おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙港ブロックの空気が凍り付く。
前方には黒服の男達。
後方には戦闘ロボット部隊。
左右は閉鎖された整備区画。
逃げ場はどこにもない。
完全な包囲網だった。
そして、ゼンダの顔には余裕があった。
勝利を確信した者の表情。
狩人が獲物を追い詰めた時の顔だった。
「抵抗は無意味ですよ、シズルさん」
ゼンダがゆっくりと言う。
「その子を渡していただければ、命までは取りません」
もっとも、と彼は笑う。
「その保証を信じるかどうかは別ですがね」
黒服達が嘲笑する。
シズルは答えない。
視線だけで周囲を観察する。
人数。配置。遮蔽物。射線。脱出経路。
サイボーグ化された脳髄と繋がった脳が高速で戦況を分析していた。
だが結論は芳しくない。
前後からの挟撃。
しかも背後のロボット部隊は重武装だ。
単独なら突破も可能だろう。
しかし今は違う。
ユウを守りながら戦わなければならない。
それが状況を一気に難しくしていた。
『マスター』
シーサン・ポーの声が響く。
『ロボット部隊の武装起動を確認。射撃シーケンスへ移行しています………!』
「分かっている」
シズルは静かに答える。
その時だった。
赤い光が一斉に点灯した。
戦闘ロボット達の照準センサー。
無数の赤い光線がシズル達へ向けられる。
まるで獲物を狙う肉食獣の目だった。
そして、次の瞬間。
ギギッ!
機械音が鳴る。
ロボット達の砲口が火を吹いた。
ダダダダダダダダダダダダッ!!
激しい発砲音。
無数の銃弾が嵐のように放たれる。
宇宙港ブロックの空気が震えた。
金属製の床に薬莢が散る。
火花が飛ぶ。
普通の人間なら反応すらできない速度だった。
「ユウ!」
シズルは咄嗟に叫ぶ。
考えるより先に身体が動いていた。
ユウを抱き寄せようとする。
自らの身体を盾にしようとする。
サイボーグ化された肉体なら数発程度は耐えられる。致命傷にならない場所で受ければいい。
とにかく少年を守る。それだけだった。
だが。
その瞬間。
ユウが震えながら顔を上げた。
赤い瞳が大きく見開かれる。
幼い身体が恐怖で強張る。
そして反射的に。
本当に反射的に。
小さな両手を前へ突き出した。
「……っ!」
声にならない悲鳴。
そして、世界が止まった。
正確には。
銃弾が止まった。
「……なに?」
シズルの目が見開かれる。
発射されたはずの銃弾。
数十発。いや百発近い弾丸。
それら全てが空中で静止していた。
まるで時間が凍結したかのように。
シズルの目の前で。
ユウの手前で。
無数の銃弾が宙に浮いている。
あり得ない光景だった。
誰も動けない。
黒服達も。ゼンダも。
ロボット部隊ですら。
一瞬何が起きたのか理解できていなかった。
『えっ』
シーサン・ポーが間の抜けた声を出す。
『ええっ!?』
通信回線越しに混乱が伝わってくる。
『な、なななななな何ですかこれ!?』
シズルも同じ気持ちだった。
目の前の現象が理解できない。
物理法則を無視している。
まるで、そこに何か見えない壁が存在しているようだった。
だが。
そこで終わらなかった。
ユウの身体は震えている。
呼吸も荒い。
小さな肩が上下している。
それでも。
彼はゆっくりと手を動かした。
右から左へ。まるで何かを払うように。
小さく。弱々しく。
しかし確かに、その手を振った。
瞬間、静止していた銃弾が動く。
いや。
弾き飛ばされた。
ドッ!!
空気が爆ぜる。
無数の銃弾が一斉に向きを変えた。
発射された方向とは逆へ。
ロボット達の方へ。
凄まじい速度で。
「なっ!?」
ゼンダが叫ぶ。
次の瞬間、金属音が連続した。
ガガガガガガガガッ!!
銃弾の嵐がロボット部隊へ突き刺さる。
装甲は貫通できない。
だが問題はそこではない。
狙われたのは赤く光る光学センサーだった。
バンッ!!
ガシャッ!!
ボゴッ!!
次々とレンズが砕け散る。
監視カメラが破裂する。
測距センサーが吹き飛ぶ。
照準装置が損傷する。
まるで熟練狙撃手が精密射撃を行ったかのような正確さだった。
ロボット達が混乱する。
ギギギッ!
