おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ヘイムダル・リングの外周ドックブロックには、今日も数え切れないほどの宇宙船が係留されていた。
大型輸送船。
採掘業者の作業艦。
銀河連合の哨戒艇。
個人所有の小型シャトル。
違法改造の痕跡が見える武装船まで混ざっている。
宇宙時代において、宇宙港とは文明の縮図だった。
金持ちも。
犯罪者も。
賞金稼ぎも。
全員が同じ宙域を共有している。
そのドック区画の一角。
他の船よりやや古びた一隻の宇宙船へ、シズルは歩いていた。
コフィン号。
それがその船の名前だった。
円盤状の船体に、大型ジェットエンジンを無理矢理取り付けたような独特のシルエットをしている。
元々はヒガシノ星系軍で運用されていた旧式輸送船。
軍の更新計画によって払い下げられ、中古市場を流れていた物をシズルが買い取り、自分用に改造した船だった。
古い船だ。
外装には何度も修理した跡があり、増設装甲や追加スラスターも統一感が無い。
だが、その分だけ実用性に振り切られている。
長距離航行能力。
高耐久。
大容量貨物スペース。
簡易居住区。
さらに内部格納庫まで備えていた。
そして何より。
シズルにとって、この船は単なる移動手段ではない。
家だった。
宇宙を流れ続ける彼女にとって、唯一帰る場所と呼べる存在。
シズルが搭乗ハッチへ近付く。
すると認証センサーが反応した。
『お帰りなさいませ、マスター!』
陽気な電子音声。
直後、ハッチが左右へ展開する。
船内から暖かな照明が漏れた。
シズルは小さく息を吐く。
「ああ、ただいま」
船内へ足を踏み入れる。
内部は意外なほど生活感があった。
無骨な軍用通路に、私物の工具箱や保存食ケースが積まれている。壁には交換用パーツが吊り下げられ、奥では整備途中の機械部品が放置されていた。
長く宇宙生活を続ける者の船だ。
整理されているようで雑然としている。
だが、シズル自身はこの空間を気に入っていた。
その時。
通路脇のモニターへ、四角いロボット顔のホログラムが表示された。
丸い目。
簡素な口。
無機質なのに妙に表情豊かな顔。
それが戦闘支援AI――シーサン・ポーだった。
『それでそれで!? 例の依頼、どうなったんです!?』
シズルは歩きながら腰のホルスターを外す。
「受けた」
『おおっ!』
「前金あり。成功報酬込みで二百五十万クレジットだ」
一瞬、モニターの顔が固まった。
次の瞬間。
『に、にひゃくごじゅうまん!?』
電子音声が裏返る。
『ほ、本当ですか!? 桁を見間違えてません!?』
「見間違えるほど疲れてはいないさ」
『うわぁぁぁぁぁ……!』
モニターの顔がぱぁっと明るくなる。
『これでエンジンの冷却系統を交換できますよ!あと第三ブロックの空調も直せますし、食料備蓄も増やせます!ああっ、やっとまともな整備が――』
「浮かれるのは早い」
シズルが遮る。
その声音は落ち着いていた。
シーサン・ポーが瞬きをする。
『……何か問題でも?』
「依頼人だ」
シズルは操縦席区画へ入る。
コフィン号のブリッジは旧式軍艦らしい無骨な設計だった。
半円状のコンソール。
多数の物理スイッチ。
簡易ホログラムモニター。
最新鋭艦のような洗練さは無いが、その代わり頑丈だった。
シズルは操縦席へ腰を下ろす。
そして窓の外に浮かぶ宇宙ステーションを眺めながら、小さく言った。
「ゼンダ・ゼンダマー」
『バスタゴア新政府の役人でしたね』
「ああ」
シズルは腕を組む。
「妙だ」
『妙?』
「子供一人の回収任務にしては、金額が高すぎる」
静かな声だった。
「それに、あの男……何かを隠している」
シーサン・ポーは少し黙った。
『確かに、“孤児を保護したいだけ”にしては警備が厳重でしたね。護衛まで同行していましたし』
「役人の目じゃなかった」
『と、言いますと?』
「人を値踏みする目だ」
シズルは窓の外を見つめる。
宇宙港では無数の船が行き交っている。
平和そうに見える。
だが実際は違う。
この銀河社会では、“表向きの顔”などいくらでも作れる。
政治家。
役人。
