おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
カタクリ星系。
銀河地図の上では決して大きな存在感を持つ星系ではない。
だが、交易路の中継地点として古くから発展してきた歴史を持ち、周辺宙域では比較的豊かな地域として知られていた。
その中心部に存在するのが、巨大商業宇宙ステーション――ロッタリアである。
コフィン号は静かに減速しながら、その宙域へと進入していた。
ブリッジ前面のスクリーンには、ロッタリアを取り囲む光景が映し出されている。
周囲には複数のスペースコロニーが浮かんでいた。
円筒形のもの。
リング状のもの。
古い設計の箱型コロニー。
新型の居住ブロック。
様々な施設が星々を背景に漂っている。
そしてその周辺では、無数の作業機械が忙しそうに飛び回っていた。
ダートポッドである。銀河社会で最も普及している作業用宇宙ポッド。
丸い胴体に二本の作業アームを備えた機体が、コロニー外壁の補修や通信アンテナの点検を行っていた。
ある機体は外壁パネルを交換し。
ある機体は推進器の整備を行い。
またある機体は塗装作業をしている。
戦争の残骸が漂うバスタゴア宙域とはまるで別世界だった。
人々が普通に暮らし、働き、生活している。
そんな当たり前の光景がそこにはあった。
『平和ですねぇ』
シーサン・ポーが感心したように言う。
『ワタクシ、最近は戦艦やら戦闘機やらばかり見ていたので、こういう風景を見ると安心します』
「同感だ」
シズルも小さく頷いた。
コフィン号はダートポッド達の作業区域を避けながら慎重に航行し、そのままロッタリアの宇宙港へ向かう。
巨大なドックゲートが開く。
誘導ビーコンが点灯する。
やがてコフィン号は指定されたバースへゆっくりと着艦した。
軽い振動。
固定完了。
久しぶりの穏やかな寄港だった。
しばらく後。
宇宙港のターミナルへ続く通路を、一人の女性と小さな少年が歩いていた。
シズルとユウである。
ただし。
今日のシズルはいつもと格好が違った。
白い戦闘スーツではない。
賞金稼ぎとしての装備も身に付けていない。
黒いスポーツブラ。
動きやすいカーゴパンツ。
その上から羽織ったジャケット。
完全な私服だった。
平和な宙域である。
わざわざ武装して歩く必要もない。
それに、子供服を買いに来るだけで戦闘スーツというのも目立ち過ぎる。
そう判断した結果だった。
しかし。
別の意味で目立っていた。
長身。
引き締まった身体。
鍛えられた手足。
そして女性らしい豊かな体つき。
戦闘スーツを着ていなくても、それらは隠しようがない。
むしろ私服の方が目立っている気さえした。
「おい見ろよあのねーちゃん………」
「うわ、エッロ………」
「なんてモンぶら下げてやがる、牛か?」
実際、ターミナルを歩く人々の視線が時折こちらへ向いている。
商人。
運び屋。
観光客。
様々な人々がちらちらと見ていた。
『マスター』
腕時計のように左手首へ巻かれた携帯通信機から、シーサン・ポーの声が聞こえた。
「何だ」
『その格好、逆に目立ってません?』
「そうか?」
『そうです』
即答だった。
『都会の高級コロニーならともかく、ここは地方の商業ステーションですよ』
「別に普通だろう」
『普通じゃありません』
「普通だ」
『その理屈で押し通せると思わないでください』
シズルは少しだけ眉をひそめる。
だが実際、周囲の反応を見る限りシーサン・ポーの方が正しいのかもしれない。
『ワタクシの観測によると、先程から視線を向けている男性が二十三名』
「数えるな」
『仕事柄です』
「AIにそんな仕事はない」
『あります』
相変わらずだった。
シズルはため息を吐く。
すると隣を歩くユウが服の裾を引っ張った。
「しずる……」
「ん?」
ユウの赤い瞳は輝いていた。
きらきらと。
本当に輝いていた。
彼の視線はロッタリアの街並みに釘付けになっている。
