おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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#05

 ユウが完全に落ち着くまで、シズルはしばらくその場で待った。

 いきなり知らない場所で目を覚まし、さらに見知らぬ大人と対面したのだ。

 本来なら泣き出してもおかしくない。

 だがユウは不思議なほど静かだった。

 赤い瞳でシズルを見上げながら、時折不安そうに周囲を見回している。

 その様子は、飼い主を探している迷子の子猫にも似ていた。

 

「歩けるか?」

 

 シズルが膝をついて尋ねる。

 ユウは少しだけ首を傾げた。

 質問の意味を考えているようだった。

 やがて小さく頷く。

 

「……うん……」

 

 か細い声だった。

 シズルは少し安堵する。

 抱えて運ぶ事もできるが、自力で歩けるならその方が良い。

 何より、子供の体力や健康状態は実際に見てみなければ分からない。

 コールドスリープから目覚めた直後ならなおさらだ。

 

「なら行こう」

 

 そう言って手を差し出す。

 ユウは一瞬ためらった。

 しかし、やがて恐る恐るその手を握る。

 小さい。

 本当に驚くほど小さい手だった。

 シズルの手が大きい事もあるが、それを差し引いても幼さを感じる。

 戦場や犯罪者ばかり相手にしてきた彼女にとって、その感触はどこか新鮮だった。

 

『帰還ルートを再表示します』

 

 シーサン・ポーがヘルメット通信で告げる。

 

『来た道を戻れば宇宙港ブロックへ到達可能です』

「ああ」

 

 シズルは頷いた。

 ユウの歩幅に合わせながら通路へ出る。

 赤い非常灯に照らされた研究施設。

 相変わらず不気味な静寂が続いていた。

 だが、来る時とは少し状況が違う。

 今のシズルは一人ではない。

 守るべき相手がいる。

 自然と警戒心も強まっていた。

 通路を進みながら、シズルは周囲へ視線を走らせる。

 

 監視カメラ。

 ドローン用レール。

 防衛設備らしき装甲扉。

 どれも健在だ。

 しかし。

 

「……妙だな」

 

 シズルが呟いた。

 

『どうしました?』

 

 シーサン・ポーが反応する。

 

「静か過ぎる」

 

 来る時は監視ドローンが何度も巡回していた。

 警備システムも生きていた。

 だが今は違う。

 一機も見当たらない。

 気配すらない。

 まるで施設全体が眠ってしまったかのようだった。

 シーサン・ポーも何かに気付いたらしい。

 

『……おや?』

「どうした」

『警備ネットワークです』

 

 モニター上へ基地内部のデータが表示される。

 

『停止しています』

「停止?」

『はい』

 

 シーサン・ポーの声にも戸惑いが混じる。

 

『監視ドローン全機オフライン。防衛システム停止。内部警戒レベルゼロ』

 

 シズルの眉が僅かに動いた。

 

「そんな事があり得るのか?」

『普通ならありません』

 

 即答だった。

 

『誰かが制御システムへ介入した可能性があります』

「誰かが……」

 

 シズルは足を止める。

 この施設に他の人間がいる?

 残党か。

 あるいは別の侵入者か。

 だが、考えても答えは出ない。

 今重要なのはユウの安全だ。

 余計な寄り道をしている場合ではない。

 

「後回しだ」

 

 シズルは歩き出す。

 

「まずは船へ戻る」

『了解です』

 

 シーサン・ポーも反対しなかった。

 そのまま二人は通路を進む。

 迷路のような研究施設。

 無人の実験区画。

 破壊された研究室。

 静まり返った居住ブロック。

 長い時間をかけて歩き続け――やがて。

 

 

 ***

 

 

 宇宙港ブロックへ続く大型通路へ到達した。

 そして。

 シズルは足を止めた。

 

「……なるほど」

 

 静かな声だった。

 その視線の先。

 宇宙港ブロックの中央に複数の人影が立っていた。

 五人。いや六人。

 全員武装している。

 黒いスーツ。

 防弾装甲。拳銃。自動小銃。

 そして。その中心にいる痩せた男。

 見覚えがあった。

 

「ゼンダか」

 

 シズルが言う。

 男は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりです、シズルさん」

 

 ゼンダ・ゼンダマー。

 依頼人その人だった。

 どうやら別ルートで施設へ侵入していたらしい。

 彼の背後には黒服の男達が並んでいる。

 前回会った護衛達より数が多い。

 しかも全員が戦闘装備だ。

 役人の護衛にしては、いささか物々しい。

 ゼンダはそんな事など気にしていないように微笑む。

 

「流石ですね」

 

 彼は軽く拍手した。

 

「無事に見つけ出して頂けたようだ」

 

 視線はユウへ向いている。

 まるで荷物の状態を確認するような目だった。

 シズルはそれを見逃さない。

 ゼンダは一歩前へ出た。

 

「感謝します」

 

 穏やかな声。

 

「これで依頼は達成です」

 

 そして。

 当然のように言った。

 

「その子を引き渡していただけますか?」

 

