収容したとの報告が入った。各艇を減速させ、速度を合わせた救助のランチへ乗員を移したという。機体はその場に残し、識別番号と位置が記録されている。
現場の監視を終えたファルメルが艦隊へ戻る頃には、接舷を待つランチも少なくなっていた。やがて、確認できた生存者の収容を終えたとの報告が艦橋に届く。
プロホノウ艦長は、未帰還者を記した欄へ目を通した。脱出を確認できなかった者の名前は、そのまま残っている。
「最後にもう一度、ランチを回せ。信号を出せない者がいるかもしれん。各艦にも周辺を確認してもらえ」
命令を伝え終えた通信員が、ファルメルとの回線が繋がったと知らせた。画面の向こうには、帰艦したシャアが映っている。
「シャア少佐、よくぞ救援に来てくれた。輸送艦隊を代表して礼を言わせてもらう」
『救難信号を受けてから少々時間が掛かりましたが、間に合って何よりです。艦の具合はいかがですか?』
「左舷格納庫はやられたが、船はまだ動く。各艦の応急修理が済み次第、グラナダへ向かうつもりだ」
『了解しました。こちらもMSの補給を急がせます。再発進までは本艦で警戒に当たりましょう』
「では、しばらくお願いしよう。こちらの連中も少々働き過ぎましたからな」
シャアは頷き、航行再開後の針路と出発予定を確かめた。両艦の確認が済んだところで通信員が回線を閉じる。
艦橋の後ろで手すりを握っていたララァは、暗くなった画面をしばらく見つめていた。先ほど窓の外を通った赤いザクに乗っていた人の声が、まだ耳に残っている。
近くに来ていたミアが、その顔を覗き込んだ。
「ララァさん、居住区へ戻りましょう。少し休んだ方がいいです」
「……ええ」
ララァは返事をしてから窓の向こうを見た。離れた場所を進むファルメルは見えても、赤いザクはもう外にいなかった。
ミアに呼ばれて手すりを離し、入口の固定具からヘルメットを取る。両手で被り直す間にも、一度だけ肩越しに窓を振り返った。
最後のランチが戻り、外で作業をしていた甲板員も艦内へ入った。閉鎖していた左舷格納庫はそのままだが、外へ飛び出していた部材は切り離され、航行の支障になるものは片づけられている。
ミナミトリシマからは、損傷区画の隔離を終えたとの連絡が届いた。左舷の砲はまだ復旧せず、艦内の修理も残っていたが、艦隊の速度には合わせられるという。
プロホノウ艦長は各艦の位置を確認した。出港時と同じ間隔に並び直しても、沈んだ7隻の艦影が戻るわけではない。各艦と連絡を取っていた通信員が、最後の艦名を読み上げた。
「全艦、準備完了です」
「航行を再開する。マルケス、指定針路へ。外に括りつけた荷もある、加速は緩やかにな」
「了解。指定針路へ」
救助した兵たちの待機する区画へ加速の予告が伝わり、医務室でも担架の固定が確かめられた。格納庫のヅダとJ型は固定架に収まり、艦の外では3機のセイバーフィッシュを留めたワイヤーが張っている。
ヨーツンヘイムは傷ついた輸送艦と船足を揃え、再びグラナダへ艦首を向けた。
ガネバン中尉から届いた報告書を開いた私は、戦闘経過を読むより先に、末尾にある人員の安否一覧へ目を移した。
ワシヤ中尉、帰艦。シェル中尉、帰艦。ライヒ中尉、スミス少尉、ヘルベルト少尉も、全員生還している。ヨーツンヘイムとヌエ戦隊の負傷者は収容され、治療を受けていた。
ララァとミアにも怪我はない。
知らないうちに息を詰めていたらしく、そこまで確かめてようやく椅子へ背を預けた。同封されていた記録媒体を端末で読み込むと、左舷に大穴の開いたヨーツンヘイムの写真が映った。
輸送艦隊の被害は、パプア4隻、パゾク3隻の喪失。救助できた者もいるが、乗っていた全員が逃げられたわけではない。ミナミトリシマも中破し、ヘルベルト少尉の機体は左腕を失っている。
相当な戦闘だったのだろう。それでも、皆が帰ってきてくれた。
私は冷めてしまった茶へ手を伸ばし、一口飲んでから戦闘経過の冒頭へ戻る。
ワシヤ中尉が乗ったヅダの記録を見て、思わず眉を寄せた。機体そのものは限界を超えていないが、搭乗員の方は相当に苦しかったはずだ。帰艦後に診察を受け、休息を命じられたという記述まで読んで、私は茶器を机へ戻した。
あの人も、随分と無茶をする。
