だからこそ、歩み続けるしかない 作:もちもちおもち
──あぁ、とても恐ろしい。
妖精女王が去った後の市庁舎内の一室。そこで一人、モナティアム市長のエレナは少しの間、浅く椅子に腰掛け、背もたれに身体を預けるようにして座り、眉間を指で摘まみながら……深く息を吐いていた。
「……慣れんな。いつまでも」
思い起こされるはエルフィン女王による最後の圧。エレナ自身の言う通り、その圧を受けるのは初めてではない。むしろ幾度も受けてきている。
だが、決して慣れることはないだろう。何せ初めてその圧を受けたのは──エルフが、たった一人の妖精に敗北した時なのだから。その時の記憶が、震えを起こさせているのだ。
「っと、いつまでもこうしてはいられない」
恐怖心を身体を起こすことで無理矢理ふるい落とし、机の下にあるボタンを押下する。
「聞こえてるか? アメリア」
『──はい、聞こえております。エレナ様』
突如表示されたウィンドウに映った、室内へ響く声の主は、モナティアムのナンバー2であり、エレナの秘書でもある『アメリア』。
普段はエレナの側に付き添い、サポートに回っていることが多い彼女であるが、定期的に行われているこの会合では1対1の形で設定しているため、別室から会合の様子を、ディスプレイ越しに確認している。
『今月もお疲れ様でした』
「本当だよ。まったく面倒だね、この時間は」
ため息を吐きつつ、楽な姿勢を取るエレナ。緊張する相手が帰ったことで、少し本調子を取り戻してきた様子だ。
「さっきの会合を受けての今後の方針の話をしよう。こっちに来られるか?」
『はい。お飲み物はいかがいたしましょう』
「あー、長くなりそうだから持ってこい」
『承知しました。すぐにうかがいます』
楽な姿勢のまま呆けているエレナであったが、気が付けば自動ドアの開く音が部屋に響く。コーヒーを持ったアメリアがそこにいた。
「随分とお疲れのようですね」
「まぁ、な。想定外な話とタスクが降ってきたからね」
「……っ」
少し、釘を刺すような物言いで疲れの原因を告げるエレナ。少し、うつ向くアメリア。
「……アメリア。最後のは一体なんだ?
思い起こされるのは、エルフィン女王が告げた最後の話。精霊の山付近における、エルフによる危険度調査──ということにした出来事。
本人の言うように、この話をエレナは聞かされていなかった。既に動き出していることなんて知るよしもなかった。
「っ、申し訳ございません。ですが、我々エルフがエーリアスを支配下に置くには必要となることであったかと。精霊とは魔法そのもの。その住処の解明や研究は、我々の研究を、地位を大きく向上させることに繋げられます」
エルフとは、征服を本能とする種族。技術における圧倒的優位性、これまで他の星へ進軍してきた際のノウハウを持つ。そして、同族に対しても裏切ることで、対象のものや人を『征服する』ことが是とされている。
最終的に勝利することこそ正義。エルフとは、そんな環境で生きてきたのだ。
一度は一人の妖精によりへし折られてしまったエルフの征服欲。次は失敗せずエーリアスを手中に納める。そのための行動であったと、アメリアは反論した。
その思いは、エルフの未来を担う市長であるエレナも同じはず、想いは同じであるはずと、アメリアは信じて疑ってなかった。
そのための行動であるならば仕方がないと、注意されるとしても、次からは気が付かれないようにしろと言われるだけになると考えていた。
「──なに? 言ったはずだ。あたしはあの時……あー……そうか。理解した。伝わってなかったのか。伝わっていると思い込んでいたあたしの落ち度か……」
再び眉間に皺を寄せ、ため息を吐くエレナ。とても面倒だと言わんばかりの表情だった。
エレナの言う
それは、女王に大敗してしまった直後のとき。モナティアムと妖精王国の間で条約を結んだときのことだ。
「……まさか、本気だったのですか!? あの時に妖精の女王へ宣言した内容は……っ」
『我々エルフは、今後エーリアスに対して危害を加えることはしない。』
それが、エレナが女王へ宣言した内容。ただし、その基準値は外部から来たエルフでは判断することは難しいため、今後エルフがどうしていくかの行動をすべて妖精の女王へ教示し、問題の有無を判断するという方針となった。
『我ら妖精は、あなた方エルフを隣人として認めましょう。抱いている大きな目標についても、惜しみなく支援します。』
エルフの宣言に対して妖精の女王が宣言した内容はこれだ。無論、エルフが宣言した内容を遵守する限り、という制約がついてしまうが。
これが通称、モナティアム条約。エルフの行動が大きく制限された、アメリアにとっては非常に腹立たしい出来事であった。
「そうだ。あの場にはアメリアもいただろ? だから理解してくれていると思い込んでしまっていたよ」
「そうであるならばエレナ様っ。貴女は、我々エルフの本能を否定すると、このままやられっぱなしの状態でよいのだと、そうおっしゃるのですかっ?!」
「いいから落ち着け。アメリア」
