おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#02

 人類が宇宙へ進出してから、気の遠くなるような年月が経っていた。

 かつて人は一つの惑星で争い、国境線を引き、狭い世界の中で生きていた。

 だが、恒星間航行技術の発達によってその歴史は大きく変わる。

 人は宇宙へ広がった。

 幾千もの惑星へ移民船が飛び立ち、巨大スペースコロニーが建造され、新たな文明圏が次々と誕生していった。

 

 銀河社会。

 それが今の人類圏の総称だった。

 

 しかし、人類は宇宙へ進出しても、人類のままだった。

 争いは消えない。

 欲望も消えない。

 貧困も、差別も、宗教対立も、暴力も。

 それらは星々へ広がっただけだった。

 宇宙海賊。密輸組織。違法兵器商人。ドラッグカルテル。過激派宗教団体。そして、崩壊した独裁国家の残党勢力。

 銀河連合は人類圏の統治機構として存在していたが、その広大すぎる領域全てへ目を行き届かせる事は不可能だった。

 中枢宙域から離れた辺境では、法律よりも暴力が優先される事すら珍しくない。

 

 そんな時代。

 銀河社会には、“賞金首”という存在が溢れていた。

 そして同時に。

 その賞金首を狩る者達もまた存在していた。

 

 賞金稼ぎ。

 

 銀河連合や各惑星政府から発行される指名手配犯を追い、時に殺し、時に生け捕りにし、その報酬で生きる流れ者達。

 傭兵崩れ。

 退役軍人。

 元犯罪者。

 あるいは、行き場を失った者。

 理由は様々だ。

 だが共通しているのは、皆“危険な仕事”をしているという事だった。

 

 そして――。

 シズルもまた、その一人だった。

 

 

 ***

 

 

 宇宙ステーション〈ヘイムダル・リング〉。

 銀河連合管理下に置かれた大型中継ステーションであり、アミダラ星系でも比較的治安の良い宙域として知られている。

 巨大なリング状構造を持つそのステーションには、今日も無数の宇宙船が発着していた。

 貨物船。民間旅客船。連合哨戒艦。採掘業者の作業船。

 ステーション内部も騒がしい。

 様々な種族の人間達が行き交い、多国籍言語のアナウンスが響き、ホログラム広告が宙へ浮かぶ。

 合成食品チェーン。サイボーグパーツ店。武器ショップ。宇宙服専門店。酒場。カジノ。

 雑多で、騒々しく、それでいてどこか乾いた空気。

 典型的な宇宙時代のステーションだった。

 

 その中央ブロック。

 銀河連合保安局の拘束区画では、数人の武装警備員達が慌ただしく動いていた。

 

「対象の身元確認完了!」

「ミリオ・カデーム、および構成員十四名、拘束を確認!」

「医療班急げ!まだ生きてるぞ!」

 

 怒号が飛び交う。

 拘束用磁気手錠を掛けられた巨漢――ミリオ・カデームが、苛立たしげに舌打ちした。

 

「チッ……」

 

 義手を失った右肩には応急止血パッチが貼られている。

 それでもその目は、未だ獣のような凶暴さを残していた。

 だが、周囲の保安官達は彼以上に警戒していた。

 視線はむしろ、その隣へ向けられている。

 

 白い戦闘スーツの女。

 長い黒髪。

 長身。

 切れ長の目。

 背中には硬質ブレード。

 その佇まいには、歴戦の兵士のような空気が漂っていた。

 

「確認した。報酬は後ほど指定口座へ送金される」

 

 保安局職員が事務的に告げる。

 シズルは軽く肩をすくめた。

 

「ああ」

 

 それだけだった。

 余計な会話はしない。

 賞金稼ぎとしては珍しくない態度だ。

 この仕事を長く続ける者ほど、人との距離感を学ぶ。

 情が移れば死ぬからだ。

 カデームが忌々しげに睨み付ける。

 

「覚えてろよ、女……」

 

 シズルは視線だけを向けた。

 

「その台詞、何度聞いたかな」

「……っ」

「だが、だいたい二度目は無い」

 

 淡々とした口調。

 感情が薄いわけではない。

 ただ、“慣れている”のだ。

 死にも。

 暴力にも。

 恨みを向けられる事にも。

 カデームは何か言い返そうとしたが、保安官達に押さえ付けられ、そのまま奥へ連行されていった。

 拘束区画に静寂が戻る。

 シズルは小さく息を吐いた。

 直後、ヘルメット内蔵通信から聞き慣れた電子音声が響く。

 

『まったく……毎回毎回、無茶ばかりするんですから』

 

 彼女の相棒にして戦闘支援AI・シーサン・ポーの声だった。

 

『ワタクシ、今回はマスターが蜂の巣になる確率を23%ほど予測していたんですよ!?』

 

 シズルは歩きながら苦笑する。

 

