おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
コフィン号は静かに宇宙を進んでいた。
窓の外に広がるのは、どこまでも続く黒い闇――しかし、その闇は決して穏やかなものではない。
巨大な戦艦の残骸。
砕け散った砲塔。
半ば溶融した装甲板。
翼を失った戦闘機。
何十年、あるいは何百年という時を漂流し続けている金属の墓標が、無数に浮かんでいた。
それはまるで宇宙そのものが巨大な墓場になったかのような光景だった。
コフィン号はエンジン出力を落としながら、その残骸群の間を慎重に進んでいく。
ブリッジのモニターには航路予測線が表示され、シーサン・ポーが忙しなく情報を処理していた。
『いやぁ……これはまた凄まじいですねぇ』
四角い顔を模したモニターのAIが感嘆とも呆れともつかない声を漏らす。
『当時の記録を調べてみましたが、この辺りは宇宙戦争時代でも有数の激戦区だったようです』
「へえ」
操縦席に腰掛けたシズルが短く返した。
今の彼女は白い戦闘スーツではなく、コフィン号の中ということもあって比較的ラフな格好をしている。
だが視線は真剣だった。
窓の向こうを流れていく残骸の数が尋常ではない。
戦闘機だけでも数百。
戦艦クラスの残骸もいくつも確認できる。
『資料によると、当時ここでは三日三晩に渡って艦隊決戦が行われたとか』
「三日三晩か」
『戦死者数は推定で数百万人。最終的には双方の艦隊がほぼ壊滅したそうです』
「景気の悪い話だな」
シズルは小さく息を吐いた。
戦争。
それ自体は珍しいものではない。
銀河には大小様々な争いが存在する。
だが、それでもこれだけの残骸を実際に目の当たりにすると話は別だった。
そこには確かに無数の人間がいて。
無数の人生があって。
無数の死があった。
それらの結果が、今こうして宇宙に漂っている。
ふと視線を横へ向ける。
ユウは窓際に立ち、小さな手をガラスに当てながら外を見ていた。
白い髪。
赤い瞳。
幼い顔。
その表情はどこか不安げだった。
「どうした?」
「…………」
ユウは答えない。
ただ黙って外を見続けている。
シズルは少し首を傾げたが、深くは追及しなかった。
元々ユウは口数が多い方ではない。
怖い景色にでも見えているのだろう。
そう考えた時だった。
『マスター』
シーサン・ポーの声が響く。
『目標を確認しました』
前方モニターが切り替わる。
そして。
宇宙の闇の中から、巨大な影が姿を現した。
「……なるほど」
シズルが思わず声を漏らす。
宇宙要塞サンダーライン。
それは常識的な建造物の形をしていなかった。
本来の要塞部分に。
後から継ぎ足されたドック。
増設された居住区。
用途不明の構造物。
補修のために貼り付けられた装甲。
更にその上から増築された施設。
それらが無秩序に積み重なり、まるで巨大な金属の山脈を形成している。
元が宇宙要塞だったことだけは辛うじて分かる。
だが現在の姿は完全に別物だった。
巨大な塊。
巨大な迷宮。
巨大な廃墟。
そんな表現の方が近い。
「九龍城だな」
『クーロンジョーですか?』
「昔の地球にあった巨大な違法建築群さ」
シズルは目を細めた。
「資料映像で見たことがある。建物の上に建物を建てて、更にその上に建物を建てて……結果として巨大な迷路になった」
『なるほど』
「見た目はそっくりだ」
むしろ宇宙版九龍城と言った方が正しいかもしれない。
巨大な鉄の塊が無数の傷を抱えながら漂っている姿には、妙な迫力があった。
やがてコフィン号はサンダーライン近傍へ到着した。
停泊可能なドックを見つけると慎重に接岸する。
『係留完了です』
「よし」
シズルは立ち上がった。
白い戦闘スーツへ着替え。
腰にレーザーライフル。
背中に硬質ブレード。
いつもの装備を整えていく。
賞金首がいるかもしれない場所だ。
油断はできない。
ヘルメットを抱えたまま格納庫へ向かおうとしたその時。
くいっ。
不意に袖を引っ張られた。
「ん?」
振り返る。
そこにはユウがいた。
小さな手で戦闘スーツの袖を掴んでいる。
「どうした?」
「…………」
ユウは何も言わない。
しかし離そうともしない。
赤い瞳がじっとシズルを見上げていた。
その表情は明らかに普段と違う。
怯え。
不安。
そして警戒。
そんな感情が入り混じっている。
「怖いのか?」
ユウは首を振る。
違うらしい。
「じゃあ何だ?」
「…………や……」
「ん?」
「…………や……」
