だからこそ、歩み続けるしかない   作:もちもちおもち

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──あなたが笑ってくれるには、どうすればいいの?



エピソード1.5 「妖精の女王」

 この世界──『エーリアス』での『女王』とは誰か。

 

 この問いを投げられた時、回答として出てくる名前は、大きく二種類に分かれる。

 

 一人目は『ベリータ』。少し昔に、妖精から分離した種族、魔女を率いる者。知能が高く、競争心が強い、そんな一癖も二癖もある魔女たちをその言葉と実力で統制できる唯一といっていい存在だ。

 地下にて世界樹の管理に注力しているため、地上で姿を見せることはあまりないものの、その名声はエーリアスの知識人の耳に届いており、優れた女王として知れ渡っている。

 

 そしてもう一人──『エルフィン』。妖精王国の女王であり、地上の影の支配者と一部では噂されているほど。おそらく知名度は、先のベリータ以上であろう。知識人以外の誰もが、その名前を聞けば「あの人か」と思い浮かぶほどだ。

 奇妙な噂と、ベリータ以上の知名度を誇っている理由として、無論その政治手腕もあるが、妖精以外の種族との関係構築にも力を入れているからでもあろう。

 

『エーリアス』には、様々な種族がいる。妖精・魔女以外にも、『獣人』『精霊』を始めとしたのエーリアスに元々存在していた種族以外にも、近年エーリアスに住み着いた外来種『エルフ』なんかもいる。それら種族に対して、妖精王国として外交を結んでいるのだ。

 行っているのはただの物の取引を行うだけの外交ではない。出来る限りその種族に寄り添い、問題が発生すれば共に考え、寄り添い、種族間の溝を無くそうとしている。しかし下手に出ているというわけでは決してない。あくまで対等な関係として、成立している。

 

 この各種族との外交政策は、女王エルフィンが始めたものだ。同じエーリアスで生きる者同士、手を取り合うべきだという思想から生まれたものである。始めこそ苦戦したようだが、諦めずに仲を深めようと努力を続けて行ったことで、結構成功している。

 結果として、妖精王国は資源の面でもお金の面でも豊かになった。さらに色んな種族が入り乱れ、だけど種族間だからこその問題というのも然程起きておらず、活気のある街となっている。

 

 そんな王国の街を少し嬉しそうに、だけどどこか悲しそうに眺めているのが、妖精王国の国教、世界樹教の最高位司祭ネル。

 女王エルフィンの育成から即位、そして現在に至るまで、彼女は王国の変化を一番見てきた人物。我が子のように感じている存在の一人であるエルフィンの政治によって国が豊かになり、副次的効果で世界樹教団へ所属する者が増えているという現状は、ネルにとってはかなり嬉しいことであった。

 

 ネルから見て、エルフィンの女王としての在り方は理想そのものである。

 公的な場面では威厳のある面構えとその言葉遣いで話す。

 書類仕事についても真面目に、効率的に取り組んでおり、ミスはない。

 判断が必要な際は的確に、意思を持って下す。

 民の悩みを聞くため、定期的に街へ下りて見回りなんかもする。

 魔法や肉体に関してなどの己の鍛錬も怠らない。

 外交の際は全部自分で向かい、自分で話をする。

 話を振られれば自分の仕事を止めて真摯に向き合うし、一緒に悩んでくれる。それはどんな者・種族であったとしても同じように。

 

 あぁ、すばらしい。とてもすばらしい。ネルからすれば言うことなしだ。完璧と言ってもいい。

 ……だが、理想的すぎなのだ。

 

 現実と理想は乖離する。何故なら理想は現実でのリソースや当人の心身状態などの多くの変数をカウントしていないから。ネルはそのことをなんとなくではあるが理解している。

 故に、理想的すぎることは逆におかしいのではないか、と感じていた。何故なら、エルフィンがこれまでやってきた業務含めて携わってきたものは、到底一人で完遂できるものはないからだ。

 

 当初、ネルはその思いを抱いていた。だがそこまで大きく問題視していなかった。客観的に見て問題なく事は回っていたし、エルフィンは何も言わないし、聞いたとしても問題はないと返してきたためだ。

 しかし日に日にその思いは強さを増していき、ついにある日ネルは調査を始めた。そこでやっとエルフィンの行う一日の業務量を知った。それを己が一人でやったら一体何日も……いや、下手したら何週間もかかるかもしれないという気づきも含めて。

 

 誰よりも遅くまで起きていることは知っていた。しかしここまでの業務量を担っているとは知らず、思わず確認したのだ。

 

 ──普段、一日でこれだけの業務をされているのですか。

 

 エルフィンは、当然のように答えた。

 

 ──それが女王として最低限あるべき姿でしょう?

