おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#04

 基地内部は静まり返っていた。

 いや――正確には、完全な静寂ではない。

 遠くで空調設備が唸る低い振動音。

 どこかの区画で漏電しているのか、時折響く電流の弾ける音。

 老朽化した配管を流れる液体の不気味な水音。

 生命の気配は無いのに、施設そのものはまだ生きている。

 そんな奇妙な空間だった。

 

 赤い非常灯に照らされた通路を、シズルは慎重に進んでいた。

 レーザーライフルを構えるほどではないが、いつでも抜けるよう右手はグリップの近くへ置いている。

 ヘルメットのHUDには施設内部地図が表示されていた。

 ゼンダから渡されたデータ。

 そしてシーサン・ポーによる補正情報。

 二つを重ね合わせる事で、複雑な基地内部の構造がある程度見えるようになっている。

 

『次の交差路を左です』

 

 ヘルメット内部へシーサン・ポーの声が響く。

 

「了解」

 

 シズルは短く答える。

 交差路へ差し掛かる。

 だが、その直前で足を止めた。

 天井付近を何かが横切ったからだ。

 

 小型監視ドローン。

 球体にカメラとセンサーを搭載した警備機械だった。

 古い型だ。おそらくガルダ党時代から使われている物だろう。

 

 球体の下部に取り付けられたライトが通路を照らしている。

 シズルは素早く壁際へ身を寄せた。

 監視ドローンがゆっくりと通過する。

 ライトが目の前を横切る。

 あと数十センチずれていれば発見されていたかもしれない。

 だがドローンは異常を検知できなかったらしい。

 そのまま巡回コースへ戻っていった。

 シズルは息を吐く。

 

「まだ生きているな」

『電源が残っている以上、警備システムも稼働していますね』

 

 シーサン・ポーが答える。

 

『正直なところ、予想以上です』

「放棄施設にしては元気過ぎる」

『まったくです』

 

 再び歩き出す。

 だが進む度に監視ドローンと遭遇する頻度が増えていった。

 曲がり角。天井レール。警備区画。

 あちこちで球体ドローンが巡回している。

 シズルはそのたびに物陰へ隠れたり、巡回ルートの隙間を縫ったりしながら前進した。

 強行突破も不可能ではない。だが、余計な騒ぎは起こしたくない。

 少なくとも今は。

 

『マスター』

「なんだ?」

『提案があります』

 

 シズルは歩きながら耳を傾ける。

 

『この基地の中央制御システムを停止させるべきではないでしょうか』

「理由は?」

『監視ドローンです』

 

 HUDに施設構造図が表示される。

 その中心部には大型コンピューター施設が存在していた。

 

『仮に監視ドローンへ発見された場合、自動防衛システムが作動する可能性があります』

「だろうな」

『資料によれば、この施設には警備用戦闘ロボット部隊が配備されていた記録があります』

 

 シズルは小さく眉を上げた。

 

『侵入者を検知した場合、それらが投入される可能性は高いでしょう』

「つまり先に中枢を止めろ、と」

『その方が安全です』

 

 確かに合理的だった。

 だが。

 シズルは首を横に振る。

 

「後回しだ」

『えっ』

「この程度なら切り抜けられる」

『いやいやいや』

 

 シーサン・ポーの声が少し大きくなる。

 

『ワタクシはですね、マスターが危険な場所へ突っ込むたびに寿命が縮む気分なんですよ!?』

「AIに寿命は無いだろう」

『気分の問題です!』

 

 シズルは少し笑った。

 そして真面目な声になる。

 

「それに、まずは目的を優先する」

『ユウ君ですか』

「ああ」

 

 白髪の少年の写真が脳裏に浮かぶ。

 

「中央制御の破壊なんて後からでもできる」

『まあ、それはそうですが……』

「まずは子供の確保だ」

 

 シーサン・ポーは少し不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。

 長い付き合いだ。

 シズルが決めたら滅多に考えを変えない事を知っている。

 

 再び進む。

 通路はどんどん複雑になっていった。

 エレベーター。

 研究ブロック。

 隔壁。

 連絡通路。

 同じような景色が続く。

 まるで巨大な迷路だった。

 その途中、シズルはある違和感を覚え始めていた。

 

「……妙だな」

『何がです?』

 

 シーサン・ポーが尋ねる。

 シズルは周囲を見渡した。

 通路脇の観察窓。

 割れたコンソール。

 研究員用ロッカー。

 壁に残る管理番号。

 

「ここ、軍事基地にしては変だ」

『と、言いますと?』

「兵舎が少ない」

 

 シズルは歩きながら言う。

 

「代わりに研究区画が多い」

 

 確かにそうだった。

 普通の軍事施設なら兵員居住区や武器庫がもっと目立つ。

 だがこの基地は違う。

 研究室。

 分析設備。

 医療区画。

 実験用設備。

 そうした物ばかりが目に付く。

 

「なるほど」

 

 シーサン・ポーも納得したらしい。

 

