おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ホワイトスター主催のバトルレースが始まってから十分ほどが経過していた。
無数の宇宙戦闘機はスタート地点を飛び出し、カタクリ星系各地へ向けて広がりながら進んでいる。
だが、その光景は「レース」という言葉から一般人が想像するものとは程遠かった。
順位を競う競技ではない。
速さを競うスポーツでもない。
これは武装したならず者達による大規模な戦闘行為であり、そのついでにチェックポイントを回るだけの暴力的な祭典だった。
レースルート上に設定された宙域では、今日も多くの民間船が通常通り活動している。
鉱石を運ぶ貨物船。
コロニーへ食料を届ける輸送船。
整備会社の作業艇。
個人所有の小型宇宙船。
彼らにとって今日は何でもない一日だった。
少なくとも――ホワイトスターの戦闘機群が現れるまでは。
「こちら貨物船アルマジロ号!前方に高速接近反応多数! 何だあれは!?」
中年の船長がモニターを見ながら声を上げた。
レーダー画面には大量の高速反応。
数十。
いや百近い光点が凄まじい勢いで接近している。
その直後だった。
窓の外を数機のブラッドレイダーが流星のような速度で通過する。
赤。
青。
黒。
派手な塗装を施された機体が貨物船のすぐ横を掠めて飛び抜けた。
「近い近い近い近い!!」
「船長!あれホワイトスターです!」
「何でこんな航路を飛んでやがるんだ!」
クルー達が悲鳴を上げる。
その時。
さらに後方から飛来した一機がレーザーバルカンを発射した。
狙いは前を飛ぶライバル機だったのだろう。
だが撃った本人は周囲など見ていない。
青白いレーザーが貨物船の脇を掠めて飛んでいく。
あと少しズレていたら直撃だった。
「うおおおっ!?」
船長は反射的に操縦桿を倒した。
貨物船が大きく傾く。
積荷固定警報が鳴り響く。
「ふざけるな!」
「こっちは仕事中だぞ!」
「連合に通報しろ!」
「もうやってます!」
「繋がるまで生きてりゃいいがな!」
悲鳴と怒号がブリッジに飛び交った。
しかしそんな民間人の怒りなど、暴走族達に届くはずもなかった。
彼らにとって一般市民は背景でしかない。
むしろ驚き慌てる様子すら娯楽の一部だった。
『どけどけぇぇぇぇぇっ!!』
『ホワイトスター様のお通りだぁぁぁ!!』
『ヒャハハハハハ!!』
通信越しの笑い声が響く。
その直後。
別の場所で爆発が起きた。
一機のブラッドレイダーがミサイルを発射し、前方の機体へ直撃させたのである。
閃光。
爆炎。
機体の残骸が四散する。
『おおっとぉぉぉぉぉ!!』
司会者の興奮した声が全体通信へ流れる。
『ここで一機脱落だぁぁぁぁ!!レース開始十分!既に二十機以上がリタイアしております!!』
『最高だぜぇぇぇぇぇ!!』
歓声が上がる。
誰かが死んだかもしれない。
だが観客達は気にしない。
むしろ盛り上がる。
狂っている。
それがこのレースだった。
先頭集団ではさらに激しい戦闘が展開されていた。
『死ねぇぇぇ!!』
『邪魔だボケ!!』
『うおおおおおっ!!』
レーザーが飛ぶ。
ミサイルが飛ぶ。
戦闘機同士が互いを撃ち合いながら前進していく。
ある機体は翼を吹き飛ばされる。
ある機体は推進器を失う。
ある機体は味方同士で衝突する。
チェックポイントへ向かう最短ルートは既に火薬庫と化していた。
そして。
その混沌の中心に一機の機体がいた。
黒い機体。
大型化された翼。
赤い光を放つ推進機。
サーベルティガー。
ダンテオール・ドンタック専用機である。
『ヒャハハハハハ!!遅ぇぞテメェら!!』
ダンテオールが笑う。
通信越しでも分かる。
心底楽しんでいる。
彼にとってこれはレースであり、遊びであり、狩りだった。
前方から二機のブラッドレイダーが接近する。
『ダンテを落とせぇ!!』
『賞金は俺達のもんだ!!』
左右から挟み込む。
レーザー発射。