信じられない様子のアメリアに対し、少々苦い表情をしつつもエレナは冷静にアメリアに声掛けする。
何かすばらしい考えがあって、このような現状にしているのだと察したアメリア。少しだけ落ち着いた。
「落ち着いたな? よし、そこに座りたまえよ。いい機会だ。あたしの考えを共有しておこう。今の戦略と、今後のエーリアスにおけるエルフの立ち回り方をね」
ふう、と一息吐き、エレナは言葉を紡ぎ始めた。
「最初に問おうか、アメリア。我々の最終到達目標はなんだ?」
「我々エルフの『故郷への帰還』です」
即答。それにエレナは満足げだ。
「そう。本来ならば、このエーリアスに来るつもりなど微塵もなかったが、こうして到達してしまった。ならば、この世界の資源を研究し利用して、再び故郷への道を作らねばなるまい。エルフという種族の大多数が、この思いを抱いているだろう。あたしは市長として、研究者として、それを追求し続ける義務がある」
エレナが市長として君臨し続けられている理由の一つだ。かつてエルフにとって非常に劣悪な環境であった地球から逃げ出す際、エレナが故郷への帰還の道を用意した。今回もその道を作り上げてくれるはずだ。そんな思いが浸透しているのだ。
……きっと、そのはずだ。
「あくまで、我々の目標は『故郷への帰還』だ。エーリアスの支配は、その資源──魔力を効率よく採取するための手段の一つでしかない。こうして妖精王国との交易で魔力を入手し、研究を進められている以上、エーリアスの支配にこだわる理由はない」
「だから、この現状をよしとしていると? エーリアスの支配を進められれば、さらに効率よく魔力を集められると思いますが」
「結論を急ぐな。もちろんこれだけじゃないさ」
少し間を置いて、続ける。
「さて、少し変わった問いをしようか。我々エルフは、どういったときに『裏切り』の選択を取る?」
「……それは」
「即答は難しいか。まぁ、これは本能で判断しているところはあるだろうからな。別にいい。それに正直、答えは各個人によるだろうからな」
答えられたなかったアメリアのことを気にすることなく、継続。
「この問いにおけるあたしの回答は、裏切ることのリスクとリターン・現状維持のリスクとリターンを天秤へかけたときに、裏切るほうが総合的に良いと判断できた場合、だ」
その回答は非常に合理的な考えであった。研究者としての側面も持つエレナだからこそ、このように言語化が出来ているのだろう。
「ここでいう裏切り、それはモナティアム条約を無下にすることだ。エーリアスの支配を進め、魔力について、世界樹についての研究を優先して行うことでもある。あぁ、確かに理想だとも。そうすることで故郷への帰還は早まるだろう」
エーリアスの中心である世界樹。その魔力を存分に搾取、研究出来るなら、それが一番だろう。
なにせ、この不可思議な世界を作り上げている存在が世界樹だ。今、妖精王国との貿易で得ている魔力の根元は世界樹の魔力である。とんでもなく素晴らしい魔力であるに違いない。
「だけど、それは出来ない。単体で我々を制圧でき、我々の発する用語の意味を理解しに行き、その上でまっとうな指摘さえも出来てしまうようになった、エルフィン女王がいる限りは」
思い出されるは、女王に征服されたその日。
相手は炎や雷という多彩な魔法を駆使し、エルフの使う兵器を破壊してきた。
しかしやられっぱなしのエルフではない。
隊を総動員し、妖精の女王一人を沈めようと、全てをぶつけた。
かつて宇宙を支配するために身につけた技術や戦力を、たった一人のために使ったのだ。
女王が傷ひとつ負うことはなかった。
結果的に、エルフは一人の妖精に大敗。その日のうちに、モナティアム条約が結ばれたのだ。
攻守共に隙がなく、武力での制圧は、魔法への知見が現状乏しいエルフでは無理と判断せざるを得なかった。
であれば、次に用いる武器は知だ。
エルフのその武を築き上げてきたのはその頭脳である。当時のエーリアスの偵察の結果、種族としてエルフ以上に頭のよい種族はいないと判断された。
故に、話術や知識量で相手を丸め込める可能性が高い。つまりエーリアスを、表面上はともかく実態はエルフの支配下におけるかもしれない。
だが、それも出来なかった。やはりエルフィン女王であった。
モナティアム条約後に開始された定例会合。そこでは今後のエルフの動きに関する計画についての説明をする。その資料作成はエルフ側が行うこととなっている。
エルフィン女王の知能をかなり低く見積もっていたエルフは、資料に複雑な記載を多くし、その資料の数もかなり多くした。一見すると理解出来ない書き方へ。正直読ませる気など微塵もなかった。
そしてあたかもそれが普通であるかのように振る舞う。これを与えられた側は、読む気を失う。であれば、伝えられる側は話される情報が全てになる。そうすることで、エルフが有利なように話を進めようとしていた。
思惑は当たり、最初は読むのに苦戦していたようだった。一度持ち帰って確認すると言ってその日は終わったが、なんと次の会合の際に全てを理解してきていた。
つまり、たった一月で女王はそれを読み解いた。おそらく前提知識0からだ。