『つまりここは研究施設だった、と』

「おそらくな」

 

 シズルは立ち止まり、割れた観察窓の向こうを見る。

 そこには大型カプセルらしき設備が並んでいた。

 既に電源は落ちている。

 だが研究施設だった痕跡は十分だった。

 

「問題は何を研究していたかだ」

 

 その言葉に。

 シーサン・ポーも少し黙る。

 ガルダ党。

 研究施設。

 コールドスリープ中の子供。

 偶然とは思えない。

 嫌な予感がした。

 そして――。

 

『マスター』

 

 シーサン・ポーが声を上げる。

 

『目的地まで残り二十メートルです』

 

 シズルは顔を上げた。

 通路の先。

 巨大な隔壁が見える。

 他の扉より遥かに厳重な構造。

 分厚い装甲。

 複数の電子ロック。

 明らかに重要区画だった。

 その上には古い表示が残っている。

 文字は擦り切れているが、かろうじて読めた。

 

 ――コールドスリープ管理区画。

 

 シズルの目が細くなる。

 

「ここか」

 

 静かに扉の前へ立つ。

 分厚い金属隔壁はびくともしない。

 通常なら爆薬でも必要なレベルだ。

 だが、シズルは左手首の装甲を開いた。

 内部から細い接続ケーブルが伸びる。

 それを壁面端末へ差し込んだ。

 カチリ、と音が鳴る。

 

『接続確認』

 

 シーサン・ポーの声が響いた。

 

『これより電子ロックの解析を開始します』

 

 直後。

 ヘルメット内部へ大量のコードが流れ始めた。

 古いガルダ党規格。

 複雑な暗号。

 多重認証。

 だがシーサン・ポーは怯まない。

 

『ふふふ』

 

 妙に得意げな声。

 

『ワタクシ、これでも1000万語の言語を翻訳できるんですよ!古い軍用暗号程度で止まると思わないでください!』

「頼もしいな」

『もっと褒めてもいいんですよ?』

 

 シズルは小さく笑う。

 その間にも解析は進んでいく。

 やがて。

 施設の奥から重々しい駆動音が響いた。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 巨大なロック機構が解除されていく。

 シズルは自然とライフルへ手を添えた。

 扉の向こうに何があるのか。

 そこに本当にユウがいるのか。

 あるいは――別の何かが待っているのか。

 静かな緊張が走る中。

 巨大隔壁が、ゆっくりと開き始めた。

 

 ゴゴゴゴゴ……。

 

 重厚な隔壁がゆっくりと左右へ開いていく。

 長い年月ほとんど使われていなかったのだろう。

 金属同士が擦れる鈍い音が通路へ響き渡る。

 

 ゴゴゴゴ……ゴンッ。

 

 やがて完全に開放された扉の向こうを見て、シズルは僅かに眉を上げた。

 

「……これは」

 

 思わず声が漏れる。

 予想していた光景とは違った。

 もっと巨大な施設を想像していたのだ。

 多数の実験カプセル。研究設備。培養槽。

 そんなものを。

 

 しかし実際に広がっていたのは、驚くほど簡素な空間だった。

 部屋は円形。

 広さはそれなりにある。

 だが内部にはほとんど何も存在していない。

 壁際に設置された生命維持装置。

 監視用モニター。

 

 そして、部屋の中央に置かれた、一基のコールドスリープカプセル。

 

 それだけだった。

 まるで、この部屋そのものが“それ”を保管するためだけに作られたかのようだった。

 

『……一基だけ?』

 

 シーサン・ポーも驚いたようだった。

 

『研究施設の重要区画にしては妙ですね』

「ああ」

 

 シズルは警戒を解かないまま室内へ入る。

 ライフルを構えながら周囲を確認する。

 人影は無い。

 戦闘ロボットもいない。

 爆発物も見当たらない。

 生命反応も無し。

 ただ静寂だけが支配している。

 やがて彼女は中央のカプセルへ近付いた。

 透明な保護カバーの向こう。

 そこには、一人の子供が眠っていた。

 

 白髪。

 透き通るように白い肌。

 幼い顔立ち。

 年齢は五歳ほどだろうか。

 写真で見た少年と同じだった。

 簡素なコールドスリープ用の白い衣服を身に纏い、小さな身体を丸めるように横たわっている。

 

 ユウ。

 

 依頼対象の少年だった。

 シズルはしばらく黙ってその姿を見つめた。

 

「……まるで死体だな」

 

 ぽつりと呟く。

 呼吸はしている。

 生命維持装置も正常に作動している。

 だが、それでも。

 あまりにも静かだった。

 まるで時間そのものが止まってしまったようだった。

 長い白髪がガラス越しに広がり、その姿はどこか幻想的ですらある。

 

 地球時代の古い童話に登場する姫君。

 毒リンゴによって永遠の眠りへ落ちた白雪姫。

 もし彼女が男の子だったなら、きっとこんな姿だっただろう。

 

 そんな事をシズルはふと思った。

 

『対象確認』

 

 シーサン・ポーが言う。

 

