だからこそ、歩み続けるしかない 作:もちもちおもち
エルフ。
それはエーリアスに住まう多種多様な種族の中でも一際異端な種族。何せ、本意ではないにせよエーリアスの外から来た存在であるからだ。
外から来た存在。つまり外来種。外来種にしては私たちと姿形があまりに似ているように見えるけど、性質は在来種である私たちとはまるっきり違っている。
多くの種族は魔力を用いた『魔法』、もしくはそれに類似する術を用いて、日々生活をしている。それに対してエルフは殆ど魔法を使わず、補うように自らが作成した機械を使う。
また、種族全体として知能が高い。魔女も知能の高い者が多いけど、エルフはその最低値が魔女よりも高いように感じる。
そして、その思考はとても合理的だ。目的のために取る手段は最も効率の良いものを選択するし、そのためには多少の犠牲も仕方なしという特性を持っている。その対象はエーリアスの住民、延いては世界樹も含まれる。
これは、エーリアスがエルフにとって何も思うところがないから出来る事なのかもしれないが、それは『妖精王国の女王エルフィン』として許しておくわけにはいかない。その思考は、エーリアスの平和を乱すことに繋がりかねないからだ。
最初──エルフがエーリアスに迷いこんだ時、報告を受けており監視をさせていたが、正直私はそこまで危険視はしていなかった。何故なら、おそらくエーリアス……世界樹に呼ばれた存在だと思ったから。何か意図があるんだろう、エーリアスにとって必要なことなのだろうと、そう思ったからだ。
しかし急速に生活基盤を整え、ただの森であった場所を一気に街へ変化させていった様を見て以降、認識を変えた。
技術がありすぎる。放置はできない。下手すれば、このエーリアスはエルフに飲み込まれる、と。
だから、その速度を抑え込み、エーリアスに溶け込ませる必要があった。
最初は、言葉で仲を深め、必要以上の開拓を止めてもらおうとした。無作為に開拓を進めているのは、外の存在であった故にルールを知らないからだと思ったから。エーリアスにも生きる存在がおり、ここで生きていく限りは隣人のことを考えて生きていく必要があるのだと教えたかったから。
だがエルフはそんな私の言葉に耳を貸さずに、さらに開拓を進めていった。地上だけでなく、地下に対しても。
本当に危なかったのは、隠れて地下の世界樹を利用しようとしていたこと。魔女からの世界樹の根付近で異常があったという報告と、妖精たちがこそこそ動いてたっぽいエルフを見つけてくれたおかげで未然に防ぐことが出来たものの、下手したら世界樹が深く傷つけられたかもしれない。流石にキモが冷えた。
……それ以降、本当はしたくはなかったが、エルフという種族を少々抑えつけるように立ち振る舞うことにした。
全力で『王』としての振る舞いをすることで舐められないように徹底した。
妖精女王の方が上であるということをエルフに態度でたたき込んだ。
エルフにはない魔法と言う武力で脅したり、たった一度だけだが実際に行使もした。
後から考えればもっと良い択があったのかもしれない。言葉で説得し続けることが正しい行為だったのかもしれない。だけどあの時の私はエルフを止めるための手段として──暴力しか選べなかった。
おかげで、表面上はともかくエルフと妖精の仲は最悪に近い。表面上に関しては、私が出来る限り対等を望んでいることと、エルフの"目的"達成のために力を貸すことの2点があるおかげか、険悪と言うほどではない……はずだ。
だが国の民としては結構険悪気味だ。
妖精王国はこれまで一度も行使したことのなかった武力をエルフに行使したということで、『女王(エルフィン)が怒るほどのことをした=最悪な連中だ』という式が成り立ったみたいで、結構敵視してるみたいだった。というか、ネルやパトロールしたときに国民たちがそう言ってて、とても怒ってた。本当はこんな思いを抱いてほしくなかったのに。やってしまったことにかなり罪悪感を覚えた。
エルフの街──モナティアム市民の方の詳細は分からない。けど、モナティアムへやってきた際に向けられる、多くの市民の睨んでるかのような目が答えなんだと思う。たまに寝たとき、武力行使したときのモナティアム市民の怯えた表情やひどく睨みつけてくる顔が夢に出てくることがあって、きつい。
