技術試験隊斯ク戦ヘリ   作:ザクスキー2世

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気付いたら、7名の方が評価して下さっていて、バーに色が付いていました!本当にありがとうございます!!

今回で第1章の最終話になります!


第7話

 サイド3、ズムシティの公王庁舎。

 謁見の間に入ると、シャンデリアの光が胸の留め金に映った。見上げれば、クリスタルガラスの向こうに白い天井が続いている。床の深紅の絨毯は靴底が沈むほど厚く、先を行く将校の足音も聞こえなかった。

 私は案内された列へ入り、前の受勲者との間隔を確かめた。

 

 実家の夜会なら、誰へ先に挨拶するかも、どこで立ち止まればいいかも分かる。今日は、係の士官が示した場所から動かないことばかり考えていた。

 歩き方まで忘れたわけではない。それなのに裾が乱れていないか気になり、手を下ろした拍子に軍服の脇を撫でる。

 

 参列者の中には、父と話している姿を見たことのある将官もいた。夜会では椅子へ深く腰掛けていた人が、勲章を並べ、両手を膝に置いて雛壇を見ている。

 その奥にはデギン公王陛下とザビ家の方々がいた。こちらから勝手に会釈するわけにもいかず、私は視線を正面へ戻した。

 

 ナカノミヤ家は地球時代から続く家で、サイド3への最初期の移民に加わっている。連邦から離れ、自分たちの国を持ちたいと願った先代たちは、移住後もこのサイドの発展へ多くの資金を出した。

 ザビ家とは同じ第一世代の移民以来の付き合いがあり、私も幼い頃から、高官の集まる席へ連れていかれたものだ。

 

 古い家の中には、家格ならザビ家より上だと内輪で口にする人もいる。そうした集まりでも、両親はまず相手の名前を覚えるよう私に言った。家の由来を聞かされるより、顔と名前を結びつける方がずっと骨が折れた。

 けれど今日は、名家の娘として紹介を待っているのではない。ルウムで戦った士官として、ここへ呼ばれている。

 

 鐘が鳴り、参列者の小さな話し声が止んだ。

 司会の士官が受勲者の名簿を開く。私は肩を下げ、息を吸い直した。

 

「シャア・アズナブル中尉。ザク単機を以てマゼラン級1隻、サラミス級4隻、その他戦闘艦数隻を撃沈」

 

 前方の赤い軍服が進み出る。

 後ろで誰かが、単機で、と囁いた。隣の者が答えるより先に、司会は次の文を読み上げた。

 

「其の類稀なる戦功に鑑み、二階級特進を以て少佐に任ず。併せて、一級ジオン十字勲章を授与する」

 

 二階級。一度に大尉を飛び越えるのか。

 シャア少佐の背中を見ながら、私は自分の襟元を意識した。少し前までは同じ中尉や少尉として出撃していた者が、帰ってきた時には別の階級にいる。戦争が始まって、まだそれほど日は経っていないのに。

 参列者の方から羨望に混じって、納得し難いという気配が来た。誰のものか確かめようとはせず、私は次の呼名を待つ。

 

「ガイア中尉、マッシュ少尉、オルテガ少尉。マゼラン級、サラミス級数隻の共同撃破、並びに連邦軍総旗艦アナンケを共同撃沈。総司令官ヨハン・イブラヒム・レビル大将を虜囚とせり」

 

 黒い三連星の三人が前へ出た。

 艦を沈めたことに加え、敵の総司令官まで連れ帰ったのだ。レビルの名が出ると、参列席の前の方でも顔を見合わせる人がいた。

 

「隊長ガイア中尉を大尉へ昇進、マッシュ、オルテガ両少尉を中尉に任ず。併せて、二級ジオン十字勲章を授与する」

 

 オルテガ中尉が顎を上げる。隣のガイア大尉は真っ直ぐ前を向いていたが、三人が列へ戻る際、僅かに口元を緩めたのが見えた。

 次の名を読むため、司会が一度息を継いだ。

 

「アスカ・ナカノミヤ少尉」

 