宗教家。
その裏で犯罪組織と繋がっている者など珍しくもない。
特に、ガルダ党崩壊後のバスタゴアは混乱している。
旧勢力。
新政府。
宗教団体。
銀河連合。
様々な思惑が入り乱れているはずだ。
そんな中で、“子供一人”にこれだけの金を払う。
何もないはずがない。
シズルは静かに端末を起動した。
ゼンダから送られてきた宙域データが表示される。
辺境宙域。
廃棄宇宙基地。
旧ガルダ党施設。
嫌な単語ばかり並んでいた。
『……断るつもりですか?』
シーサン・ポーが尋ねる。
シズルは首を横に振った。
「いや」
短く答える。
「危険なのはいつもの事だ」
『まあ、それはそうなんですが……』
「それに、あの子供も気になる」
ユウの写真が表示される。
白髪。
赤い瞳。
怯えたような表情。
シズルは少しだけ目を細めた。
幼い子供だった。
しかもコールドスリープ状態で軍事施設に眠らされている。
まともな事情ではない。
シズルは立ち上がる。
「準備を始めるぞ」
『了解しました!』
直後。
コフィン号内部にエンジン起動音が響き始めた。
低い振動。
船体各部へエネルギーが流れ込む。
コンソールのランプが次々点灯した。
ドック固定アーム解除。
航路管制リンク接続。
重力制御正常。
シズルは操縦桿を握る。
「シーサン」
『はい?』
「航行中に、ゼンダ・ゼンダマーについて調べろ」
『調査ですか』
「ああ。経歴、所属、人脈、過去の活動記録……拾える情報は全部だ」
シーサン・ポーの顔が真面目になる。
『……やっぱり信用してないんですね』
「最初から依頼人を信用するほど、お人好しじゃない」
シズルは小さく笑った。
「特に、“ガルダ党絡み”なら尚更だ」
その瞬間。
コフィン号のメインスラスターが噴射した。
巨大な宇宙ステーションから船体がゆっくり離脱していく。
窓の外で、ヘイムダル・リングの光が遠ざかっていった。
やがて。
漆黒の宇宙が広がる。
星々だけが静かに輝いていた。
コフィン号は進路を変える。
目指す先は、ガルダ党の残した廃棄宇宙基地。
そして――そこに眠る、一人の少年だった。
***
高速航行を終えたコフィン号が通常速度へ復帰した瞬間、船体が微かに震えた。
ブリッジの前方スクリーンへ、漆黒の宇宙が広がる。
その中心。
青黒い惑星が静かに浮かんでいた。
惑星バスタゴア。
かつてガルダ党によって支配され、宗教独裁国家として銀河社会に悪名を轟かせた辺境惑星。
現在は銀河連合監視下の新政府によって再建が進められているが、未だ各地に旧勢力の爪痕が残っている。
シズルは操縦席へ深く腰掛けたまま、その惑星を静かに見つめていた。
青い海。
茶色い大陸。
夜側に見える都市光。
一見すれば、美しい惑星だ。
だがこの星では、ほんの一年ほど前まで戦争が続いていた。
ガルダ党残党と解放勢力。民衆蜂起。その後の、銀河連合介入部隊。
数え切れないほどの人間が死んだ。
シズルは目を細める。
「……まだ残っているな」
彼女の視線の先。
惑星軌道上には、今なお大量の残骸が漂っていた。
破壊された艦艇。砕けたスペースデブリ。
爆散した人工衛星。焼け焦げた装甲板。
中には、半壊した宇宙戦闘機がそのまま漂流しているものもある。
戦争の墓場だった。
宇宙空間では、“残骸”は自然に消えてくれない。
何十年経とうが、何百年経とうが、そこに漂い続ける。
まるで死者の亡霊のように。
『……酷いものですねぇ』
モニターに映るシーサン・ポーの顔が少し曇る。
『戦後処理が追い付いてないんでしょうか』
「辺境惑星だ。予算も人手も足りないんだろう」
シズルは静かに答える。
実際、銀河社会では珍しい話ではない。
中枢宙域ならともかく、辺境では戦争が終わった後の復興など後回しにされる事も多い。
特にバスタゴアは、長年ガルダ党支配によって経済そのものが疲弊していた。
そこへ内戦まで重なったのだ。
混乱が完全に収まるには、まだ時間が必要なのだろう。
シズルは操縦桿を軽く動かす。
コフィン号がゆっくりと進路を変更した。
漂流する残骸群の間を縫うように前進していく。
大型輸送船であるコフィン号は、小回りが利く船ではない。
