おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
レース開催当日。
カタクリ星系の未整理宙域は、普段とはまるで別の顔を見せていた。
宇宙空間に浮かぶ旧連合軍基地――現在はホワイトスターの根城となっている巨大施設の周囲には、無数の宇宙戦闘機が集結していたのである。
大小様々。
新型もあれば旧式もある。
軍用機を払い下げたもの。
民間機を違法改造したもの。
メーカー不明の怪しげな機体。
さらには、まともに整備されているのか疑わしいような継ぎ接ぎだらけの戦闘機まで混ざっていた。
共通しているのは、そのどれもが「まともな人間が乗る機体ではない」ということだった。
エンジンを限界以上に強化した結果、外装が焼け焦げている機体。
違法な兵装を何門も増設した結果、左右のバランスが滅茶苦茶になっている機体。
派手な塗装やネオン装飾を施し、自分の存在を誇示するような機体。
まさしく暴走族のレースらしい光景だった。
その集団の中に、一機だけ異質な機体があった。
白い機体。
赤いライン。
前進翼。
そして音叉のように二股へ分かれた特徴的な機首。
コンマニクス社製宇宙戦闘機――サーペントピアス。
ある星系の正規軍でも使われる高性能戦闘機であり、本来こんな無法者達の集まりに混ざるような機体ではない。
だが今、そのコックピットにはシズルが座っていた。
ヘルメット越しに前方モニターを見つめながら、操縦桿へ軽く手を添える。
周囲の機体からはエンジンの振動が伝わってくるような気さえした。
通信機から聞き慣れた声が響く。
『聞こえますかマスター?』
「ああ、聞こえている」
シズルは短く答えた。
通信相手はもちろんシーサン・ポーである。
現在シーサン・ポーはロッタリアに停泊中のコフィン号で待機していた。
シズルが何か無茶をしないか監視する役目も兼ねている。
『では最終確認です』
「何度目だ?」
『三回目です』
「十分だろう」
『十分じゃありません』
即答だった。
シズルは苦笑する。
相変わらず心配性なAIである。
もっとも、その性格に何度も助けられているのも事実だった。
『改めて今回のレース内容を説明します』
通信越しに電子音が鳴る。
シズルのモニターへコース図が表示された。
『スタート地点は現在マスターがいるホワイトスター拠点周辺宙域。そこからカタクリ星系各地に設置されたチェックポイントを巡回。全てのポイントを通過後、最終目的地であるロッタリアへ到達した者が優勝です』
「単純なルールだな」
『単純ですが迷惑極まりないですね』
シーサン・ポーが呆れた声を出した。
『何故ゴール地点がロッタリアなんです?あそこ普通の商業宇宙ステーションですよ?レース場でも軍事施設でもありません』
「ホワイトスターだからな」
『それで納得できてしまうのが嫌です』
シーサン・ポーは本気で頭を抱えているらしかった。
『周辺住民にしてみればたまったものではありませんよ。突然何十機もの戦闘機が飛び込んできてレースを始めるんですから』
「奴らにとっては目立つことが重要なんだろう」
『迷惑行為でしか自己表現できないんですかあの人達は』
「たぶんな」
『困ったものですねぇ……』
通信越しに深いため息が聞こえた。
シズルは少し笑う。
だが実際、シーサン・ポーの言う通りだった。
ロッタリアは軍事基地ではない。
商業施設である。
買い物に来た人々。
輸送業者。
運び屋。
旅行者。
そうした一般人が利用する宇宙ステーションだ。
そこをゴール地点に設定する時点で、ホワイトスターの常識が世間とズレていることは明白だった。
ふと別の通信回線が開く。
小さな声。
聞き慣れた幼い声だった。
『………しずる………』
シズルの表情が少し柔らかくなる。
「ああ、ユウか」
『………がんばって………』
たったそれだけ。
短い言葉。
だがその言葉には精一杯の気持ちが込められていた。
コフィン号で留守番をしているユウも、今は通信越しにレースの様子を聞いているらしい。
