おねショタ渡り鳥銀河を征くスターエイジ・ローヴァーズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙空間を灼熱の光が駆け抜ける。
グランドスラム級宇宙戦艦。
かつて解放戦争において無数の艦艇を沈めた超弩級戦艦は、その巨体をゆっくりと回頭させながらコフィン号を追い詰めていた。
全長千メートル近い葉巻型の船体。
艦首から艦尾まで並ぶ重レーザー砲台。
無数のミサイル発射口。
そして艦体各所に配置された迎撃砲群。
その姿は戦艦というより移動要塞だった。
だがその圧倒的火力にもかかわらず、グランドスラム級は決定打を放とうとはしていなかった。
理由は単純である。
敵があまりにも弱すぎるからだ。
「逃げ回っていますな」
艦橋でオペレーターが笑う。
「当然だ」
別の男が鼻で笑った。
「輸送船一隻だぞ?本気で撃てば蒸発する」
艦橋のあちこちで嘲笑が起きる。
彼らから見ればコフィン号など獲物ですらない。
狩る前の小動物だった。
ゼンダからの命令は明確だった。
ユウを確保しろ。
可能な限り生かして。
だから彼らはわざと急所を外していた。
逃げ道を塞ぎ。
恐怖を与え。
徐々に追い詰める。
鼠をいたぶる猫のように。
それが今の状況だった。
「右舷レーザー砲発射」
命令。閃光。
巨大なレーザーがコフィン号の横を掠める。
爆発した小惑星の破片が四方へ飛び散る。
「おっと」
艦橋で笑い声が上がる。
「惜しかったな」
「次は当てるなよ」
「ユウが死んだらゼンダ殿に怒られる」
狂信者達は余裕だった。
勝利を確信している。
誰一人として負ける可能性を考えていない。
その時だった。
「ん?」
レーダー担当が眉をひそめる。
「どうした?」
「敵輸送船後部に反応が――」
言葉が終わる前。
コフィン号の背部ハッチが開いた。
黒い宇宙を背景に巨大な扉が左右へ展開する。
そして。
一筋の光が飛び出した。
それは流星のようだった。
白い機体。赤いライン。鋭い加速。
瞬く間にコフィン号から離れていく。
「戦闘機だと?」
オペレーターが叫ぶ。
モニターへ映し出された機体。
それが、サーペントピアスだった。
コンマニクス社製の宇宙戦闘機。
機首は特徴的な二股構造となっており、まるで巨大な音叉のような形状をしている。
白い機体色を基調とし、その表面には鮮やかな赤いラインが走る。
前進翼は獲物へ飛び掛かる猛禽類の翼を思わせた。
そして二股に分かれた機首の間には、この機体最大の武器である“秘密兵器”が組み込まれている。
銀河社会でも珍しい高火力戦闘機。それがサーペントピアスだった。
「搭乗者は?」
「例の賞金稼ぎでしょう」
艦橋で誰かが答える。
すると別の男が鼻で笑った。
「戦闘機一機で何が出来る?撃ち落とせ」
艦長席に座る男が命じる。
「ダートファイター隊発進」
「はっ!」
即座に命令が実行された。
グランドスラム級の格納庫ハッチが開く。
次々と飛び出してくる小型機。
ダートファイター。
作業用ダートポッドを改造した簡素な戦闘機である。
性能は高くない。
だが安価で大量生産できる。
それこそが最大の強みだった。
一機。
二機。
三機。
十機。
二十機。
まるで蜂の群れだった。
無数のダートファイターが宇宙へ放たれる。
その全てがサーペントピアスへ向かう。
「囲め!」
「逃がすな!」
「撃墜しろ!」
通信回線から怒号が飛ぶ。
レーザー機銃が発射される。
無数の光線が宇宙空間を埋め尽くした。
普通のパイロットなら即座に蜂の巣だろう。
しかし。
シズルは普通ではなかった。
ヘルメット内部のモニターへ敵機の位置が映る。
彼女は静かに操縦桿を倒した。
「甘い」
サーペントピアスが急旋回する。
レーザーが機体を掠める。だが当たらない。
そのままデブリ帯へ突入した。
「何!?」
敵パイロット達が驚愕する。
そこは戦場の墓場だった。
砕けた戦艦。
吹き飛んだ砲塔。
漂う小惑星。
大型デブリ。
少し操縦を誤れば激突は避けられない。
だがサーペントピアスは違った。
残骸の隙間を縫う。
小惑星の裏へ潜る。
回転。
急降下。
急上昇。
機体がまるで宇宙を泳いでいるようだった。
「馬鹿な!」
「何だあの動きは!」
「曲芸飛行か!?」
敵が悲鳴を上げる。
サーペントピアスは巨大な戦艦の残骸を盾にして攻撃を避ける。
その直後。残骸の裏側から飛び出した。
照準固定。
「そこだ」
引き金を引く。
レーザーバルカン。
翼の付け根から青白い光弾が連続発射される。
ダダダダダダダダッ!!