 

 もしかして少なかったのかと追加で聞かれてしまい、さらにネルは戸惑った。

 明らかな無茶だ。心も体も限界を超えていてもおかしくない。

 

 すぐに巻き取ろうとした。出来る範囲でエルフィンの仕事をこなそうとした。

 だが、あまりにも多い。勿論二人となったため効率は上がったが、終わらない。加えて「大変だからもうあがってもいい」と言われてしまう始末。

 

 自分一人では役に立てないと悟り、ネルは次の行動に移った。人材育成および作業分担である。

 女王はその在り方のため、種族問わず慕う者が多い。近衛兵なんかは意外にも志願制であったりするし、数も多い。その者の中で、ある程度書類仕事が出来そうな者を集め、エルフィンの実情を共有し、作法について教育した。

 それが実を結び、書類関係は大幅に効率化され、徐々にエルフィンの負担は減った。

 

 これで女王の負担が減り、少しは休んでくれるはずと、そう思っていた。

 

 しかし、エルフィンはこの程度では休まなかった。

 優先順位を下げていただけのエルフィンにしかできない書類作業であったり、魔法や格闘術の鍛錬、鍛錬に伴う近衛兵との模擬戦などに手を出し始めたのだ。加えて、国のパトロールや各種族の長たちへの交流の頻度もかなり増加した。

 どれも確かにやるべきことではある。書類・パトロール・交流は言わずもがな。鍛錬は妖精たちの模範となるためにはやるべきであるし、模擬戦は近衛兵の兵力増強に繋がるため、国力の増大には必要。

 

 だが、いくらなんでも身を削り過ぎではないかと、ネルは感じてしまったのだ。

 

 エルフィンには、『自分』が無さすぎる。全て誰かのために動いている。

 生きとし生けるものは、全て『欲』があるもの。それは食欲であったり、物欲であったり、もしかしたら支配欲であったり、大なり小なり本当に様々な『欲』が。世界樹教団のトップであるネルにさえ、多少なりの『欲』はある。

 

 しかしエルフィンからは、それが感じられない。全てのリソースを、『誰か』のために費やしている。

 食事も本当に最低限、美味しさは二の次で、早く食べられるかの一点のみを見ている。物欲なんてもっての他。お金があればそれは国の運用資金に回される。

 

 仮に、それがエルフィンの本当の幸せになっているならば、ネルとしてはちょっとしか言うことはなかった。

 自らが心からその状態を望んで、国の、エーリアス全体の幸せが自分の幸せと本気で言ってくれるなら、そのサポートを全力でする心意気であった。

 

 だが、ネルから見たエルフィンはそうじゃなかった。

 

 ──苦しんでいる。どこか辛そうにしているように見える。

 ──心からの笑顔をここ百年以上は見ていない。

 ──なんでそんなに辛そうなの。

 ──なんで、私はあの子の苦しみをといてあげられないんだろう。

 

 ずっと、上記の思いを抱いている。

 最初は仕事の多さから来るものと判断したため、解消に向けて努力した。だがなにも変わらなかった。

 話す機会を増やした。何故かむしろ悪化した。

 敢えて距離を取った。物凄く悪化したためすぐに戻した。

 直球で心配であると告げた。「そんなことを言わせてしまって申し訳ない」と言われたが、次の瞬間に「でもこれくらいしないと理想の女王になれない」と言われた。

 

 ──今で十分立派だッ! そんな高すぎる理想は目指さす必要なんてないッ!

 ──それを目指して苦しいのなら、女王なんてやめてしまえッ!!

