チルノのモンスターハンター⑨   作:椎名深夜

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第4話

場所は変わり、遺跡平原の切り立った岩壁に囲まれたエリア。

 

そこでは、バルバレの酒場でチルノたちから依頼書を奪い去ったスカーレット姉妹が、激しい戦闘の渦中にいた。

 

その巨躯の前に立つスカーレット姉妹は、あまりにも小柄だった。まだあどけなさの残る華奢な少女の体躯。

 

しかし、彼女たちが手にする武器は、その身体には不釣り合いなほどに巨大で、禍々しい。

 

「ハァッ!」

鋭い掛け声とともに、レミリアが手にした漆黒の長槍『シャドウジャベリン』を突き出す。

 

自身の身長を遥かに超える長さのランスは、ギギネブラの不気味な素材で作られており、彼女の細い腕からは想像もつかない精度で、正確無比に標的の肉を穿っていた。

 

「ガルルルッ!」

悲鳴を上げたジンオウガが鋭い爪で薙ぎ払うが、レミリアは重い盾を構えるまでもないとばかりに、その凶悪な二連撃を軽やかなバックステップで避ける。

 

彼女の目には、今のジンオウガのすべての動きが見切れていた。

 

爪を振り落とした後のわずかな隙を突き、山のようなわき腹にもう一撃をお見舞いする。

 

キィン、と硬質な金属音が響いた。

 

 

「隙だらけだよぉ!」

背後から飛び出したのは妹のフランだ。

 

彼女の小さな背中ほどもあるアグナルコトルの素材を用いた大筒槍『フレイムスロワー』――銃身から燃え盛る熱線を放つような巨大なガンランスを、その小さな身体で力任せにジンオウガの肉体へと突き立てる。

 

肉薄すると同時に竜撃砲のトリガーを引き絞れば、轟音と共に激しい爆炎がジンオウガの横腹を激しく焼き焦がした。

 

「きゃはは! こいつ、帯電しなきゃ大したことないもんねえ!お姉様、この調子ならすぐ片付いちゃうよ!」

 

爆煙の中からバックステップで距離を取り、フランが傲岸不遜な笑声を上げる。

 

「クククッ、チャージする前に叩き潰す。対ジンオウガの定石だわ」

 

自身の半身を隠すほどの大きな盾とランスを鋭く振り払い、レミリアもまた不敵な笑みを浮かべた。

 

戦局は完全にスカーレット姉妹の優勢。

 

あの圧倒的な巨躯を誇るジンオウガを相手に、上位ハンターたる二人の連携は一糸乱れず、完全に翻弄し、圧倒していた。

 

その時、激しく傷ついたジンオウガが大きく距離を取り、天を仰いだ。

 

バチバチ、ビリビリと、その肉体から微弱な電撃が漏れ出す。周囲の空気が緊張で震え始めた。

 

「……お、来た来た。噂の蓄電の構えだね」

 

フランがガンランスを構え直し、ニヤニヤと残酷な笑みを浮かべる。

 

ジンオウガが周囲の雷光虫を集め、真の力を発揮するための充電行動。

 

本来であれば、それは長い咆哮と共に無防備な隙を晒す、ハンター側にとって最大の畳み掛けのチャンスであるはずだった。

 

「今のうちに一気に決めるわよ、フラン!」

「はーい、木っ端微塵にしてあげる!」

 

二人が一斉に踏み出そうとした、まさにその刹那――。

 

 

 

キィィィィィィィィン!!

 

 

 

鼓膜を狂わせるような、金属質で異常な高音の放電音がエリア一帯に炸裂した。

 

「――っ!?」

 

レミリアとフランの動きが完全に止まった。

 

通常なら数十秒かけて段階的に行うはずの蓄電が、まるで最初からそうなることが決まっていたかのように、一瞬にして完了したのだ。

 

ジンオウガの全身の毛が天を突くように逆立ち、甲殻の隙間から溢れ出す青白い雷光が、周囲の岩壁を激しく照らし出す。

 

その異常極まる光景に、二人の態度が一変した。

 

数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦のハンターとしての勘が、全身の毛穴を開かせ、身の危険を察知して激しい警鐘を鳴らす。

 

「お姉様、こいつ――」

 

フランの言葉が途切れるよりも早く、視界を埋め尽くすほどの雷光が爆発した。

 

ガァァァァァァァァァンッ!!