 返事が広い室内へ響いた。

 自分の声を聞いている間に、参列席の顔がこちらへ向く。185cmもあると、列にいてもほかの人の陰にはなりにくい。私は顎を引きすぎないように気をつけた。

 

「ルウム戦役において単機を以てマゼラン級戦艦1隻撃沈、1隻共同撃破。サラミス級巡洋艦3隻撃沈、1隻鹵獲。セイバーフィッシュ4機撃墜。コロンブス級改造空母2隻撃沈。レパント級ミサイルフリゲート艦2隻撃沈」

 

 途中から、周囲の物音が少なくなった。

 読み上げられる艦の数が増えるにつれ、驚きがこちらへ集まってくる。シャア少佐の時にも感じたものだ。だが、今は全ての視線の先に私がいる。

 目の前の雛壇が一瞬遠のいたように見え、私は踵へ体重を戻した。

 

「なにぃ!?」

 

 斜め前でオルテガ中尉が声を上げた。

 

「公王陛下の御前だぞ!すこし黙っとけ!」

 

 ガイア大尉の声は低かった。肘を脇へ入れられた中尉が口を閉じ、前へ向き直る。

 いつもなら笑ってしまうところだ。私は口元を動かす余裕もなく、雛壇の端にある金の飾りへ目を留めた。あれが二つに見えなければ、まだ大丈夫だ。

 

 驚いている者ばかりではない。疑う気持ちや、私を何かと比べているような落ち着かなさまで押し寄せる。

 胃の奥が持ち上がり、私は唾を飲み込んだ。ルウムで受けたものとは違う。それでも今は、一人ずつにしてほしいと思った。

 少し前に立つシャア少佐が、こちらへ顔を向けている。その気配だけは周囲より静かで、私はそこへ一度視線を移してから、呼吸を整えた。

 

「其の栄光ある戦功に鑑み、二階級特進を以て大尉に任ず。併せて、一級ジオン十字勲章を授与する」

 

 私は前へ進み出た。

 絨毯の上を歩き、決められた位置で止まる。そこまでは練習した通りにできた。顔を上げると、ギレン総帥がこちらへ歩み寄ってくる。

 

 勲章が胸元へ留められた。総帥の手が離れ、軍服の生地が僅かに引かれる。その重さを感じたところへ、肩に手を置かれた。

 

「久方振りにその顔を見たが、壮健そうでなによりだ。ナカノミヤ家の御令嬢が軍務に就いているとは知っていたが、ここまでの腕前だとは知らなかった。御父上もさぞ鼻が高いことだろう。これからも我々の勝利へ向けて、努力を続けてもらいたい」

 

 会場へ向けた声ではなかった。肩へ置かれた手と、私へ向いた顔を見て、ようやく自分だけに話して下さっているのだと分かった。

 夜会で何度か挨拶をしたことはある。父の傍らに立ち、名を告げ、その後は大人同士の話を聞いていただけの時もあった。

 あの時の顔を、覚えていて下さったのか。

 

「はい!父も母も、此度の勝利を心より喜んでおります。私自身、このように総帥からの身に余る御高配を賜り、これ以上の光栄はございません」

 

 最初の返事だけ、思ったより大きく出た。

 言い終えると、総帥の口元が少し緩んだ。

 

「それは良い」

 

 報道陣の方を向くよう促され、私は総帥の隣で姿勢を正した。フラッシュが続けて光る。さっきまで気になっていた参列席の視線を、この時は探さずに済んだ。

 列へ戻ってからも、肩に手の感触が残っていた。両親には写真を送ろう。そう考えただけで、また胸の辺りが温かくなった。

 

 式典が終わると、受勲者は祝勝会の会場へ移ることになった。

 扉を出たところで、私は誰にも分からない程度に息を吐く。軍服の襟は変わらないのに、さっきより少し楽だった。

 案内の士官が列を整え、廊下の先へ手を向ける。その両脇には、既に報道陣と招待客が並んでいた。

 

「見て下さい!ルウムで活躍した戦士達の入場です!!」

 

 テレビカメラの横で、キャスターがマイクを握っている。私たちの足に合わせて後ろへ下がる撮影係もいた。あのままでは後ろの人へぶつかると思ったが、助手がそっと肩を引いて位置を直した。

