おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
民間コロニー群の一つでは、いつもと変わらない日常が流れている――はずだった。
巨大な円筒形コロニーの外壁。
その表面に取り付けられた整備用設備の上で、一機のダートポッドが作業を続けていた。
丸い機体に二本の作業用アーム。
銀河社会のどこにでもある、ごくありふれた作業機械である。
操縦席の中では、中年の作業員が安全ハーネスを締めながら外壁パネルの交換作業を進めていた。
「まったく……」
男は工具を動かしながらぼやく。
「最近は物流も増えたし、整備箇所も増える一方だな……」
コロニーの人口は年々増加している。
それに伴って設備の消耗も激しくなり、整備員達は常に忙しい。
だがそれでも平和な仕事だった。
少なくとも昨日までは。
男が新しい外壁パネルを固定しようとした、その時だった。
遠くから低い振動音が聞こえてきた。
「ん?」
男は顔を上げる。
宇宙空間に音は伝わらない。
だがダートポッドのセンサーが周辺振動を拾い、操縦席へ変換している。
その振動が異常に大きかった。
「なんだ?」
レーダーを見る。
直後。
男の顔色が変わった。
「うわっ!?」
戦闘機の群れだった。
数十機。
いや、それ以上。
無数の宇宙戦闘機がコロニー近傍を高速で飛び抜けていく。
レーザーが飛ぶ。
ミサイルが飛ぶ。
爆発が起こる。
まるで戦場だった。
「お、おいおいおいおい!!」
男は思わず悲鳴を上げる。
「なんでこんな所で戦ってるんだよ!?」
答える者はいない。
ホワイトスターのレース参加者達は民間施設の存在など気にも留めていなかった。
順位。
賞金。
名声。
それしか見えていない。
その時だった。
一機のブラッドレイダーが撃ち抜かれる。
レーザーが機体中央を貫通した。
爆発。
四散する残骸。
そのうちの一つが回転しながら飛んでくる。
「ま、待て待て待て――!」
作業員の叫び。
次の瞬間。
残骸がコロニー外壁へ激突した。
轟音。火花。爆発。
衝撃がダートポッドを揺らす。
「うおおおっ!?」
男は必死に操縦桿へしがみつく。
幸いにも外壁そのものへの損害は軽微だった。
だがあと数十メートルずれていたら、自分が直撃を受けていた。
「ふざけるなよあいつら……!」
男は顔を引きつらせながら呟いた。
だが戦闘機群はそんな事などお構いなしに飛び去っていく。
まるで嵐だった。
いや。
嵐の方がまだ自然現象という意味で理解できる。
これはただの迷惑行為だった。
そしてその嵐の中心には、一機の黒い機体がいた。
「ハハハハハハハッ!遅え遅え!」
サーベルティガー。
ホワイトスター総長ダンテオール・ドンタック専用機。
巨大化した主翼。
増設されたレーザーバルカン。
真紅のライン。
そして光波推進機から噴き出す赤い輝き。
まるで宇宙を駆ける猛獣だった。
「ハハハハハハハッ!」
ダンテオールは豪快に笑う。
操縦桿を握る手にも迷いはない。
照準に映った機体へ引き金を引く。
レーザー発射。
一機撃墜。
さらにもう一機。
逃げようとした機体も撃ち抜く。
「遅ぇんだよ雑魚共!」
サーベルティガーが旋回する。
背後へ回り込む。
また一機。
また一機。
次々とレース参加者が脱落していく。
爆発が続く。
火球が咲く。
その中心でダンテオールは笑っていた。
「これだからレースはやめられねぇ!」
通信回線から歓声が飛ぶ。
『総長ぉぉぉ!』
『ぶっちぎりだ!』
『優勝確定だぜ!!』
部下達も興奮している。
ダンテオールは満足そうにニヤリと笑った。
実際、その通りだった。
ここまで来れば追いつける者はいない。
邪魔な連中もほとんど消えた。
あとはゴールへ向かうだけ。
そして。
前方に巨大な構造物が見えてくる。
宇宙ステーション・ロッタリア。
今回のゴール地点だった。
「見えたぜ!」
ダンテオールが叫ぶ。
「ロッタリアだ!!」
赤い推進光が強まる。
サーベルティガーがさらに加速する。
ゴールは目前。
勝利も目前だった。
その頃。
ロッタリア内部では大混乱が起きていた。
「宇宙暴走族が接近中です!」
「避難してください!」
「繰り返します!避難してください!」
警報が鳴り響く。
通路を人々が走る。
