「ニミャーーーッ!」
緊迫した空気をぶち破るような、間の抜けた鳴き声がエリアに響いた。
直後、スカーレット姉妹の目の前を、小さな黒い影が弾丸のように横切っていく。ハチミツの瓶を大事そうに抱えたメラルーだ。
「待てぇぇぇぇぇ一!!」
そして、その泥棒猫の背後から、さらに凄まじい勢いで突っ込んでくる青い影があった。
「「!!」」
動けないレミリアとフランが、驚愕に目を見開く。
現れたのは、チルノだった。
彼女は逃げるクロネコしか目に入っていない様子で、エリアの境界にある高い段差へと勢いよく飛び乗ると、そのまま空中へと力強く踏み切った。
小柄な身体が宙を舞う。同時に、背負っていた『ユクモの大剣』が、持ち前の怪力で豪快に一閃された。
本来であれば、それはハチミツを盗んだ不届きなメラルーを叩き潰すための、怒りに任せた空中抜刀斬りのはずだった。
しかし、チルノが飛び出した軌道の先には、ちょうど姉妹を仕留めようと前脚を掲げていた、あのジンオウガの巨大な頭部があったのだ。
ズシャァァァァンッッ!!
重厚な大剣の刃が、超帯電状態で完全に無防備になっていた雷狼竜の首元へと、完璧なタイミングでクリーンヒットした。
「ガルルゥッ!?」
想定外の痛撃に、ジンオウガが巨体を大きくよろめかせる。
その衝撃のドサクサに紛れ、メラルーは素早く草むらへと滑り込み、完全にチルノの視界からフェードアウトしていった。
「あれ?」
手応えの割に、目の前のメラルーがピンピンして逃げていくのを見て、チルノは空中で目をパチくりとさせた。しかし、重力には逆らえない。
チルノの身体はそのまま、よろめいたジンオウガの分厚い背中へと落下していく。
激突の寸前、チルノは反射的に大剣の手を離し、目の前にあったジンオウガの白い体毛と、逆立つ甲殻の隙間へと必死に両手を突き立てた。
ガシィッ!
手元から滑り落ちたユクモの大剣が、水面へとバシャリと音を立てて落ちる。
代わりにチルノは、超帯電状態でバチバチと火花を散らすジンオウガの背中の上で、完全にその巨体を跨ぐような形で乗り掛かっていた。
「おおおおおおおおっっ!? なんだこれ、すっげー動くぞ!?」
「オオオオオオオオオンッ!!」
背中に乗られたジンオウガは、プライドを激しく傷つけられたかのように激昂した。
地響きのような咆哮を上げ、チルノを振り落とそうと、まるで獰猛な暴れ馬のように激しくのたうち回り、ジャンプし、巨体を激しく揺さぶる。
「うおっととと!」
チルノはお尻から伝わってくる強烈なビリビリ感を必死に我慢しながら、荒ぶる毛並みの隙間から真下の地面へと視線を落とした。
「おい! ちび!! あんた何やってんのよ!?」
フランが、信じられないものを見るような目で叫んだ。
「あんたたち!」
赤い二人組を目にすると、チルノは自分が乗っているのが、あの酒場で奪い合っていたジンオウガであることに気がついた。
「あっ、もしかして狩りの途中?」
そんな風に、世界のどこよりもノンキに首を傾げるチルノを注目しているうちに、レミリアとフランの身体を縛っていた激しい麻痺の電撃が、ようやく薄れていった。
二人はそれぞれの武器を構え直す。
ジンオウガはチルノを乗せて暴れたせいで、確実に疲弊している。
絶好の反撃の機会――のはずだった。
しかし、二人は限界まで引き絞った得物を向けたまま、その場から一歩も動けなくなってしまう。
――『他のハンターがモンスターに騎乗している間、外からの攻撃は極力控えよ』。
ハンターたちの間の絶対のルールとして刻まれた、あまりにも有名な定石。
しかし、そもそもこのクエストを受け、ここまでジンオウガを追い詰めたのは自分たちだ。
そこで勝手に乱入してきたのはチルノである。
大剣も落とし、武器も持たずにただ生身の両手で必死に毛にしがみつき、怪物の背中でバタバタと暴れているチルノの姿は、二人にとって、ルールを適用するまでもないただの「お邪魔虫」でしかないはずだった。
今回に限っては、マナーを無視して手を出したとしても、自分たちには何の落ち度もないはずなのだ。
しかし、あまりにも優秀なハンターであるが故に、二人の身体に「絶対の鉄則」が強固なブレーキをかけたのだ。
仕掛けたい衝動と、ルールを遵守するハンターとしての理性がぶつかり合い、二人の武器の銃口と矛先が、場外で迷うようにわずかに揺れる。
「ガルルゥッ」
背中の上のチルノがどうしても落ちないことに、ジンオウガは完全にしびれを切らした。
動きをピタリと止め、その巨体を深く沈め込む。
全身の甲殻がさらに禍々しく開き、周囲の電気が一点、ジンオウガの背中――すなわち、チルノがしがみついているまさにその場所へと、目も眩むような密度で集束していく。
乗る者を内側から黒焦げにする、超至近距離からの全方位大放電の予備動作。
固定観念に縛られ、最後まで手を出せないままその光景を凝視していたレミリアだったが、その放電の致命的な威力を誰よりも理解しているが故に、ついに叫んだ。
「危ない!」