おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#12

 ロッタリア外周ドック。

 数え切れないほどの宇宙船が係留される巨大な港湾ブロックの一角に、コフィン号は静かに停泊していた。

 周囲には貨物船や連絡船、小型輸送艇などが並んでいるが、その中でもコフィン号はどこか古めかしい雰囲気を漂わせている。

 かつてヒガシノ星系の軍で運用されていた輸送船。

 軍を退役し、中古市場を経てシズルの手に渡り、長年にわたって改修を重ねられてきた船である。

 派手な見た目ではない。

 最新鋭艦のような高性能センサーもなければ、重武装の戦艦のような威圧感もない。

 だがその代わり、どんな辺境宙域でも生き延びられるだけの実用性と信頼性を持っていた。

 そして今、そのブリッジには朝から騒がしい声が響いていた。

 

『正気ですか!?』

 

 船内スピーカーから飛び出した叫び声に、座席の上で足をぶらぶらさせていたユウがびくりと肩を震わせる。

 中央モニターには四角いロボット顔が映っていた。

 もちろんシーサン・ポーである。

 

『いえいえいえいえ!ちょっと待ってくださいマスター!今ワタクシ、とんでもない発言を聞いた気がするんですが!?』

 

 モニターの顔がぐいっと拡大される。

 

『ホワイトスターの開催する違法レースに参加する!?そう言いましたよね!?』

「ああ」

 

 シズルは実にあっさりと答えた。

 

『ああじゃありません!』

 

 即座にツッコミが飛ぶ。

 

『何を考えているんですか!?賞金首を捕まえるために賞金首のイベントへ飛び込むなんて!もっとこう、あるでしょう!?地道な聞き込みとか!張り込みとか!情報収集とか!普通の賞金稼ぎらしい仕事とか!』

 

 シーサン・ポーはまくし立てる。

 だが当のシズルは落ち着き払っていた。

 いや。

 落ち着き払っているどころか、既に準備まで終えている。

 白い戦闘スーツ。

 宇宙服と強化装甲を兼ねる愛用の装備。

 黒いインナースーツの上に白い装甲が取り付けられたその姿は、遠目には白い鎧を纏った戦士にも見える。

 腰にはレーザーライフル。

 背中には硬質ブレード。

 完全武装だった。

 今にも戦場へ飛び出せそうな格好である。

 

『その格好で「ちょっと考えてみただけです」は通用しませんからね!?』

「通そうとも思っていない」

『でしょうね!』

 

 シーサン・ポーが頭を抱えるような顔をする。

 長い付き合いだ。

 こうなったシズルが止まらないことは理解している。

 理解しているが、それでも言わずにはいられない。

 

『………そもそもですねぇ』

 

 シーサン・ポーは声のトーンを変えた。

 

『今回の件は危険性以前に法的な問題があるんですよ?』

「法的な問題?」

『ありますとも!』

 

 モニター上にいくつもの資料が表示される。

 ホワイトスター。

 暴走行為。

 危険飛行。

 航路妨害。

 器物損壊。

 その他諸々。

 

『あのレース自体が違法なんです!銀河連合の認可も受けていません!周辺航路に迷惑をかけています!事故も起きています!一般市民から苦情も山ほど来ています!』

 

 次々と資料が切り替わる。

 

『そんな場所へ参加したらどうなると思います?』

 

 シーサン・ポーは言った。

 

『場合によっては暴走行為への加担です、幇助です、共犯です!銀河連合に目を付けられます。賞金稼ぎのライセンスに傷が付く可能性だってあります!』

 

 それは決して大袈裟な話ではなかった。

 賞金稼ぎは自由業である。

 だが同時に信用商売でもある。

 犯罪組織との関係を疑われれば、それだけで仕事を失う可能性もある。

 実際、過去には賞金首と結託していた賞金稼ぎが資格停止になった例もある。

 シズルは腕を組んだ。

 

「だが言い訳は立つ」

『はい?』

「賞金首確保のための潜入捜査だ」

 

 あまりにも自然に言った。

 シーサン・ポーは数秒沈黙した。

 

『………潜入捜査』

「ああ」

『潜入捜査ですか』

「そうだ」

『便利な言葉ですねぇ……』

 

 どこか遠い目をするような声音だった。

 シズルは平然としている。

 

「実際間違ってはいない」

『理屈としてはそうですが』

「ダンテオールは賞金首だ」

『はい』

「私は賞金稼ぎだ」

『はい』

「捕まえる」

『その間の過程がだいぶ問題なんですよ!』

 

 悲鳴が響く。

 ユウがまた少し肩を震わせた。

 そんな様子を見てシズルは苦笑する。

 