宇宙空間を貫く光の弾幕。
一機目のダートファイターが爆散。
二機目が撃ち抜かれる。
三機目は主翼を失いスピンしながら小惑星へ激突した。
爆発。
閃光。
残骸。
次々と敵機が消えていく。
「くそっ!」
「捕まえられない!」
「速すぎる!」
敵編隊は混乱していた。
だがシズルは止まらない。
デブリを利用し。
死角へ潜り込み。
反転し。
撃つ。
その動きは獣だった。
いや、狩人だった。
賞金稼ぎとして長年宇宙を渡り歩いてきた経験。
そして身体強化サイボーグとしての反応速度。
その全てがサーペントピアスと噛み合っていた。
また一機。
さらに一機。
ダートファイターが火球になる。
やがて宇宙には無数の残骸が漂い始めた。
だが。
シズルの視線は既に別の場所を見ていた。
巨大な影。
グランドスラム級。
圧倒的な質量を持つ超弩級戦艦。
ダートファイター隊は前座に過ぎない。
本当に倒すべき敵は、あの要塞そのものだった。
ヘルメットの奥でシズルは静かに息を吐く。
「さて」
操縦桿を握る手に力が入る。
「本番はここからだ」
サーペントピアスは宇宙を切り裂くように飛翔していた。
白い機体が残骸の海を駆け抜ける。
背後には撃墜されたダートファイターの破片が無数に漂い、ところどころで小規模な爆発が起きている。
だがシズルは振り返らない。
彼女の視線はただ一つの目標へ向けられていた。
グランドスラム級。
解放戦争を生き延びた亡霊。ガルダ党残党の切り札。
その巨大戦艦は依然としてコフィン号を追跡していた。
その艦橋では、先ほどまで余裕に満ちていた空気が一変している。
「ダートファイター隊壊滅!」
「第七編隊応答なし!」
「第九編隊も消滅!」
報告が飛び交う。
オペレーター達の声には焦りが混じっていた。
「たかが戦闘機一機だぞ!」
艦長が怒鳴る。
「何をしている!」
「申し訳ありません!」
「ですがあの機体の機動力が……!」
その時だった。
警報が鳴る。
「敵機急接近!」
「何だと!?」
モニターへ映し出されたサーペントピアスは、既に戦艦の目前まで迫っていた。
驚異的な速度だった。
まるで一直線に突っ込んでくる槍である。
「迎撃砲全門開け!」
艦長が叫ぶ。
「撃ち落とせ!」
グランドスラム級の全身が火を吹いた。
レーザー砲。
対空機銃。
迎撃レーザー。
無数の砲塔が一斉射撃を開始する。
宇宙空間に光の壁が生まれる。
普通のパイロットなら絶望するしかない弾幕だった。
だが。
「遅い」
シズルは冷静だった。
操縦桿を倒す。
サーペントピアスが横へ滑る。
レーザーが掠める。
急上昇。
急降下。
ロール。
反転。
白い機体はまるで生き物のようだった。
砲撃の隙間を縫う。
巨大戦艦の死角へ潜り込む。
迎撃システムが追い付けない。
「馬鹿な!」
「当たらん!」
「何故だ!?」
艦橋に悲鳴が響く。
サーペントピアスはさらに加速した。
そして、シズルは静かにスイッチへ指を伸ばす。
「切り札を使う」
操縦席の計器が赤く光る。
機体内部でエネルギー充填が始まる。
低い駆動音。
振動。
サーペントピアスの二股に分かれた機首が眩く輝き始めた。
左右の狭間に膨大なエネルギーが集中する。
青白い電流が走る。
バチバチと雷鳴のような光が弾ける。
機首の間で稲妻が踊る。
………サンダーブレード。
サーペントピアス最大の武装。
一撃で戦艦を沈めるために造られた大火力兵器である。
『エネルギー消費率上昇!』
シーサン・ポーの声が通信越しに響く。
『撃つなら今ですよ!』
「ああ」
シズルは頷いた。
照準。
固定。
狙う場所は一つ。
艦橋。戦艦の頭脳。
そこを潰せば終わる。
そして、グランドスラム級側も異変に気付いたらしい。
