おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙は本来、静寂に満ちた場所である。
だが今、このカタクリ星系の一角にあるこの宙域だけは違った。
レーザーが飛び交う。
推進機関の光が乱舞する。
爆発の閃光が次々と咲き誇る。
まるで戦争だった。
いや、実際に戦争より酷いのかもしれない。
ここには戦線もなければ規律もない。
賞金目当てのならず者。
暴走族。
裏社会の住人。
そして殺意を抱いた暗殺者。
それらが同じ空域に集まり、好き勝手に武器を撃ち合っているのだから。
そんな混沌の中心で、二機の戦闘機が激しく火花を散らしていた。
白と赤の機体。
サーペントピアス。
そしてその背後にぴたりと食らいつく三角翼の改造機。
ミラージュダート。
両者はすでにレースなど忘れたかのような激しいドッグファイトを繰り広げていた。
「くっ!」
シズルは操縦桿を引いた。
サーペントピアスが急上昇する。
だが直後。
その回避先を読んでいたかのようにレーザーが飛来した。
青白い光線がコックピット横をかすめる。
あと数十センチずれていたら直撃だった。
「読まれている……!」
思わず唇を噛む。
カルライトの射撃精度は異常だった。
偶然ではない。
勘でもない。
彼はシズルの回避行動そのものを分析し、その先へ撃ち込んでいる。
ベテラン同士の空戦ではよくある話だ。
しかしその精度が常軌を逸していた。
まるで未来を見ているかのようだった。
『右後方から来ます!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
直後。
レーザーの雨が降り注いだ。
サーペントピアスが横転するように回避。
さらに急降下。
デブリの陰へ滑り込む。
だが。
ミラージュダートはそれすら読んでいた。
巨大な船体残骸の向こうから飛び出してきた瞬間、再び銃口が火を吹く。
レーザーが空間を裂く。
「っ!」
警告音。
機体が揺れた。
『被弾! 左舷装甲損傷!』
シーサン・ポーの悲鳴が響く。
『マスター! 被弾しました!』
「分かっている!」
シズルが怒鳴る。
だが怒鳴ったところで状況は変わらない。
むしろ悪化していた。
サーペントピアスは確かに高性能機だ。
シズルの操縦技術も一流だった。
しかし今は完全に押されている。
攻撃する余裕がない。
撃てばその瞬間を狙われる。
だから回避するしかない。
避ける。
避ける。
ひたすら避け続ける。
だがそれは時間の問題でもあった。
永遠に回避し続けることなど不可能なのだから。
レーザーが再び迫る。
サーペントピアスがロールする。
その際だった。
機体が大きく揺れた。
ギギギギギッ!!
機体全体から嫌な振動が伝わる。
『エンジン負荷警告!』
シーサン・ポーの声が震える。
『これ以上の無理な機動は危険です!』
実際、サーペントピアスは悲鳴を上げ始めていた。
高出力エンジンは限界近くまで酷使されている。
急上昇。
急降下。
急旋回。
宙返り。
スラスター全開。
常識外れの操縦を何分も続けているのだ。
機体が耐えていること自体が奇跡だった。
だが。
それでもカルライトは追ってくる。
少しも離れない。
まるで死神のように。
『マスター!!』
シーサン・ポーが半ば悲鳴を上げた。
『もう十分です!!』
「何がだ!」
『レースです!!』
AIとは思えないほど感情的な声だった。
『こんなもの放棄してください!!』
また警告音。
また被弾。
今度は右翼だった。
レーザーが掠める。
白い装甲片が宇宙へ散る。
