おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#18

 民間コロニー群の一つでは、いつもと変わらない日常が流れている――はずだった。

 巨大な円筒形コロニーの外壁。

 その表面に取り付けられた整備用設備の上で、一機のダートポッドが作業を続けていた。

 丸い機体に二本の作業用アーム。

 銀河社会のどこにでもある、ごくありふれた作業機械である。

 操縦席の中では、中年の作業員が安全ハーネスを締めながら外壁パネルの交換作業を進めていた。

 

「まったく……」

 

 男は工具を動かしながらぼやく。

 

「最近は物流も増えたし、整備箇所も増える一方だな……」

 

 コロニーの人口は年々増加している。

 それに伴って設備の消耗も激しくなり、整備員達は常に忙しい。

 だがそれでも平和な仕事だった。

 少なくとも昨日までは。

 男が新しい外壁パネルを固定しようとした、その時だった。

 遠くから低い振動音が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

 男は顔を上げる。

 宇宙空間に音は伝わらない。

 だがダートポッドのセンサーが周辺振動を拾い、操縦席へ変換している。

 その振動が異常に大きかった。

 

「なんだ?」

 

 レーダーを見る。

 直後。

 男の顔色が変わった。

 

「うわっ!?」

 

 戦闘機の群れだった。

 数十機。

 いや、それ以上。

 無数の宇宙戦闘機がコロニー近傍を高速で飛び抜けていく。

 レーザーが飛ぶ。

 ミサイルが飛ぶ。

 爆発が起こる。

 まるで戦場だった。

 

「お、おいおいおいおい!!」

 

 男は思わず悲鳴を上げる。

 

「なんでこんな所で戦ってるんだよ!?」

 

 答える者はいない。

 ホワイトスターのレース参加者達は民間施設の存在など気にも留めていなかった。

 順位。

 賞金。

 名声。

 それしか見えていない。

 その時だった。

 一機のブラッドレイダーが撃ち抜かれる。

 レーザーが機体中央を貫通した。

 爆発。

 四散する残骸。

 そのうちの一つが回転しながら飛んでくる。

 

「ま、待て待て待て――!」

 

 作業員の叫び。

 次の瞬間。

 残骸がコロニー外壁へ激突した。

 轟音。火花。爆発。

 衝撃がダートポッドを揺らす。

 

「うおおおっ!?」

 

 男は必死に操縦桿へしがみつく。

 幸いにも外壁そのものへの損害は軽微だった。

 だがあと数十メートルずれていたら、自分が直撃を受けていた。

 

「ふざけるなよあいつら……!」

 

 男は顔を引きつらせながら呟いた。

 だが戦闘機群はそんな事などお構いなしに飛び去っていく。

 まるで嵐だった。

 いや。

 嵐の方がまだ自然現象という意味で理解できる。

 これはただの迷惑行為だった。

 そしてその嵐の中心には、一機の黒い機体がいた。

 

「ハハハハハハハッ!遅え遅え!」

 

 サーベルティガー。

 ホワイトスター総長ダンテオール・ドンタック専用機。

 巨大化した主翼。

 増設されたレーザーバルカン。

 真紅のライン。

 そして光波推進機から噴き出す赤い輝き。

 まるで宇宙を駆ける猛獣だった。

 

「ハハハハハハハッ!」

 

 ダンテオールは豪快に笑う。

 操縦桿を握る手にも迷いはない。

 照準に映った機体へ引き金を引く。

 レーザー発射。

 一機撃墜。

 さらにもう一機。

 逃げようとした機体も撃ち抜く。

 

「遅ぇんだよ雑魚共!」

 

 サーベルティガーが旋回する。

 背後へ回り込む。

 また一機。

 また一機。

 次々とレース参加者が脱落していく。

 爆発が続く。

 火球が咲く。

 その中心でダンテオールは笑っていた。

 

「これだからレースはやめられねぇ!」

 

 通信回線から歓声が飛ぶ。

 

『総長ぉぉぉ!』

『ぶっちぎりだ!』

『優勝確定だぜ!!』

 

 部下達も興奮している。

 ダンテオールは満足そうにニヤリと笑った。

 実際、その通りだった。

 ここまで来れば追いつける者はいない。

 邪魔な連中もほとんど消えた。

 あとはゴールへ向かうだけ。

 そして。

 前方に巨大な構造物が見えてくる。

 宇宙ステーション・ロッタリア。

 今回のゴール地点だった。

 

「見えたぜ!」

 

 ダンテオールが叫ぶ。

 

「ロッタリアだ!!」

 

 赤い推進光が強まる。

 サーベルティガーがさらに加速する。

 ゴールは目前。

 勝利も目前だった。

 

 その頃。

 ロッタリア内部では大混乱が起きていた。

 

「宇宙暴走族が接近中です!」

「避難してください!」

「繰り返します!避難してください!」

 

 警報が鳴り響く。

 通路を人々が走る。

 店員がシャッターを下ろす。

 買い物客が荷物を抱えて逃げる。

 小さな子供の泣き声も聞こえた。

 