「何だあれは!?」
「高エネルギー反応!」
「回避を――」
命令は最後まで続かなかった。
シズルが引き金を引いたからだ。
「サンダーブレード、発射!」
瞬間。
宇宙が青白く染まった。
轟く閃光。
二股の機首の間から極太のエネルギーの奔流が解き放たれる。サンダーブレードの名の通り、それは宇宙空間に雷そのものを撃ち出したかのような光だった。
一直線。
回避不能。
圧倒的速度。
サンダーブレードはグランドスラム級へ突き刺さった。
直撃。
艦橋中央。
次の瞬間………爆発。
巨大な火球が咲く。
艦橋構造物が吹き飛ぶ。
装甲が捲れ上がる。
指揮系統が消失する。
衝撃が戦艦全体へ走った。
「うわああああっ!」
「艦橋が!」
「司令部が消えた!」
「制御不能!」
艦内で悲鳴が上がる。
だがもう遅い。
グランドスラム級は頭脳を失った。
推進制御系統が混乱する。
航法コンピュータ停止。
姿勢制御喪失。
巨大な船体がゆっくりと傾いた。
砲塔も沈黙する。
ミサイル発射口も閉じたまま動かない。
そして、戦艦は漂流を始めた。
かつて数多の艦隊を恐怖させた超弩級戦艦は、今や宇宙の残骸と変わらぬ存在になっていた。
シズルはその様子を確認すると静かに息を吐く。
「終わったな」
サンダーブレードの使用で機体エネルギーは大きく消耗していた。
長居は危険だ。
彼女は機首を翻す。
目指すのはコフィン号。
帰る場所だった。
白い戦闘機は戦場跡を離脱する。
そして通信回線を開いた。
「シーサン」
『はい!』
即座に返事が来る。
「片付いた」
一言だった。
しかしその意味は大きい。
数秒の沈黙。
そして。
『やったああああああ!!』
シーサン・ポーの歓声が通信機を揺らした。
『流石ですマスター!やっぱり無茶苦茶です!普通戦艦に戦闘機一機で挑みませんよ!』
「褒めてるのか?」
『褒めてます!』
シズルは思わず苦笑する。
通信越しでも分かるほどシーサン・ポーは安堵していた。
***
コフィン号へ帰還すると、格納庫ハッチが開く。
サーペントピアスがゆっくりと着艦する。
エンジン停止。
機体固定。
戦闘終了だった。
コックピットを開けたシズルはそのまま居住区へ向かう。
ハッチを抜ける。
すると、そこにはユウがいた。
ソファの上。
ちょこんと座っている。
相変わらずきょとんとしていた。
まるで何が起きていたのかよく分かっていないような顔である。
「……」
シズルはしばらくその姿を見つめた。
そして少しだけ笑った。
先ほどまで戦艦相手に命懸けの戦いをしていたというのに、この少年を見ると肩の力が抜けてしまう。
ユウはシズルに気付く。
赤い瞳がぱちぱちと瞬いた。
「しずる……」
「ああ」
シズルは答える。
「戻ったぞ」
するとユウは安心したように小さく頷いた。
それだけだった。
だがシズルには十分だった。
少年が無事。
それだけで良かった。
彼女はソファへ腰掛ける。
そして窓の外を見た。
遠くには漂流するグランドスラム級の姿が小さく見える。
戦いは終わった。
だが問題は何一つ解決していない。
ゼンダは生きている。
ガルダ党残党もいる。
そして何より………隣に座るこの少年。
身元不明。
家族不明。
超能力を持つ謎の子供。
銀河中の誰よりも厄介な拾い物かもしれない。
ユウは無邪気にシズルを見上げている。
その視線を受けながら、彼女は頭を掻いた。
「さて……」
ぽつりと呟く。
「この先どうするかな……」
コフィン号は静かに進む。
広大な宇宙の中へ。
賞金稼ぎと謎の少年を乗せて。
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。