かすれるような声。
だがそれ以上は言葉にならない。
シズルは眉をひそめた。
何かを伝えようとしている。
それだけは分かる。
しかし内容が分からない。
ユウはサンダーラインの方を見る。
そして再びシズルを見る。
まるで、“行ってはいけない”
そんな風に訴えているようだった。
『マスター』
シーサン・ポーが小声で言う。
『ユウ君、様子がおかしいですね』
「ああ」
シズルも同意した。
今までこんなことは一度もなかった。
危険な仕事へ向かう時も。
賞金首を追う時も。
ユウは素直に留守番をしていた。
それなのに今回は違う。
まるで何かを感じ取っているようだ。
説明できない何かを。
「大丈夫だ」
シズルはしゃがみ込み、ユウの頭を優しく撫でた。
「私はすぐ戻る」
しかし。
ユウは首を横に振った。
「…………や」
「聞き分けなさい」
「…………や」
ぎゅっと袖を握る力が強くなる。
小さな手が震えている。
シズルは困ったように息を吐いた。
『これは重症ですねぇ』
シーサン・ポーも困惑気味だった。
『ワタクシも初めて見ました』
「私もだ」
しばらく考える。
ユウ。
サンダーライン。
妙な不安。
そして絶対に離れようとしない態度。
「……仕方ないか」
シズルは苦笑した。
『えっ』
「連れて行く」
『正気ですか!?』
「ここまで嫌がるなら置いていく方が問題だ」
『いやいやいや!?』
シーサン・ポーが慌てる。
『危険地帯ですよ!?』
「だから宇宙服を着せる」
シズルはユウを抱き上げた。
「私の側から離さなければ何とかなる」
『なりませんって!』
「なるさ」
半ば強引に結論を出す。
そしてユウ専用の小型宇宙服を取り出した。
以前ロッタリアで揃えた装備の一つだ。
白い髪を整えながら宇宙服を着せていく。
ユウは大人しくされるがままだった。
しかしその表情から不安は消えていない。
サンダーラインの方を見つめる瞳には、何か得体の知れないものへの恐れが浮かんでいた。
そして数分後。
準備を終えたシズルはユウの小さな手を握る。
「行くぞ」
「…………うん」
サンダーラインの暗い通路へ続くハッチがゆっくりと開いた。
奥には静寂と闇。
その内部は、不気味なほど静かだった。
外から見た時点である程度は予想していたが、実際に内部へ足を踏み入れると、その異様さはさらに際立っている。
かつて宇宙要塞として建造された巨大施設。
その後、何十年もの間に増改築が繰り返され、用途不明の通路や部屋が無秩序に付け足されていった結果、内部構造は完全な迷宮と化していた。
薄暗い通路。
剥き出しになった配線。
錆びた隔壁。
ところどころで明滅する照明。
どこか遠くで機械が軋むような音が聞こえ、それが静寂の中で妙に大きく響いている。
シズルは白い戦闘スーツのヘルメット越しに周囲を見回した。
「……想像以上だな」
『内部マップの大半が失われています』
通信越しにシーサン・ポーが言う。
『現在の構造は原型から大きく変化しているようですね』
「だろうな」
シズルは肩をすくめた。
目の前には三方向に分岐する通路がある。
だがどれも同じような景色だ。
下手に歩き回れば迷う可能性すらある。
「闇雲に探すのは効率が悪い」
『同感です』
「まずはコンピュータールームだな」
シズルは壁面の古い案内表示を確認する。
「生きている端末が残っていれば、施設内の記録からゾラの居場所を探れるかもしれない」
『流石ですマスター』
シーサン・ポーが感心したように言う。
『珍しく真っ当な作戦ですね』
「どういう意味だ」
『普段なら「全部探せばいい」くらい言いそうでしたので』
「言わん」
『本当ですか?』
「……多分」
『不安になる返答はやめてください』
そんなやり取りをしながら歩き始める。
ユウはシズルの手を握ったまま離れない。
宇宙服のヘルメット越しでも、その緊張が伝わってくるようだった。
足音が響く。
コツ。
コツ。
コツ。
金属製の床を踏む音が細長い通路へ反響していく。
しばらく進んだ時だった。
シズルの眉が僅かに動く。
「……ん?」
『どうしました?』
シーサン・ポーが問う。
シズルは足を止めた。
耳を澄ませる。
静かだ。
だが。
「今、聞こえたな」
『何がです?』
「足音だ」
シズルの声が低くなる。
「私達以外の」
その瞬間。
ユウがびくりと身体を震わせた。
赤い瞳が天井を見上げる。
恐怖に染まった表情。
まるで何かを察知したかのように。
そして――
「……くる!!」
ユウが叫んだ。
同時だった。
ガァンッ!!