だが。
サーベルティガーは一瞬で加速した。
赤い推進光が長く伸びる。
まるで獣が飛びかかるような機動だった。
「速い……」
後方から見ていたシズルが思わず呟く。
『確かに速いですね』
シーサン・ポーも珍しく感心したように言う。
『ワタクシの計測では通常のブラッドレイダーを大幅に上回っています』
『改造費だけで輸送船一隻買えそうですね』
「賞金首らしい金の使い方だ」
シズルは淡々と答える。
その間にも戦闘は続いていた。
サーベルティガーが敵機の射線をすり抜ける。
反転。
背後を取る。
『なっ――!?』
『速っ!?』
レーザー発射。
一機爆散。
さらにもう一機。
回避しようとしたところへ追撃。
再び爆発。
僅か数秒。
二機撃墜。
圧倒的だった。
『ヒャハハハハハハ!!どうしたぁ!?そんなもんかぁ!?もっと俺を楽しませろよぉ!!』
ダンテオールの高笑いが響く。
まるで猛獣である。
挑んでくる相手を片っ端から噛み砕く肉食獣。
周囲の暴走族達も熱狂していた。
『さすがダンテだぁ!!』
『最強だぜぇぇぇ!!』
『連合なんざ屁でもねぇ!!』
『ぶっちぎれぇぇぇ!!』
歓声。
怒号。
笑い声。
混沌の中でサーベルティガーは先頭へ躍り出る。
誰も追いつけない。
誰も止められない。
『誰だぁ!?』
ダンテオールの声が全体通信に響く。
『俺を止められる奴ぁ!?いるなら出てこいやぁぁぁ!!』
その挑発に歓声が上がる。
しかし。
後方を飛ぶサーペントピアスのコックピットで、シズルだけは冷静だった。
先頭を走る黒い機体を見据える。
確かに強い。
操縦技術も高い。
判断力もある。
ただのチンピラではない。
何度も銀河連合の包囲網を突破してきた理由も理解できる。
「なるほどな……」
シズルは静かに呟いた。
「思った以上に腕はあるらしい」
『ですが賞金首です』
シーサン・ポーが返す。
『捕まえれば子供服も防寒マントも買えますよ』
「そうだな」
シズルは小さく笑った。
そして操縦桿を握る手に力を込める。
視線の先にはダンテオール。
さらにその向こうにはチェックポイント。
だがシズルのそもそもの目的は優勝ではない。
賞金首の確保。
ただそれだけだ。
「さて――」
サーペントピアスの推進器が唸りを上げる。
「そろそろ追い上げるとするか」
白と赤の戦闘機が加速する。
混沌と化したレース宙域の中へ。
黒き王者を狩るために。
『キャハハハハハハハッ!!』
直後、甲高い笑い声が全体通信へ響き渡った。
戦闘機同士の銃撃戦。
爆発。
悲鳴。
怒号。
そんな混沌の中でも、その笑い声だけは妙に耳に残る。
『見つけた見つけたぁ!アンタさぁ、さっきからダンテのこと見すぎじゃない?ウチ、そういうの嫌いなんだよねぇ!』
シズルが眉をひそめた次の瞬間だった。
警報音がコックピットに鳴り響く。
『警告! 高エネルギー反応接近!左方よりレーザー攻撃!』
「っ!」
反射的に操縦桿を倒す。
サーペントピアスが急旋回した。
その直後。
青白いレーザーが機体の脇を通り抜ける。
さらに二発。
三発。
四発。
まるで機体を包囲するように光線が襲い掛かった。
「何だ!?」
『新規敵機を確認!』
シーサン・ポーの声が響く。
『ブラッドレイダー五機!いえ、六機です!こちらへ向かっています!』
モニターに赤いマーカーが並ぶ。
高速接近。
完全に狙われていた。
サーペントピアスはロールしながらレーザーを回避する。
左へ。
右へ。
上へ。
下へ。
曲芸飛行のような機動で次々と射線を外していく。
だが攻撃は止まらない。
『逃げんなよぉ!』
『キャハハハハハ!』
『女ぁ!』
『そこで爆発しちゃいなよぉ!』
先頭を飛ぶ一機。
派手なピンク色のブラッドレイダー。
機首には星のマーク。
側面には落書きのようなペイント。
明らかに他の機体とは雰囲気が違う。
『マスター』
シーサン・ポーが言った。
『ホワイトスター幹部チョコ・キークです。ダンテオール・ドンタックの交際相手ですね』