続くJ型の報告に添えられた写真には、ハッチを開けたままザクマシンガンを構える機体が写っていた。頭部と右腕を失っても射撃を続けており、補助カメラでは正面を確認できないため、目視で照準したとある。
写真を拡大してから、そっと元の大きさへ戻す。よく生きて戻ってくれたものだ。
その機体を艦底へ固定するまでの経過と、回収時の記録も添えられていた。マイ中尉が固定箇所を選び、甲板員が作業をし、ミアが足場を教えている。私が地上で戦っている間に、あちらではこんなことまでやっていたらしい。
訓練の時には、改修したザクの加速に皆が振り回され、こちらの動きを追うだけで精一杯だった。模擬戦を終えた後の恨めしそうな顔も覚えている。もう1回と言えば露骨に肩を落とす者もいたが、そこで切り上げずに付き合わせて良かった。
今回は敵弾が飛ぶ中で、仲間が弾倉を換える間も持ちこたえ、機体の腕を失っても姿勢を立て直し、護衛すべき艦のそばへ帰ってきた。
元々息の合っていた彼らは、機体が速くなっても連携を崩さずに戦えている。艦の方も、MSが前へ出る時には砲撃を止め、彼らが手を回せないところへ援護の砲火を送っていた。
頼もしくなったものだと、口元が少し緩んだ。次に一緒に出る時には、援護を任せるだけでなく、私の方が助けられることもあるだろう。
仲間を救ってくれたシャア少佐には、大きな借りができた。
写真のヨーツンヘイムは、左舷に穴を開けたまま、連邦の戦闘機まで括りつけていた。格納庫を壊されても、持って帰れる物は持って帰る。誰が言い出したのかと思って読み直せば、ライヒ中尉の提案だった。
帰ったら、その話も聞かせてもらおう。
報告書を閉じる前に、私はもう一度、搭乗員の帰艦を記した欄を見た。そこに並ぶ名前を確かめてから、端末を机の奥へ置く。
次に顔を合わせたら、まずは一杯奢りたい。皆が、今度の戦いをどんな顔で話してくれるのか、楽しみだった。
宇宙世紀0079年6月4日
ガネバン中尉の報告書を読んでから1週間後、私の手元に軍の回覧が届いた。ロシア方面軍の作戦不参加について、調査の終結と特別軍事裁判の判決を知らせるものだった。
ガルシア・ロメオ元少将。元司令官の名に続き、抗命罪、作戦命令違反、軍事機密漏洩の罪状が並んでいる。さらに敵諜報機関への協力を疑われ、スパイ容疑でも審理を受けていた。
判決の抜粋は短い。
『被告人を死刑に処す。刑の執行方法は銃殺とする』
私はその文面で手を止めた。続く紙には、判決に至った経緯が記されている。
ジャベリン作戦において、ロシア方面軍は北方から攻勢を掛け、アフリカ方面軍と共にエルサレムへ進撃するはずだった。ところがガルシアは総司令部の命令に従わず、麾下の部隊を待機させた。その結果、連邦軍は北の戦力を南へ回すことができ、アフリカ方面軍は想定を上回る敵の抵抗を受けて、多大な損害を被ったとある。
アレクサンドリアで撃ち返してきた砲座や、道路へ飛び出してきた新型ガンタンクを思い出す。あの時、北から来るはずの軍は攻撃の準備を済ませたまま動いていなかったのだ。
本人は自軍が動きを見せなければ、前面の連邦軍が戦力を他へ回すと考えていたらしい。敵が減ったところで一気に突破し、エルサレムへ南下するつもりだったと供述している。
『敵を欺くには、まず味方からだ。こちらの意図を悟られぬために必要な措置だった』
そのため、総司令部にもアフリカ方面軍にも計画を伝えず、身近な参謀たちにさえ狙いを明かしていなかった。司令官が出撃を認めない以上、配下の将校たちは兵員と装備を整え、命令を待つほかなかったという。
待機が長引く中、一部の部隊は痺れを切らし、独自に出撃しようとした。それを知ったガルシアは、命令に背けば反逆罪に問うと脅して押し留めていた。
総司令部の命令を無視している本人が、部下には命令違反を許さなかったわけだ。私は紙の端を持ち直し、その先へ目を移す。
ようやく前面の敵が減り、ガルシアが出撃を命じると、多数のMSや車両に異常が見つかった。連邦軍の工作員が、待機中の機体や車両に細工を施していたのである。破壊工作を受けた箇所の処置と、残る装備の点検に時間を取られ、ロシア方面軍は結局エルサレムの決戦に間に合わなかった。
添付された諜報部の調査結果には、作戦情報の漏洩についても記されていた。
ガルシアが囲っていた愛人の1人が、連邦軍のスパイだった。