「そんなに騒ぐな」

『騒ぎますよ!』

 

 シーサン・ポーは断言した。

 

『ワタクシの仕事はマスターの無茶を止めることなんですから!』

「止められたことは?」

『ありませんね!』

「だろうな」

『認めないでください!』

 

 ブリッジに軽い笑いが生まれる。

 もっとも笑っているのはシズルだけだったが。

 シーサン・ポーは大きくため息をついた。

 

『まったく……カデームの時もそうでした。ガルダ党残党基地の時もそうでした。どうして危険そうな方へ危険そうな方へ進むんですか!』

「仕事柄だ」

『その一言で済ませないでください!』

 

 呆れた声だった。

 だがシーサン・ポーも理解していた。

 シズルは決して無謀だから動くわけではない。

 勝算があるから動く。

 危険を承知の上で、その先にある利益と天秤にかけているのだ。

 そして今回も。

 おそらく彼女の中では既に答えが出ている。

 ホワイトスターのレース。

 賞金首ダンテオール。

 参加者募集。

 全ての条件が揃っていた。

 シズルはブリッジ前方のスクリーンへ視線を向ける。

 そこにはダンテオール・ドンタックの顔写真と賞金情報が表示されていた。

 決して高額ではない。

 だが無視するには惜しい額だ。

 何より、ロッタリアの住民達があれだけ迷惑を被っている。

 賞金稼ぎとしても見過ごしにくい案件だった。

 

「さて」

 

 シズルは静かに呟いた。

 

「まずはレースの詳細を調べるか」

『ああもう……』

 

 シーサン・ポーは深々とため息をつく。

 

『嫌な予感しかしません……』

 

 その言葉とは裏腹に、既にAIは情報収集を始めていた。

 どうせ止まらない。

 ならば少しでも成功率を上げる。

 それもまた長年コンビを組んできた相棒としての務めだった。

 

『………ところでですね』

 

 ブリッジに響くシーサン・ポーの声は、先程までの悲鳴のような、というか悲鳴そのものである心配と抗議の声からは、少しだけ落ち着いていた。

 もっとも、それは諦めが混じった結果でもある。

 長い付き合いだ。

 一度決めたシズルがそう簡単に考えを変えないことくらい、シーサン・ポーも十分理解している。

 だからこそ次に気になったのは別の問題だった。

 

『レースに参加するという話は分かりました。いえ、分かりたくはありませんが分かりました』

 

 わざわざ一言付け加える。

 シズルは格納庫へ向かいながら苦笑した。

 

「どっちだ」

『ワタクシの心情としては後者です』

「そうか」

『ですが現実問題として確認しなければならない事があります』

 

 モニターに表示された四角い顔が少し真面目な表情になる。

 

『何に乗るつもりなんです?』

 

 シズルは即答した。

 

「サーペントピアス」

『即答ですねぇ!?』

 

 予想通りではあった。

 予想通りではあったが、それでもシーサン・ポーは思わず声を上げてしまう。

 

『いやいやいやいや、ちょっと待ってください?』

「何がだ」

『確かにウチで一番高性能な機体ですよ?』

「これしか無いからな」

『確かにマスターが一番乗り慣れている機体ですよ?』

「これしか無いからな」

『ですがサーペントピアスは戦闘機なんです、レース専用機ではありません』

 

 その指摘はもっともだった。

 格納庫の中央にはサーペントピアスが静かに鎮座している。

 白い機体。

 赤いライン。

 二股に分かれた特徴的な機首。

 猛禽類を思わせる鋭いフォルム。

 軍用機として開発された本格的な宇宙戦闘機であり、レースマシンとは根本的に設計思想が違う。

 

『ホワイトスターの連中が使う機体は違います』

 

 シーサン・ポーは収集したデータを表示する。

 ブラッドレイダー。

 イータレイダーをベースに改造された違法機体群。

 画像には派手な塗装の戦闘機が並んでいる。

 

『連中は速度特化です。エンジン増設、装甲削減、推進剤タンク増量、最高速度最優先………要するにレース用です』

「そうだろうな」

『そうだろうなじゃありません』

 

 シーサン・ポーはため息をつく。

 

『戦闘機とレーサーでは用途が違うんですよ?競馬に戦車を持ち込むようなものです』

「例えがおかしいな」

『今の状況も十分おかしいんです』

 

 もっともである。

 だがシズルは慌てない。

 むしろ落ち着き払っていた。

 格納庫へ降りるエレベーターの中で腕を組みながら答える。

 

「一つ勘違いしているぞ」

『はい?』

「これは普通のレースじゃない」

『それは知っています』

「ホワイトスターの連中が主催しているんだ」

『ええ』

「なら絶対に荒れる」

 