ガガガガッ!
異常警報が鳴り響く。
センサーを失った機体同士が衝突する。
一機が横転する。
別の一機が壁へ激突する。
さらに別の一機は味方へ誤射を始めた。
宇宙港ブロックは一瞬で大混乱に陥る。
『未確認現象!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
『戦闘ロボット部隊の光学系統が次々破壊されています!どうなっているんですかこれ!?』
誰にも分からない。
理解できない。
だが一つだけ確かな事があった。
この現象は偶然ではない。
シズルはゆっくりと視線を落とす。
そこにはユウがいた。
小さな身体。白い髪。震える手。怯えた赤い瞳。
その姿はどう見ても普通の五歳児だ。
だが、目の前で起きた現象を説明できる存在は一人しかいない。
シズルは息を呑んだ。
脳裏に依頼内容が蘇る。
ガルダ党。
研究施設。
コールドスリープ。
ゼンダが欲していた「何か」。
そこまで考えて。
彼女はようやく結論へ辿り着く。
「まさか……」
信じられないものを見るような目でユウを見る。
「君の力なのか?」
ユウの肩がびくりと震えた。
まるで怒られると思った子供のように。
少年はゆっくりと顔を上げる。
赤い瞳が揺れている。
不安そうに。怯えながら。助けを求めるように。ユウはシズルの方を向いた。
そして何も言えないまま、小さな身体を震わせ続けていた。
「な、何だ今のは!?」
最初に叫んだのは黒服の一人だった。
宇宙港ブロックは混乱の渦に包まれていた。
数秒前まで絶対的な優位に立っていたはずの彼らは、今や状況を理解できず狼狽している。
戦闘ロボット部隊は半数以上が機能不全。センサーを破壊された機体は壁へ激突し、味方同士で衝突し、警報音を鳴らしながらその場を右往左往している。
赤い非常灯が明滅する中、火花が飛び散り、金属が軋む音が響き渡る。
まるで制御を失った工場のようだった。
「サイキッカーだと……?」
「そんな馬鹿な!」
「記録では聞いていたが……!」
黒服達が口々に叫ぶ。
彼らもガルダ党残党だ。
サイキッカー………そう呼ばれる存在そのものは彼らも知っていた。だからこそユウを求めていた。
だが、実際に目の前でその力を見せつけられると話は別だった。
常識が通用しない。理解を超えている。
それが恐怖を生む。
「な、なるほど………想像以上に高性能ですね」
その中央で、ゼンダだけはまだ冷静さを保っていた。
もっとも、その表情は先ほどまでの余裕に満ちたものではない。
頬が引きつっている。額には汗が浮かんでいる。
予想外の事態だったのだろう。
だが彼はすぐに表情を引き締めた。
こんな所で逃がすわけにはいかない。
何年も追い求めてきた存在なのだ。
ユウは単なる子供ではない。
ガルダ党再興の切り札。
失われた勢力を取り戻すための希望。
その執念が彼を突き動かしていた。
「………落ち着け!」
ゼンダが怒鳴る。
その声に黒服達が振り向く。
「相手は子供一人だ!」
「しかし……!」
「力を使った直後だ!今なら押さえ込める!」
ゼンダの声は苛立ちを帯びていた。
「撃て!」
右腕を振り上げる。
「制圧しろ!!」
命令が飛ぶ。
黒服達の目が変わった。迷いが消える。
彼らもまた狂信者だった。
上からの命令に従う事に慣れている。
一斉に自動小銃を構える。
銃口がシズル達へ向けられる。
安全装置解除。照準固定。発砲準備。
「………!」
だが。
その時には既にシズルは動いていた。
彼女はしゃがみ込み、震えるユウを抱き上げる。
ひょいと持ち上げられた少年は驚いたように目を瞬かせた。
シズルは左腕で彼を支えながら言う。
「しっかり捕まっていろ!」
強く。だが安心させるような声だった。
ユウはびくりと肩を震わせる。
そして小さな手を伸ばした。
ぎゅっ。
シズルの首へしがみつく。
細い腕が必死に回される。
離されたくない。
そんな気持ちが伝わってきた。
シズルは僅かに口元を緩める。
「よし」
そして前を見る。
黒服達、十数人。
全員武装済み。
普通なら正面突破など自殺行為だった。
だがシズルは賞金稼ぎである以前に戦士だった。
しかも身体能力強化済みのサイボーグ。
人間の常識は当てはまらない。
「撃てぇっ!!」
黒服の叫び。
次の瞬間、銃火が閃いた。
ダダダダダダダダダダダダッ!!