軍の高官に男女関係を通じて近づき、機密を聞き出す工作員だという。ガルシアが酒に酔って口を滑らせ、その女にジャベリン・トライデント両作戦の内容を話していたことも、調査で明らかになっていた。
漏れていたのは、アフリカ方面軍とロシア方面軍の進軍経路だけではない。作戦開始後もロシア方面軍はすぐには動かない。味方にも伏せていたはずの方針まで伝わっている。
連邦軍は、北のジオン軍がしばらく動かないことを知った上で南へ戦力を回し、その待機中に破壊工作を進めていたのだ。ガルシアが好機と見た敵の減少も、本人の意図が知られた上で起きていたことになる。
私は先ほどの弁明へ目を戻した。敵を欺くには、まず味方から。味方に伏せた話を敵には自分の口で教えていた。
女は既に逃亡しており、身柄は確保できていない。ガルシアが相手の正体をどこまで知っていたのかは、この回覧だけでは分からなかった。ただ、彼の機密漏洩と独断の待機命令が前線にもたらした損害は、はっきり記されている。
アフリカ方面軍の損害に目を通すと、フォレス大尉のザクが浮かんだ。新しく取りつけた盾を前へ回し、何度もこちらを先へ通してくれたのに、最後にその機体の脇を抜けた時には、もう返事がなかった。
ロシア方面軍の兵たちも、出撃の準備はしていたという。それでも、彼らは大尉の戦っていた場所へ来られなかった。待機を命じられ、その間に機体へ細工をされ、命令に逆らって出ようとすれば反逆罪である。
私は回覧の確認欄へ署名した。筆先に力が入り過ぎ、最後の線が少し濃くなる。添付資料を元の順に揃えても、すぐには次へ回す気になれなかった。
銃殺刑の一文へ、もう一度目を落とす。ガルシアの名の下にどんな処分を書き加えたところで、フォレス大尉の戦死を記した名簿は直せない。
紙を閉じて机へ置いた。フォレス大尉にも、あの新型ガンタンクの話を肴に一杯奢りたかった。
ご高覧ありがとうございます。
ここまで14日間連日お付き合い下さりありがとうございます!
遂に50万文字も突破して、UAも10万を突破致しました。
皆様の応援のおかげです。ありがとうございます!!
さて、今回自分としては本編内で色々と書き切ったと思っているので、かなり満足しました。まぁ、結構消耗したのもあります…
自分の自由時間の大半を執筆に費やしたので、他のことが疎かになり過ぎた感はありますね笑
大規模()地上戦と、オッチナン含めてワシヤ達を上手く活躍させられていたら良いですが…
ちなみに最後の回覧ですが、ガルシアはキッチリ(この世から)グッバイ!しました。
今回ガルシア・ロメオをロシア方面軍に据えたのは、最初からこうすることが目的です。理由はあまりに無能過ぎて物語の足を引っ張ると思ったので、ここら辺で始末しようかなと思っていたところに動かなかったロシア方面軍と言う記載を読んでこれだ!と思いました。まさにこれは天啓という感じでしたね。
それにしても、この連邦のスパイ共優秀過ぎる…一体何レイスとかなんだ…()
シャアに関しては、やはりあったばかりの少女もどうしても気になるが、実際に会って話したことがあり、自分に歳が近く不思議空間も一緒に経験したアスカの方が気になって当然という形にしました。
安心して下さい。シャアはララァのモノ(恐怖)です。(一体どっちのララァのモノなんだ…)
シャアが会ったこともないララァにも心を惹かれるのは、ぜんぶコズミック悪霊のせいですね。間違いない。
それと、連邦側の旗艦は脱出に成功したので、戦訓とデータは持ち帰られてしまいました。とだけ言っておきます。
とりあえず、明日ガネバン中尉による戦闘詳報とMS-08TX-Pの報告書を挙げて、第5章を締めとします。
第6章に関しましては、第4章、第5章の執筆にあたり私生活を疎かにし過ぎたので、更新には少しお時間を頂きたいと思います。
今のところの予定としましては、来年一月辺りを想定しておりますが、なんだかんだと言って書いてしまったら十二月中の更新もあり得るかもしれません。予定は未定と思っておいて頂けると幸いです。
さて、改めまして第5章を最後までお付き合い頂きありがとうございました!!
また次回も作品を通して皆様とお会い出来たら幸いです。
皆様のご感想、お気に入り登録、高評価を頂けると大変嬉しいです!お待ちしております!!