おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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第三章「天使が来たりて悪を討つ/イッツ・ア・パニッシャー」
#20


 銀河社会が広がれば広がるほど、人々は豊かになった。

 少なくとも、表向きはそう言われている。

 かつて人類は一つの惑星に閉じ込められた存在だったが、今では数え切れないほどの星系へ進出し、宇宙空間には無数のコロニーや宇宙ステーションが建設されている。

 食料生産は自動化され、医療技術は飛躍的に進歩し、サイボーグ技術によって寿命すら大きく伸びた。

 銀河連合は繁栄を謳い、人々もまたその恩恵を享受している。

 

 ――しかし。

 

 どれだけ文明が発展しようとも、人間そのものは変わらなかった。

 金を求める者がいる。

 権力を求める者がいる。

 他人を踏みつけてでも利益を得ようとする者がいる。

 宇宙が広くなればなるほど、そうした悪意の潜む場所もまた増えていった。

 そして今日もまた、一つの事件が銀河中のニュース番組を騒がせていた。

 

『緊急ニュースです』

 

 宇宙ステーションの食堂。

 コロニーの待合室。

 貨物船の休憩スペース。

 人々の視線が一斉に立体映像モニターへ向けられる。

 ニュース番組のロゴが消え、アナウンサーの真剣な表情が映し出された。

 

『大手芸能事務所オーロラ・エンターテインメント所属の芸能プロデューサー、ガレス・マーロン容疑者が本日未明、贈賄および業務上不正取引の疑いで逮捕されました』

 

 画面が切り替わる。

 警察車両。

 報道ドローン。

 押し寄せる記者達。

 その中心には、両腕を拘束された中年男性の姿があった。

 高級そうなスーツは乱れ、額には汗が浮かんでいる。

 カメラのフラッシュが何度も光る。

 

『こちらが逮捕されたガレス容疑者です』

『捜査当局によりますと、複数の放送局関係者へ長年に渡って金銭や高額接待を提供し、自社所属タレントを優先的に番組へ出演させるよう働きかけていた疑いが持たれています』

 

 画面には押収された資料の映像が映し出される。

 高級レストランの予約記録。

 会員制クラブの利用履歴。

 不自然な資金移動を示す金融データ。

 どれも一般市民からすれば気の遠くなるような金額だった。

 視聴者達から思わずため息が漏れる。

 

「またかよ……」

「芸能界なんてそんなもんだろ」

「どうせ氷山の一角だ」

 

 そんな声が各地で上がる。

 だが、ニュースはそれで終わらなかった。

 アナウンサーの表情がさらに険しくなる。

 

『また捜査の過程で、所属アイドルとの不適切な関係があった疑いも浮上しています』

 

 スタジオの空気が変わる。

 専門家達の表情も一斉に引き締まった。

 

『複数の証言によりますと、ガレス容疑者は立場を利用して担当アイドルと私的な関係を持ち、その後深刻なトラブルへ発展していた可能性があります』

『現在、捜査当局は被害者保護の観点から詳細を伏せていますが、一部報道では妊娠および中絶に関する証言も確認されているとの事です』

 

 一瞬。

 スタジオが静まり返る。

 その重い沈黙こそが、この事件の異常さを物語っていた。

 

「うわ……」

「最低だな」

「本当に人間かよ」

 

 食堂でニュースを見ていた若者が顔をしかめる。

 貨物船の船員が舌打ちする。

 通勤中の会社員が眉をひそめる。

 人々の反応はおおむね同じだった。

 嫌悪。

 怒り。

 軽蔑。

 文明社会の表側で成功者として振る舞っていた男の裏の顔に、人々は強い不快感を覚えていた。

 

 だが問題はここからだった。

 ニュースが終わる頃には、既にSNS上でこの事件に関する投稿が爆発的に増加していたのである。

 ある若い男性が端末を操作しながら呟く。

 

「逮捕だけかよ」

 