 

「前を歩くのは、黒い三連星の異名を持つガイア大尉、マッシュ中尉、オルテガ中尉の御三方です!彼らはルウムの戦いにおいて、旗艦アナンケを撃沈し、レビル将軍を捕虜にしました!」*1

 

 オルテガ中尉が胸を張り、左右へ大きく手を振った。勲章がよく見えるようにしているらしい。ガイア大尉は足を止めないが、中尉が遅れかけると横から何か言っている。

 私のすぐ前を歩くシャア少佐は、その後ろで歩調を保っていた。

 

「次はルウムでマゼラン級とサラミス級、合わせて5隻を撃沈し、赤い彗星の異名で呼ばれるシャア中尉……いえ、異例の二階級特進を遂げて少佐になられた、シャア少佐の登場であります!」

 

 声が高くなった。キャスターのものより、招待客の方がよほど大きい。

 シャア少佐が顔を向けて手を振ると、扇子を握った令嬢が隣の友人の腕へ掴まった。私の顔見知りの席でも、歓声が上がっている。

 

 顔の上半分は仮面に隠れているのに、よくあれだけ騒げるものだ。もっとも、口元だけでこれほど見栄えのする人なら、素顔を知りたくなる気持ちは分かる。

 最近は令嬢たちの間でも、その仮面の下が噂になっていた。本人に聞けば済む話でもないので、噂だけが増えるのだろう。

 

 オルテガ中尉の手が下がった。

 振り返ってシャア少佐を見る横顔が、露骨に不機嫌になっている。ガイア大尉がその腕を引き、前を向かせた。こちらまで落ち着かなくなるほど悔しがっていたが、歓声を取り返そうとしたのか、中尉はまた胸を張って手を振り始めた。

 

 黒い三連星に、赤い彗星。

 あんな名前を大声で呼ばれて、恥ずかしくはないのだろうか。

 

 オルテガ中尉はあの調子だし、シャア少佐に至っては、微笑んで歓声に応えている。

 本気で気に入っているのか。少し頭がおかしいんじゃないだろうか。

 私だったら、とてもあんな顔では歩けない。

 

「続いて登場いたしましたのは、我が軍に舞い降りた『閃光の踊り子』!」

 

 なんだそれは!

 踊り子?私が?

 

 頬が引き攣りそうになった。口元を直そうとしたところへフラッシュが飛び、私はどうにか笑みを保ったまま手を上げる。

 誰がつけた。いつからそんなことになっている。少なくとも、私は今初めて聞いた。

 

「先の会戦にて連邦の主力艦艇を単機で次々と葬り去り、シャア少佐に引き続き異例の二階級特進を遂げたアスカ・ナカノミヤ大尉です!名門ナカノミヤ家の御令嬢にして、シャア少佐にも並ぶ大戦果を挙げたその麗しき姿に、会場の視線が釘付けとなっております!」

 

 私の都合など構わず、紹介は続いていた。カメラのレンズが揃ってこちらを向いている。

 ここで妙な顔まで撮られてはたまらない。歩幅を変えず、手を振る相手を一人ずつ見つけて笑い返す。頭の中では、踊り子という三文字がまだ引っ掛かっていた。

 

「アスカ様!」

 

「アスカお姉さま〜!」

 

「ナカノミヤ様!」

 

 聞き慣れた声の方を見ると、顔見知りの令嬢たちがハンカチを振っていた。

 そちらへ応じて、ようやく頬の力を抜ける。少なくとも、彼女たちは普通に名前を呼んでくれるらしい。

 後で挨拶に伺おう。歩きながらそう会釈すると、何人かが嬉しそうに頷いてくれた。

 

 宴会場のダイクンの間では、既にグラスが配られていた。

 ギレン総帥が乾杯に先立って演説を行い、公国の勝利と今後の奮闘を語る。私は胸の勲章を見下ろしかけ、顔を上げたまま聞いた。祝杯の音頭に合わせ、周囲のグラスが持ち上がる。

 口をつけた酒はよく冷えていた。一口だけ飲み、先ほど声を掛けてくれた令嬢たちを探す。

 

