技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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ルウム戦役続きです!


第5話

 ルウムの暗黒。星々の瞬きすら飲み込むほどの底知れぬ虚空に、チタンシルバーとサフグレーの装甲をツギハギに纏った機体が、単機で息を潜めるように漂っていた。

 

 EMS-04Sヅダ。その極度に狭く、計器類の放つ無機質な光だけが照らし出す薄暗いコックピットの中で、アスカは自身の内側へ怒涛のように逆流してくる死の残響を、必死の思いでねじ伏せていた。

 

 初弾がもたらした数千という連邦将兵の断末魔が、強烈な情念の波となって彼女の極めて鋭敏な精神を情け容赦なく打ち据える。分厚いヘルメットのバイザーが荒い呼吸で白く曇り、額に滲んだ冷や汗がまつ毛を重く濡らした。

 

 喉の奥から込み上げる鉄の血の匂いと吐き気を鋼の意志で飲み込み、アスカは血が滲むほど奥歯を噛み締めて、メインカメラが捉える戦場の熱源へと強制的に意識を縛り付けた。大蛇の目としての責務を、この程度の苦痛で放棄するわけにはいかない。

 

 ミノフスキー粒子の濃密な霧の向こう、初弾の惨劇によって陣形を乱した連邦軍の艦列から、次なる標的を割り出す。推進剤の燃焼炎のゆらぎ、熱紋、進行ベクトル、重力波の干渉予測。ニュータイプとしての研ぎ澄まされた直感が、莫大な情報を瞬時に三次元的な空間座標へと変換していく。

 

 弾き出された観測データを、彼女は指向性レーザー通信で150km後方に待機するヨーツンヘイムへと転送した。

 

 そのデータはヨーツンヘイムのマイ中尉によって速やかに暗号解除され、更なる獲物を望むヨルムンガンドへと届けられた。むき出しの制御席で正確な観測データを受信したヘンメ大尉が獰猛な笑みを浮かべ、分厚い手袋に包まれた指で第二射の引き金を引き絞る。

 

 200mに及ぶ長大な砲身の内部で、再び莫大なエネルギーが極限まで圧縮され、プラズマが臨界を突破しビームとして砲身を駆け巡った。宇宙空間そのものを焼き焦がすような一条の閃光が、尋常ではない反動とともに虚空へと撃ち出される。

 

 アスカのヅダの頭上を再度猛烈な速度で通過した光の槍は、轟沈した艦を避けるため急回頭を行ったマゼラン級戦艦の側面装甲を紙一重で掠めた。プラズマの干渉だけで300mを超える艦体が引っ張られ、膨大な熱量に一部の装甲表面が赤熱し、溶解した金属が宇宙空間へ散らばるが、直撃には至らず、虚空へと逸れたかに見えた。

 

 だが、真の標的はその破滅の射線のさらに奥、未だ密集陣形を解けずに前進を試みていた巡洋艦部隊であった。

 

 回避行動をとる暇などあるはずもなかった。手前に展開していた一隻目のサラミス級巡洋艦は、直撃を受けた艦首から艦橋にかけての構造物を一瞬で喪い事切れる。

 

 さらに艦首を食い破りながらも勢いを一切減じないプラズマビームの奔流は、後続を航行していた二隻目のサラミス級の中央部、もっとも装甲の厚いバイタルパートを正面から完全に貫き通した。

 

 戦艦に比べたら薄いとは言え、ムサイと比べても十分な装甲を突き破った超高温のプラズマが動力炉を直接焼き尽くし、内圧の急激な膨張に耐えきれなくなった二隻のサラミス級は、遂に音のない宇宙空間で連鎖するように巨大な火球となって膨れ上がり、四散した。

 

「サラミス級二隻を…一発で!?」

 

 オペレーターの驚愕した声が響き渡り、ヨーツンヘイムのブリッジは再び爆発的な歓声に包み込まれた。戦艦を一瞬で吹き飛ばすほどの火力が、今度は巡洋艦を二隻まとめて宇宙の塵に変えたのだ。

 

 だが、前衛で大蛇の目を担うアスカの猛攻は、ここからが本番だった。

 

 150kmという、通常のモビルスーツの有視界戦闘では到底あり得ない距離。それでも、彼女のニュータイプとしての異常なまでの空間認識能力は、自らの狙撃が確実に標的の急所を穿つことを微塵も疑っていなかった。