 

 ……そう、言えてしまえばどれだけ楽であろうか。

 事実、妖精王国含め、エーリアスは現在かなり平和だ。エルフィンが仮にいなくなれば、混乱が起こるだろう。

 エルフィンが苦しんでいるからこそ、今日もエーリアスは平和なのだ。

 

「……あぁ、女王様」

 

 今日もネルは、一人祈る。

 

 ──この平和な世の中で女王様が心から楽しそうに暮らせる。どうか、そんな世界になりますように……。

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

 ──お願い。私に魔法を教えてほしいの。

 

 あの日のことを、エシュールは生涯忘れることはないだろう。それほどの驚きと、疑問、そして喜びという様々な感情が、一気にやってきた瞬間なのだから。

 

『魔法学校を設立し、生徒に魔法を教える』。この妖精王国で誰もやらない──いや、やる必要ないもの。それがエシュールの捨てられなかった夢。

 生まれながらに魔法が使える妖精などの種族からすれば教えられる意味がないもの。かといって他種族ではそもそもの素質がなかったり、興味を抱かれなかったりとしており、全く生徒は集まらなかった。

 

()()()()が入学を希望してくるまでは。

 

 その者は、夜に来た。生活のために始めたベーカリーの店じまいをしていたその時に、やってきたのだ。

 

『あ、ごめん。今日はもう終わろうと思ってて』

『……えっと、今日はパンを買いに来たわけじゃないの。大事な話をしたくて』

『え? あ、というか貴女って──!』

 

 妖精にしては珍しくかなりの厚着で、顔もフードに覆われており分からなかった。しかし声を聞いた瞬間、悟った。

 その時、隠れてなかった口に差し指を持っていって「しーっ」。

 

『ごめんなさい。他の子たちには内緒にしておきたいの。中に入れて貰える?』

『は、はい! その、片付け途中であったので汚いのですが……』

『大丈夫、気にしないわ』

 

 中に入り少し会話した後、冒頭の言葉が投げかけられる。

 エシュールは当然混乱した。お忍び(?)で誰からも慕われている女王が来て、そして魔法を教えて欲しいと深く頭を下げて言ってきているのだから。

 

 深く事情を聞いた。そこで知った。エルフィンが魔法を上手く使えないことを。

 魔力は十分どころかめちゃくちゃ多い。素質は十分すぎるくらいにある。だが、肝心の魔法というものをエルフィンは理解していなかったのだ。

 

 妖精とは本能で魔法の使い方を知っている。それを何故エルフィンが知らないのかについて気になったものの、一先ずエシュールは尋ねた。何のために魔法を学びたいのかを。

 言ってしまえば、魔法は最悪使えなくても生活は出来る。そしてエルフィンは現在に至るまで、おそらく魔法に頼らないで生きていた。だから気になったのだ。どうして今になって、魔法を学ぼうとしたのかを。

 

 エルフィンは答えた。

 女王であるからには、全ての妖精の模範であるべきであるためだと。完璧な女王となるためには、出来ないことなんてあっては駄目なのだと。

 そして、今になってしまったのはようやく最近ある程度落ち着いてきたからであり、元々学びたいとは思っていたという内容で、締めた。

 

 理由に対して少しの違和感を覚えたものの、とりあえずは納得した。その表情が、女王としての顔であったから。

 

 エシュールからすれば、嬉しい話でもあった。ようやく生徒を得られそうで、しかも素質しかないような女王様を迎えられそうだから。

 しかし二つ返事で頷くわけにも行かなかった。何故なら、自らの生活のためにベーカリーも続けていく必要がある。一人分の授業料だけでは生活を賄うのは少々きついし、しかも相手は女王様であるため、その話は少しやりづらい。

 

『それでお金の話なんだけど、もし引き受けてくれるなら……授業料込でこれくらいは援助しようと思っているのだけど』

『!?!?!』

 

 かと思えばその話はすぐ解消され、気が付けば二つ返事で事が終わっていた。

 

 それからエルフィンは、エシュールの生徒となった。

 ほぼ毎日、夕方ごろから暗くなるまで、それが授業の時間であった。

 

 エシュールから見て、エルフィンはとても真面目な生徒だった。理論への理解、そして技術習得までに時間がかかってしまう一面があるものの、諦めず何度も挑戦し、速度は早くないが着実に力を着けている。時間がかかってしまっている分、きちんと理解してくれ、技術として使えるようになった際は、自分のことのように喜んだ。

 

 ある時までは、エシュールは先生になれた自分の生をただ楽しんでいた。

 ある日の日中に、ネル司祭長が訪ねてくるまでは。

 

 ──女王様は、楽しそうですか?