「ごきげんよう、マレーネ様。お久しぶりでございますわ」

 

 カーン家の長女、マレーネ様が振り返った。幼い頃からの付き合いで、集まりへ行けばまず互いの姿を探していた相手だ。

 今も私を見るなり、持っていた扇子を畳んで近づいてくる。

 

「まあ、アスカ様!ごきげんよう。此度のルウムでの目覚ましい御活躍、本国のニュースで拝見いたしましたわ。本当に、同じサイド3の娘として誇らしくてよ」

 

「恐れ入りますわ、マレーネ様。過分なお言葉、身に余る光栄です」

 

 勲章へ目を留めた彼女が、近くで見てもよいかと尋ねる。私が頷くと、周囲にいた令嬢たちも寄ってきた。

 制服を褒められ、髪が少し短くなったと言われる。私の近況を尋ねていたはずが、やがて誰かの夜会の話になった。知った名前が出るたびに思い出す顔があり、私もようやく会話へ入り込めた。

 

「それにしてもアスカ様、あのように勇ましい殿方が集う最前線ですもの、どなたか素敵な出会いはございませんでしたの?」

 

 マレーネ様がこちらを覗き込んだ。ほかの方々まで話を止める。

 こういう時の息だけは、昔からぴったりだ。

 

「残念ながら。生き残ることに必死で、殿方のお顔をゆっくり眺める余裕はございませんでしたわ」

 

「まあ、少しくらいは」

 

「その少しを見逃したのかもしれませんわね。……そういうマレーネ様こそ、最近はいかがお過ごしですの?」

 

 扇子が開いた。

 さっきまで私の顔を覗いていた人が、今度は自分の口元を隠している。目が合う前に逸らされ、頬へ赤みが差した。

 これはいる。しかも、隠すのが随分下手になっている。

 

「私ばかりお話しするのも不公平ですわ。どなたですの?」

 

「アスカ様ったら、まだ何も申し上げておりませんでしょう」

 

 言い返す声も小さい。私がもう少し身を寄せると、隣の令嬢が先に耳打ちしてくれた。

 

「マレーネ様は、近々ドズル閣下の御側室になられるのですよ」

 

「まあ……!」

 

 思わずマレーネ様を見る。彼女は扇子を上げかけたが、今度は逃げずに頷いた。

 いつから、と尋ねかけてやめる。それより先に伝えたいことがあった。私は給仕へグラスを預け、マレーネ様の両手を取った。

 

「本当におめでとうございます、マレーネ様。伺えて嬉しいですわ」

 

 握った手に力が返ってきた。

 マレーネ様は昔から少し勘がよかった。私が言葉を選んでいる時にも、何も言わず隣へ座ってくれることがある。

 今も、祝辞を言い終える前に顔をほころばせていた。胸の内へ返ってきた喜びに触れ、私まで笑ってしまう。

 

「ありがとうございます、アスカ様」

 

 大勢から祝われても、親しい者へ自分から話すのは照れくさいらしい。彼女はもう一度私の手を握り、目元を緩めた。

 あとでゆっくり話を聞こう。閣下とどんなやり取りをしたのか、聞きたいことは幾つもあった。

 

「お嬢様方、お取り込み中すまないが、すこし彼女をお借りしたい」

 

 背後から声が掛かり、振り返るとシャア少佐が立っていた。赤い軍服を見た周囲の令嬢たちが黙る。先ほどまで私を問い詰めていた方も、急に扇子を持ち直していた。

 

「アズナブル少佐!」

 

「シャアで良い」

 

 少佐が会釈すると、令嬢たちは互いの顔を見て場所を空けた。

 最後に離れたマレーネ様の手から、からかうような気持ちが伝わる。上手くやりなさい、とでも言いたいのだろう。扇子の陰で目だけが笑っていた。

 私は違います、と言いかけたが、まだ何も言われてはいない。仕方なく手を離して少佐へ向き直る。

 

「大尉、こうして顔を合わせるのは初めてだな。ルウムでの手際は覚えている。あの後も随分と戦果を挙げたそうじゃないか」

 

「ありがとうございます、シャア少佐。あの時は観測任務の途中で、ろくにご挨拶もできませんでした」

 