 空気が少しだけ変わる。

 シズルは何も答えなかった。

 代わりに隣を見る。

 

 ユウ。

 その小さな身体が震えていた。

 最初は寒いのかと思った。だが違う。

 怯えている。

 赤い瞳は大きく見開かれ。

 顔色は青白くなり。

 呼吸も浅い。

 まるで目の前に怪物でも現れたかのようだった。

 

「……」

 

 シズルは無言のままユウを見る。

 ユウの手が彼女のスーツをぎゅっと掴んだ。

 離れたくない。

 そんな意思表示にも見えた。

 そして。

 少年の視線は真っ直ぐゼンダへ向いている。

 知らない相手を怖がっている様子ではない。

 違う。

 もっとはっきりした感情だった。

 恐怖。それも本能的なもの。

 かつて酷い目に遭わされた相手を前にした時のような。

 そんな怯え方だった。

 シズルの目が僅かに細まる。

 ゼンダは笑顔を崩さない。

 

「どうしました?」

 

 何も知らないふりをしている。

 だが。

 シズルの中で警戒心が一段階強くなった。

 ユウがここまで怯える理由。

 それを考えれば答えは一つしかないように思えた。

 静まり返った宇宙港ブロックで。

 シズルは少年の小さな手を離さなかった。

 

「基地へ向かう前に、一つだけ保険を掛けておいた」

 

 張り詰めた空気の中で、シズルは静かにそう言った。

 宇宙港ブロックには重苦しい沈黙が漂っている。

 コフィン号へ続くドッキングブリッジ。その前を塞ぐように立つゼンダ達。

 そしてシズルの背後には、怯えた様子のユウ。

 互いに武器を抜いているわけではない。

 だが、その場にいる全員が理解していた。

 もうこれは、単なる依頼の完了報告ではない。

 誰もが腹の内を探り合う段階は終わったのだ。

 

 シズルはユウを背中へ庇うように半歩前へ出る。

 その動きだけで、彼女が少年を引き渡す気がない事は明白だった。

 ゼンダは穏やかな笑みを浮かべたまま尋ねる。

 

「保険、ですか?」

「ああ」

 

 シズルは答える。

 

「お前と会った時から違和感があった」

 

 その声は落ち着いている。

 怒りも焦りも無い。

 ただ事実を確認するような口調だった。

 

「だから基地へ向かう前に、シーサンへお前の身辺調査を頼んでおいた」

 

 一瞬。

 ゼンダの表情に僅かな揺らぎが走る。

 

「……調査?」

「そうだ」

「誰にです?」

 

 その問いには本物の意外さが混じっていた。

 まるで予想外の答えを聞いたような顔だった。

 シズルは肩をすくめる。

 

「AIにだ」

「AIにですか?」

 

 ゼンダが目を瞬く。

 シズルは口元を少しだけ緩めた。

 

「ウチのAIは優秀なんでね」

 

 すると通信回線から、どこか誇らしげな電子音声が響いた。

 

『その通りです!』

 

 シーサン・ポーだった。

 

『ワタクシ、こう見えてもかなり高性能なんですよ!』

「自分で言うな」

『事実ですので!』

 

 いつも通りのやり取りだった。

 だがシズルの目は笑っていない。

 視線はずっとゼンダを捉えたままだ。

 

「調べた内容は多い」

 

 シズルは続ける。

 

「出生記録、学歴、就職履歴、居住履歴、家族構成、納税記録、医療データ、学生時代の記録、卒業アルバム、自治体の名簿、学習塾の名簿、ボランティア活動履歴、SNSアーカイブ、各種行政データベース」

 

 淡々と並べられる項目。

 その数は異常だった。

 もはや個人調査というより身元洗浄に近い。

 黒服達の間にざわめきが走る。

 ゼンダだけは無言だった。

 

「そして、それらを惑星バスタゴア政府の公式記録と照合した」

 

 シズルは言う。

 

「結果は単純だ」

 

 短い沈黙。

 その後、彼女ははっきりと告げた。

 

「ゼンダ・ゼンダマーという人物は存在しない」

 

 空気が凍り付く。

 誰も動かない。

 誰も喋らない。

 まるで時間そのものが止まったようだった。

 ゼンダの笑顔も動かない。

 だがその奥で何かが変わったのをシズルは見逃さなかった。

 

「存在しない……ですか」

 

 ゼンダが呟く。

 

「そうだ」

 

 シズルは即答した。

 

「お前の履歴は作り物だ」

 

 そしてさらに続ける。

 

「出生地の行政区分が年代と一致しない。卒業した事になっている学校は、その年には既に統廃合されている。勤務先企業の記録にも矛盾がある。住所履歴も改竄だらけ。戸籍データも後から挿入された痕跡があった」

 

 ゼンダの顔から笑みが少しずつ消えていく。

 シズルは容赦しなかった。

 

「最初は偽名を使った犯罪者かと思った、だが調べるうちに気付いた。お前はもっと厄介だ」

 