店員がシャッターを下ろす。
買い物客が荷物を抱えて逃げる。
小さな子供の泣き声も聞こえた。
「またかよ!」
「いい加減にしてくれ!」
「連合は何やってるんだ!」
怒号が飛び交う。
誰もがホワイトスターにうんざりしていた。
だがそれでも彼らは止められない。
だから逃げるしかないのだ。
そして。
ロッタリア港湾区画。
停泊中のコフィン号の中でも緊張が高まっていた。
ブリッジ中央モニターでは、接近するレース集団の映像が映し出されている。
四角いロボット顔を表示したシーサン・ポーは慌ただしく作業していた。
『ああもう!来る!来ますよ!ホワイトスターの連中がこっちへ向かっています!』
AIとは思えないほど慌てている。
レーダーには大量の機影。
しかも戦闘中。
いつ流れ弾が飛んでくるか分からない。
『マスター!』
シーサン・ポーは通信回線を開いた。
『聞こえますかマスター!コフィン号を発進させても――』
そこまで言いかけた時だった。
ブリッジ入口の自動ドアが静かに開く。
シーサン・ポーが振り向く。
『あれ?』
そこにいたのはユウだった。
白い髪。赤い瞳。小さな身体。
まだ着替えも十分に揃っていない幼い少年。
ユウは何も言わない。
ただ。
静かにブリッジへ入ってきた。
『ユウ君?』
シーサン・ポーが声を掛ける。
だが返事はない。
ユウは大型モニターへ近付いていく。
そこに映っているのはレース空域の映像。
先頭を走るサーベルティガーだった。
赤い光を引きながら宇宙を疾走する黒い機体。
ユウはそれを見つめる。
じっと。
本当にじっと。
瞬きすら忘れたように。
『ユウ君?』
シーサン・ポーがもう一度呼ぶ。
その時。
AIは気付いた。
ユウの表情に。
その小さな身体がわずかに震えている事に。
赤い瞳の奥に怯えが宿っている事に。
恐怖。
不安。
言葉にできない何か。
それでもユウは目を逸らさない。
まるで何かを感じ取っているかのように。
あるいは。
これから起こる何かを予感しているかのように。
少年は無言のまま、宇宙を爆走するサーベルティガーを見つめ続けていた。
『何を――何をしているんですか、ユウ君!?』
ブリッジのモニターに映る光景を見て、シーサン・ポーの電子音声が思わず裏返った。
ロッタリアの宇宙港区画。
巨大な窓の向こうでは、ゴール目前の宙域を真っ赤な光を引いて突き進むサーベルティガーが見えている。
その機体に向かって。
まだ五歳の小さな少年が。
ただ黙って手を伸ばしていた。
ユウは何も言わない。
白い髪が微かに揺れ、赤い瞳だけが遠く離れた宇宙の一点を見つめている。
その表情には恐怖があった。
不安もあった。
けれどそれ以上に――必死さがあった。
まるで。
誰かを守ろうとしているかのような。
そんな表情だった。
「…………!」
ユウの小さな指先が震える。
次の瞬間だった。
宇宙を疾走していたサーベルティガーが。
ぴたり、と停止した。
まるで見えない巨大な手に掴まれたかのように。
猛烈な速度で飛行していたはずの機体が、その場に縫い付けられたように動かなくなったのである。
『え……?』
シーサン・ポーの画面の顔が固まる。
『な、何が起きたんですか!?』
センサーは異常を検知していない。
推進機は正常。
機体の故障でもない。
外部からの攻撃も確認できない。
それなのに。
サーベルティガーだけが宇宙空間で静止していた。
理解不能な現象だった。
一方。
当事者であるダンテオール本人も状況を理解できていなかった。
「はぁ!?」
コックピットの中で怒鳴る。
「何だ!?」
スロットルを押し込む。
エンジン出力が上昇する。
光波推進機が赤く輝く。
だが。
機体は動かない。
一ミリも。
「動けぇぇぇっ!!」
さらに出力を上げる。
警告灯が点滅する。
エンジンが唸る。
しかし結果は同じだった。
まるで宇宙そのものに固定されてしまったかのように。
サーベルティガーはその場から動けない。
「ふざけんな!」
ダンテオールは操縦桿を叩いた。
「何だこれ!?故障か!?いや違う!何かがおかしい!」
額に汗が滲む。
理解できない事態は人間を恐怖させる。
そして今のダンテオールは、その恐怖を確実に感じ始めていた。
一方で。
コフィン号のブリッジでは。