下手をすればデブリへ衝突する危険もある。
だからこそ慎重な操船が必要だった。
窓の外を、巨大な戦艦の残骸が流れていく。
その艦体には、今でもガルダ党時代の紋章が薄く残っていた。
オーラ教の意匠を模した紋章。
かつて絶対権力を誇った独裁国家の象徴。
だが今、その戦艦は無残に腹を裂かれ、宇宙を漂う鉄屑に成り果てている。
『……皮肉なものですね』
シーサン・ポーがぽつりと言った。
『あれだけ銀河社会を騒がせた勢力も、最後は宇宙ゴミですか』
「歴史なんてそんなものだ」
シズルは淡々としていた。
感傷は無い。
彼女は軍人でも革命家でもない。
賞金稼ぎだ。
政治や思想より、生き残る事の方が重要だった。
やがて。
前方モニターに、一つの巨大構造物が映し出される。
『目標を確認しました』
シーサン・ポーが言う。
そこに浮かんでいたのは、巨大な宇宙基地だった。
円筒形の中央ブロック。
周囲に増設された居住リング。
複数のドッキングアーム。
武装砲台らしきシルエットも見える。
だが。
その外装は酷く損傷していた。
各所に爆発痕。
焼け焦げた装甲。
一部区画は完全に崩壊している。
戦闘を経験した痕跡が生々しく残っていた。
「……これか」
シズルが呟く。
ゼンダから送られてきたデータと一致していた。
旧ガルダ党軍事研究施設。
現在は放棄済み。
表向きには、だが。
『熱源反応は微弱』
シーサン・ポーが解析データを表示する。
『目立った生命反応は確認できません。ただし内部電源は一部生きています』
「完全な廃墟じゃない、か」
シズルは目を細める。
こういう施設は危険だ。
自動防衛装置。残党兵。暴走AI。
何が残っていてもおかしくない。
コフィン号は慎重に基地へ接近していく。
巨大な残骸の間を抜け、ゆっくりと速度を落とした。
やがて基地側面の宇宙港ブロックが見えてくる。
半壊したドッキングゲート。
消えかけた誘導灯。
静まり返った港湾区画。
死んだ施設のようだった。
『ドッキング可能です』
「よし」
シズルが操作パネルを叩く。
コフィン号の姿勢制御スラスターが細かく噴射。
巨大な船体が少しずつ位置を合わせていく。
慎重に。
丁寧に。
そして。
ガコン、と鈍い音。
ドッキングアームが固定された。
『接続完了。船外区画の気圧、最低限維持されています。酸素濃度やや低下。人体活動に支障なし』
シズルは立ち上がる。
「残党の反応は?」
『今のところ感知できません』
「“今のところ”か」
『ええ』
シーサン・ポーが真面目な顔になる。
『こういう場所は、大抵ロクな事になりませんので』
「同感だ」
シズルはヘルメットを装着した。
白い戦闘スーツの各部ロックが作動する。
生命維持システム起動。
HUD展開。
武装確認。
腰のホルスターへレーザーライフルを固定し、背中の硬質ブレード位置を確かめる。
準備完了だった。
やがて、エアロックが開く。
冷たい空気が流れ込んできた。
シズルは静かに船外へ踏み出す。
基地内部は薄暗かった。
非常灯だけが赤黒く通路を照らしている。
壁には無数の傷跡。
焼け焦げた弾痕。
転がる薬莢。
戦闘の痕跡が今なお残っていた。
まるで、一年前の戦争がそのまま凍り付いているかのようだった。
『マスター、地図データを同期します』
ヘルメット内部へホログラムマップが投影される。
ゼンダから受け取った施設内部データだ。
目的地は基地深部。
研究ブロック。
そこにコールドスリープ区画が存在しているらしい。
「ナビを頼む、シーサン」
『了解しました!右側通路を直進、その後エレベーターシャフトへ向かってください』
シズルは静かに歩き始めた。
ブーツの足音が金属通路へ響く。
ガコン。
ガコン。
静まり返った基地内部では、その音だけがやけに大きく聞こえた。
周囲に人の気配は無い。
だが。
シズルは油断していなかった。
こういう場所ほど危険だ。
死んだと思われていた施設に限って、突然牙を剥く。
彼女はライフルへ手を添えながら進む。
赤い非常灯が、白い戦闘スーツを不気味に照らしていた。
そしてその奥深く。
この基地のどこかで、一人の少年が眠っている。