 

 アスカはマニピュレーターに握られた長大な武装、MS用対艦ライフルASR-78を構え、暗黒の虚空へ向けて連続して引き金を引いた。

 

 銃口から放たれる280mmの質量弾は、構造体強化されているとはいえ、ザクより細いヅダの肩関節を容易く軋ませる規格外の反動を生む。だがアスカは、弾頭が砲身を離れるその刹那、ヅダの全身に配置された姿勢制御スラスターを絶妙な推力で吹かし、機体へ伝わる衝撃を完璧なタイミングで相殺していく。

 

 装填された四発の特殊徹甲炸裂弾が、巨大な薬莢を虚空へ吐き出しながら次々と宇宙空間へ吸い込まれていく。

 

 狙いは、混乱の中で麾下の戦隊ごと回避運動を繰り返している一隻のマゼラン級戦艦。

 

 一発目が、無数の計器と戦隊の頭脳たる指揮官、参謀たちが集う艦橋を正面から粉砕し、指揮系統を完全に沈黙させる。間髪入れずに到達した二発目が艦体後部の強固な装甲をぶち破って機関部を徹底的に破壊した。

 

 推力と回避の手段を奪われ、完全に無防備となった巨体に、三発目が弾薬庫を貫通して内部で激しく炸裂する。そして最後の四発目が燃料タンクへと正確に突き刺さった。

 

 すべてのバイタルパートを寸分の狂いもなく順番に叩き割られたマゼラン級は、艦の至る所に走った亀裂から赤熱した閃光を吹き出させ、一瞬の後に内側から激しく弾け飛んだ。数千の鉄屑と化した巨大な残骸の雨となって、跡形もなく轟沈する。

 

「信じられない……。あれほどの超長距離から、全弾を急所に命中させるなんて……」

 

 ヨーツンヘイムのブリッジでデータリンクを監視していたマイ中尉は、モニターに表示される信じ難い弾道軌道と、次々と的確に要所を破壊されていく敵艦のスキャン映像を前に、驚愕に目を見開いていた。機体のカタログスペックや弾道計算式だけでは絶対に説明のつかない神業が、今、現実の戦場で行われているのだ。

 

 しかも、アスカは自ら死神のような狙撃を行いながらも、観測手としての役割を一切放棄していなかった。彼女から絶え間なく送られてくる戦術データを受け取り、ヨルムンガンドが三度目の火を吹く。

 

 圧倒的なプラズマの奔流は、連邦主力艦隊の多数ある戦隊旗艦と思しき巨大なマゼラン級を正確に捉え、回避の暇も与えずに一撃で宇宙の塵へと還元した。

 

 コックピット内で、アスカはヅダのシールド表面に張り付けて持参していた予備マガジンへ手を伸ばす。空になった弾倉を虚空へ投棄すると同時に、素早い動作でASR-78の機関部へと新たな弾倉を叩き込んだ。

 

 装填の重い衝撃が腕を伝って機体を揺らす。流れるようなリロードを終えると、彼女は即座にスラスターを吹かして射撃体勢に入り、照準の先にいる戦隊旗艦を失い迷走しているサラミス級二隻へと銃口を向けた。

 

 一隻につき、確殺の二発。特殊徹甲弾が宇宙空間を滑り、サラミス級の装甲を易々と貫いて内部から巡洋艦を粉砕していく。一切の無駄を省いた死神の作業によって、マゼラン級に続いてさらに二隻のサラミス級が立て続けに火球へと変わる。これでシールドに残された予備マガジンは残り二つとなった。

 

 150km離れた先から敵の急所を探るべく戦場を見渡した時、アスカの鋭い直感が戦場の一角に間延びして広がる艦列を捉えた。連邦軍主力艦隊の後衛に位置する、空母と艦載機で構成された航空戦力である。

 

 彼女はすぐさま航空戦隊旗艦のマゼラン級に狙いを定めた。ただの座標送信ではない。三次元空間の重なりを視覚的に先読みし、その射線上の奥深くで艦載機の射出準備を進めている巨大なカーゴスペースを持つ輸送艦を代用した空母、コロンブス級をも完全に巻き込める絶妙な角度の座標データを弾き出し、ヨーツンヘイムへと送信した。

 

 そのデータが意味する、意地悪くも完璧に計算し尽くされた戦術的意図を、後方で受け取った老練な大砲屋が見逃すはずがなかった。

 

