おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#21

 幾つもの星系を結ぶ交易ルートの中継地点として機能する宇宙ステーション――その巨大な円筒形構造物の内部では、今日も数え切れないほどの人々が行き交っていた。

 貨物船の乗員。商人。 旅行客。 軍人。 傭兵。 賞金稼ぎ。

 様々な立場の者たちが、それぞれの目的を胸に忙しなく歩き回っている。

 

「この野郎ぉ!」

「ちくしょう!」

「離しやがれ!」

「くそっ!くそがっ!」

「覚えてやがれ賞金稼ぎめ!」

 

 その一角、銀河連合保安局の管轄区域では、数名の武装兵士たちに囲まれながら、一団の男たちが拘束されていた。

 両手を後ろで固定され、首には拘束具を嵌められている。

 彼らはこの周辺宙域で悪名高いギャング団だった。

 貨物船襲撃。 恐喝。誘拐。 強盗殺人。

 数え切れない犯罪に手を染め、多くの人々を苦しめてきた連中である。

 

「弱い犬ほどよく吠えるようだ」

「ほえる………?」

「うるさいって意味さ」

 

 そんな男たちを引き渡した人物が、少し離れた場所に立っていた。

 長い黒髪。

 長身で引き締まった体格。

 そして特徴的な白い戦闘スーツ。

 賞金稼ぎ――シズルだった。

 その隣には、白髪に赤い瞳を持つ小さな少年、ユウの姿もある。

 ユウはシズルの腰の辺りにぴたりと寄り添いながら、物珍しそうに周囲を見回していた。

 保安局職員が端末を操作する。

 

「確認しました。ギャング団『ブラッドジャッカル』構成員二十七名。全員生存状態で引き渡し完了です」

「そうか」

「賞金は後ほど指定口座へ振り込みます」

「助かる」

 

 シズルは短く答えた。

 その時、腕に装着した通信端末から聞き慣れた声が響く。

 

『やりましたねマスター!』

 

 シーサン・ポーである。

 

『全員生け捕りです!全員!これだけ人数がいれば報酬も満額!ボーナス込み!サーペントピアス修理費のローンも返済完了です!』

「そんなに嬉しいか?」

『嬉しいですよ!』

 

 AIとは思えないほど感情豊かな声だった。

 

『先月までワタクシは胃が痛かったんですから!』

「AIに胃はないだろう」

『気分の問題です!』

 

 シーサン・ポーは大真面目に反論した。

 

『とにかくこれで借金生活ともおさらばです!しかも多少のお釣りまで出ました!』

「それは良かったな」

『良かったのはマスターです!』

 

 そんなやり取りを聞いていたユウが、小さく首を傾げる。

 

「おかね……いっぱい……?」

「ああ」

 

 シズルは少し笑った。

 

「少し余裕が出来たな」

「よかった……」

 

 ユウも嬉しそうに頷く。

 その様子を見て、シズルはほんの少しだけ表情を柔らかくした。

 賞金稼ぎの仕事は危険だ。

 今日だって相手は二十七人の武装ギャングだった。

 一歩間違えればこちらが死んでいた。

 だが、それでも報酬がなければ生活は出来ない。

 コフィン号の維持費。

 燃料代。

 弾薬代。

 修理費。

 そして今はユウの生活費もある。

 生きていくためには金が必要だった。

 だからこそ、賞金稼ぎは賞金首を狩る。

 そこに正義や悪などという立派な理由はない。

 少なくともシズルはそう考えていた。

 だが――

 

「おい」

 

 突然、背後から鋭い声が飛んだ。

 シズルが振り返る。

 そこには若い銀河連合兵士が立っていた。

 二十歳そこそこだろうか。

 制服もまだ新しい。

 だがその目には、強い怒りが宿っていた。

 

「何か用か?」

 

 シズルが問う。

 兵士は拘束されているギャングたちを指差した。

 