「随分高いな」

『高いですよ! あのガトリング砲、危なかったでしょう!?』

「まあな」

『まあな、じゃありません!』

 

 保安局を出る。

 ステーション内部のメインストリートは、ネオンと喧騒に満ちていた。

 巨大モニターではニュース番組が流れている。

 

『――なお、ガルダ党残党勢力によるテロ事件について銀河連合は――』

 

 通行人達は誰も気にしていない。

 この時代、物騒なニュースなど日常だからだ。

 シズルは近くの休憩スペースへ腰を下ろした。

 戦闘スーツのまま端末タブレットを起動する。

 ホログラム画面が展開。

 賞金管理アプリケーションが立ち上がった。

 

 《報酬送金確認》

 《対象:ミリオ・カデーム》

 《生存拘束ボーナス加算》

 《振込額:480,000クレジット》

 

 数字を見て、シズルは小さく眉を上げる。

 

「……思ったより多いな」

『そりゃあ高額賞金首ですからね。しかも生け捕りですし』

 

 シーサン・ポーが得意げに言う。

 

『これでしばらくは船の修理代にも困りませんね!』

「エンジン整備費で大半が消える気もするが」

『うっ』

 

 通信の向こうで言葉に詰まる気配。

 実際、宇宙船の維持費は馬鹿にならない。

 特に彼女の愛機のような旧式軍用輸送船は、部品交換だけでも高額だった。

 シズルは端末を閉じる。

 その時だった。

 

「……失礼」

 

 低い男の声。

 シズルが顔を上げる。

 目の前に、一人の男が立っていた。

 痩せ型。

 灰色のスーツ。

 整えられた髪。

 一見すれば、どこにでもいる官僚のような男だった。

 だが、その目だけは妙に油断ならない光を宿している。

 男は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「貴女がシズルさんですね?」

 

 シズルは無言で相手を見る。

 男は胸元から電子身分証を取り出した。

 ホログラムが展開される。

 

 《惑星バスタゴア新政府行政官》

 《ゼンダ・ゼンダマー》

「私はゼンダ・ゼンダマー。惑星バスタゴア新政府の人間です」

 

 その名を聞き、シズルの目が僅かに細められた。

 バスタゴア。

 つい一年ほど前まで、ガルダ党と呼ばれる宗教政党による独裁支配が続いていた惑星。

 銀河社会でも悪名高い宗教国家だった。

 ゼンダはそんなシズルの反応を見ながら、静かに続ける。

 

「少々、貴女に依頼したい仕事がありましてね」

 

 その笑みは柔らかい。

 だが。

 どこか蛇のような冷たさを感じさせる笑みだった。

 

 

 ***

 

 

 宇宙ステーション〈ヘイムダル・リング〉中央商業ブロック。

 巨大なガラス壁の向こうでは、無数の宇宙船が発着していた。

 貨物船の青白い噴射光。

 巡回中の銀河連合哨戒艇。

 小型シャトルの航行灯。

 漆黒の宇宙空間に、それらの光がゆっくりと流れていく。

 

 その景色を一望できる喫茶店は、比較的高級な部類に入る店だった。

 落ち着いた照明。

 静かなジャズ。

 磨き上げられた金属テーブル。

 商談や情報交換に使われる事も多く、宇宙ステーション特有の喧騒から少し切り離された空気が漂っている。

 

 その店の奥。

 半個室になった席へ、シズルは腰を下ろしていた。

 既にヘルメットは外している。

 白い戦闘スーツ姿のままではあるが、それでも周囲の客は必要以上に視線を向けようとはしない。

 この時代、“武装した女”など珍しくない。

 特に賞金稼ぎとなれば尚更だった。

 

 テーブルの向かい側には、ゼンダ・ゼンダマー。

 灰色のスーツを着た痩せ型の男。

 その隣には護衛らしき男が二人立っていた。

 どちらも黒服の下に防刃装甲を着込んでいる。

 腰元も僅かに膨らんでいた。

 拳銃を隠しているのだろう。

 シズルはそれを一目で見抜いていた。

 だが口には出さない。

 ゼンダは穏やかな笑みを浮かべながら、卓上端末を操作した。

 

「まずは、先程の無礼をお許し下さい。突然声を掛ける形になってしまいました」

「別に構わない」

 

 シズルは短く答える。

 運ばれてきたコーヒーカップから、湯気が立ち上っていた。

 だが彼女はまだ口を付けない。

 癖だった。

 こういう場で不用意に飲食しない。

 特に、“初対面の相手”と仕事をする時は。

 ゼンダはそんなシズルの様子を見ても表情を変えない。

 

「貴女の噂は聞いていますよ、シズルさん」

「悪い噂か?」

「賞金首の間では、でしょうね」

 

 ゼンダは小さく笑う。

 

「ですが我々からすれば、非常に頼れる存在です。ミリオ・カデーム級を単独で拘束できる人材は、そう多くありません」

「世辞はいい。用件を聞こう」

 