激しい銃声が宇宙港に響く。
無数の弾丸が飛来する。
普通なら回避不可能。
だが………直後、シズルの姿が消えた。
「なっ!?」
黒服達が目を見開く。
高速移動。
強化脚部が爆発的な推進力を発揮する。
金属床を蹴った瞬間、彼女の身体は横へ跳んでいた。
弾丸が空を切る。さらに一歩。もう一歩。
左右へ。前へ。低くわ、高く。
まるで忍者、今やフィクションの中にのみ存在する古代の超人のようだった。
銃弾の雨の隙間を縫うように進んでいく。
予測。
反射。
経験。
強化された神経系。
全てが噛み合っていた。
弾丸が頬を掠める。
装甲に当たる。
火花が散る。
だが止まらない。
「速い!」
「捕らえろ!」
「撃ち続けろ!」
黒服達が叫ぶ。
しかし既に遅い。
シズルは懐へ飛び込んでいた。
背中へ手を回す。
硬質ブレードが、銀色の刃が、鞘から抜き放たれる。
キィン――。
鋭い金属音。
宇宙港の照明を受けて刀身が光る。
次の瞬間、シズルは振るった。
斬る。
だが人間を両断するためではない。
武器を奪うためだ。
ガギンッ!!
一人目の小銃が真っ二つになる。
「うわっ!?」
二人目の銃も切断。
三人目は手首を叩かれて武器を落とす。
四人目は腹部へ蹴り。
五人目は肩へ体当たり。
まるで嵐だった。
黒服達が次々と吹き飛ぶ。
倒れる。武器を失う。悲鳴が上がる。
だがシズルは止まらない。
目的は殲滅ではない。
脱出だ。
進路を切り開く。
ただそれだけ。
「どけ!」
一喝。
最後の黒服を蹴り飛ばす。
男が床を転がる。
その先、見えた。
コフィン号。
宇宙港に停泊している愛機だった。
円盤型の機体が静かに待機している。
その姿を見た瞬間、シズルはさらに加速した。
「逃がすな!!」
ゼンダが怒鳴る。
黒服達が再び銃を向ける。
だがもう遅い。
シズルはドッキングブリッジを駆け抜ける。
そして、コフィン号のハッチへ飛び込んだ。
同時に叫ぶ。
「シーサン!」
『はい!』
「緊急発進だ!」
『待ってました!!』
シーサン・ポーの声が弾む。
直後。
コフィン号内部の警報が鳴る。
エンジン起動。推進炉点火。
機体各部へエネルギー供給開始。
振動が船体を走る。
ハッチが閉鎖される。
固定アーム解除。
係留クランプ解除。
そして………轟音。
コフィン号は宇宙港を飛び出した。
加速。
加速。
さらに加速。
基地から離脱する。
巨大な宇宙基地が後方へ流れていく。
戦場の残骸が漂う宙域へ飛び出し、コフィン号は闇の中へ消えていった。
宇宙港ブロックでは、ゼンダがその光景を見上げていた。
拳を握り締めている。
歯を食いしばっている。
その顔は怒りと悔しさで歪んでいた。
「……あと少しだった」
低く呟く。
何年も追い求めてきた力。
ようやく手の届く場所まで来た。
それなのに。
また逃げられた。
しかも目の前で。
彼はゆっくりと振り返る。
黒服達が怯えたように立っていた。
「連絡しろ」
冷たい声だった。
「各地の同志達へ」
その目には狂気が宿っている。
「ユウを確保する。生死は問わん」
「いいんですか………?」
「必要なのはあくまで遺伝子だ」
黒服達が息を呑む。
ゼンダはさらに続ける。
「艦を出せ。追跡部隊を編成しろ。奴らはまだ遠くへは行けない」
そして。
ガルダ党の残党達へ向けて命じた。
「必ず捕らえろ。今度こそ、あの力を我らの手にするのだ」
憎悪に満ちた目で宇宙を睨みながら。
ゼンダは静かに言い放った。