「またかよ!」

「いい加減にしてくれ!」

「連合は何やってるんだ!」

 

 怒号が飛び交う。

 誰もがホワイトスターにうんざりしていた。

 だがそれでも彼らは止められない。

 だから逃げるしかないのだ。

 そして。

 ロッタリア港湾区画。

 停泊中のコフィン号の中でも緊張が高まっていた。

 ブリッジ中央モニターでは、接近するレース集団の映像が映し出されている。

 四角いロボット顔を表示したシーサン・ポーは慌ただしく作業していた。

 

『ああもう!来る!来ますよ!ホワイトスターの連中がこっちへ向かっています!』

 

 AIとは思えないほど慌てている。

 レーダーには大量の機影。

 しかも戦闘中。

 いつ流れ弾が飛んでくるか分からない。

 

『マスター!』

 

 シーサン・ポーは通信回線を開いた。

 

『聞こえますかマスター!コフィン号を発進させても――』

 

 そこまで言いかけた時だった。

 ブリッジ入口の自動ドアが静かに開く。

 シーサン・ポーが振り向く。

 

『あれ?』

 

 そこにいたのはユウだった。

 白い髪。赤い瞳。小さな身体。

 まだ着替えも十分に揃っていない幼い少年。

 ユウは何も言わない。

 ただ。

 静かにブリッジへ入ってきた。

 

『ユウ君?』

 

 シーサン・ポーが声を掛ける。

 だが返事はない。

 ユウは大型モニターへ近付いていく。

 そこに映っているのはレース空域の映像。

 先頭を走るサーベルティガーだった。

 赤い光を引きながら宇宙を疾走する黒い機体。

 ユウはそれを見つめる。

 じっと。

 本当にじっと。

 瞬きすら忘れたように。

 

『ユウ君?』

 

 シーサン・ポーがもう一度呼ぶ。

 その時。

 AIは気付いた。

 ユウの表情に。

 その小さな身体がわずかに震えている事に。

 赤い瞳の奥に怯えが宿っている事に。

 恐怖。

 不安。

 言葉にできない何か。

 それでもユウは目を逸らさない。

 まるで何かを感じ取っているかのように。

 あるいは。

 これから起こる何かを予感しているかのように。

 少年は無言のまま、宇宙を爆走するサーベルティガーを見つめ続けていた。

 

『何を――何をしているんですか、ユウ君!?』

 

 ブリッジのモニターに映る光景を見て、シーサン・ポーの電子音声が思わず裏返った。

 ロッタリアの宇宙港区画。

 巨大な窓の向こうでは、ゴール目前の宙域を真っ赤な光を引いて突き進むサーベルティガーが見えている。

 その機体に向かって。

 まだ五歳の小さな少年が。

 ただ黙って手を伸ばしていた。

 ユウは何も言わない。

 白い髪が微かに揺れ、赤い瞳だけが遠く離れた宇宙の一点を見つめている。

 その表情には恐怖があった。

 不安もあった。

 けれどそれ以上に――必死さがあった。

 まるで。

 誰かを守ろうとしているかのような。

 そんな表情だった。

 

「…………!」

 

 ユウの小さな指先が震える。

 次の瞬間だった。

 宇宙を疾走していたサーベルティガーが。

 ぴたり、と停止した。

 まるで見えない巨大な手に掴まれたかのように。

 猛烈な速度で飛行していたはずの機体が、その場に縫い付けられたように動かなくなったのである。

 

『え……?』

 

 シーサン・ポーの画面の顔が固まる。

 

『な、何が起きたんですか!?』

 

 センサーは異常を検知していない。

 推進機は正常。

 機体の故障でもない。

 外部からの攻撃も確認できない。

 それなのに。

 サーベルティガーだけが宇宙空間で静止していた。

 理解不能な現象だった。

 

 一方。

 当事者であるダンテオール本人も状況を理解できていなかった。

 

「はぁ!?」

 

 コックピットの中で怒鳴る。

 

「何だ!?」

 

 スロットルを押し込む。

 エンジン出力が上昇する。

 光波推進機が赤く輝く。

 だが。

 機体は動かない。

 一ミリも。

 

「動けぇぇぇっ!!」

 

 さらに出力を上げる。

 警告灯が点滅する。

 エンジンが唸る。

 しかし結果は同じだった。

 まるで宇宙そのものに固定されてしまったかのように。

 サーベルティガーはその場から動けない。

 

「ふざけんな!」

 

 ダンテオールは操縦桿を叩いた。

 

「何だこれ!?故障か!?いや違う!何かがおかしい!」

 

 額に汗が滲む。

 理解できない事態は人間を恐怖させる。

 そして今のダンテオールは、その恐怖を確実に感じ始めていた。

 

 一方で。

 コフィン号のブリッジでは。

 ユウの表情が徐々に歪み始めていた。

 

「…………!」

 

 小さな身体が震える。

 呼吸も荒い。

 何かとてつもなく重いものを支えているような顔だった。

 