「あいつらだ」

「?」

「あいつらは強盗殺人を繰り返していた外道だ」

 

 兵士の拳が震えている。

 

「俺の故郷も襲われた」

 

 その言葉に、シズルは黙った。

 

「友人も死んだ」

 

 兵士の声は低い。

 

「家族を失った奴もいる」

 

 怒り。

 憎しみ。

 悲しみ。

 様々な感情が混ざり合っていた。

 

「なのに何故生かしておく?」

 

 兵士はシズルを睨む。

 

「お前なら殺せただろ」

「……」

「何故だ!」

 

 声が大きくなる。

 

「何故殺さなかった!」

 

 周囲の兵士たちも視線を向けてきた。

 だが若い兵士は止まらない。

 

「こんな連中、生かしておく価値なんかない!」

 

 吐き捨てるように言う。

 

「殺してしまえばよかったんだ!」

 

 ユウがびくりと肩を震わせた。

 

「ひっ………!」

 

 シズルの腰にしがみつく。

 赤い瞳には明らかな怯えが浮かんでいた。

 それを見た瞬間。

 シズルの目つきが少しだけ冷たくなった。

 

「君」

 

 静かな声だった。

 だが妙な迫力があった。

 

「何だ」

「声が大きい」

 

 兵士が眉をひそめる。

 

「何?」

「子供が怯えている」

 

 兵士は初めてユウを見た。

 ユウはシズルの背中に隠れるようにしている。

 その姿に少しだけ気まずそうな顔をしたが、それでも怒りは消えない。

 

「だが――」

「私はな」

 

 シズルが言葉を遮った。

 

「慈善事業で賞金稼ぎをやっている訳じゃない」

 

 兵士が黙る。

 

「正義の味方でもない」

「……」

「賞金首を捕まえ、報酬を受け取る」

 

 シズルは淡々と続けた。

 

「それが私の仕事だ」

「そんなの逃げだ!」

 

 兵士が叫ぶ。

 

「正義から目を逸らしてるだけじゃないか!」

 

 シズルは少しだけ笑った。

 馬鹿にするような笑みではない。

 どこか呆れたような笑みだった。

 

「そうかもしれないな」

「なら――」

「だが」

 

 シズルの声が低くなる。

 

「正義を貫きたいなら君が自分でやればいい」

 

 兵士の言葉が止まった。

 

「君は兵士だろう?」

「……」

「なら君の信じる正義を君自身で実行すればいい」

 

 シズルは肩を竦めた。

 

「私は付き合わないがな」

 

 それだけ言うと踵を返す。

 

「ユウ」

「……うん」

「昼飯にしよう」

 

 ユウはこくりと頷いた。

 シズルはその小さな手を取る。

 そしてそのまま商業エリアへ向かって歩き出した。

 背後から兵士の視線を感じる。

 振り返らない。

 振り返る必要もなかった。

 

『マスター』

 

 通信機からシーサン・ポーの声が聞こえる。

 

「何だ」

『あの兵士、かなり怒っていましたね』

「ああ」

『少し言い過ぎでは?』

「そうか?」

『そうですよ』

 

 シーサン・ポーはため息混じりに言う。

 

『若いんですから』

「若いからこそだ」

 

 シズルは静かに答えた。

 

「正義だけで生きられると思っている」

 

 通路の先には商業区画の賑わいが見え始めていた。

 飲食店の看板。

 買い物客。

 観光客。

 どこにでもある平和な光景。

 

「だが銀河はそんなに単純じゃない」

『……』

「正義も悪も、時々驚くほど曖昧だ」

 

 シズルはそう呟いた。

 ユウは意味が分からないのか、きょとんとした顔で見上げている。

 その頭を軽く撫でる。

 

「難しい話だったな」

「?」

「気にするな」

 