シズルは思わず笑みを浮かべた。
「任せろ」
操縦桿を握り直す。
「必ず勝ってみせるさ」
『だから違いますよね!?』
即座にシーサン・ポーが叫んだ。
『目的は優勝じゃありませんよね!?』
「そうだったか?」
『そうです!』
通信越しに悲鳴のような声が響く。
『賞金首ダンテオール・ドンタックの確保です!』
『レース優勝じゃありません!』
『勝利条件を履き違えないでください!』
「いや、どうせなら勝ちたいだろう」
『だからそういう問題じゃありませんって!』
シーサン・ポーは半ば泣きそうだった。
『マスターは昔からこうなんですよ!目標達成より別のものが先に来るんですから!』
「失礼だな」
『事実です!』
シズルは肩をすくめる。
確かに否定できない部分もあった。
どうせ参加するなら勝ちたい。
勝負事である以上、負けるつもりで挑む趣味はない。
もっとも。
今回の本来の目的はダンテオールの確保だ。
それは忘れていない。
忘れてはいないのだが――。
「………」
前方を見る。
巨大なスタートライン。
集結した戦闘機群。
熱気。
緊張感。
エンジン音。
そして勝負の空気。
サイボーグとなった今でも、心が少し高揚するのを感じていた。
「まあ安心しろ」
シズルは静かに言った。
「勝つにしても捕まえるにしても、全部まとめてやるさ」
『だからその発想が危ないんですよ……』
シーサン・ポーのため息が通信回線を通して流れる。
一方。
ユウはよく分かっていないらしく、
『………しずる………すごい………』
などと呟いていた。
『ユウ君まで感化されないでくださいーっ!』
AIの悲鳴が宇宙へ響く。
その時だった。
前方の巨大モニターにカウントダウン表示が現れる。
会場全体にアナウンスが流れ始めた。
ついに。
ホワイトスター主催の狂気のバトルレースが、その幕を開けようとしていた。
『――十!!』
巨大なカウントダウン表示が宇宙空間へ投影される。
旧連合軍基地を改造したホワイトスターの拠点周辺宙域。
そこには数十機、いや百機近い宇宙戦闘機がひしめき合っていた。
巨大な魚群のように。
あるいは獲物へ群がる肉食獣の群れのように。
大小様々な機体が密集し、スタートの瞬間を待っている。
推進機の青白い光があちこちで瞬き、機体同士が発する電波や通信が飛び交い、宇宙空間であるにも関わらず、そこには確かに熱気が存在していた。
サーペントピアスのコックピットの中で、シズルは静かに前方を見据える。
ヘルメット越しの視界には無数の機体。
レース参加者。
暴走族。
賞金稼ぎ。
傭兵。
犯罪者。
そして単純に刺激を求めてやって来た命知らず達。
まともな人間より、まともではない人間の方が多そうな集団だった。
『九!!』
通信回線の向こうでは、歓声が絶え間なく響いている。
酒を飲みながら騒いでいる者。
仲間と賭けをしている者。
既に武装の安全装置を解除している者。
普通のレースならば失格になりそうな行為ばかりだ。
『八!!』
だがここはホワイトスターのバトルレース。
むしろそれが当たり前だった。
「まったく……」
シズルは小さく呟く。
「最初から無法地帯だな」
『今さらですよ』
シーサン・ポーが呆れた声を返す。
『むしろここまで来て期待していたんですか?』
「いや」
シズルは苦笑した。
「期待はしていない」
ただ。
予想以上だっただけだ。
『七!!六!!』
前方。
少し離れた場所にいる黒い機体へ目を向ける。
ブラッドレイダー・サーベルティガー。
ダンテオール・ドンタックの愛機。
黒い装甲。
赤いライン。
大型化された主翼。
通常のブラッドレイダーとは比較にならない威圧感を放っている。
推進機が赤く発光していた。
まるで獣が牙を剥いているようだった。
機体越しでも分かる。
あの男もまた高揚している。
レースそのものを楽しんでいる。
狩りを楽しむ猛獣のように。
『五!!』
その隣ではチョコのブラッドレイダーが左右へ小刻みに揺れていた。
まるで今にも飛び出したくて仕方がない子供のようだ。
通信回線からは笑い声まで漏れてくる。