 シズルの返答は淡白だった。

 ゼンダは肩をすくめる。

 

「失礼」

 

 そう言うと、卓上ホログラムを起動した。

 青白い光が空間へ広がる。

 そして、一枚の写真データが表示された。

 幼い子供だった。

 白髪。

 赤い瞳。

 雪のように色素の薄い肌。

 くりくりとした大きな目は少女のように愛らしく、年齢は五歳前後だろうか。

 だが、その表情にはどこか陰があった。

 写真越しでも感じられるほどの、怯えのようなもの。

 シズルは僅かに眉を動かす。

 

「……子供?」

「ええ」

 

 ゼンダが頷く。

 

「名前はユウ」

 

 その瞬間。

 シズルの目がわずかに細まった。

 ゼンダは説明を続ける。

 

「彼は、ガルダ党が保有していた施設の一つに眠っています」

「眠っている?」

「コールドスリープ状態です」

 

 店内の静かな音楽が流れる。

 窓の外では輸送船がゆっくりと移動していた。

 ゼンダは端末を操作する。

 今度は宇宙宙域図が表示された。

 赤いマーカー。辺境宙域。

 

「惑星バスタゴア近傍に存在する旧ガルダ党軍事施設です。解体戦争後に放棄された宇宙基地なのですが……残党勢力が未だ潜伏している可能性がありましてね」

「なるほど」

「本来なら我々新政府が対処すべき案件です。ですが、現在のバスタゴアは復興対応で人手不足でして」

 

 ゼンダは困ったように笑う。

 

「そこで外部協力者を探していたのです」

 

 シズルは黙ってホログラムを見る。

 

 ガルダ党。

 

 かつて穏やかな宗教家の政党として世間に認識されていたその名は、今や銀河社会でも悪名高い。

 狂信的な宗教独裁。

 女性差別。

 思想弾圧。

 粛清。

 児童婚。

 解体された今でも、残党による事件は各地で続いている。

 そんな連中の施設へ乗り込めという話だ。

 危険なのは間違いない。

 

「……その子供は何者なんだ?」

 

 シズルの問いに、ゼンダは一瞬だけ間を置いた。

 

「旧ガルダ党政権下で保護されていた孤児です」

 

 さらりとした説明。

 だが。

 シズルは内心で小さく警戒を強めていた。

 説明が薄い。

 特に、“なぜそこまでして子供一人を回収したいのか”という部分が。

 ゼンダは気付かないふりをしたまま続ける。

 

「我々としては、彼を安全な施設へ保護したいのですよ。ガルダ党残党に再利用される前にね」

 

 穏やかな口調。

 理屈としては筋が通っている。

 だがシズルは、人を見る仕事をしてきた。

 だからわかる。

 この男は、何かを隠している。

 護衛を二人も連れているのもそうだ。

 “役人”にしては妙に用心深い。

 それに。

 さっきから笑顔が一度も崩れていない。

 作り笑いだ。

 だが。

 シズルは表情を変えなかった。

 

「報酬は?」

 

 ゼンダの口元が僅かに緩む。

 やはりそこを聞くか、と言わんばかりだった。

 彼は卓上端末を操作する。

 次の瞬間。

 表示された数字に、シズルの目がわずかに止まった。

 

 《依頼報酬:2,500,000クレジット》

 

 高額だった。

 ミリオ・カデームを生け捕りにした報酬の数倍。

 並の輸送任務で出る額ではない。

 シズルは内心で確信する。

 

(……やはり、ただの孤児じゃない)

 

 だが同時に思う。

 危険案件である事も含め、この金額なら納得だった。

 ゼンダは静かに言った。

 

「成功報酬です。前金も用意できます」

 

 シズルは少しだけ視線を落とす。

 頭の中で計算する。

 コフィン号の整備費。

 燃料費。

 武装補修。

 未払いのドック使用料。

 それらを考えれば、魅力的な額だった。

 それに。

 危険な仕事は今さらだ。

 シズルはゆっくりと背もたれへ身体を預けた。

 

「……いいだろう」

 

 ゼンダが目を細める。

 

「引き受けて頂けますか」

「ああ」

 

 シズルは頷いた。

 

「その子供を連れて来ればいいんだな?」

「ええ。それだけです」

 

 “それだけ”。

 その言葉が妙に軽く聞こえた。

 だがシズルは追及しない。

 代わりにコーヒーカップへ手を伸ばした。

 一口飲む。

 苦味が舌へ広がる。

 ゼンダは満足そうに微笑んだ。

 

「感謝します、シズルさん。貴女なら必ず成功してくれると信じていますよ」

 

 シズルは何も答えない。

 ただ静かに窓の外を見た。

 宇宙船の光が流れていく。

 その横顔に表情は無かった。

 だが内心では、警戒を解いていなかった。

 

 この男は信用しない方がいい。

 長年の勘が、そう告げていた。

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