 その言葉に。

 ユウの身体が小さく震えた。

 ゼンダを見る目には明確な恐怖が宿っている。

 シズルはそれを感じながら続けた。

 

「ガルダ党崩壊後の記録も調べた」

 

 その瞬間。

 ゼンダの瞳が僅かに細くなる。

 

「銀河連合が公開した戦後資料、新政府の調査報告、解放軍の証言、残党リスト、行方不明幹部一覧………」

 

 シズルは一歩前へ出る。

 金属床が小さく鳴った。

 

「ガルダ党は解体された、幹部の多くは逮捕された、処刑された者もいる、戦死した者もいる。だが――」

 

 そこで言葉を切る。

 

「何人かだけ姿を消した」

 

 ゼンダは何も言わない。

 だがその沈黙こそが答えだった。

 

「死亡確認無し、拘束記録無し、所在不明、逃亡先不明、銀河連合も追跡中………」

 

 シズルは冷たく言い放つ。

 

「そしてその一人がお前だ」

 

 重い沈黙。

 宙港の空調音だけが響いている。

 シズルはさらに追い打ちを掛けた。

 

「偽名、偽履歴、偽経歴、偽の役人資格、全部用意して新政府へ潜り込んだ。そういう事だろう?ちょっと調べればこうだ、技術を軽視するオーラ教らしいツメの甘さだな」

 

 そして最後に。

 吐き捨てるように言った。

 

「………そんな奴にこの子は渡せないな」

 

 その瞬間だった。

 ゼンダの表情から、人間らしい温度が完全に消えた。

 今まで浮かべていた穏やかな笑顔。

 柔らかな物腰。礼儀正しい役人の顔。

 それら全てが剥がれ落ちる。

 

 現れたのは別人だった。

 冷たい。

 酷く冷たい目。

 他人を人間ではなく道具としか見ていないような目だった。

 

 数秒。沈黙が続く。

 やがて。ゼンダが笑った。

 

「なるほど」

 

 低い声だった。

 

「そこまで調べられていましたか」

 

 その声音には、もう先程までの穏やかさは無い。

 蛇が獲物へ巻き付く前のような冷たさがあった。

 

「流石は賞金稼ぎですね」

 

 ぱち。ぱち。

 

 ゆっくりと拍手する。

 

「実に優秀だ」

「褒められても嬉しくないな」

 

 シズルが返した。

 その時だった。

 

『マスター!』

 

 突然、シーサン・ポーの声が響く。

 今までにないほど切迫している。

 

『後方高熱源反応!複数です!』

 

 シズルは反射的に振り向いた。

 そして理解した。

 あの時、警備システムが停止していたのではない。

 掌握されていたのだ。

 背後の大型隔壁が開いていた。

 その向こうには暗闇が広がっている。

 そして。

 

 無数の赤い光点。

 一つ。二つ。三つ。

 いや違う。

 十。二十。三十。

 まだいる。

 赤い光が暗闇の中で次々と点灯していく。

 

 ギギギギギギ……。

 

 重い駆動音。

 金属が擦れる音。

 油圧シリンダーの作動音。

 やがて姿を現したそれを見て、シズルは目を細めた。

 戦闘ロボット。

 基地警備用の重装機だった。

 横へ広い重装甲。複数の脚。大型クローアーム。砲塔。赤く光るセンサー。

 その姿は巨大な蟹を思わせる。

 研究施設を守るために作られた殺戮機械だった。

 一機だけでも厄介だ。

 だが現れた数はそんなものではない。

 十数機。

 二十機近い。

 しかも後方通路を完全に封鎖している。

 

『警備ネットワーク掌握確認!』

 

 シーサン・ポーが叫ぶ。

 

『制御権限はゼンダ側です!』

「………やはりな」

『ああっ! だから言ったじゃないですか! 先に中央制御を止めるべきだって!』

「説教は後だ」

 

 シズルは短く返す。

 既にライフルへ手を掛けていた。

 前方には黒服達。

 後方には戦闘ロボット軍団。

 完全な挟撃。

 逃げ場は無い。

 

 ユウが震える。

 小さな手がシズルのスーツを強く握った。

 その感触を感じながら、シズルは静かに前へ出る。

 少年を守るように。

 盾になるように。

 

 その姿を見て。

 ゼンダは心底愉快そうに笑った。

 狂信者の笑みだった。

 

「素晴らしい」

 

 彼は両手を広げる。

 

「本当に素晴らしいですよ、シズルさん」

 

 黒服達が一斉に銃を構える。

 ロボット達の武装が起動する。

 赤い照準レーザーが無数に伸びる。

 まるで処刑台だった。

 そんな状況の中。

 ゼンダは恍惚とした表情で天を仰ぎ、かつてガルダ党の信徒達が叫んでいた言葉を高らかに唱えた。

 

「――オーラは最も偉大なり!」

 

 その声に呼応するように、戦闘ロボット達のセンサーが一斉に赤く輝く。

 黒服達が引き金へ指を掛ける。

 宇宙港ブロック全体が、一触即発の殺気に包まれていた。

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