おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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第一章「女は少年と出会った/レディ・ミーツ・ボーイ」
#01


 薄暗い路地に、荒い息遣いだけが響いていた。

 空は赤黒い煙に覆われ、遠くで何かが燃えている。鼻を突く焦げ臭さ。崩れた建物の隙間から吹き込む乾いた風。都市全体が、まるで病気にでもかかったように静まり返っていた。

 小さな手が、ぎゅっと母親の服を掴んでいる。

 

「急いで……! 止まっちゃ駄目よ!」

 

 女は息を切らしながら振り返った。顔には煤が付き、長い髪も乱れている。それでも、怯える二人の子供を守ろうとする必死さだけは失われていなかった。

 少年は何も言えなかった。

 ただ、手を引かれるまま走っていた。

 隣では、まだ幼い妹が泣きじゃくっている。

 

「ママぁ……こわいよぉ……」

「大丈夫、大丈夫だから……!」

 

 だが、その声にも余裕はなかった。

 前を走る父親が、何度も後ろを確認している。

 手には古びたレーザーライフル。民間用の安物だ。軍用強化服を着た兵士を相手にすれば、気休めにもならない。

 それでも彼は武器を捨てなかった。

 家族を守るという、たったそれだけのために。

 

 路地の向こうから、重い足音が響いた。

 ガシャン、ガシャン、と金属が擦れる音。

 兵士達だ。

 青い強化服。

 円筒状の異様なヘルメット。

 まるで人間ではなく、機械の群れが歩いてくるようだった。

 

『逃亡者を発見』

『確保対象はサイキッカー一名』

『抵抗する者は処分を許可』

 

 無機質な声がスピーカー越しに響く。

 少年の身体がびくりと震えた。

 父親が振り返る。

 

「走れ!!」

 

 次の瞬間。

 赤い閃光が闇を裂いた。

 ドンッ!! と凄まじい衝撃音。

 父親の身体が吹き飛んだ。

 

「パパ!!」

 

 少年が叫ぶ。

 壁に叩きつけられた父親の胸には、大きな穴が空いていた。焼け焦げた肉の臭いが漂う。

 目は開いたままだった。

 だが、もう動かない。

 

「いや……いやぁぁっ!!」

 

 母親が叫ぶ。

 兵士達はゆっくりと近づいてきた。

 一切の感情もなく。

 まるで作業でもするかのように。

 

『対象の抵抗を確認』

『排除します』

「来ないで!!」

 

 母親が子供達を背に庇う。

 震える手で小型拳銃を構えた。

 撃つ。

 青白いレーザーが兵士の胸部装甲に命中する。

 だが。

 火花を散らしただけだった。

 兵士は止まらない。

 ゆっくりと銃口を向ける。

 

「お願い……! この子達だけは……!」

 

 懇願。

 だが兵士達は答えない。

 そして。

 閃光。

 母親の身体が崩れ落ちた。

 妹の頬に、熱い血が飛び散る。

 一瞬遅れて。

 小さな悲鳴が響いた。

 

「ママぁぁぁぁぁ!!」

 

 妹が駆け出そうとする。

 少年は反射的にその手を掴んだ。

 だが幼い妹は泣き叫びながら暴れる。

 

「いやぁっ!!ママ!!ママぁっ!!」

 

 その時だった。

 一人の兵士が前に出る。

 無言。

 無感情。

 そして。

 黒い銃口が、妹へ向けられる。

 少年の時間が止まった。

 

 やめて。

 

 そう言おうとした。

 だが声が出ない。

 喉が動かない。

 身体が凍り付いたように動かなかった。

 

 閃光。

 小さな身体が弾け飛ぶ。

 赤黒い液体が壁へ飛び散った。

 妹だったものが、地面へ転がる。

 少年の目が見開かれる。

 

 音が消えた。

 何も聞こえない。

 世界が遠くなる。

 燃える街。

 血の臭い。

 兵士達の足音。

 全部がぼやけていく。

 頭の中で、何かが壊れる音がした。

 

『対象の精神反応低下を確認』

『抵抗意思の喪失を確認』

『確保を開始』

 

 兵士が少年へ近づく。

 だが少年は逃げなかった。

 いや、逃げられなかった。

 赤い瞳は虚空を見つめたまま、微動だにしない。

 涙だけが、静かに頬を流れていた。

 一人の兵士が、ゆっくりと少年を抱え上げる。

 

『確保完了』

『サイキッカーを入手したぞ』

 

 通信回線の向こうで歓声が上がった。

 

『これでまた、オーラ教の勢力を増す事ができる』

『素晴らしい……!』

『オーラは最も偉大なり!』

『オーラは最も偉大なり!!』

 

 狂信的な唱和が響く。

 だが少年には、もう何も聞こえていなかった。

 視界の端で、家族の亡骸が遠ざかっていく。

 母親。

 父親。

 妹。

 みんな。

 みんな。

 いなくなった。

 少年の小さな心は、その瞬間、静かに閉ざされた。

 泣き声も。

 叫びも。

 感情すらも失って。

 ただ空っぽの瞳だけが、燃え盛る空を映していた。

 