「ハッハッハッ、面白え……俺に勝負を挑むって腹づもりだな?乗ってやろうじゃねえか、お嬢ちゃんよ!」

 

 ヘンメ大尉は開放式の制御席で豪快に吠え、ヨルムンガンドの射撃トリガーを正確に引いた。

 

 解き放たれた極太のプラズマの奔流は、アスカの描いた奇跡のような射線を寸分違わずなぞり、航空戦隊旗艦のマゼラン級を斜め前から丸ごと飲み込む。そして分厚い装甲を突破した閃光は、その後方に位置していたコロンブス級の船体をも、順次発艦を始めていたり出撃を待っていた無数の戦闘機や膨大な航空燃料ごと、一本の串のように貫き去った。

 

 二つの巨大な艦が同時に蒸発し、凄まじい誘爆によって周囲の空間を真昼のように照らし出す。この一撃で、連邦側の航空戦力は統制された航空管制を一時的に喪失し、次席指揮官に変わるまでに致命的打撃を受けることとなった。

 

 ここに至り、ヨルムンガンドの規格外の破壊力と、艦砲の届かない超遠距離から急所を貫いてくる死神の狙撃に激しい恐怖と脅威を覚えた連邦軍は、より艦隊に近く突出していた観測手であるアスカのヅダを最優先で排除すべく、牽制のための直掩戦力を差し向けてきた。

 

 暗黒の宙域から、四機編隊のFF-3Fセイバーフィッシュがスラスターの光の尾を引いて突進してくる。彼らは宇宙戦闘機特有の機動力を活かして四方向に散開し、ヅダの逃げ場を塞ぐようにミサイルの群れと機関砲の雨を一斉に浴びせかけた。

 

 だが、アスカの乗る機体はそんじょそこらの普通のモビルスーツではない。ツィマット社の技術者たちの狂気と執念が産み出した魔改造機、未知の出力を誇る金星エンジンを搭載した化け物である。

 

 アスカがスロットルペダルを深く踏み込むと同時、メインスラスターが蒼白い閃光を吐き出した。1.5倍の推力が生み出す強烈なGが彼女の身体をシートの奥へと押し潰し、ノーマルスーツが全身を締め上げて血液が背後へと偏り視界が赤黒く染まるのを防ぐ。

 彼女は激しく振動する中、瞬き一つせずに操縦桿を倒す。

 

 機体各所の姿勢制御スラスターが断続的に火を噴き、巨大な質量を持つ機体が信じられない角度で変針を繰り返しながら横滑りしていく。常軌を逸した加速と推力偏向によって、ヅダはまるで重力という概念が存在しないかのように優雅な軌道で虚空を舞った。

 

 殺到するミサイルを紙一重ですり抜け、機関砲の曳光弾が機体を包み込むように掠めていくが、サフグレーとチタンシルバーのツギハギの装甲には、ただの一発の傷すらつけることができない。

 

 その信じがたい回避機動の全容は、後方でデータリンクを繋いでいるヨーツンヘイムのブリッジにも映像として鮮明に届けられていた。

 

「なんて、綺麗な……」

 

 冷徹なエリート士官であるはずのモニク・キャディラック特務大尉は、メインスクリーンに映し出された死神の舞踏に完全に目を奪われ、無意識のうちに感嘆の吐息を漏らしていた。死と隣り合わせの無慈悲な宇宙空間で、無骨なモビルスーツが描くその軌跡は、戦慄を覚えるほどに美しく、圧倒的だった。

 

「信じられない……」

 

 マイ中尉もまた、手元のコンソールから顔を上げ、唖然とした表情でモニターを見つめていた。

 

「あの極端にピーキーな出力バランスの機体で、こんなと滑らかな動きをさせられるなんて。中のパイロットは、一体どれほどのGと、異常なまでの情報処理の負荷に耐えているんだ……」

 

 本来のヅダの限界を易々と超えた機体は、一切のブレなく操られる。技術者としての常識を軽々と飛び越えていくアスカの操縦技術に、マイ中尉はただ戦慄するほかなかった。

 

 ブリッジの驚嘆をよそに、アスカは回避から瞬時に反撃へと転じる。

 