 ユウは小さく笑った。

 その無邪気な笑顔を見て、シズルも少しだけ口元を緩める。

 背後ではなおも若い兵士がこちらを見つめていた。

 その視線には怒りだけではなく、理解できないものを見る戸惑いも混じっている。

 だがシズルは振り返らない。

 賞金稼ぎとして生きてきた彼女には、彼女なりの流儀がある。

 そしてその流儀は、誰かに理解されるためのものではなかった。

 

 宇宙ステーションの喧騒の中へ。

 シズルとユウは並んで歩いていく。

 昼食の匂いが漂う商業エリアへ向かいながら。

 

 

 ***

 

 

 宇宙ステーションの商業エリアは、どの時間帯であっても賑やかだった。

 巨大な吹き抜けの天井には広告ホログラムが浮かび、様々な企業や商品の宣伝映像が流れている。通路の両脇には飲食店や雑貨店が軒を連ね、仕事帰りの船員や観光客、買い物客たちが絶えず行き交っていた。

 その一角にある喫茶店。

 大きな窓から宇宙港の景色が見える席に、シズルとユウは向かい合って座っていた。

 注文した昼食が運ばれてきてからしばらく経つ。

 テーブルの上には湯気を立てるスパゲッティの皿が二つ。

 シズルはフォークを器用に回しながら食べていたが、向かい側のユウはというと――

 

「……むぐ……」

 

 フォークに巻き付けた麺を口いっぱいに頬張り、もぐもぐと一生懸命咀嚼していた。

 五歳児らしい食べ方と言えばそれまでだが、見ていて少し危なっかしい。

 案の定、口元には赤いケチャップソースが付いている。

 シズルは小さくため息をついた。

 

「ほら」

 

 ナプキンを手に取る。

 

「ん……?」

 

 きょとんとした顔を向けるユウ。

 

「口の周りが汚れている」

 

 そう言いながら、シズルは慣れた手付きでケチャップを拭き取った。

 ユウはされるがままだ。

 

「………ありがと………」

「気にするな」

 

 まるで幼い弟か息子の世話をしているような光景だった。

 本人はそこまで意識していないのだろうが、少なくとも周囲から見ればそう見えていた。

 近くの席に座っていた老夫婦が微笑ましそうな顔でこちらを見ている。

 シズルは気付いていたが、特に何も言わなかった。

 ユウは再びスパゲッティと格闘を始める。

 小さな手でフォークを握り締め、一生懸命麺を巻こうとしているが上手くいかない。

 結局途中で諦め、そのまま持ち上げて食べ始めた。

 数本の麺が口から垂れている。

 実に子供らしい。

 シズルは少しだけ口元を緩めた。

 つい数週間前まで、ユウはガルダ党残党の基地に閉じ込められていた。

 怯えきっていた。

 何を見ても怖がっていた。

 だが今はこうして食事をし、少しずつ表情も豊かになっている。

 それだけでも助けた意味はあったのかもしれない。

 そんな事を考えていた時だった。

 腕に巻いた通信端末が小さく振動する。

 

『マスター!』

 

 聞き慣れた声が響いた。

 シーサン・ポーである。

 

「何だ?」

『耳寄りな情報を掴みました!』

 

 妙に興奮した声だった。

 シズルはフォークを置く。

 

「耳寄りな情報?」

『ええ!』

 

 シーサン・ポーは自信満々に言った。

 

『しかもかなり大物です!』

「大物?」

『高額賞金首ですよ!』

 

 その言葉にシズルの眉が僅かに動いた。

 賞金稼ぎにとって、高額賞金首という単語は聞き流せるものではない。

 

「詳しく聞こう」

『はい!』

 

 シーサン・ポーは待ってましたと言わんばかりに説明を始めた。

 

『ゾラ・アグスタです』

「ゾラ・アグスタ?」

 

 聞き覚えがあった。

 むしろ賞金稼ぎなら誰でも知っている名前だ。

 表向きは星間運送会社の経営者。

 しかし裏では違法薬物取引を行い、複数の犯罪組織とも繋がっていた大物犯罪者。

 銀河連合から高額の賞金がかけられている。

 今まで何度も追跡されたが、そのたびに逃亡していた。

 