『依頼内容は達成ですね』

「ああ」

 

 シズルは頷いた。

 だが問題はここからだった。

 目の前のカプセルは大型だ。

 かなりの重量がある。

 サイボーグ化されたシズルなら持ち上げられない事もないだろう。

 しかし、それを抱えたまま迷路のような基地を戻り、さらにコフィン号へ運び込むとなれば話は別だった。

 時間も掛かる。

 何より危険だ。

 それなら。

 ここで起こして連れて行く方が早い。

 

「目覚めさせる」

『妥当ですね』

 

 シーサン・ポーも同意した。

 

『生命維持データを見る限り、解凍に問題はありません』

「よし」

 

 シズルはカプセル脇の操作端末へ近付く。

 古い機械だ。

 だが電源は生きている。

 画面には解凍手順が表示されていた。

 幸い特別な権限は必要無いらしい。

 彼女は迷わず起動ボタンを押した。

 直後、低い駆動音が部屋に響く。

 

 プシューッ――。

 

 白い冷気がカプセル内部から噴き出した。

 

『解凍シーケンス開始』

『予想所要時間、五分三十二秒』

 

 シズルは腕を組んだ。

 

「結構かかるな」

『コールドスリープですからね』

 

 シーサン・ポーが答える。

 

『むしろ早い方です』

 

 時間が流れる。

 冷却装置が停止し。

 生命維持装置の出力が上昇し。

 モニター上の波形が徐々に活発になっていく。

 少年の胸がゆっくり上下し始める。

 体温も上昇していた。

 眠りから覚めようとしている。

 

 その様子を見ながら、シズルは妙な感覚を覚えていた。

 賞金首を捕まえる仕事なら慣れている。

 敵地へ潜入する事も珍しくない。

 だが。

 眠る子供が目覚めるのを待つという経験は、ほとんど無かった。

 数分後、カプセルが小さく音を立てる。

 

 カチリ。

 

 ロック解除。

 そして透明カバーがゆっくり開いた。

 冷気がふわりと部屋へ広がる。

 少年の瞼が震えた。

 ゆっくりと。

 本当にゆっくりと。

 赤い瞳が開かれる。

 焦点が合わない。

 状況を理解できていないのだろう。

 ぼんやりと天井を見つめ。

 それから首を動かし、周囲を見回す。

 そして。

 きょとんとした顔で座り込んだ。

 

「…………」

 

 シズルは一瞬言葉を失った。

 写真で見るより小さい。

 本当に小さな子供だった。

 白髪はふわふわと柔らかそうで、赤い瞳は宝石のように透き通っている。

 少女と見間違えてもおかしくない。

 その容姿はあまりにも儚げだった。

 戦争。

 研究施設。

 ガルダ党。

 そんな単語とはまるで結び付かない。

 シズルは思わず見入ってしまう。

 しかし。

 次の瞬間。

 少年の表情が変わった。

 

「……っ」

 

 びくりと肩を震わせる。

 赤い瞳が大きく見開かれた。

 視線の先。

 そこにいるのは白い戦闘スーツに身を包み、フルフェイスヘルメットを装着した武装人物。

 知らない大人。

 しかも武器持ち。

 怯えるのも当然だった。

 少年は身体を縮こませる。

 今にも泣き出しそうな顔だった。

 

「あ……」

 

 シズルはすぐ気付いた。

 

「しまったな」

『ですよねぇ』

 

 シーサン・ポーも同意する。

 

『どう見ても怪しい侵入者です』

「否定できない」

 

 シズルは苦笑した。

 そしてライフルから手を離す。

 ゆっくりと膝をつく。

 敵意が無い事を示すためだ。

 

「大丈夫だ」

 

 できるだけ穏やかな声で言う。

 しかし少年はまだ警戒している。

 そこでシズルはヘルメットへ手を掛けた。

 

 カチリ。

 

 ロック解除。

 そして。

 ゆっくりとヘルメットを外す。

 

 さらりと黒髪が流れ落ちた。

 整った顔立ち。

 切れ長の目。

 大人びた雰囲気を持ちながらも、どこか柔らかな表情。

 戦闘時とは違う素顔だった。

 シズルは微笑む。

 

「これなら少しは安心できるか?」

 

 少年は固まったままだった。

 だが。

 先程ほどの怯えは無い。

 赤い瞳がじっとシズルを見つめている。

 観察するように。

 確かめるように。

 しばらくして。

 おずおずと。

 本当に恐る恐る。

 少年が小さな手を伸ばした。

 

 そして。

 そっと。

 シズルの頬へ触れる。

 柔らかな感触。

 温かな体温。

 生きている人間の肌だった。

 

 少年は何も言わない。

 ただ、その手を離さない。

 まるで目の前の女性が本当に存在するのか、確かめているようだった。

 シズルも動かなかった。

 逃げない。急かさない。

 ただ静かに、その小さな手を受け入れる。

 やがて少年の瞳から、ほんの少しだけ警戒の色が薄れていった。

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