「なるほど」
シズルは短く答える。
「厄介なのに目を付けられたな………!」
レーザーが飛ぶ。
回避。
さらにミサイル。
サーペントピアスが機首を振り上げる。
ミサイルが機体下方を通過して爆発した。
衝撃波が機体を揺らす。
『あれぇ!?避けた!?キャハハハッ!結構やるじゃんアンタ!』
チョコが楽しそうに笑った。
その声には明確な敵意が含まれている。
まるで獲物を見つけた肉食獣だ。
『でもさぁ!ウチ知ってんだよねぇ!』
「何をだ」
『アンタずーっとダンテ見てたじゃん?』
「……何?」
『何って?』
チョコが笑う。
『惚れたんでしょ?ダンテにさぁ!』
一瞬。
シズルは意味が理解できなかった。
「……は?」
『だからぁ!ダンテ狙ってんでしょ!?色目使ってんでしょ!?分かるんだよねぇ女の勘で!』
シズルは思わず黙った。
数秒ほど。
本当に数秒。
頭の中が真っ白になる。
その隙を狙うようにレーザーが飛来した。
「っと!」
急上昇。
光線が機体下方を通り過ぎる。
危なかった。
だが今の攻撃以上にチョコの発言が衝撃だった。
「……違う」
『あ?』
「違うと言っている」
シズルは呆れた声を出した。
「私は賞金首を追っているだけだ」
『へぇ?』
「ダンテオール・ドンタックだろう?銀河連合から賞金がかけられている。だから捕まえようとしている。それだけだ」
事実である。
恋愛感情など欠片もない。
むしろ初対面だ。
だが。
『キャハハハハハハハ!!』
チョコは大笑いした。
『嘘つけぇ!そんな言い訳通じると思う!?ウチ馬鹿じゃないんだから!』
「……」
シズルは無言になった。
どうやら話が通じないらしい。
『ダンテはウチの男なんだよねぇ!だからさぁ!横から手ぇ出そうとする女は嫌いなの!超嫌い!めちゃくちゃ嫌い!だから死んでぇぇぇぇ!!』
ブラッドレイダー部隊が一斉射撃を開始した。
六機。
四方から。
レーザーが雨のように降り注ぐ。
『警告!被弾予測!被弾予測!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
「分かっている!」
サーペントピアスが旋回する。
ロール。
急降下。
急上昇。
推進機が悲鳴のような音を上げる。
だがシズルの操縦技術は一流だった。
機体はまるで生き物のように動く。
レーザーの隙間を縫う。
爆発を掠める。
攻撃の網をすり抜ける。
しかし敵の数が多い。
一機なら問題ない。
二機でも対処できる。
だが六機。
しかも周囲では他の参加者達も撃ち合っている。
状況は複雑だった。
『逃げるなよぉ!』
『女ぁ!』
『キャハハハハハハ!』
チョコの笑い声が追いかけてくる。
まるで悪夢のようだった。
「……面倒だな」
シズルは小さく呟いた。
本来の標的はダンテオールだ。
賞金首本人。
先ほどまで視界の先にいた黒いサーベルティガーは、今も先頭集団を駆け抜けている。
だが今は追えない。
チョコ達が邪魔をしている。
しかも理由が酷い。
賞金首を追っていたら恋敵認定された。
賞金稼ぎとして長く生きてきたが、こんな理由で命を狙われるのは初めてかもしれない。
『マスター』
シーサン・ポーが言う。
『大変失礼ながら………かなり理不尽ですね』
「ああ」
シズルは深々とため息を吐いた。
「私もそう思う」
レーザーが飛ぶ。
回避。
ミサイルが飛ぶ。
回避。
再びレーザー。
回避。
サーペントピアスは激しい機動を続ける。
今は反撃よりも生存が優先だった。
シズルは操縦桿を握りながら前方を見る。
先頭にはダンテオール。
背後にはチョコ。
左右には混戦状態のレース参加者達。
そしてレースそのものは容赦なく進行している。
「まったく……」
彼女は呟いた。
「賞金首を追うだけでも面倒なのに………」
機体を捻る。
レーザーが掠める。
「………余計な障害が増えたものだ」
その言葉と共に、サーペントピアスは再び光の奔流の中へ飛び込んでいった。