 そして何気なく文章を投稿する。

 

『なんでこういう悪が正当に裁かれないんだ?』

 

 たった一文。

 しかし、その投稿は数分後には数万件の共有を記録していた。

 コメント欄は怒りの声で埋め尽くされていく。

 

『本当にそれ』

『金持ちはいつも甘い』

『被害者が可哀想すぎる』

『逮捕だけじゃ済まないだろ』

『人生を壊したんだぞ』

『厳罰化しろ』

『一生刑務所に入れておけ』

 

 投稿は投稿を呼ぶ。

 怒りは怒りを呼ぶ。

 銀河ネットワークという巨大な情報網は、人々の感情を瞬時に増幅させていった。

 やがて。

 誰かが書き込む。

 

『こんな奴、生かしておく必要ある?』

 

 その一文が投下された瞬間だった。

 流れが変わった。

 

『死刑にしろ』

 

 誰かが言う。

 

『死刑でいい』

 

 また別の誰かが言う。

 

『死刑』

『死刑』

『死刑』

『死刑』

『死刑』

『死刑』

『死刑にしろ』

『被害者の人生を返せ』

『死刑だ』

『死刑しかない』

 

 無数の文字列が画面を埋め尽くしていく。

 理性的な議論は既に消え始めていた。

 怒りは正義へ変わり。

 正義は熱狂へ変わり。

 熱狂はいつしか裁きを求める声へと姿を変えていく。

 誰もが悪を憎んでいた。

 誰もが悪人に罰を望んでいた。

 それ自体は間違いではない。

 

 しかし。

 その裁きは本当に法が行うべきものなのか。

 それとも別の何かなのか。

 銀河中のネットワークで人々が怒りを叫ぶ中。

 誰も知らない宇宙の暗がりで。

 その声に耳を傾ける者がいた。

 まるで人々の憎悪そのものを聞いているかのように。

 静かに。

 ただ静かに。

 闇の中で赤い単眼だけが鈍く光っていた。

 

 

 ***

 

 

 そんな日が続いた、ある日の夜。

 都市のネオンが輝く大通りから離れた高架道路を、一台の護送車が走っていた。

 昼間は無数の車が行き交う道路も、この時間になれば交通量は少ない。

 護送車の青い警告灯だけが、暗い道路を断続的に照らしていた。

 後部座席。

 手錠を掛けられたガレス・マーロンは苛立たしそうに足を組んでいた。

 

「ふざけやがって……」

 

 低く吐き捨てる。

 

「何が正義だ。何が捜査だ」

 

 彼の顔には反省など欠片もない。

 ニュースでは連日、自分の不祥事ばかりが報道されている。

 昨日まで自分を持ち上げていた連中も、今では誰一人として助けてくれない。

 

「世間なんてそんなもんだ……」

 

 鼻で笑う。

 

「どうせ時間が経てば忘れるさ」

 

 前方の警官が振り返った。

 

「黙っていろ」

「はっ」

 

 ガレスは肩をすくめた。

 

「そんな怖い顔するなよ?お前らだって綺麗な仕事ばかりしてる訳じゃないだろ?」

「黙れ」

 

 警官はそれ以上返さなかった。

 車内には重苦しい空気だけが残る。

 その時だった。

 

 ドンッ!!

 

 突然。

 護送車全体が激しく揺れた。

 

「何だ!?」

 

 運転手が叫ぶ。

 警報音が鳴り響く。

 続いて再び衝撃。

 車体が横へ滑る。

 タイヤが悲鳴を上げた。

 

「襲撃だ!」

「武器を構えろ!」

 

 警官達が慌ただしく動き始める。

 ガレスも顔色を変えた。

 

「お、おい!何が起きてる!?」

 

 返事はない。

 次の瞬間。

 護送車の側面装甲が無理やりこじ開けられた。

 金属が軋む音。

 火花。

 そして。

 黒い人影。

 静かだった。

 あまりにも静かだった。

 怒鳴り声もない。

 脅しもない。

 ただそこに立っている。

 機械化された単眼だけが赤く光っていた。

 