天井のパネルが吹き飛ぶ。
金属片が雨のように降り注いだ。
「なっ――!」
黒い影が落下する。
いや、飛び降りてきた。
全身を戦闘スーツで覆った男。
ヘルメットのダークスモークが顔を完全に隠している。
右手には電流を迸らせる長い棍棒。
「うおおおおおっ!!」
裂帛の雄叫び。
電磁棍棒がシズルの脳天へ振り下ろされた。
しかし。
シズルの反応はそれ以上に速かった。
背中へ手を伸ばす。
硬質ブレード抜刀。
銀色の刀身が閃く。
ギィィィンッ!!
火花が炸裂した。
棍棒と刀。
両者が真正面から激突する。
暗い通路が一瞬だけ昼のように明るく照らされた。
「っ!」
襲撃者が目を見開く。
だが攻撃は止まらない。
電磁棍棒を横薙ぎ。
シズルは身を沈めて回避。
そのまま前へ踏み込む。
刃が閃く。
襲撃者が後方へ跳ぶ。
距離を取る。
再び突撃。
棍棒が唸る。
硬質ブレードが応じる。
激しい火花。
衝撃。
金属音。
閉鎖空間に戦闘音が響き渡った。
『マスター!』
「分かっている!」
シズルは短く答える。
相手は強い。
少なくとも素人ではない。
動きが洗練されている。
重心移動。
攻撃の繋ぎ。
フェイント。
どれも経験豊富な戦闘員のものだった。
だが。
それでも。
「甘い!」
シズルが踏み込む。
一瞬の加速。
サイボーグ化された脚力が炸裂する。
襲撃者の視界から消える。
「なっ!?」
次の瞬間には背後。
硬質ブレードの柄頭が叩き込まれた。
ゴッ!!
鈍い音。
襲撃者が床を転がる。
電磁棍棒が手から離れた。
そこへ。
シズルの刃が突き付けられる。
「動くな」
冷たい声。
襲撃者は両手を上げた。
「オーケーだYO!オーケー!」
「……ゾラの手先か?」
シズルは警戒を解かない。
だが。
返ってきた言葉は予想外だった。
「えっ?」
襲撃者が素っ頓狂な声を上げる。
「そっちこそゾラの雇った用心棒とかじゃないのかYO?」
「……何?」
「違うのかYO?」
「違う」
「マジかYO」
数秒。
沈黙。
そして。
「うわぁやっちまったYO……」
襲撃者は頭を抱えた。
「完全に勘違いしたダゼ……」
シズルは眉をひそめる。
「説明しろ」
「分かったYO分かったYO!」
男は慌てて頷いた。
そしてゆっくりヘルメットのダークスモークを解除する。
現れたのは浅黒い肌。
ドレッドヘア。
サングラス。
どこかラッパーを思わせる風貌だった。
「オレッチの名前はグリード!」
男は親指を立てた。
「賞金稼ぎだYO!」
「賞金稼ぎ?」
「そうだYO!」
グリードは勢いよく頷く。
「高額賞金首ゾラ・アグスタを狙ってここまで来たんダゼ!」
シズルは少しだけ納得した。
つまり相手も同業者。
そしてこちらをゾラ側の護衛だと誤認したわけだ。
「悪かったYO」
グリードが頭を下げる。
「この要塞、賞金稼ぎ以外にも色々入り込んでるって聞いてたからな!」
「なるほど」
「で、アンタも賞金稼ぎって訳かYO?」
「ああ」
シズルは刃を下ろした。
グリードは安堵したように立ち上がる。
そして不敵な笑みを浮かべた。
「だったら話は早いYO」
「?」
「実はな」
グリードは周囲を見回してから声を潜めた。
「オレッチ、ゾラが潜伏してるエリアの情報を掴んでるんダゼ」
シズルの目が細くなる。
「本当か?」
「もちろんだYO」
グリードは胸を叩いた。
「その代わり条件がある」
「聞こう」
「手を組まないかYO?」
グリードはニヤリと笑った。
「賞金は山分けだ」
静かな通路。
その中で。
新たな賞金稼ぎとの出会いが、シズル達をさらにサンダーラインの奥深くへ導こうとしていた。