おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
コフィン号は暗黒の宇宙を進んでいた。
惑星バスタゴア近傍宙域。
かつて解放戦争の激戦地となった空間には、今なお戦争の爪痕が色濃く残されている。
窓の外を流れていくのは、自然の天体だけではない。
砕けた宇宙戦艦の残骸。
千切れた装甲板。
破壊された砲塔。
爆発で半分吹き飛んだ輸送船。
既に誰も乗っていないダートファイターの残骸。
そして大小様々な小惑星群。
それらが重力の気まぐれに従いながら漂っている。
まるで巨大な宇宙の墓場だった。
コフィン号はそれらを慎重に回避しながら航行を続けていた。
船体がわずかに振動する。
自動操縦システムが小惑星との接触を避けるため細かな軌道修正を繰り返しているのだ。
操縦席のシートに腰掛けたシズルは静かに窓の外を眺めていた。
既にヘルメットは外している。長い黒髪が肩へ流れ落ちていた。
先ほどまでの戦闘の緊張感は薄れつつあったが、表情はまだ硬い。
ゼンダの事。
ユウの事。
そして今後の事。
考えるべき事は山ほどあった。
『あーあ』
不意に通信モニターから声が響いた。
四角いロボット顔を映したシーサン・ポーである。
『惜しかったですねぇ』
シズルは視線を向ける。
「何がだ?」
『何が、じゃありませんよ』
シーサン・ポーは大袈裟に肩を落とすようなアニメーションを表示した。
『あれだけの報酬ですよ!?』
画面上に数字が表示される。
依頼時に提示された額。
普通の賞金首なら何十人も捕まえられるような高額報酬だった。
『ワタクシ、久々に船の整備予算が潤うと思ったんです』
「現金だな」
『現実的と言ってください』
シーサン・ポーは即座に返す。
『新型センサーも欲しかったですし、エンジン周りも更新したかったですし、居住区の空調もですね――』
「お前は船の家計簿担当か」
『実質そうです』
胸を張るような動きをするモニターの顔。
シズルは思わず苦笑した。
だがシーサン・ポーの言いたい事も分かる。
賞金稼ぎという仕事は危険と隣り合わせだ。
だからこそ報酬は重要だった。
特に宇宙船を維持するとなればなおさらである。
燃料。
修理費。
補給品。
武器の整備。
港湾利用料。
どれも安くはない。
それだけの金額を自ら蹴り飛ばしたのだから、愚痴の一つも出るだろう。
だが。
シズルは首を横に振った。
「仕方ないさ」
『そうですかねぇ』
「そうだ」
彼女の声は落ち着いていた。
窓の外を見ながら続ける。
「賞金稼ぎは腕だけで食っているわけじゃない」
『と言いますと?』
「信頼だ」
短い言葉だった。
だが重みがあった。
シズルは静かに話す。
「依頼人との信頼、仲介業者との信頼、宇宙港との信頼、整備工場との信頼、情報屋との信頼、銀河連合との信頼………」
賞金稼ぎは孤独な仕事だ。
だが完全な一匹狼では生きていけない。
情報も補給も修理も、結局は他人との繋がりが必要になる。
「今のガルダ党はどうだ?」
シズルが問う。
『反政府勢力ですね』
「そうだ」
既にガルダ党は惑星バスタゴアの支配者ではない。
銀河連合監視下の新政府が成立し、党そのものは解体されている。
残っているのは各地へ潜伏した残党だけだ。
「そんな連中に協力したと知られたらどうなる?」
シーサン・ポーは少し黙った。
『……あまり良い事にはなりませんね』
「だろう」
シズルは頷く。
「一度失った信用は金じゃ買い戻せない」
高額報酬は魅力的だ。
だが社会的信用を失えば長期的にはもっと大きな損失になる。
だから彼女は迷わなかった。
ゼンダを敵に回しても。
報酬を失っても。
ユウを渡す選択肢だけは無かった。
『なるほど』
シーサン・ポーは少し感心したように言った。
『やっぱりマスターはそういう所だけ格好良いですね』
「だけ?」
『だけです』
「後で覚えてろ」
『ひえっ』
そんなやり取りを交わした時だった。
シズルは視線を横へ向ける。
居住スペースのソファ。
その隅。
小さな身体が縮こまっていた。
ユウだった。
膝を抱えて座り込み、俯いている。
