チルノのモンスターハンター⑨   作:椎名深夜

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第3話

 

バルバレの街を後にしたチルノたちは、ギルドから指定された未知のフィールド――『遺跡平原』へと足を踏み入れていた。

 

見上げるほどに巨大な岩壁、かつて高度な文明が存在したことを思わせる古びた石造りの遺構。

 

それらを侵食するように青々と茂る新緑の木々が、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。

 

高低差の激しいこの平原は、吹き抜ける風さえもどこか瑞々しく、幻想的な美しさに満ちていた。

 

だが、その美しい景色とは裏腹に、ここは大自然の掟が支配する立派な狩場だ。

 

「よし、このあたりは安全そうだね。まずはギルド配ったマップに沿って、周辺の環境調査と素材の採集から始めよう」

 

リグルが周囲を警戒しつつ腰を落とした。

 

彼女の目の前には、朽ち果てた大木の根元で怪しく光る、何種類の甲虫の姿がある。

 

リグルは背負った弓を邪魔にならない位置に回すと、慎重に手を伸ばし、パッとその虫を捕まえて腰の虫籠へと滑り込ませた。

 

「うん、これは良い素材になりそうだ。……って、二人とも、サボらないでちゃんと採集を手伝ってよ?」

 

ふと違和感を覚え、リグルは虫籠の隙間から中を覗き込む。

 

そこにいたのは、淡く、けれど妙に激しく明滅する、見慣れた虫の姿だった。

 

「これ……雷光虫、だよね?」

チルノがリグル同様に違和感をきつく。

 

その異様な輝きを見つめながら、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

リグルが知っている通常の雷光虫の輝きとは、どこか決定的に異なっていた。

 

(最近の雷光虫は……いや、大陸規模で生態系全体的に……。やはり、あの仮説は当たっている……?)

 

「ねえ、ルーミア。何か感じたりしてない? ほら、あんたのその装備の素材だって――」

チルノはルーミアに尋ねる。

 

「さあ……? 頭使うのはリグルに任せてるから」

 

完全に他人事だった。

 

と、言われるぞ。みたいな目線をリグルに配る。

 

「まあ、だとしても、僕たちだけじゃあどうしようもないことだ。」

 

ふんわりとした金髪のサイドテールを揺らし、ルーミアは掴みどころのない瞳をパチクリとさせている。

「そんなことより、お腹空いた」

ジンオウガの物々しい鎧を着たルーミアが、お腹をさすりながらぽつりと言った。

 

「もう!? さっき酒場で山ほどお肉を食べたばかりじゃないか。……ほら、ギルドから支給された『携帯食料』があるでしょ? ひとまずはそれで我慢してよ」

 

「……あれ、パサパサしてまずい。味がしない」

 

ルーミアは不満げに口を尖らせると、遥か後方の草むらへと視線を向けた。

「そんなことより、あいつら焼いて食べよう」

 

ルーミアの視線の先には、ダチョウのような大きな体躯に、色鮮やかな羽毛を纏った鳥竜種モンスター『ガーグァ』が数羽、のんきに地面の虫を突いていた。

 

人懐っこく臆病な性格の丸鳥で、ハンターにとっては貴重な生肉の供給源として親しまれている、いわば移動する食材である。

 

ルーミアの目が獲物を狙う肉食獣のそれになったのを見て、リグルが慌てて止めようとした。だが、その前にチルノがふんぞり返って鼻で笑った。

 

「クククッ。甘いな、ルーミア! あたいは携帯食料を最高に美味しく食べる方法を知ってるぜ!」

 

「……なにぃ!?」

 

ルーミアの大きな瞳が、初めて見るほどの鋭さでカッと見開かれた。

 

リグルの脳裏に、嫌な予感がよぎる。またチルノがろくでもないことを考えついた時の顔をしている。

 

「ふふーん! 携帯食料に、ハチミツをな、こうやって、たっぷり掛ければ……めちゃくちゃうまいんだぜ!」

 

「……マジっ!?」

 

「おい!」

リグルの声が平原に響った。

「ハチミツをそんなくだらないことに使うな! 『回復薬グレート』を調合する時使うだぞ」

 

「へへん、最強のあたいには回復薬なんて必要ないのさ!」

 

チルノはリグルの正論を無視し、ドヤ顔のままカバンからハチミツの小瓶を取り出した。もう片方の手にはパサパサの携帯食料。ルーミアがゴクリと唾を飲み込み、その瞬間を見つめる。

 

チルノがハチミツの蓋を開け、とろりとした黄金の液体を食料に垂らそうとした、まさにその時だった。

 

草むらから、黒い影が弾丸のように飛び出してきた。

 

「ニミャーッ!」

 

「どわっ!?」

チルノの目の前を、小さな白い肉球が通り過ぎる。

 

それは、アイルーによく似た外見ながら、漆黒の毛並みと怪しげな緑色のバンダナを巻いた獣人族モンスター『メラルー』だった。

 

ハンターの持ち物に強い興味を示し、隙あらば手癖悪くアイテムを盗んでいくことで悪名高い、全ハンターの天敵である。

 

着地したメラルーの手には、しっかりと、チルノが持っていたはずのハチミツの小瓶が握られていた。

 

「ニャハハッ!」

メラルーはハチミツの瓶を大事そうに抱え、チルノを挑発するようにその場で小さく踊ってみせる。

 

「おい!あたいのハチミツ返せー!!」

 

一瞬で頭に血が上ったチルノはメラルーの後を追って一目散に走り出した。

 

「あ、コラ! 待ちなよチルノ! 単独行動は危ないって!」

 

リグルの制止の声など、怒り狂うチルノの耳には1ミリも届かない。

 

メラルーはハチミツを抱えたまま、楽しそうに遺跡の奥へと逃げていき、チルノもまたそれを追って、リグルたちの視界からあっという間に消え去ってしまったのだった。

 

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