 

 会話の中で問いかけられたその言葉に、当然と答える気マンマンであったはずのエシュールだったが、すぐに答えを出せなかった。

 普通、新たに何かが出来るようになったら学ぶことが楽しくなるはずである。それが憧れていたりしたものなら、なおさらだ。しかしエシュールの脳内に浮かぶエルフィンは、安堵のような表情をしていた。少なくとも楽しさとは別の感情を抱いていた。

 

 答えられないエシュールに、ネルは小さくため息。そして誰にも聞こえない程度の声で呟いた。やはり、と。

 

『……ありがとう、ございます』

『あ、あの! ……その、ごめんなさい。もっと、女王様に寄り添って授業を行うべきでした。独りよがりになってしまっていました……』

 

 懺悔。これまでの、あまり深く生徒を見てきていなかった自分に対して。そしてこれからは、エルフィンが授業をより楽しめるように努力をしていこうという決意を含めて。

 

 しかし、返ってきた返事は期待と異なるものであった。

 

『いえ、エシュールさんはよくしてくださってる方だと思いますよ。反省があるのでしたら、次から意識していただければ問題ないです』

『え?』

 

 軽い。というかむしろ、そこが問題ではなさそうである。じゃあ何故あのような質問をしたのか。

 

『……そうですね。ここからは、あくまで雑談の範疇として聞いてください』

 

 ネルは語る。エルフィンの在り方について。仕事だけで生きており、全てを平和のためにささげているためだからこそ、何も楽しめていないのだろうという含みを持たせて。

 女王は多忙であるという情報は当然耳に入っていたが、ネルから具体的な話も交えて聞かされ、そこまで大変なのかと驚いたエシュール。そこでやっと、最初の方に聞かされた魔法を学ぶ理由の本当の意味を知れた。

 

『……これ、私聞いちゃっていいやつなんですか?』

『あまり良くはないかもしれないですね。ですが、耳に入れて欲しかったのです。女王様の先生である貴女には』

『それは……なぜ?』

『お願いが、あるからです』

 

 深く、頭を下げてネルは告げた。

 

『ほんの少しだけで構いません。女王様を、気に掛けてほしいのです。あの方は平気で無理をします。出来てしまいます。ですがそれが続き、女王様が倒れたりなんかしてしまえば……』

 

 想像に難くない。エーリアスが大混乱になることくらい。

 しかしそれ以上にこの人が悲しむ、とエシュールは感じた。エシュールからしても、偉大な女王であり、大事な生徒でもあるエルフィンには倒れてほしくない。誰も、幸せにならない。

 

『分かりました』

 

 そう返事したときに、決意した。

 女王エルフィンに、寄り添っていくことに。

 

 その一つが、さり気なく授業終わりにエルフィンのために焼いたパンを渡すことだ。聞けば食事もあまりしていないという。下手したら平民の方が食べてるかもと思うくらいに。だから、せめてこれで多少のお腹は満たして欲しいという思いを込めていた。

 

 あとは、授業をテキストベースではなく、エルフィンの理解度に合わせて進行するようにした。これまで上手くやれていたのは、エルフィンの家での長時間自習があったからと聞いたから。仕事もあるなら、自習に多くの時間を割かせるわけにもいかない。結果として進行速度はゆっくりになったが、着実に定着はしている。

 別に焦る必要はないのだ。この学校に期限を設けているわけではないのだから。

 

 現状、これらの寄り添いは露骨でなくかなり自然に行われている。故に気が付かれない。しかしそれでいいのだ。エシュールは、気が付かれることを望んでいないから。

 

「──あ、女王様! 今日も来てくださったのですね!」

「えぇ。まだまだ出来ないことがたくさんあるから。早速だけど、昨日のここについて聞いてもいい?」

「はい! えっと、ここはですね──」

 

 エルフィンが魔法を楽しめるように。せめて、日々のくらしの癒しの一つへなれるように。

 そんな思いを秘めながら──今日も、授業が始まる。

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