「止まれ!」

 

 警官が叫ぶ。

 

「警察だ!」

 

 しかし黒い影は歩みを止めない。

 

「撃て!」

 

 短い射撃音。

 閃光。

 車内は一瞬で混乱に包まれた。

 ガレスには何が起きたのか理解できなかった。

 理解できたのはただ一つ。

 あれは自分を助けに来た人間ではない。

 自分を狙って来たのだ。

 という事だけだった。

 単眼がこちらを向く。

 ガレスは凍り付いた。

 まるで獲物を見つけた捕食者だった。

 

「ひっ……!」

 

 反射的に立ち上がる。

 手錠の付いたまま車外へ飛び出した。

 護送車から転がるように飛び出したガレスは、まともに着地する事すらできなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 肩からアスファルトへ叩き付けられる。

 激痛が走る。

 しかし立ち止まっている余裕はなかった。

 後ろ。

 後ろにあれがいる。

 あの黒い影が。

 あの赤い単眼が。

 ガレスは這うように立ち上がった。

 そして全力で走り出した。

 

 夜風が顔を叩く。

 ネクタイが乱れる。

 高級な革靴が何度も地面を滑らせた。

 護送車の方からは警報音が鳴り続けている。

 だがそんな音よりも恐ろしいものがあった。

 足音だ。

 

 コツ。

 コツ。

 コツ。

 

 背後から聞こえてくる。

 一定のリズム。

 急いでいる様子もない。

 走っている訳でもない。

 まるで散歩でもしているかのような歩調。

 それなのに。

 なぜか。

 なぜか距離が縮まっている。

 

「ひっ……!」

 

 ガレスは振り返った。

 遠く。

 街灯の光の下。

 黒い外套を纏った影が見える。

 歩いている。

 ただ歩いているだけだ。

 それだけなのに。

 追い付かれる。

 理屈では説明できない恐怖がガレスの胸を締め付けた。

 

「来るな!」

 

 叫ぶ。

 

「来るなぁっ!」

 

 返事はない。

 足音だけが続く。

 

 コツ。

 コツ。

 コツ。

 

 まるで死神が時を刻む音のようだった。

 ガレスは大通りへ飛び出した。

 深夜とはいえ人通りはある。

 酔客。

 帰宅途中の会社員。

 配送ドローン。

 ホログラム広告。

 人がいる。

 これだけ人がいれば大丈夫だ。

 そう思った。

 

「助けてくれ!」

 

 ガレスは叫んだ。

 

「誰か!助けてくれ!」

 

 しかし。

 誰も近寄らない。

 皆、面倒事に巻き込まれたくないのだ。

 ちらりと見る者はいても足を止める者はいない。

 ガレスは絶望した。

 

「くそっ!」

 

 再び走り出す。

 息が切れる。

 肺が痛い。

 胸が苦しい。

 汗が噴き出す。

 年齢もあって体力には自信がない。

 それでも走るしかない。

 後ろから足音が聞こえるからだ。

 

 コツ。

 コツ。

 コツ。

 

 まるで悪夢だった。

 どれだけ走っても消えない。

 どれだけ曲がっても消えない。

 どれだけ逃げても聞こえてくる。

 ガレスは細い路地へ飛び込んだ。

 ネオンの光も届かない暗い裏通り。

 積み上げられたコンテナ。

 放置された機械部品。

 壁に描かれた落書き。

 湿った空気。

 逃げるには最悪の場所だった。

 だがもう選べない。

 

「はぁ……っ!はぁ……っ!」

 

 息が上がる。

 足がもつれる。

 それでも走る。

 背後を振り返る。

 誰もいない。

 ガレスは立ち止まった。

 

「ま、まいた……?」

 

 震える声。

 心臓が激しく鼓動する。

 静かだった。

 足音も聞こえない。

 風の音だけだ。

 助かった。

 そう思った。

 その瞬間だった。

 