 

 ***

 

 

 ――それから、およそ十年後。

 

 アミダラ星系。

 

 無数の交易船が行き交う辺境宙域の一つであり、同時に犯罪者達の温床としても知られる危険地帯だった。

 小惑星採掘基地。

 違法コロニー。

 無許可ドック。

 密輸港。

 銀河連合の監視が行き届かない宙域には、必ず裏社会が根を張る。

 ここもまた、そういう場所だった。

 宇宙海賊。

 武器商人。

 違法サイボーグ業者。

 脱走兵。

 様々な悪党達が、このアミダラ星系で生き延びていた。

 

 その中でも特に治安の悪い工業宇宙ステーション――バルバロッサ・ドック。

 

 老朽化した巨大ステーションは、外壁の至る所に増設ブロックが貼り付けられ、まるで宇宙に浮かぶ巨大な廃棄物の塊のような姿をしている。

 下層区画に入れば、空気はさらに淀む。

 壊れかけた照明。

 剥き出しの配線。

 油と鉄錆の臭い。

 通路の隅では無戸籍移民が毛布に包まり、ドラッグ中毒者が虚ろな目で天井を見上げていた。

 誰も他人に興味を持たない。

 関われば面倒事になるからだ。

 

 下層ブロックG-13。

 

 かつて大型輸送船の整備工場として使われていた広大な格納庫では、怒号が飛び交っていた。

 

「急げ!! 積み込みを終わらせろ!!」

「弾薬箱は全部持っていけ!」

「おい酸素ボンベ足りねぇぞ!」

「第三通路の見張りはどうした!?」

 

 男達が慌ただしく荷物を運んでいる。

 焦りがあった。

 恐怖があった。

 彼らは今、“逃亡準備”の真っ最中だった。

 工場奥。

 潰れたホバーカーの残骸に腰掛けながら、一人の巨漢が苛立たしげに舌打ちした。

 

「チッ……クソが」

 

 ミリオ・カデーム。

 アミダラ星系で名を轟かせる大物ギャング。

 銀河連合から高額賞金を懸けられた危険人物。

 二メートル近い巨体に、分厚い筋肉。顔には無数の傷跡が走り、その眼光だけで人を怯ませる凄みがある。

 そして右腕。

 肩から先が完全に機械化された鋼鉄義手だった。

 装甲の隙間から赤い駆動光が漏れ、前腕内部には大型ガトリングガンが仕込まれている。

 違法軍用サイボーグパーツ。

 これだけで終身刑級の代物だ。

 カデームは葉巻を噛み潰すように灰皿へ押し付けた。

 

「……まさかここまで追い詰められるとはな」

 

 低い呟き。

 数日前まで、彼はこの宙域の支配者の一人だった。

 密輸。

 違法兵器取引。

 麻薬売買。

 ギャング抗争。

 暴力で全てを奪い、築き上げてきた。

 だが、銀河連合監査局の潜入捜査によって状況は一変した。

 裏取引は摘発され、隠し口座も凍結。

 組織は半壊し、残った部下を連れて逃げ回る羽目になっていた。

 

「兄貴……本当にここも捨てるんですか?」

 

 若い構成員が不安そうに尋ねる。

 カデームは睨み付けた。

 

「あぁ? 当たり前だろうが」

「で、でも……この区画なら連合も……」

「連合だけならまだマシだ」

 

 別の男が顔を青くしながら口を挟んだ。

 

「最近、噂になってるんですよ……」

「あぁ?」

「“白い賞金稼ぎ”……」

 

 空気が少しだけ静まる。

 男は唾を飲み込んだ。

 

「賞金首を次々狩ってるって……」

「一人で海賊船を制圧したとか……」

「サイボーグ部隊を皆殺しにしたとか……」

「しかも、女らしいですぜ……」

 

 ざわつく空気。

 裏社会では、時折こういう存在が現れる。

 死神。怪物。伝説。

 名前だけで人を震え上がらせる存在。

 だが。

 カデームは鼻で笑った。

 

「くだらねぇ」

 

 義手を持ち上げる。

 ギュイィィィン、と重い回転音。

 ガトリング砲身が回り始めた。

 

「どんな化け物だろうが、鉛ぶち込めば死ぬ」

 

 部下達が乾いた笑いを浮かべる。

 その時だった。

 

 ――ピシッ。

 

 小さな音。

 誰かが顔を上げる。

 

「……なんだ?」

 

 天井の照明ダクト。

 そこから火花が散った。

 次の瞬間。

 

 ドシュッ!!