本物の『エルフィン』であれば、もっと上手くエルフをエーリアスと調和させて、仲も今以上に仲良くなれるような振る舞いをしたんだろう。きっとエルフとも本当なら仲良くやれるはずなのに、私が未熟であるせいでこうなってしまっている実状はかなり苦しい。一瞬でも未知の力で怯えるしかなかったエルフの者たちのことを考えると、胸が苦しい。
つくづく私は女王に、『エルフィン』に向いていないと感じてしまう。
「──エルフィン女王? どうしたのかな?」
「……いえ、何でもありません」
でも、今更軌道修正は出来ない。今変わったところで、エルフの暴走がまた始まってしまうだけだと思うから。
改めて、決意を胸に。少し呆けてしまっていた脳を、目の前にあることへ集中させる。
「ふむ、ひどく疲れてる様子。今日は切り上げて後日にされるかな?」
「いえ、大丈夫です。大変失礼しました。どうぞ、続けていただいて問題ないです。エレナ市長」
現在は、月に一回行われるエルフとの定期会合の真っ最中。今やっていることは、エルフの今月やったことの報告会のようなもの。
「そう、か。であれば続けよう。さて、今月の獣人から挙がった課題に対してのアプローチとして──」
エルフという種族は、何度も言うが外から来た外来種。そのため知名度も、他種族からの信頼も何もかもない。あるのは持ち前の技術力のみ。だがそれだけでエーリアスで快適に暮らすことは難しいだろう。何せ、隣人というのはどういう状況であれ無視出来ない存在なのだから。
故に、私は少し助言をした。エルフには技術力がある。それを使って、他種族の抱えてる問題を解決出来るんじゃないかと。各種族が抱えてるそれぞれの悩みや、エーリアス住民の生活に対しての、エルフ視点での改善提案が出来るんじゃないかと。これを行うことでエルフという種族が信頼され徐々にエーリアスに溶け込ませることが出来、加えてエルフの技術で皆の生活が豊かになることで、さらなる平和を実現できるんじゃないかと。
結果は最終的には好調だと思っている。エーリアス出身でない故の別角度のアプローチをエルフたちはしてくれていたし、他種族も受け入れてくれている。
もちろん、解決のためにどんなものを取り入れようとしているか、そのための装置や仕組みはどんなものか等は一度私が目を通している。不明点や疑問点を払拭し、大丈夫と判断出来た時に各種族へ導入させている。
本来なら実際に利用する種族たちが大丈夫かどうかの判断をしてもらう方が正しいと思う。だけど、それを出来ない理由がある。エルフが非常に頭の回る種族であることだ。
エルフは当初、機構を用いる利用者のことはあまり考えていなかった。あくまでエルフの利益を最優先に、そして難しい言葉をまくし立てて無理矢理納得させて、不利益な取引をしようとする。これは実際に私がやられかけたことだ。
そのままでは、難しい言葉の前にイエスとしか言うことができず、下手したらエルフの言いなりになってしまうだろう。それは、他種族にエルフを紹介した立場として、許されるべきことではない。全ての責任は私にあるのだから。
だから、私は必死に勉強した。実際に持ち込まれたかなり厚めの計画書の中で用いられている専門用語の意味やその内容について、モナティアムの書店で購入した本を読み込んだり、会合の中で実際に質問してみたりして解消するように勤めた。
そうすることで、段々とエルフの言っていることが、正しそうに見えてちょっと歪んでるところがあったり、説明されている作業や一部機構の必要性を感じなくなったりしてきた。
分かってきた辺りから、そこを指摘するようにしてみた。きちんと反論してくることは多少なりあったが、どちらかというと言葉に詰まってることの方が多かったように感じる。
それを繰り返していった結果、今がある。
「──以上。各種族が抱える問題への解決アプローチについて一通り説明したが、何か質問は?」
「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
これまでの努力のお陰か、少なくとも私の前でおかしなことは言わなくなり、説明される内容も納得出来るものとなっていた。ある程度は、信用出来るものになっていた。
質問することが完全になくなったわけじゃない。でも、本当に最初のほうに比べれば、かなり良くなっている気がする。
「感謝する。では続けて、交易内容について話をさせてもらいたい」
「はい。構いませんよ」
渡された資料に目を通す。長々と書いているが、「砂糖」と「魔力」の取引を継続──要はいつもの取引を継続して欲しい旨の内容……いや、違う。
「魔力の必要量が増えていますか」