『ユウ君!?』

 

 シーサン・ポーが慌てる。

 

『無理をしてはいけません!』

 

 だがユウは答えない。

 ただじっと。

 遠く離れたサーベルティガーを見つめ続けていた。

 

「…………しずる……」

 

 ぽつりと呟く。

 

 その瞬間だった。

 別方向から一筋の光が飛来した。

 白と赤の機体。

 前進翼。

 二股に分かれた特徴的な機首。

 

 サーペントピアス。

 

 シズルの愛機である。

 

「見つけたぞ、ダンテオール!」

 

 通信回線越しにシズルの声が響く。

 サーベントピアスは傷だらけだった。

 機体各所に焦げ跡。

 翼には被弾痕。

 エンジン出力も万全とは言えない。

 だが。

 まだ飛べる。

 まだ戦える。

 そして。

 目の前の獲物は完全に停止していた。

 

「これで終わりだ!」

 

 サーペントピアスのレーザーバルカンが火を噴く。

 青白い閃光。

 正確無比な射撃。

 それはコックピットだけを避けるように飛び。

 サーベルティガーの各部を撃ち抜いていった。

 右主翼。爆発。

 左主翼。爆発。

 レーザー砲。破壊。

 光波推進機。誘爆。

 次々と火花を散らしながら、機体は無力化されていく。

 

「なっ!?」

 

 ダンテオールが目を見開く。

 

「やめろ!やめろぉぉぉ!」

 

 だが遅い。

 数秒後には。

 サーベルティガーは見るも無残な姿になっていた。

 コックピットだけを辛うじて残した残骸。

 もはや航行能力は皆無。

 レース続行など不可能だった。

 

「くそっ!何しやがった!」

 

 ダンテオールが怒鳴る。

 あの理解不能な状況………ユウの力により引き起こされた現象が、シズルに関連していると、おそらく感づいたのだろう。

 

「インチキだろ!何をした!?何で動かなかった!テメェ何をやったんだ!」

 

 サーベルティガーの前方へ。

 サーペントピアスがゆっくりと回り込む。

 まるで逃がさないと言わんばかりに。

 立ちはだかる。

 

「さあな」

 

 シズルは肩を竦めるような声音で答えた。

 

「運が悪かったんじゃないか?」

「ふざけんな!」

 

 怒号が飛ぶ。

 その時だった。

 新たな反応が宙域に出現した。

 大量の熱源。

 大型艦艇。

 高速機動部隊。

 そして――公式識別信号。

 

『こちら銀河連合治安維持艦隊!』

 

 通信が全宙域へ響く。

 

『全機武装解除せよ!抵抗した場合は強制制圧を行う!』

 

 宇宙がざわついた。

 巨大な戦艦群がワープアウトする。

 その周囲を護衛戦闘機部隊が展開。

 整然とした陣形。

 圧倒的な数。

 圧倒的な火力。

 ホワイトスター程度では到底太刀打ちできない。

 

「な……」

 

 ダンテオールの顔から血の気が引く。

 

「うそだろ……」

 

 各所で悲鳴が上がる。

 

「連合だ!」

「逃げろ!」

「包囲された!」

 

 だが遅かった。

 戦闘機部隊が次々と暴走族たちを取り囲む。

 武装解除命令。

 拘束ビーム。

 降伏勧告。

 逃げ場はどこにもない。

 レース会場は一転して大規模な摘発現場へと変わっていた。

 

『ホワイトスター構成員を確認!』

『順次拘束します!』

『抵抗するな!』

 

 ブラッドレイダーが次々と停止していく。

 逮捕されていく仲間たち。

 追い詰められるホワイトスター。

 そして。

 その中心にいたダンテオールは。

 ただ呆然としていた。

 

「終わり……?」

 

 信じられないという顔だった。

 

「俺たちが……?こんな……」

 

 そんな彼に向けて。

 サーペントピアスの通信が開く。

 シズルの声が聞こえた。

 

「知ってるか?」

 

 少しだけ。

 皮肉っぽい笑みが混じった声だった。

 

「こういう状況のことを、昔の地球では――」

 

 一拍置く。

 

「年貢の納め時と言うらしい」

「…………」

 

 ダンテオールは何も言えなかった。

 怒りも。

 反論も。

 何一つ出てこない。

 目の前には賞金稼ぎ。

 周囲には銀河連合の艦隊。

 そして仲間たちは次々と捕まっていく。

 敗北だった。

 完全な。

 どうしようもない敗北だった。

 

 遠く離れたコフィン号のブリッジで。

 ユウはようやく手を下ろした。

 

「…………」

 

 小さく息を吐く。

 その身体がふらりと揺れる。

 

『ユウ君!?』

 

 シーサン・ポーが慌てる。

 だがユウは倒れなかった。

 ただ。

 モニターの向こうにいるサーペントピアスを見つめて。

 安心したように呟いた。

 

「…………しずる」

 

 そして。

 ほんの少しだけ。

 笑った。

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