先ほど戦闘が終わってからほとんど喋っていない。
時折身体が小さく震えている。
まだ恐怖が抜けていないのだろう。
無理もない。
コールドスリープから目覚めたと思ったら戦闘。
知らない大人達。
銃撃戦。
そして自分でも理解できない力の発動。
五歳の子供にはあまりにも過酷だった。
シズルは席を立つ。
ゆっくりと歩み寄る。
ユウは気付いて顔を上げた。
赤い瞳が不安そうに揺れている。
「……しず………る……?」
小さな声だった。
その声を聞いた瞬間、シズルの表情が少し柔らかくなる。
「大丈夫だ」
そう言ってソファへ腰を下ろした。
そして。
躊躇なくユウを抱き寄せる。
「え……」
少年が目を丸くする。
次の瞬間には、ふわりと温かな感触に包まれていた。
シズルの腕。
そして柔らかな胸元。
ユウの顔は自然とそこへ埋まる形になる。
シズルは片腕で少年を支えながら、もう片方の手で頭を撫でた。
優しく。
本当に優しく。
「よしよし」
まるで幼子をあやす母親のようだった。
「もう大丈夫だ」
指先が白い髪を梳く。
何度も。何度も。
安心させるように。
落ち着かせるように。
ユウは最初こそ戸惑っていた。
だが次第に身体の力が抜けていく。
温かい。
柔らかい。
そして安心する。
それは彼がずっと失っていたものだった。
両親を失ったあの日から。恐怖と絶望しか無かった日々。
だからこそ。
ユウは無意識に腕を伸ばした。
ぎゅっ。
小さな両手がシズルの身体へ回される。
しがみつくように。
離れたくないと言うように。
必死に抱き返した。
シズルは少し驚いた。
だがすぐに微笑む。
「ああ」
優しく呟く。
「怖かったな」
ユウは答えない。
ただ顔を埋めたまま小さく震えている。
それでも。
先ほどまでの怯えとは少し違った。
今の震えは、ようやく安心できた者の震えだった。
シズルは何も言わず、ただ頭を撫で続ける。
***
コフィン号は戦場の残骸が漂う宙域を進み続けていた。
窓の外では、破壊された宇宙戦艦の装甲板や砲塔の残骸、小惑星の欠片が静かに流れていく。
解放戦争が終結してからまだ一年ほどしか経っていない。
この辺りには今も当時の傷跡が数多く残されていた。
船内では、ユウを抱き寄せたままシズルがソファに腰掛けている。
ようやく落ち着きを取り戻したユウは、シズルの身体に寄り添ったままうとうとし始めていた。
白い髪が規則正しく上下する。
安心しきった寝息が聞こえそうなほどだった。
そんな穏やかな時間を破ったのは、突然鳴り響いた警報音だった。
『警告!』
シーサン・ポーの声が船内へ響く。
『後方より高速接近物体を感知!』
シズルの目つきが変わる。
先ほどまでの柔らかな表情は消え、賞金稼ぎの顔になる。
「追っ手か」
『識別中……』
モニターに複数の光点が表示される。
シーサン・ポーが即座に解析を進める。
『敵機二!ダートファイターです!』
シズルは舌打ちした。
「もう来たか」
予想はしていた。
ゼンダが簡単に諦める男ではない事くらい分かっている。
だが思った以上に早い。
モニターには二機の小型戦闘機が映っていた。
元は作業用ポッドだったとは思えないほど武装化されている。
薄い装甲。剥き出しの機関部。簡素な主翼。
安価な分だけ大量生産されたセントクルセイダースの主力機。ダートファイターだ。
『レーザー照準確認!攻撃が来ます!』
直後。
後方から赤い閃光が走った。
レーザー。
コフィン号の脇を掠めて宇宙空間へ消えていく。
「面倒だな」
シズルが立ち上がる。
「シーサン」
『はい!』
「迎撃できるか?」
するとモニター上の顔が得意げになった。
『ワタクシを誰だと思っているんです?』
コフィン号の船体下部が開く。
レーザー機銃展開。
自動追尾開始。敵機捕捉。ロックオン。
『撃ちます!』
次の瞬間、青白い光線が宇宙を貫いた。
ダートファイターの一機が回避を試みる。
しかし遅い。光は右翼を貫通した。
爆発。機体が真っ二つになり、火球を散らしながら四散する。
『一機撃墜!』
「残りは!」
『もう照準済みです!』
続けて二射目。レーザーが走る。