ユウの表情が徐々に歪み始めていた。
「…………!」
小さな身体が震える。
呼吸も荒い。
何かとてつもなく重いものを支えているような顔だった。
『ユウ君!?』
シーサン・ポーが慌てる。
『無理をしてはいけません!』
だがユウは答えない。
ただじっと。
遠く離れたサーベルティガーを見つめ続けていた。
「…………しずる……」
ぽつりと呟く。
その瞬間だった。
別方向から一筋の光が飛来した。
白と赤の機体。
前進翼。
二股に分かれた特徴的な機首。
サーペントピアス。
シズルの愛機である。
「見つけたぞ、ダンテオール!」
通信回線越しにシズルの声が響く。
サーベントピアスは傷だらけだった。
機体各所に焦げ跡。
翼には被弾痕。
エンジン出力も万全とは言えない。
だが。
まだ飛べる。
まだ戦える。
そして。
目の前の獲物は完全に停止していた。
「これで終わりだ!」
サーペントピアスのレーザーバルカンが火を噴く。
青白い閃光。
正確無比な射撃。
それはコックピットだけを避けるように飛び。
サーベルティガーの各部を撃ち抜いていった。
右主翼。爆発。
左主翼。爆発。
レーザー砲。破壊。
光波推進機。誘爆。
次々と火花を散らしながら、機体は無力化されていく。
「なっ!?」
ダンテオールが目を見開く。
「やめろ!やめろぉぉぉ!」
だが遅い。
数秒後には。
サーベルティガーは見るも無残な姿になっていた。
コックピットだけを辛うじて残した残骸。
もはや航行能力は皆無。
レース続行など不可能だった。
「くそっ!何しやがった!」
ダンテオールが怒鳴る。
あの理解不能な状況………ユウの力により引き起こされた現象が、シズルに関連していると、おそらく感づいたのだろう。
「インチキだろ!何をした!?何で動かなかった!テメェ何をやったんだ!」
サーベルティガーの前方へ。
サーペントピアスがゆっくりと回り込む。
まるで逃がさないと言わんばかりに。
立ちはだかる。
「さあな」
シズルは肩を竦めるような声音で答えた。
「運が悪かったんじゃないか?」
「ふざけんな!」
怒号が飛ぶ。
その時だった。
新たな反応が宙域に出現した。
大量の熱源。
大型艦艇。
高速機動部隊。
そして――公式識別信号。
『こちら銀河連合治安維持艦隊!』
通信が全宙域へ響く。
『全機武装解除せよ!抵抗した場合は強制制圧を行う!』
宇宙がざわついた。
巨大な戦艦群がワープアウトする。
その周囲を護衛戦闘機部隊が展開。
整然とした陣形。
圧倒的な数。
圧倒的な火力。
ホワイトスター程度では到底太刀打ちできない。
「な……」
ダンテオールの顔から血の気が引く。
「うそだろ……」
各所で悲鳴が上がる。
「連合だ!」
「逃げろ!」
「包囲された!」
だが遅かった。
戦闘機部隊が次々と暴走族たちを取り囲む。
武装解除命令。
拘束ビーム。
降伏勧告。
逃げ場はどこにもない。
レース会場は一転して大規模な摘発現場へと変わっていた。
『ホワイトスター構成員を確認!』
『順次拘束します!』
『抵抗するな!』
ブラッドレイダーが次々と停止していく。
逮捕されていく仲間たち。
追い詰められるホワイトスター。
そして。
その中心にいたダンテオールは。
ただ呆然としていた。
「終わり……?」
信じられないという顔だった。
「俺たちが……?こんな……」
そんな彼に向けて。
サーペントピアスの通信が開く。
シズルの声が聞こえた。
「知ってるか?」
少しだけ。
皮肉っぽい笑みが混じった声だった。
「こういう状況のことを、昔の地球では――」
一拍置く。
「年貢の納め時と言うらしい」
「…………」
ダンテオールは何も言えなかった。
怒りも。
反論も。
何一つ出てこない。
目の前には賞金稼ぎ。
周囲には銀河連合の艦隊。
そして仲間たちは次々と捕まっていく。
敗北だった。
完全な。
どうしようもない敗北だった。
遠く離れたコフィン号のブリッジで。
ユウはようやく手を下ろした。
「…………」
小さく息を吐く。
その身体がふらりと揺れる。
『ユウ君!?』
シーサン・ポーが慌てる。
だがユウは倒れなかった。
ただ。
モニターの向こうにいるサーペントピアスを見つめて。
安心したように呟いた。
「…………しずる」
そして。
ほんの少しだけ。
笑った。