 コツ。

 

 すぐ後ろで足音が鳴った。

 

「ひぃっ!?」

 

 ガレスは悲鳴を上げた。

 慌てて振り返る。

 いた。

 十メートルも離れていない。

 黒い影。

 赤い単眼。

 いつの間に。

 どうやって。

 全く分からない。

 だがいた。

 確実にいた。

 ガレスの全身から血の気が引いた。

 

「やめろ!来るな!来るなぁっ!!」

 

 叫びながら再び逃げる。

 もう理性など残っていない。

 ただ生きたい。

 それだけだった。

 ガレスは路地を曲がり。

 さらに曲がり。

 階段を駆け下り。

 フェンスを乗り越え。

 無我夢中で走り続けた。

 だが、ついに。

 行き止まりへ辿り着いてしまった。

 高い壁。

 左右も閉ざされている。

 逃げ場はない。

 

「あ……」

 

 膝から崩れ落ちた。

 その時。

 路地の入口に影が現れる。

 黒い外套。

 赤い単眼。

 静かな足取り。

 

 コツ。

 コツ。

 コツ。

 

 ゆっくりと近付いてくる。

 急ぐ必要などない。

 そう言わんばかりに。

 ガレスは後退した。

 しかし背中は壁にぶつかる。

 もう逃げられない。

 

「待て……」

 

 声が震える。

 

「頼む……」

 

 影は止まらない。

 

「金なら払う!いくらでも払う!何百億でも!だから見逃してくれ!」

 

 返事はない。

 ただ歩く。

 ただ近付く。

 ガレスは泣きそうになった。

 

「俺は殺されるほどの事はしていない!少しやり過ぎただけだ!みんなやってる!俺だけじゃない!どうして俺なんだ!」

 

 沈黙。

 その沈黙こそが何より恐ろしかった。

 影はゆっくりと腕を上げる。

 赤い光の刃が夜闇を照らした。

 ガレスの顔から完全に血の気が消える。

 

「やめろ……やめてくれ……助けてくれ……!」

 

 誰も来ない。

 誰も助けてくれない。

 ガレスはついに絶叫した。

 

「ぎゃあああああああああっ!!!」

 

 悲鳴が夜の路地裏に響き渡る。

 

 ………そして。

 しばらくして静寂だけが残った。

 闇の中を、黒い影は何も語らず立ち去っていく。

 まるで最初からそこに誰もいなかったかのように。

 

 

 ***

 

 

 翌朝。

 銀河ニュースはその話題で持ち切りだった。

 

『昨夜、収監予定だったガレス被告が何者かの襲撃を受け死亡しました』

 

 映像には封鎖された現場が映し出される。

 警察車両。

 規制線。

 慌ただしく動き回る捜査官達。

 

『警察は計画的犯行として捜査を進めています』

 

 しかし世論はさらに激しく沸騰していた。

 

『悪人が裁かれた』

『当然の報い』

『法は甘すぎる』

『悪は必ず裁かれる』

『誰かがやらなきゃいけなかった』

 

 そうした投稿が爆発的な勢いで拡散されていく。

 もちろん反対意見もあった。

 

『私刑は危険だ』

『法治社会を否定する気か』

『次は誰が狙われるか分からない』

 

 だが、それらの声は怒りと憎悪の波に押し流されていった。

 そして。

 いつしか一つの名前が語られ始める。

 

『またアイツじゃないか?』

『闇の仕事人』

『ミカエル・ノワール』

『法で裁けない悪を殺して回る奴』

『都市伝説だと思ってた……』

『本当にいるのか……?』

 

 証拠はない。

 だが噂だけは確実に広がっていく。

 銀河の闇を歩く処刑人。

 悪人を狩る黒い影。 

 

 ミカエル・ノワール。

 

 その名は静かに、しかし確実に銀河社会へ浸透し始めていた。

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