それも当然だった。
今まで閉鎖された研究施設に閉じ込められていたのだ。
こんな場所を見るのは初めてに近い。
頭上を走る広告ホログラム。
巨大な立体看板。
ガラス張りの店舗。
色鮮やかなネオンサイン。
あらゆる物が新鮮だった。
「……!」
ユウはあちこち見回している。
右を見る。
左を見る。
上を見る。
また右を見る。
完全に落ち着きがない。
だがシズルは止めなかった。
むしろ当然だと思った。
五歳の子供がこんな場所へ来ればこうなる。
「迷子になるなよ」
「……うん……!」
返事をしながらも視線は別の店へ向いていた。
聞いているのか怪しい。
シズルは苦笑する。
そしてユウの手を取った。
はぐれないように。
それだけでも随分違う。
ユウは嬉しそうにその手を握り返した。
二人は人混みの中を歩いていく。
ロッタリアの内部は巨大ショッピングモールそのものだった。
飲食店。
雑貨店。
工具店。
書店。
ゲームセンター。
宇宙船用品店。
ありとあらゆる店舗が並んでいる。
シズルはその中を迷わず進んでいった。
既に目的地は決まっている。
ユウの服を揃える事。
まずはそのための店へ向かわなければならない。
「古着屋だったな」
端末へ表示された地図を確認する。
どうやらそれほど遠くない。
数分も歩けば着く距離だった。
そのまま通路を進む。
すると少し離れた場所で数人の男性達がシズルへ視線を向けていた。
「おい見ろよ」
「あの姉ちゃん凄ぇな……」
「声かけるか?」
そんな会話が聞こえてくる。
だが。
その直後。
彼らはシズルの隣にいるユウへ気付いた。
小さな手。
しっかり繋がれた指。
自然な距離感。
「……あ」
「子連れか」
「マジかよ」
「見えねぇ……」
誰かが呟く。
「子供いるのかよ……」
「やめとくか」
「やめとこうぜ」
全員一致だった。
ナンパ計画は即座に中止される。
シズル本人はそんなやり取りに気付いていない。
ただユウの手を引きながら歩いているだけだった。
やがて二人は目的地の前へ辿り着く。
少し古びた看板。
年季の入ったショーウィンドウ。
そこに掲げられた文字。
古着屋だった。
シズルは看板を見上げる。
「ここか」
ユウも同じように見上げる。
「……?」
「服を買うぞ」
その言葉にユウは首を傾げた。
まだ意味はよく分かっていない。
それでもシズルと一緒なら安心なのだろう。
小さく頷く。
そして二人は古着屋の扉を押し開いた。
「いらっしゃい」
落ち着いた老人の声が店内に響いた。
ロッタリアの一角。
人通りの多いショッピングエリアから少し外れた場所にある古着屋へ、シズルとユウは足を踏み入れていた。
自動ドアではない。
横にスライドさせて開ける昔ながらの手動式ドアである。
銀河時代の現在では、むしろこうした設備の方が珍しい。
店内へ入った瞬間、シズルは微かに目を細めた。
どこか懐かしい空気があった。
天井から吊るされた暖色系の照明。
金属と木材を組み合わせた古風な棚。
年季の入ったレジカウンター。
壁に掛けられた古い宇宙船のポスター。
さらには今では骨董品扱いされるフィルム式カメラや、地球時代を模した置時計まで飾られている。
派手なホログラム広告や電子看板が溢れるロッタリアの中では、まるで別世界だった。
時間だけがゆっくり流れているような空間。
シズルは思わず小さく息を吐いた。
「……落ち着くな」
思わず漏れた本音だった。
戦場や犯罪者のアジト、荒れた辺境惑星ばかりを渡り歩いている彼女にとって、こういう空間はむしろ貴重である。
少なくとも銃撃戦が始まる気配はない。
それだけでも十分に価値があった。
一方。
「……!……!」
ユウは相変わらずだった。
店に入った瞬間からきょろきょろと辺りを見回している。
右を見る。
左を見る。
上を見る。
棚を見る。
服を見る。
帽子を見る。
また別の棚を見る。
まるで初めて博物館へ連れて来られた子供である。