『翼端損傷!!』
シーサン・ポーは完全に取り乱していた。
『逃げましょう!今すぐ離脱してください!レースなんかどうでもいいでしょう!?ユウ君も待っているんですよ!?こんな所で撃墜されたら元も子もありません!!』
次から次へと言葉が飛んでくる。
普段冷静なAIがここまで狼狽するのは珍しかった。
それだけ危険な状況なのだ。
客観的に見れば正論だった。
賞金首を追うのも結構。
ガルダ党残党を止めるのも結構。
だが死んでしまえば終わりである。
逃げられるなら逃げるべきだ。
普通ならそう判断する。
だが。
「まだだ」
シズルは短く呟いた。
『マスター!?』
「まだ終わっていない」
視線は前を向いたまま。
指先は操縦桿から離れない。
額には汗が浮かんでいる。
心臓も速い。
カルライトが強敵であることは認める。
おそらく今まで戦った相手の中でも上位に入る。
だが。
勝てないとは思わなかった。
「必ずどこかにある」
シズルは低く呟く。
「人間にも機械にも癖はある」
レーザーが飛ぶ。
回避する。
また飛ぶ。
避ける。
その繰り返しの中で。
彼女は戦っていた。
銃ではない。
剣でもない。
頭脳で戦っていた。
カルライトの動き。
射撃の間隔。
加速のタイミング。
旋回の癖。
視線の誘導。
全てを観察する。
全てを記憶する。
全てを分析する。
今は攻撃できなくていい。
今は耐える。
耐えて。
見抜く。
相手の弱点を。
逆転の糸口を。
必ず存在するはずの突破口を。
その時だった。
無数の戦闘機が入り乱れる前方空域で、一機のブラッドレイダーが爆発した。
爆炎。
残骸。
飛び散る破片。
その向こうでミラージュダートが再び銃口を向ける。
カルライトは追撃を止めない。
冷酷に。
機械のように。
確実に殺そうとしてくる。
だがシズルの目は死んでいなかった。
むしろ鋭くなっていく。
全神経が研ぎ澄まされていく。
攻撃の嵐。
迫る死。
機体の悲鳴。
シーサン・ポーの叫び。
その全てを聞きながら。
シズルは操縦桿を握りしめた。
――まだだ。
――まだ負けない。
――必ず逆転の一手はある。
その一瞬を掴むため。
彼女は襲い来るレーザーの豪雨の中へ、再びサーペントピアスを躍らせた。
「――見つけたぞ」
シズルは小さく呟いた。
その声は興奮でも焦りでもない。
獲物を仕留める直前の狩人のような、静かな確信に満ちていた。
サーペントピアスのコックピットには警告音が鳴り続けている。
左翼損傷。
外装被弾。
推進機関高負荷。
各種アラートが次々とモニターへ表示されていた。
だがシズルの視線はそれらを見ていない。
彼女が見ているのはただ一つ。
前方を飛ぶミラージュダートだけだった。
カルライト・エコー。確かに強敵だった。
射撃は正確。
操縦も一流。
感情に流される様子もない。
おそらくセントクルセイダース時代から幾度となく実戦を経験してきたのだろう。
だが。
どれほど優れた兵士でも癖はある。
どれほど高性能な機体でも弱点はある。
そして。
どれほど冷静な人間でも予想外の事態には対応が遅れる。
シズルは何度も攻撃を回避しながら、それを観察していた。
カルライトは常に相手の回避先を読む。
そしてその先へ先回りして撃つ。
つまり。
相手が動く事を前提に戦っている。
ならば――。
「そこだ!」
シズルは操縦桿を押し込んだ。
サーペントピアスが前進する。
ミラージュダートもそれを追う。
レーザー機銃が火を噴いた。
青白い光線が迫る。
その瞬間だった。
シズルはエンジン停止スイッチを叩いた。
ゴンッ!