それだけでなく、何故この記載なのか、こう記載すればよいのではないか、もっとこうしてもらいたい等と指摘を行うようになっていたのだ。それも、かなり技術的な分野に対しても。
加えて以降の会合では、一月の確認期間はなくなった。その日に説明されれば、内容を理解するようになってしまったのだ。
武と知。それを両方持っているからこそ、エレナは最大限に妖精の女王を警戒しているのだ。
「まったく、なんと恐ろしい……」
ぼそりと吐き出すように呟くエレナ。僅かではあるが、身体が震えているようであった。
「とにかく、女王の魔法──最低でも
死の概念はエーリアスにはない。故に、死刑というものは存在し得ない。
だが、それに相当する刑が存在しないという意味ではない。死を知っているかるこそ、むしろ死のほうがよいと思ってしまうような刑が存在しても、何もおかしくはない。
今、女王へ反抗するということはすなわち、エルフ全体がこの刑に処され、滅びる可能性だってあるのだ。
──あの女王だ。そんな刑を作っていてもおかしくない。
どこか確信めいた考えを、エレナは持っていた。
「我々エルフは、あの女王の気まぐれでこうして生活できている。ある意味奇跡のようなものだ。その奇跡が続くよう、あたしは女王の機嫌を損なわないよう、対応しているに過ぎない」
定例会合で報告している、各種族の問題解決。これもエレナにとっては、妖精の女王に言われたからやっただけだ。
事実、これのお陰でエルフの名前は多少売れ、技術を持つ種族であるという面で信頼はされ、少々過ごしやすくはなっているが。元々はそのようなことはやる気はなかったのだ。
「はぁ、正直ヘイリーのやつの思想を体現することになってるなんて、今でも信じられないな」
隣人と仲良くする。かつては鼻で笑ったそんな考えを、今はしなくてはならない。そう、思っていると見せつけなくてはならない。
「だが、そうせざるを得ないし、そうするほうが現状最も効率よく物事を進められる。女王自身が我々の目標を知っており、何を必要としているかを把握しておいてなお、妖精女王は何故か非常に協力的だ。利用しない手はない」
結局はそこに帰結する。
下手に暴走するよりも、現状維持のほうが、結果的なリターンも大きいのだ。
「エーリアスの支配へ
「……なるほど! さすがエレナ様です。エルフという種族の存続と目標を第一に考えてくださっていたなんて!」
「そういうこと、だ。だから、あたしが許可を出すまでは、エーリアスを支配するための一切の行動をこれより禁じる。いいな?」
「承知いたしました!」
「ん、それでいい。あと今日の次の会合までにやるべきタスクは全部やっておけよ。いいな?」
「承知いたしました!!」
「よーし。アメリア、この会議は終わりだ。持ち場に戻り、タスクを処理したまえ」
「はい、失礼します!!」
アメリアが元気よく去っていったその後、再び楽な姿勢となり、大きく息を吐いた。
「はぁぁぁ……ふぅ。一先ずこれでいっか。あーあ、何かあの女王の弱みでも見つけられれば、状況は変わるだろうになぁ」
エルフの立場が弱いのは、現状負けているから。
その状況を変えるには、自分を強くすることか、相手を弱らせることのどちらかがある。
「……ふむ。弱み、ねぇ」
前者は十分に行っており、成果は上々。だがまだ完全な解析には至ってない。しかし継続していけば、いずれは辿り着けるだろう。
対して後者に対しては、何もしていないことに気が付いた。下手なことをすれば追い詰められてしまうため、盗聴機等は仕掛けられなかったのだ。
だが、弱みを探す、はそういうこと以外にも何かは出来る。例えば、妖精王国に行って話を聞くとか。例えば、直接王としての振る舞いを見てみるとか。例えば、側近あたりに話を聞くとか。
「悪くないかもしれないな」
ありだな、とエレナは感じた。
このエーリアスでのあの女王の在り方はどこは歪だ。エルフを支配出来る癖に、敢えてある程度自由にさせているというのは、逆の立場になった時の行動として意味不明だと考えている。
もしかしたら、調査と研究を進めていけば、その理由が分かり、結果的には弱みを見つけられるかもしれない。
「そうなると、妖精王国への潜入調査ということになる、か。問題はただエルフが一人行っても不自然……」
何も無しにエルフが妖精王国に潜入しても、ただ不安を煽るだけだ。
何せモナティアム市民はあの時の影響で誰も妖精王国になど行かない。エレナは理由を認識してないが逆も同じだ。そんな中一人エルフが妖精王国に入れば、女王の心象に影響するだろう。そこは避けたい。
「何か、建前が必要か。エルフと妖精の親睦を深められるような、そんな施設のオーナーとして」
妖精王国には無さそうな、だけどそこまで大規模でなくてもよい、そんな施設。
これまでの国交と、最初に偵察してきてもらったときに得たエーリアスのデータを照合し、一つの娯楽施設を思い付いた。
「ふむ、そうだな。劇場……なんていいかもしれない」
次回定例で、エレナはこれを提案。直ぐに可決された。