『キャハハハハッ!早く始まんないかなぁ!退屈で死にそうなんだけどぉ!』
実際にレースが始まれば、真っ先に他の参加者へ襲いかかりそうな声だった。
危険人物という言葉がよく似合う。
だが。
シズルの意識は別の方向にも向いていた。
少し離れた位置。
目立たない場所。
そこにいる一機の戦闘機。
他の参加者がエンジンを吹かし、仲間と通信し、騒いでいる中。
その機体だけは異様なほど静かだった。
機体は灰色。
鋭角的な翼。
ダートファイター系統に見えるが、細部が違う。
明らかに強化改造が施されている。
そして何より。
その機体からは獣のような荒々しさではなく、刃物のような冷たさを感じた。
静かだ。
あまりにも静かだった。
まるで騒ぎの中に紛れ込んだ暗殺者のように。
シズルは自然と眉をひそめる。
(あいつだな……)
昨夜。
パーティ会場で感じた視線。
人混みの向こうから自分を見ていた人物。
『四!!』
おそらく同じ相手。
確証はない。
だが直感がそう告げていた。
『三!!』
カウントダウンが進む。
周囲の空気が変わる。
今まで騒いでいた参加者達も次第に口数が減っていく。
エンジン音だけが残る。
獰猛な獣達が飛びかかる瞬間を待つような静寂。
緊張が張り詰める。
シズルは操縦桿を握る手に少し力を込めた。
サーペントピアスの出力は既に最大近い。
いつでも飛び出せる。
『二!!』
参加者達の機体から推進光が伸びる。
青。
赤。
白。
緑。
無数の光が宇宙を照らす。
まるでスタートラインそのものが燃え上がっているようだった。
『一!!』
全員が前を見る。
誰もが勝利を狙う。
誰もが他人を出し抜こうと考えている。
そして――
『ゼロォォォォォォォッ!!』
瞬間。
宇宙が爆発した。
数十機もの宇宙戦闘機が一斉に加速する。
推進光が尾を引き、無数の流星群となって飛び出していく。
サーペントピアスも同時に発進した。
強烈な加速G。
視界が一瞬揺れる。
だがシズルは慣れた手付きで機体を安定させる。
機首を前へ向ける。
先頭集団が一気に広がっていく。
普通のレースならここから速度勝負が始まる。
しかし。
ここはホワイトスターのバトルレースだった。
開始から僅か三秒。
最初のレーザー光が走った。
『ヒャハハハハハッ!!』
誰かの笑い声。
青白い閃光。
それが前方を飛ぶ機体へ直撃する。
爆発。
戦闘機が火球へ変わる。
『うわああああああっ!?』
悲鳴。
さらに別方向からレーザー。
ミサイル。
機関砲。
ありとあらゆる武装が火を吹く。
まるで全員がその瞬間を待っていたかのようだった。
「最初から撃ち合うのか!?」
シズルが思わず声を上げる。
『だからバトルレースなんですよ!』
シーサン・ポーの悲鳴が返ってきた。
『普通のレースじゃないんですから!』
左右で爆発。
前方で爆発。
後方でも爆発。
撃墜された機体が回転しながらデブリとなって散っていく。
翼を吹き飛ばされた機体。
エンジンを破壊された機体。
コックピットを撃ち抜かれた機体。
開幕一分も経っていない。
それなのに既に十機近くが脱落していた。
まるで戦争だった。
いや。
統制も規律もない分、戦争より酷いかもしれない。
だが参加者達は悲鳴を上げながらも笑っている。
狂気だった。
『落ちろぉぉぉ!!』
『どけ邪魔だ!!』
『一位は俺だぁぁぁ!!』
怒号が飛び交う。
レーザーが走る。
爆発が起きる。
戦闘機が散る。
暗黒の宇宙に無数の閃光が咲き乱れていた。
赤い炎。
青白い爆発。
破壊された機体から噴き出す火花。
それらが次々と広がっていく。
その光景はあまりにも派手だった。
あまりにも狂っていた。
まるで――
レースの開幕を祝う花火のように。
無数の爆発光が宇宙を彩る中。
サーペントピアスは白い閃光となって加速する。
その後方では黒いサーベルティガーが猛獣のように迫り。
さらにその遥か後方では、灰色の謎の戦闘機が静かにシズルを追い始めていた。
誰もまだ気付いていない。
このレースの裏で、本当の獲物を狙う者がいることに。