「戦場で挨拶に時間を掛けても仕方あるまい。それより、一つ聞きたかったことがある」

 

 少佐はグラスを持つ手を少し下げた。

 

「セイバーフィッシュとの交戦映像を見た。あの機動、姿勢を変えてから加速するまでが妙に短い。ヅダというのは、あれほど反応のよい機体なのか?」

 

「私の機体は手を入れてあります。試作の金星エンジンで推力を増して、機体各所も超硬チタン合金へ換装しました。元のヅダより高い速度での機動に耐えられます」

 

「機体を強くすれば、乗り手の身体も強くなるというわけではないだろう」

 

「ええ。それは、座席の中で嫌というほど分かります」

 

 少佐の口元が緩み、私も少し笑った。

 話している間は、周囲の視線が気にならない。もっとも、いつまで眺められるのかと思えば落ち着かないだろうから、少佐の言葉へ集中することにした。

 

「向きを変える前から、次に抜ける場所を選んでいるように見えた。反動や慣性を後から抑えるには、あの間隔では間に合わん」

 

「機体を止めようとすると、かえって遅れますから。流れていく先で銃口が向けば、そのまま撃つこともあります」

 

「なるほど。あの推力なら、そういう使い方ができる」

 

 少佐はしばらく考えるように黙り、次に別の旋回について尋ねた。私は思い出せる範囲で答えたが、実際には、説明するより先に手が動いていた場面もある。

 そこを曖昧にすると、少佐は無理に聞き出そうとはしなかった。自分ならどう抜けるかと話し、私の返事を待つ。こちらもつい、では反対側から撃たれたら、と尋ねていた。

 

「シャア!!」

 

 聞き慣れた声が、会場の向こうから飛んできた。

 振り返るとガルマ様がこちらへ歩いてくる。足が速い。少佐はその姿を見て、口の端を僅かに上げた。

 

「すまない、どうやら私に用があるようだ。では、君のこれからの活躍を期待しているよ」

 

 左手にグラスを持ち替え、右手を差し出される。

 私はその手を握った。

 

 会場の音が遠のいた。

 耳が塞がったのかと思ったが、手の感触は残っている。少佐の後ろを歩いていた人も、近づくガルマ様も見えなくなり、足元の絨毯まで色を失っていった。

 代わりに、幾筋もの七色の光が広がっている。

 

 目の前にはシャア少佐がいた。

 仮面がない。

 

 青い目が、私を見ていた。先ほどまで隠れていたはずの目元も、その奥にある驚きも、はっきりと分かる。

 私が何か言おうとする前に、相手も同じように戸惑っていることが伝わった。なぜ、と尋ねられた気がしたが、声は聞こえていない。

 少佐もここにいる。私だけが何かを見ているのではない。

 

 握った手を確かめようとした。

 その瞬間、グラスの触れ合う音が戻る。赤い軍服の肩越しに人が動き、靴の下には元の絨毯があった。

 シャア少佐の顔には、ちゃんと仮面がある。

 

 互いに手を離した。

 私の指は中途半端に曲がったままだ。少佐も右手をすぐには下ろさず、こちらを見ている。

 今のを、少佐も見たのだろうか。そう尋ねようとして、言葉が出てこなかった。

 

「……大尉、君は、いったい……」

 

「シャア!探したぞ!話がある……おや、どうしてアスカ嬢が君と?」

 

 ガルマ様が間へ入ってきた。

 少佐の顔がそちらへ向く。私は一歩下がり、ガルマ様へ会釈した。

 

「少佐と、先の戦いについてお話ししておりました。それでは、私はこれで」

 

 もう一度少佐を見る。何か聞きたそうだったが、ガルマ様も話し始めていた。

 私はその場を離れ、通りかかった給仕から水の入ったグラスを受け取った。壁際へ寄って一口飲む。冷たさが喉を通っても、右手にはまだ握手の感触があった。

 

 あれは何だったのだろう。

 マレーネ様と手を重ねた時には、こんなことは起きなかった。気持ちが通じることはあっても、周りの景色まで消えはしない。

 少佐の目は、青かった。私はそれをどこで見たのか。

 