その赤い瞳は好奇心で輝いていた。
コフィン号の中では見られない表情だった。
シズルはそんな様子を見て少しだけ安心する。
少なくとも恐怖で怯えていた頃よりはずっと良い。
少しずつだが心を開いている証拠だ。
カウンターの向こうでは、背の低い老人が穏やかな表情を浮かべていた。
白い髭。
少し曲がった背中。
擦り切れたエプロン。
彼が店主のモン・ソイダーだった。
「何かお探しですかな?」
穏やかな声だった。
押し付けがましさのない、長年商売を続けてきた者特有の柔らかな接客。
シズルは軽く会釈する。
「子供服を探している」
そう言ってユウの肩へ軽く手を置いた。
モンは小さく頷く。
「なるほど」
そしてユウを見た。
白髪。
赤い瞳。
少しぶかぶかな白シャツ。
どう見てもその場しのぎの格好だった。
事情までは聞かない。
だが服が必要な事だけは理解できたらしい。
「でしたら奥の棚ですね」
「助かる」
「サイズも色々ありますよ」
モンは店の奥を指差した。
シズルは礼を言いながら歩き出す。
店内には本当に様々な商品が並んでいた。
宇宙船乗り用のジャケット。
採掘作業員の作業服。
旧式軍服。
コロニー住民向けの日用品。
さらには銀河各地の民族衣装まで置かれている。
新品ではない。
だが丁寧に整備されていた。
シズルは感心する。
「本当に何でもあるな……」
思わずそう呟く。
辺境の古着屋と聞いていたので、もっと品揃えは少ないと思っていた。
ところが実際にはかなり豊富だった。
それだけロッタリアが多種多様な人々の集まる場所なのだろう。
運び屋。
傭兵。
移民。
旅行者。
商人。
様々な人間が訪れる。
自然と服も集まるわけだ。
そんな中。
ふとシズルの視線がある商品で止まった。
「……これは」
棚の一角に掛けられたマントだった。
厚手の生地。
内側には断熱繊維。
首元には簡易固定具。
宇宙用の防寒マントである。
寒冷惑星や低温コロニーで使用される衣類だ。
サイズはかなり小さい。
子供向けだろう。
シズルは近づいて手に取る。
思ったより軽い。
だが生地はしっかりしていた。
「ふむ……」
横を見る。
ユウがいる。
相変わらず棚を見ている。
小柄な体。
細い肩。
白い髪。
その姿へ視線を移す。
そしてマントを見る。
「……似合いそうだな」
思わずそう考えた。
寒さ対策にもなる。
何より今のユウには服が少なすぎる。
こういう物が一枚あれば何かと便利だろう。
試しに合わせてみようか。
そんな事を考えた――その時だった。
突然。
店内の空気を引き裂くように警報音が鳴り響いた。
『警告!警告!』
電子音声がステーション全域へ流れる。
『外部航路において危険行為を確認!一般利用者は安全区域へ避難してください!』
けたたましいサイレン。
赤色灯の点滅。
店内の照明まで僅かに変化する。
ユウがびくりと肩を震わせた。
「っ……!」
シズルは即座に周囲を確認する。
体が反射的に戦闘モードへ移行しかける。
賞金稼ぎとして染み付いた習慣だった。
「何だ?」
警戒しながら顔を上げる。
だがモンは意外にも驚いた様子を見せなかった。
むしろ、深いため息を吐いた。
「またですか……」
心底うんざりした声だった。
老人は額を押さえる。
「またホワイトスターの奴等ですよ……」
「ホワイトスター?」
シズルが聞き返す。
モンは疲れ切った顔で頷いた。
「この辺りを縄張りにしている宇宙暴走族です」
その言葉には怒りよりも諦めが滲んでいた。
「レースだの威嚇飛行だの好き放題やっておりましてな……」
窓の外ではまだ警報が鳴り続けている。
「連合も取り締まってはいるんですが、連中は逃げ足だけは速い」
モンは再び大きくため息を吐いた。
「まったく……商売の邪魔でしかありませんよ」
シズルは無言で窓の向こうを見た。
警報。
暴走族。
そして賞金稼ぎとして染み付いた勘。
何か面倒事の匂いがする。
そんな予感が、彼女の胸の奥で静かに芽生え始めていた。