 

「きゃっ!?」

「くっ!」

 

凄まじい衝撃波を伴う咆哮一閃。防御体制を整える間もなく、レミリアとフランの二人の身体が、まるで木の葉のようにまとめて後方へと吹き飛ばされた。

 

ドサドサと地面を転がり、アグナの頑強な鎧に身を包んだフランが、煤まみれになりながら顔を上げる。

 

「なあにこいつ! 一瞬で帯電状態になった!?」

 

「いやっ……違うわ。これは、帯電どころじゃない……『超帯電状態』よ! 一体どうなってんのよ!?」

 

レミリアの顔から余裕の笑みが消え失せていた。

 

その瞳に浮かんでいたのは、単なる強敵に対する「焦り」ではない。

 

ギルドの教本にも、自身の数多の狩猟経験にも存在しない、「世界のルールそのものがひっくり返ったような異常現象」に対する深い困惑だった。

 

段階を経て強くなるはずの怪物が、そのプロセスを完全に無視して最強の状態へ至るのだ。

 

思考がその不可解な現実に囚われ、ほんの一瞬、歴戦の二人の動きに硬直が生まれた。

 

――ジンオウガはその隙を逃さない。

 

通常状態とは明らかに一線を画すスピードと、立ち上る雷の密度。定石を過去のものとする理不尽なまでの暴威を纏った雷狼竜が、青白い光の尾を引きながら、恐るべき速度で突進してきた。

 

二人は本能的にそれぞれの盾を持ち上げた。

 

本来の実力なら、まともに受け止めるか、あるいは完璧にいなせていたはずの突進だった。

 

しかし、あまりにも唐突なモンスターの豹変と、静から動へ一瞬でトップギアに入る異次元の『緩急』。

 

その事実上の不意打ちに対応がわずかに遅れ、二人のガード体制は万全とは程遠かった。

 

ギィィィィィンッ!!!

 

牙を剥く巨体を受け止めた瞬間、盾越しに凄まじい衝撃が骨を鳴らす。

 

盾のおかげで直撃による致命傷こそ免れたものの、完全に体勢を崩された二人の小さな身体は強引に弾き飛ばされ、受け身も取れぬまま遥か後方へと突き飛ばされた。

 

ザバァァァァンッ!

 

「冷たっ……!?」

 

二人が背中から激しく転がり落ちたのは、エリアの端を流れる、浅い小渓流の真ん中だった。

 

ハンターとしての最悪の計算が、レミリアの脳裏を一瞬で駆け巡る。

 

水は、電気を恐ろしいほどによく通す。

 

「ガァァァァァァァァァァッ!!」

 

超帯電状態のジンオウガが、無慈悲にその前脚を水面へと叩きつけた。

 

バリバリバリバリバリバッ!!!!

 

「あ、があああああああっっ!?」

「いやぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

水流を通じて、一網打尽にされた二人の身体を数万ボルトの凶悪な電流が駆け抜けた。

 

ネブラとアグナの鎧が激しく火花を散らし、強烈な電撃の負荷が容赦なく体力を削り取っていく。

 

水面が爆発したかのような激しい水飛沫が収まったとき、二人は水の中に頽れ、激しく痙攣していた。

 

「くっ……体が、動か、ない……」

 

レミリアは指先一つ動かすことができず、水底の砂利に顔を伏せたままに目を見開いた。

 

モンスターの強力な雷属性の攻撃をまともに浴びたことによる、麻痺状態だった。二人ともしばらく武器を握る力を失っている。

 

見上げるほどに巨大な体躯。

 

超帯電状態によって極限まで逆立った白い体毛が、放電の光を浴びて神々しく、そして悍ましく輝いている。牙の隙間からは、獲物を仕留める直前の獣特有の、低く濁った唸り声が漏れていた。

 

パシャリ。パシャリ。

 

静まり返った渓流に、無慈悲な水音が不気味に響き渡る。

 

全身の甲殻の隙間から、バチバチと青白い火花を激しく散らすジンオウガが、動けない二人を見下ろすように、ゆっくりと、しかし確実に歩み寄ってきていた。

 

その一歩が進むたびに、ジンオウガの足元から漏れ出る強烈な電流が水面を走り、レミリアとフランの肌をピリピリと容赦なく灼く。

 

必死に右腕に力を込めようとしたが、指先一つとして持ち上がらない。

 

今はまだ全身の筋肉が強固な電流の檻に縛られたように硬直している。

 

 

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