 右手を開き、閉じる。何ともない。

 ルウムでは人の感情が入ってくるたび、身体まで動かなくなった。今は驚いているし、分からないことも多いのに、吐き気はしなかった。

 むしろ、手を離したことを少し惜しんでいる。それが自分でも不思議だった。

 

「アスカ嬢!こんなところにいたのか!!主役の1人が、壁の花になるなんて勿体無い!!」

 

 肩が跳ねた。

 顔を上げると、ドズル中将閣下が手を挙げている。こちらへ来ようと人の間へ入ったところで、令嬢のドレスの裾を踏みかけ、慌てて足を止めていた。

 私はグラスを給仕へ返し、こちらから閣下のもとへ向かった。

 

「閣下!」

 

「おお、アスカ嬢!今回は良くやったな!!」

 

 背中を叩かれ、お礼の途中で息が詰まった。もう一度叩かれる前に姿勢を正すと、閣下は顔を近づけ、少し声を落とした。

 

「全く、オレの気遣いを無駄にしおって。危険から遠ざけるために技術試験隊に出向させたというのに、艦隊に単機で突っ込む奴があるか。お前が死んだら、マレーネも悲しむ。本人からは、もう聞いているのだろう?」

 

 出向先を技術試験隊にして下さったのは、閣下だったのか。

 私はようやく、辞令を受け取った頃のことを思い返した。実家との付き合いだけでなく、マレーネ様のこともあって気に掛けて下さったのだろう。

 

 一方で、ジオニック社の妨害を受け、ザクを受領できなかった私には、別の道を選ぶ余地などほとんどなかった。閣下がその事情までご存じかは分からない。

 今ここで装備の話を始めるつもりはなかった。私を安全なところへ置こうとした、その気遣いを聞けただけでも嬉しい。

 

「はい、閣下。先ほど伺いました。誠におめでとうございます!」

 

「ハッハッハッ!まあ、オレのことは良い。しかし、これほどの大戦果を挙げた以上、これからの部隊への要求や期待は嫌でも高くなるだろう。身体には十分気をつけるんだな」

 

「はい!勿体無きお言葉、ありがとうございます!!」

 

 敬礼すると、閣下は今度はそっと肩へ手を置いた。

 その手が離れるまで、私は姿勢を保っていた。次も必ず帰ります、と言いかけたが、簡単に約束できることではない。代わりに、下ろした手を軍服の脇へ揃えた。

 

 閣下に呼ばれたのをきっかけに、何人もの士官と挨拶を交わすことになった。

 ジョニー・ライデン大尉は、私の機体がヅダだと聞くと早速その話を始める。少し離れたところにいたシン・マツナガ軍曹も紹介され、私は差し出された手へ一瞬目を落とした。

 さっきの光を思い出しながら握る。今度は何も起こらず、先に名乗り返すのを忘れそうになった。

 

「ナカノミヤ。久しぶりだな」

 

 次に聞こえた声には、すぐに顔を上げた。

 アナベル・ガトー中尉。士官学校で2期上の先輩だった。私は足を揃えかけて、ここが宴会場だったことを思い出す。

 

「ガトー中尉、お久しぶりです。まさか、こちらでお会いできるとは」

 

「こちらも驚いた。大尉になったそうだな」

 

「はい。まだ呼ばれても、自分のことだと思うまで少し掛かります」

 

 先輩は私の襟を見てから笑った。

 学校では、遠くから歩いてくる姿を見ただけで背筋が伸びたものだ。今もつい同じことをしてしまう。話しているうちに学校の知った名前が出て、私はこのところ忘れていた顔を幾つも思い出した。

 

 その後、グラスを持ったオルテガ中尉に呼び止められた。

 

「お嬢ちゃん、随分と好き放題やってくれたじゃねえか。俺たちが着く前に、あんなに沈めやがって」

 

「お待ちしていた方がよろしかったですか?」

 

「そうは言ってねえだろうが」

 

「では、次も遠慮なくやらせて頂きます」

 

 中尉が目を細め、鼻から息を吐いた。怒らせたかと思ったが、口の端は上がっている。

 隣へ来たガイア大尉が、また絡んでいるのかと言いたげにこちらを見た。私は会釈を返し、機会があれば改めて戦場で、と挨拶して離れる。

 