 断言だった。

 シーサン・ポーも反論できない。

 なにしろ今日だけでも十分理解した。

 ロッタリア周辺で好き放題暴れ回り、住民達へ迷惑をかけ続ける連中だ。

 健全なスポーツマンシップなど期待する方がおかしい。

 

「体当たりもするだろう」

『するでしょうね』

「妨害もする」

『するでしょうね』

「下手をすれば撃ち合いになる」

『なりそうですねぇ……』

 

 シーサン・ポー自身が言いながら嫌そうな声を出した。

 もはやレースなのか戦闘なのか分からない。

 だがホワイトスターなら十分あり得る。

 

「だったら戦闘力も必要になる」

 

 シズルは言った。

 

「むしろ戦闘機で行く方が理にかなっている」

『理屈は分かります』

 

 シーサン・ポーは認める。

 

『分かりますが………速度はどうするんです?最終的には速くなければ勝てませんよ』

 

 その問いに対して、シズルは少しだけ笑った。

 格納庫の扉が開く。

 その先には愛機があった。

 サーペントピアス。

 幾度もの戦いを共に潜り抜けてきた相棒。

 ガルダ党残党の戦艦を撃沈した時も。

 賞金首カデームを追い詰めた時も。

 常に共にあった機体だ。

 シズルはその機体を見上げる。

 まるで信頼する戦友を見るような視線だった。

 

「私のサーペントピアスは十分速いさ」

 

 短い言葉だった。

 だがそこには強い確信があった。

 単なる楽観論ではない。

 長年乗り続けてきた経験から来る自信だ。

 シーサン・ポーは少し黙る。

 実際のところ。

 サーペントピアスは速い。

 決してレース専用機ではないが、一流メーカー製の宇宙戦闘機である。

 加速性能。

 旋回性能。

 推力。

 どれも高水準だ。

 そして何より。

 その性能を引き出せる操縦者がシズルだった。

 

『……その言い方』

 

 シーサン・ポーがぼやく。

 

『もう勝つ前提じゃないですか』

「負けるつもりで出る奴はいないだろう」

『そういう問題じゃないんですよねぇ』

 

 深いため息。

 もはや何度目か分からない。

 その後もシズルは機体のチェックを進めていった。

 推進剤残量。

 エネルギー残量。

 武装確認。

 操縦系統。

 通信系統。

 生命維持装置。

 各部の動作を一つずつ確認していく。

 整備状態は良好。

 問題なし。

 さすがに長年使っているだけあって機体の癖も把握している。

 確認作業は驚くほどスムーズだった。

 やがて全ての準備が終わる。

 

「おや………」

 

 シズルが振り返ると、格納庫入口の近くでユウがこちらを見ていた。

 白いシャツ姿のまま、小さな体でぽつんと立っている。

 赤い瞳が不安そうに揺れていた。

 慣れない場所。

 慣れない生活。

 頼れる相手はシズルしかいない。

 そう考えれば当然だった。

 シズルは歩み寄る。

 そしてユウの前でしゃがみ込んだ。

 

「ユウ」

「……?」

 

 きょとんとした顔。

 シズルはその頭へ優しく手を置いた。

 さらさらとした白髪を撫でる。

 

「いい子で待っているんだぞ」

 

 穏やかな声だった。

 ユウはしばらくその言葉を理解しようとするように瞬きを繰り返した。

 そして。

 

「……うん」

 

 小さく頷く。

 

「ちゃんと待っていられるか?」

「……うん」

 

 今度は少し大きく。

 こくり。

 さらにもう一度。

 こくこく。

 何度も頷く。

 その様子にシズルは少し笑った。

 

「よし」

 

 頭を撫でる。

 ユウは気持ち良さそうに目を細めた。

 まるで猫のようだった。

 その光景をモニター越しに見ていたシーサン・ポーが呟く。

 

『聞き分けが良いですねぇ……』

「助かる」

『マスターも少し見習ってください』

「無理だな」

『即答ですか』

「即答だ」

 

 シーサン・ポーがまたため息をつく。

 だがその声には先程までの慌てた響きは少なかった。

 止めても行く。

 それはもう分かっている。

 ならば今は、少しでも無事に帰ってくることを願うしかない。

 格納庫には静かな空気が流れていた。

 その中心にはサーペントピアス。

 そしてそのパイロットであるシズル。

 ホワイトスターが主催する危険なバトルレース。

 賞金首ダンテオール・ドンタック。

 ロッタリアを騒がせる暴走族との対決は、いよいよ目前まで迫っていた。

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