「がっ……!?」

 

 赤い閃光。

 一人の構成員の胸が焼き抜かれる。

 男は何が起きたのか理解する暇もなく崩れ落ちた。

 

「敵襲だぁぁぁぁぁっ!!」

 

 怒号。

 同時に照明が破裂した。

 工場全体が非常灯だけの赤黒い空間へ変わる。

 火花。警報音。混乱。

 そして。

 入口シャッターが爆発した。

 轟音。

 金属片が吹き飛び、煙が格納庫へ流れ込む。

 その向こうに、一人の人影が立っていた。

 

 白い戦闘スーツ。

 黒いインナースーツの上から装甲を装着した構造だが、印象としては圧倒的に“白”だった。

 流線型のヘルメット。

 鋭い装甲ライン。

 胸部だけは黒い生地が露出し、女性的な身体のラインが強調されている。

 右手にはレーザーライフル。

 背中には長大なブレード。

 その姿は、まるで宇宙戦争時代の白い戦闘機械兵の亡霊のようだった。

 

 静かだった。

 一言も喋らない。

 ただそこに立っているだけなのに、凄まじい威圧感があった。

 場の空気そのものを支配している。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 カデームの怒号。

 男達が一斉射撃を開始した。

 青白いレーザー光が格納庫を埋め尽くす。

 だが。

 白い戦闘スーツの襲撃者は、一瞬で動いた。

 

「なっ……!?」

 

 速い。

 あまりにも。

 レーザーの軌道を読んでいるかのように回避しながら、一気に距離を詰めてくる。

 強化脚部が床を削り、火花を散らした。

 そしてライフルが火を吹く。

 

 ドシュッ!!

「ぎゃぁっ!!」

 

 男の喉が焼き抜かれる。

 続けざまに二発、三発。

 正確無比。

 撃つ度に一人倒れる。

 その動きには一切無駄が無かった。

 射撃。

 回避。

 前進。

 全てが洗練されている。

 だが機械のようではない。

 むしろ獣じみていた。

 実戦の中で磨かれた、生存のための動き。

 

「ぐあぁっ!!」

「た、助け――!」

「速すぎる!!」

 

 悲鳴が響く。

 工場内に焼けた肉の臭いが広がった。

 カデームの顔から笑みが消える。

 

(なんだコイツは……!)

 

 明らかに異常だった。

 そこらの傭兵とは格が違う。

 戦場を渡り歩いてきた者の動きだ。

 カデームは吠えた。

 

「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 巨体が前へ出る。

 義手のガトリングが高速回転を始めた。

 

 ギュイィィィィィィン!!

「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ガガガガガガガガガガガガッ!!

 

 猛烈な銃弾の嵐。

 重金属弾が暴風のように工場を蹂躙する。

 鉄骨が砕け。

 コンテナが吹き飛び。

 壁が抉れる。

 普通の人間なら肉片一つ残らない弾幕。

 

 だが。

 白い戦闘スーツの襲撃者は突っ込んだ。

 

「なっ――!?」

 

 紙一重。

 回避。

 滑り込み。

 時に装甲で受け流しながら、一直線に距離を詰めてくる。

 その姿はまるで、弾幕の中を泳ぐ白い獣だった。

 

 そして。

 背中から一振りの刃が抜き放たれる。

 硬質ブレード。黒光りする刀身が、赤い非常灯を鈍く反射した。

 一歩。踏み込み。次の瞬間。

 一閃。

 

 ギィンッ――!!

 

 金属を断つ鋭い音。

 カデームの義手が肩口から斬り飛ばされた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 火花。

 オイル。

 千切れたケーブル。

 ガトリングごと吹き飛んだ義手が床を転がる。

 カデームが膝をついた。

 目の前には、静かにブレードを構える白い襲撃者。

 切っ先が喉元へ向けられていた。

 静寂。

 工場に残るのは警報音と、火花の弾ける音だけ。

 カデームの額を汗が流れる。

 初めてだった。

 自分が“狩られる側”になったのは。

 

「ま、待て……!」

 

 声が震える。

 

「降参だ……!降参する!!」

 

 襲撃者はしばらく動かなかった。

 やがて静かにブレードを納める。

 腰から拘束用手錠を取り出し、カデームの両手を拘束した。

 カチリ、と金属音。

 

「クソ……っ……」

 

 悔しげに歯噛みするカデーム。

 その前で、襲撃者はゆっくりとヘルメットへ手を掛けた。

 ロック解除音。

 白いフェイス装甲が展開する。

 

 そして中から、長い黒髪がさらりと零れ落ちた。

 汗に濡れた髪が、工場の風に揺れる。

 切れ長の目。

 整った顔立ち。

 大人びた、鋭さと色気を併せ持つ表情。

 長身。

 そして戦闘スーツ越しでもわかる豊かな胸元。

 女だった。

 彼女――シズルは、小さく息を吐く。

 

「……ふぅ」

 

 張り詰めていた空気が僅かに緩む。

 直後、ヘルメット内部通信から甲高い電子音声が響いた。

 

『ああっ!マスターったらまた正面突入を!だからワタクシは別ルートからの潜入を提案したんですよ!?』

 

 シズルは苦笑する。

 

「ああ、聞いていたさ」

『聞いていたならなぜ突撃したんです!?』

「その方が早かった」

『良くありません!!』

 

 シズルは肩をすくめた。

 そして転がるガトリング義手を見下ろす。

 火花。

 硝煙。

 倒れ伏したギャング達。

 賞金首ミリオ・カデーム。

 全てを見渡した後、彼女は僅かに目を細めた。

 

「さて……これで当分、食い扶持には困らないかな」

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