 マレーネ様ともう一度話せたのは、会が終わる少し前だった。

 今度は誰も耳打ちしなくて済むように、と私が言うと、彼女は扇子の先で私の腕を軽く叩いた。落ち着いたら手紙を書くという約束をして、私たちは別れた。

 帰りの廊下で勲章が軍服を引く感触に気づく。長い一日だった。けれど、両親へ話したいことは、来る前よりずっと増えていた。

 

 それから数日後、私はヨーツンヘイムへ戻った。

 見慣れた廊下で大尉と呼び止められ、少し遅れて振り返る。祝われて礼を言い、自室へ荷物を運ぶ。留守の間に済んだ整備の話を聞く頃には、もう艦での仕事が待っていた。

 

 その夜、私は制服から勲章を外した。

 箱を開けた机の上に置き、大尉の階級章も並べる。椅子には着ていた軍服を掛け、私はベッドの端へ座った。

 廊下を誰かが通り過ぎた。足音が遠ざかると、換気の音だけが残る。

 

 総帥に顔を覚えて頂いていたこと。マレーネ様の縁談。ガトー中尉との再会。

 両親へ話した時には、どれも言葉が途切れなかった。母には写真のことを何度も聞かれ、父は勲章を見て長く頷いていた。

 その顔を思い出すと嬉しい。今も、その気持ちは変わらなかった。

 

 勲章を箱へ戻そうとして、手を止める。

 これをヘンメ大尉に見せたら、何と言われただろう。

 

『あとは、頼んだぜ』

 

 最後の通信が、言葉の途切れ方まで思い出された。

 大尉は最高の戦果を上げられたと言い、おかげで、と私に礼まで言った。そう言ってもらえるだけの観測はできたのだろう。報告書にも、沈めた艦の数は残った。

 

 それなのに、大尉を連れて帰ることはできなかった。

 あの時の自分の位置を、また考えてしまう。敵艦へ向かう前にもう少し早く動いていたら。機関を壊しただけで、一瞬でも止めたと思わなければ。

 何度考えても、砲尾の制御席はマゼラン級の向こうにあった。

 

 視界が滲み、私は勲章から手を離した。

 手の甲で拭こうとしたが、その前に雫が頬を落ちた。大尉の顔を思い浮かべようとすると、装填を急かす大きな声ばかりが先に出てくる。

 もう一度くらい、急かしてくれてもよかったのに。

 

 口元を押さえた。誰もいない部屋なのに、声を聞かれたくない。

 窓の外には灯火が一つ見えていた。それを見つめている間も涙は止まらず、やがて灯火が幾つも重なって見えた。

 

 私は頭を垂れた。

 大尉の名を心の中で呼び、しばらくそのままでいた。祈りを終えて顔を上げても、何か言葉を掛けてもらえるわけではない。

 机の上には、勲章と階級章が並んでいた。私は箱の蓋を開けたまま、部屋の灯りを落とした。

 

*1:
黒い三連星3人のフルネームが分からなかったので、個人ではなくチームの紹介になります




読了ありがとうございます!!

黒い三連星に関しては、注釈も入れましたが名前しか分からないので、こう言う変則的な表彰の仕方になりました。
ガイアだけ、ミゲル・ガイアというフルネームなのは分かったのですが、他の2人がわからなかったので、1人だけフルネームで紹介されていてもおかしいと思い、こういう形になってます。

とりあえず、シャアや他のエースパイロットとも面識をここで作れたので、今後何かしらの形で物語に絡められたらなと思っています。

さて、すこし前も後書きにて書きました通り、第二章を全話執筆終わるまで更新は止まると思います。
遅筆ゆえ、どのくらい掛かるか分かりませんが、1ヶ月過ぎてしまったら、執筆途中でも投稿しようと思っています。
これからも、よろしくお願いします!

登場させるとしても大分先になりますが、ジークアクスのキャラを出すのはアリかナシか。(出るならニャアン)

  • アリ
  • ナシ
  • どっちでも良い
  • 早く書け
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