もう一機のダートファイターが回避機動へ移るが、老朽化した機体ではコフィン号の射撃管制を振り切れない。
本体へ直撃。閃光。爆散。
宇宙空間へ無数の破片が飛び散った。
『敵機全滅!』
シーサン・ポーが嬉しそうに言う。
『ふふん! どうですか!』
「流石だな」
『もっと褒めてもいいんですよ?』
「後でな」
シズルは肩を竦めた。
どうやら当面の危機は去ったらしい。
そう思った。
本当にそう思ったのだ。
だが。
その直後だった。
『……え?』
シーサン・ポーの声が止まる。
珍しく戸惑ったような声だった。
シズルが眉をひそめる。
「どうした?」
『大型反応……』
「何?」
『いえ、そんな馬鹿な……』
モニター上の顔が青ざめる。
『いや待ってください。データがおかしいです、そんなはずありません………!』
「何がだ」
シズルが操縦席へ近付く。
そこで彼女も見た。
レーダー画面。
巨大な光点。
あり得ないほど巨大な反応。
そして次の瞬間。
窓の外のデブリ帯が爆発した。
轟音は宇宙空間では聞こえない。
だが視覚だけで十分だった。
無数の残骸が弾き飛ばされる。
小惑星の欠片が砕け散る。
巨大な影が姿を現す。
葉巻のような船体。
重厚な装甲。
数十基の砲塔。
まるで宇宙そのものを押し退けるような圧倒的質量。
その姿を見た瞬間。
シズルは目を見開いた。
「なっ……!」
言葉を失う。
あり得ない。あり得るはずがない。
それは解放戦争の記録で何度も見た艦だった。
セントクルセイダース最大の切り札。
超弩級戦艦。
グランドスラム級。
「轟沈したんじゃなかったのか!?」
思わず叫ぶ。
解放戦争終盤。グランドスラム級一番艦アハマドは中破したと記録されていた。
二番艦ムハンマドも戦闘不能になったはずだ。
だが、今目の前には巨大な戦艦が確かに存在している。
『恐らく共食い整備です!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
『二隻の残骸を利用して修復したんでしょう!』
「冗談だろ……」
シズルは唇を噛む。
戦艦の砲塔がゆっくりとこちらを向く。
嫌な予感しかしない。
そして次の瞬間。
砲撃が始まった。
閃光。
巨大レーザー。
誘導ミサイル。
宇宙そのものが光で埋まる。
『回避回避回避回避!』
シーサン・ポーが悲鳴を上げる。
コフィン号が急旋回する。
レーザーがすぐ横を通過する。
破壊された戦艦の残骸が蒸発する。
ミサイルが小惑星へ命中する。
爆発。衝撃波。
デブリが飛び散る。
まるで嵐だった。
その攻撃は災害そのものだ。
個人がどうこうできる火力ではない。
コフィン号は必死に回避を続ける。
右へ。
左へ。
上へ。
下へ。
それでも敵の攻撃は止まらない。
『このままでは保ちません!』
シーサン・ポーが叫ぶ。
『回避限界まであと数分です!』
シズルも分かっていた。
輸送船で戦艦から逃げ続けるなど不可能だ。
いずれ捕まる。
いずれ撃ち落とされる。
ならば………打つ手は一つしかない。
彼女は静かに立ち上がった。
ユウが不安そうに見上げる。
「しずる……?」
シズルはしゃがみ込む。
そして少年の頭を優しく撫でた。
「ユウ」
赤い瞳が見つめ返す。
「ここで待っていてくれ」
「……?」
「大丈夫だ」
微笑む。
「すぐ戻る」
ユウは不安そうだった。
だがシズルは安心させるように頷く。
そして一度脱いだヘルメットを取り上げる。
カチリ。装着。
黒髪が隠れ、白い戦闘スーツの姿へ戻る。
賞金稼ぎシズル。
戦士としての顔だった。
『まさか……』
シーサン・ポーが察する。
シズルは振り向かず答えた。
「ああ」
その視線は格納庫の方を向いている。
そこには白と赤の戦闘機が眠っていた。
この船の保有する戦力であり、彼女の切り札。
「逃げるのは限界だ」
静かな声だった。
だが迷いは無い。
「だったら迎え撃つ」
格納庫のハッチが開き始める。
シズルは歩き出した。
超弩級戦艦を相手に。
たった一機の戦闘機で。
それでも彼女は迷わない。
ヘルメット越しに、力強く宣言した。
「サーペントピアスで迎撃する」
その言葉と共に、宇宙の死闘が始まろうとしていた。