鈍い振動。
次の瞬間。
サーペントピアスの推進炎が消えた。
宇宙戦闘機としては自殺行為にも等しい操作だった。
『マスター!?』
シーサン・ポーが絶叫する。
『何をやっているんですか!?』
だがシズルは答えない。
サーペントピアスは推進力を失い、その場で慣性飛行へ移行した。
突然速度を失った機体。
通常ならあり得ない挙動。
カルライトも予測できなかった。
ミラージュダートの照準がわずかにずれる。
そして。
両機の距離が一気に縮まった。
「な――」
カルライトの口から初めて動揺が漏れる。
サーペントピアスが目前に迫る。
そのままでは衝突する。
宇宙戦闘機同士の正面衝突。
そんなものになれば双方無事では済まない。
反射的に。
本能的に。
カルライトは操縦桿を切った。
ミラージュダートが回避行動に入る。
横へ。
大きく。
避ける。
その判断自体は間違っていなかった。
だが。
それこそがシズルの狙いだった。
「もらった!」
サーペントピアスのエンジンが再起動する。
轟音。
推進炎が爆発する。
停止状態から一気に加速。
宇宙空間では慣性が支配する。
だからこそ。
一瞬停止した機体は予測不能な動きを生み出す。
カルライトが回避した時にはもう遅かった。
ミラージュダートはサーペントピアスの真正面から逃れた。
だが同時に。
自ら背後を晒していた。
「っ!?」
ヘルメットの奥、カルライトの目が見開かれる。
モニターが警告を発した。
敵機接近。
敵機接近。
敵機接近。
その表示が意味するものを理解した時には。
もう全て終わっていた。
サーペントピアスは完全に背後を取っていた。
距離は至近。
回避不能。
逃げ場なし。
ターゲットスコープが赤く染まる。
ロックオン完了。
照準中央。
そこにはミラージュダートが映っていた。
シズルは静かにトリガーを握る。
「終わりだ」
レーザーバルカンが火を吹いた。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
青白い閃光が連続して宇宙を貫く。
至近距離から放たれた無数のレーザー。
ミラージュダートに逃げる時間はない。
避ける時間もない。
装甲が砕ける。
翼が吹き飛ぶ。
推進器が爆発する。
機体全体が次々と穴だらけになっていく。
まるで紙を撃ち抜くようだった。
「ぐっ……!」
カルライトが呻く。
初めて苦痛の声を上げた。
だがもう遅い。
機体各部が連鎖的に爆発を始める。
燃料系統。
動力炉。
武装区画。
全てが限界を迎えていた。
そして。
ミラージュダートは巨大な火球となった。
轟ッ!!
宇宙に咲く爆炎。
赤い光が闇を染める。
破片が四方へ飛び散る。
カルライト・エコーの乗る機体は、そのまま爆散した。
シズルは爆発を見届けながら息を吐く。
「……危なかった」
心からの本音だった。
あと少しでも判断を誤れば。
今頃爆発していたのは自分の方だった。
『マスター!!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
『無事ですか!?』
「ああ」
『ああじゃありません!!』
モニターの四角い顔が半泣きになっている。
『機体各部損傷!エンジン高負荷!右翼損傷!推進器出力低下!』
まるで怒涛の勢いだった。
『あんな無茶苦茶な機動をしたら壊れますよ!?サーペントピアスだって機械なんですからね!?ワタクシ、本気で肝が冷えましたよ!?』
次々飛び出す文句。
だがその裏にある心配も伝わってくる。
シズルは苦笑した。
「すまない」
『本当に思っていますか!?』
「少しは」
『少しなんですね!?』
シズルは笑う。
久しぶりに少しだけ肩の力が抜けた。
だが。
それもほんの一瞬だった。
彼女の視線が前方モニターへ向く。
レース空域。
その遥か先。
先頭集団がまだ飛んでいる。
黒い機体。
赤い光。
大型化された翼。
サーベルティガー。
ダンテオール・ドンタックの機体だった。
「……まだだ」
シズルは呟く。
『え?』
「まだ終わっていない」
操縦桿を握り直す。
サーペントピアスのエンジンが唸る。
損傷した機体が震える。
それでも飛べる。
まだ飛べる。
なら十分だ。
「賞金首が残っている」
『まさか………』
シーサン・ポーが嫌な予感を覚えたような声を出す。
シズルの口元が僅かに吊り上がった。
「行くぞ」
サーペントピアスが加速する。
傷だらけの機体が再び宇宙を駆ける。
その先には。
ホワイトスターの首領。
ダンテオール・ドンタックが待っていた。