 彼女は弾倉の残る手元のASR-78を迷うことなくその場に投棄し、機体の背面ラックへ手を伸ばしてザクバズーカA-2型を引き抜いた。ヅダの圧倒的な機動力を活かして敵機の懐へと飛び込み、高速ですれ違ったあと、AMBACで機体の向きを反転させ、背後を見せた敵機に連続して引き金を引く。

 

 放たれた大型弾頭は、まるで吸い込まれるかのように回避機動を取ろうとするセイバーフィッシュ二機に直撃した。宇宙戦闘機の薄い装甲は成形炸薬の破壊力に耐えられるはずもなく、二機は木っ端微塵に爆発四散し、無数の細かい破片がヅダの装甲表面を叩いた。

 

 残るは二機。アスカのヅダは姿勢制御スラスターを激しく吹かし、慣性を完全に殺して鋭い軌道で次の獲物へと機首を向けた。

 

 急旋回で迫り来る一機のセイバーフィッシュに対し、魔改造によってコックピット右上に一基一門だけ特別に増設された30mmバルカン砲が火を噴く。機体が細かく振動し、対空機関砲弾が猛烈な連射で吐き出され、戦闘機のコックピットと主翼を正面から容赦なく削り取った。

 

 操縦手と推進力をいっぺんに失い、蜂の巣にされてバラバラに引き裂かれた機体が、推進剤を撒き散らしながら宇宙空間へ散らばっていく。

 

 そして最後の一機が、仲間を全滅させられた怒りに任せるように、特攻じみた超近接距離へと飛び込んでくる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

 通信がミノフスキー粒子の影響で混線したのか、セイバーフィッシュのパイロットの声が聞こえてきた。

 アスカは惑わされることなく、冷徹な視線でその直線的な動きを完全に見切り、機体の左大腿部からヒートホークを引き抜いた。金星エンジンの限界スロットルが一瞬だけ全開にされ、ヅダの巨体が猛烈な推進力で虚空を蹴る。

 

 すれ違う刹那、超高温に赤熱したヒートホークの刃が、セイバーフィッシュの胴体を鮮やかに両断した。分厚い金属を溶断する熱量が機体を切り裂き、アスカのヅダが機体を反転させた。

 真っ二つになった最後の戦闘機が慣性によって暫く進み、直後爆発して火球となり消滅した。

 

 ――バ、バケモノめッ……!

 

 爆炎が宇宙の闇に吸い込まれるより早く、断末魔のノイズがアスカの脳髄を直接突き刺した。

 

 それは、機体を両断されたセイバーフィッシュのパイロットが、死の瞬間に放った剥き出しの恐怖と怨念だった。声にならない無念の残響が、血を吐くような呪詛となってニュータイプである彼女の精神を激しく打ち据える。

 

 アスカは荒い息を吐き、コックピットの中で大きく目を見開いた。彼女が体現した美しすぎる死神の舞踏は、当然ながら相手にとっては無慈悲な殺戮に他ならない。奪った命の重さと、生々しい感情の濁流が、分厚いノーマルスーツの下で彼女の肌を粟立たせていく。

 

 操縦桿を握る両手が、自らの意思に反して細かな痙攣を起こし始めた。

 

 このままでは、大蛇の目としての次の任務に支障が出る。アスカは奥歯が鳴るほど強く噛み締めると、小刻みに震える自らの手をもう片方の手で包み込み、操縦桿ごとへし折るような強い力でギュッと握り込んだ。

 

 力技で肉体の震えを無理やり押さえ込み、彼女は乱れる呼吸を必死に整える。冷徹な死神の仮面を自らの心に深く縫い付け、彼女は再び血塗られたルウムの虚空へと視線を向けた。

 




ちょっと長くなりそうだったので、分割したら短くなってしまいました…

ちなみに、この間にもジオン軍艦隊と連邦軍艦隊は艦隊陣形を保ったまま同行戦で撃ち合っています。

ドズル艦隊は、前回の終わりの方で技術試験隊とすれ違ったあと、ジオン軍主力艦隊から離脱して、連邦軍主力艦隊の侵入方向を調節、地球連邦最強艦隊であり前衛艦隊を務めるティアンム提督率いる連邦軍第二艦隊を誘引、拘束するために激突。
然るのち反転して、ミノフスキー粒子の影響でティアンム艦隊はドズル艦隊を見失い、ドズル艦隊は作戦通り灯火管制を行いながら隠密機動を取っています。

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