「あぁ、砂糖の生産量が少し減少傾向にあってね。次期四半期よりこの内容で行かせてもらいたい」
「……」
資料に目を通しながら考える。
取引で用いている魔力とは、私の魔力だ。専用の容器へ己の魔力を液体状にして注ぎ込み、それをエルフへ輸出している。
「今の量では足りませんか」
「……」
「……そうですか」
エルフには先述したように『魔法』という文化がなかった。"目的"のために魔法の、そのエネルギーである魔力の解析を行うべく、エーリアスの要である世界樹を狙ったそうだ。
であれば、魔力を提供すれば世界樹を狙う理由はない。魔力を提供するだけで大人しくなってくれるならば、それが一番いい。
ただ、魔力の物質化はかなり苦労した。元は自分を支えるエネルギー。それを無理やり外へ出すのだから、実施した後はすごく疲れを感じる。
加えて、純度を高めようとするとさらに持っていかれる感覚がするし、すごく気持ち悪くなる。そこまではしなくてもいいのかもしれないけど、これで問題になるのは避けたいし、私に出来るせめてもの罪滅ぼし……のつもりだ。
「いいでしょう。ただし、魔力の使い道を次回定例でよいので、改めて示していただきたい」
「あぁ、そちらは承知しているよ」
エシュール先生には感謝しかない。日々の勉強がこうして生活に生きているのは有難いことだ。
他の者へ魔力の提供をお願いしてもいいと一瞬感じたこともあった。だけど、先述したようにこれはかなり疲れる。疲れると分かっているのに協力する人はいないだろうし、そんな思いを誰にも味わってほしくない。苦しむのは私だけでいい。私に出来ることは、これくらいしかないのだから。
「では、今日の議題は以上。エルフィン女王から何かあるかな?」
「いえ、特には」
「了解した。これで、本日の定例は以上にしよう」
「はい、ありがとうございました。では、私はこれで」
会合が終われば、モナティアムに長居する理由はない。この後もやることは山積みなのだから。
もらった資料を一旦亜空間に仕舞いこみ、モナティアム市庁舎を後にしようと──する前に、足を止めた。
「──あぁ、最後に一つ」
一つ、言うことを忘れていた。振り返り、エレナ市長のほうを見る。
「数日前、精霊の山付近でエルフ製と思われる器具・車両があったと報告を受けておりまして」
一瞬、時が止まった。そんな気がした。
構わずに続ける。
「聞いた特徴が、以前許可した開拓のご説明の際に、『利用する』と提示していただいた器具・車両の特徴と合致しておりました。
数秒の沈黙。その後、エレナ市長が口を開いた。
「……確認、だね。精霊の山付近はエルフにとって危険な要素が多い。どこが安全か、どこが危険かを整理し、モナティアム内で周知するための活動だ」
「えぇ、よい心がけですね。お互い、安全が一番ですから」
直接的には指摘しない。頭のいいエルフであれば、何を意味するかわかっているはずだから。
「急ぎではないですが、その周知内容を我々妖精にも共有していただけますか。何が危険であるか、把握しておきたいので」
「…………承知、した」
「えぇ、お願いします。最後に申し訳ございません。では、これで失礼します」
やはり油断はできない。妖精の女王として、エルフを監視する立場として、圧をかけるというこの姿勢を貫かなきゃいけない。エーリアスの平和のために。
嫌われる立場に居続ける。圧力を掛け続ける。本当はやりたくないことをしている。
でもこれで、歪でも平和の形が実現してしまっている。だからもう、引くに引けない。
ひどいことをしてしまったし、今もしている。でも面を向って謝れない。立場上、それをしてはならないから。
「……ごめんなさい」
モナティアムを去る直前に、漏れ出た一言。こんなので何も解決しないけど、出てきてしまった。
以降は振り返らない。そうすれば、また出てきてしまうから。吐き出せば吐き出す分苦しくなるだけだから。
どうせ進むんだ。そう決めたから。仕方がないことなんだ。
そう言い聞かせる、いつもの帰り道だった。
偽エルフィン。
ちょっとやり過ぎたエルフたちに、かなりきつめのお仕置きをしてしまった。
そこから引くに引けず、エルフの前では『女王』として振舞うように。
ずっと後悔している。
エルフ。
偽エルフィンが圧をかけているおかげで、
ただし、高純度の魔力のおかげで研究はかなり順調に進んでいる。
偽エルフィンには、エーリアスにおけるエルフの最終目標を共有している。