「そのゾラの居場所が分かったと?」

『ええ』

「どこだ」

『サンダーラインです』

 

 シズルは少し考えた。

 聞き覚えのある名前だった。

 

「宇宙要塞か」

『その通りです』

 

 シーサン・ポーが答える。

 

『かつての宇宙戦争時代に建造された要塞ですね』

「戦場跡の宙域に残っているという」

『ええ。現在は放棄されています』

 

 シズルは窓の外を見た。

 宇宙港に停泊する船が見える。

 その向こうには無限の宇宙。

 

「なるほど」

『どうします?』

「……」

 

 シズルはすぐには答えなかった。

 代わりに腕を組む。

 何かが引っ掛かっていた。

 

「妙だな」

『何がです?』

「高額賞金首の潜伏先がそんな簡単に出回るものか?」

『それは……』

「普通ならもっと秘匿する」

 

 シズルは冷静に言う。

 

「ましてゾラ・アグスタほどの大物だ」

『確かに』

「情報源は?」

『匿名ネットワークへの投稿です』

「ますます怪しい」

 

 即答だった。

 シーサン・ポーも少し黙る。

 怪しい。

 それは間違いない。

 罠の可能性もある。

 賞金稼ぎを誘き寄せるための偽情報。

 あるいは別の目的があるのかもしれない。

 だが――

 

「……」

 

 シズルは再び考え込む。

 高額賞金首。

 放棄された宇宙要塞。

 匿名の情報。

 危険な匂いしかしない。

 しかし同時に、もし本当なら見逃せない案件でもあった。

 しばらくして。

 

「行ってみるか」

 

 シズルは言った。

 

『行くんですか!?』

「一応な」

『怪しいんでしょう!?』

「怪しい」

「だが完全なデマとも限らない」

 

 シズルは肩を竦める。

 

「賞金稼ぎは足で稼ぐ仕事だ」

『はあ……』

「少なくとも現地を見る価値はある」

『ワタクシは嫌な予感しかしませんが……』

「お前はいつもそうだろう」

『大体当たってるじゃないですか!』

「否定はしない」

 

 シズルは苦笑した。

 その時だった。

 

「……しずる」

 

 ユウの声がする。

 見ればまた口元が真っ赤だった。

 先ほど綺麗にしたばかりだというのに、再びケチャップが付着している。

 しかも今度は頬にまで広がっていた。

 シズルは思わず吹き出しそうになる。

 

「全く……」

 

 ナプキンを手に取る。

 

「動くな」

「うん……」

 

 ユウは素直に頷く。

 シズルはゆっくりと口元を拭いてやった。

 白い髪。

 赤い瞳。

 小さな顔。

 汚れを拭かれながら大人しくしている姿は、どこか小動物のようにも見える。

 

「これでよし」

「……ありがと……」

 

 ユウが小さく笑った。

 その笑顔を見た瞬間。

 シズルの口元にも自然と笑みが浮かぶ。

 ほんの少し前まで、こんな風に笑う余裕などなかった気がする。

 危険な仕事。

 終わらない追跡。

 借金。

 戦い。

 そればかりだった。

 だが今は違う。

 目の前にはスパゲッティを頬張る小さな少年がいる。

 少し騒がしくて。

 少し手がかかって。

 だが不思議と悪くない。

 

「……さて」

 

 シズルは席を立った。

 

「食べ終わったら船に戻るぞ」

「うん……」

「次の仕事だ」

 

 ユウはよく分かっていないのか、それでも素直に頷いた。

 窓の外には宇宙が広がっている。

 そしてその先には、古い戦争の亡霊が眠るという宇宙要塞サンダーラインが待っていた。

 まだこの時のシズルは知らない。

 その要塞で待ち受ける出来事が、自分の想像を遥かに超えるものになる事を。

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