CyberPunk: EDGE CASE   作:エネーロ

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#11 Creeping Death / 迫り来る死神(アダム・スマッシャー)

モーガン・ブラックハンドからの依頼を受諾してからの展開は、恐ろしいほど迅速だった。

ローグは即座に待機させていたチームの精鋭たちを呼び寄せ、ミリテクのエージェントと数度にわたる綿密な作戦会議を重ねた。

 

準備は整う。

 

深夜。濃霧が立ち込めるサウスナイトシティの港湾施設外縁。

暗闇の中、息を殺して待機するジョニー・シルヴァーハンドの手には、冷たいマロリアン・アームズが握られている。ローグ、ウェイランドをはじめとする歴戦の傭兵たちもまた、重武装でその時を待っていた。

彼らの視覚インプラントの端で、ミリテクのエージェントからの暗号通信が明滅する。

 

『――ストライク1(モーガン部隊)、陽動を開始。対象施設の防衛戦力が移動を始めた』

 

「行くよ。手筈通りにね」

 

ローグの低く冷徹な声がローカル通信に響く。それを合図に、突入部隊は亡霊のように港湾施設へと侵入を開始した。

 

今回、スパイダー・マーフィーと幽霊(ヴォイド)の二人は、少し離れたセーフハウスから完全な後方支援に徹していた。スパイダーが敵ランナーの排除と施設システムの掌握、監視カメラのループ偽装を担当し、ヴォイドは突入部隊全員への戦術支援を行う。

突入直後、チーム全員の視覚インプラントに、異常な量のデータが流れ込んだ。

施設内の構造、敵の巡回ルート、射線予測、果ては警備兵の心拍数に至るまで。かつてジョニーが地下施設で味わった「全能感」が、今度はチーム全員に共有されていた。

 

『こいつはすげえ、かの都市伝説サマの頭の中はどうなってんだ?』

『……モーガンの旦那になった気分だぜ』

 

ウェイランドをはじめとする歴戦の傭兵たちから、驚嘆の声が漏れる。

 

『無駄口を叩いている暇はない。次の中央通路、三十秒後に巡回が二名通る。やり過ごせ』

 

ヴォイドの平坦で冷え切った声が通信に割り込み、彼らを現実の任務へと引き戻した。

 

ヴォイドの常軌を逸した演算能力と、スパイダーによる完璧なシステム偽装。二人のランナーの神業によって、部隊は誰一人として銃の引き金を引くことなく、施設の深部へとスムーズに歩を進めていく。

だが、順調すぎる侵入は、逆に歴戦の傭兵たちの皮膚を粟立たせていた。

あまりにも、警備が手薄すぎる。アラサカの戦術物資が保管されているという重要施設にしては、いくら陽動で戦力が割かれているとはいえ、異常なほどの静けさだった。

 

「嫌な空気が漂ってやがる。罠か、あるいは偽情報に踊らされてるかだ」

『スキャンには反応ないよ。でも気を付けて』

 

ローグの右腕であるウェイランドが警戒心を露わにして低く唸る。しかし、スパイダーがどれほど深層までスキャンをかけても、伏兵の反応は一切ない。

 

予定のルートを抜け、目標地点である巨大な保管庫が目前に迫ったその時だった。

 

『――ストップ。皆、聞いて』

 

不意に、スパイダーの焦燥を含んだ声が通信に響いた。同時に、ヴォイドの氷のような声が続く。

 

ストライク1(モーガンの部隊)との通信が、強力なジャミングによって完全に遮断された。状況は極めて不透明だ。これ以上の前進は生存確率を著しく低下させる。即時撤退を推奨する』

 

ヴォイドの無機質な警告。しかし、ジョニーは鼻で笑ってそれを一蹴した。

 

「ハッ、死神の姿すら見てねえのに尻尾を巻いて逃げろってか? 冗談じゃねえ。俺は行くぜ」

 

引き止める間もなく、狂犬は一人で保管庫への通路を足早に進んでいく。

 

「あの馬鹿……! 全員、ジョニーを追え!」

 

ローグが悪態をつきながら指示を飛ばし、部隊は急いでジョニーの背中を追った。

 

保管庫の中心。そこには、周囲のコンテナ群とは明らかに異質な、アラサカの企業ロゴすら刻まれていない漆黒の特殊コンテナがこれ見よがしに鎮座していた。

 

「スパイダー、開けろ」

 

銃を構えたジョニーが催促する。

 

『ちょっと待ってよ! こんな正体不明のロック、解除プロトコルを解析するだけでも……!』

「急げ!」

『わかってるわよこのクソ脳無し野郎!!』

 

キレ気味のスパイダーが遠隔でロックを強制解除する。間もなく、重々しい駆動音と共に、コンテナの分厚い扉がゆっくりとスライドした。

中を覗き込んだ瞬間、突入部隊の全員が息を呑み、硬直した。

 

そこに積まれていたのは、戦術兵器でも、試作型のサイバーウェアでもなかった。

鈍く光る円筒形の無機質な構造物。表面に刻印された放射能標識。

紛れもない、小型の戦術核爆弾だった。

 

ミリテクが血眼になって奪還を依頼してきた「戦局を根底から揺るがす重要物資」の正体は、これだというのか。

企業(コーポ)どもが水面下でこんな狂気(シロモノ)の奪い合いをしていたという事実に、全員の思考がショートしかけたその時。

ジャミングを突破したのか、突如としてノイズまみれの通信がローカル回線に飛び込んできた。

 

『――ローグ、聞こえるか! 作戦は中止だ、即座にそこから撤退しろ!』

 

モーガン・ブラックハンドからの緊急通信だった。

 

『陽動部隊にアラサカの暗殺部隊が数十人規模で投入された! だが、肝心のアダム・スマッシャーが現れない! 奴は陽動に乗ってない!』

 

その報告が意味する最悪の事態に、ローグの顔から血の気が引く。

罠だ。最初から、この核爆弾を餌にして侵入者を一網打尽にするための。

 

「物は目の前だ! こいつを確保してズラかるぞ!」

 

ジョニーが叫び、爆弾に手を掛けようとした、まさにその瞬間だった。

 

保管庫の天井が、爆発でも起きたかのように吹き飛んだ。

頭上から降り注ぐ瓦礫と鉄骨の雨。巻き上がる土煙の中、超重量の質量がコンクリートの床を叩き割って着地する。

もうもうと立ち込める粉塵の奥で、真紅の光学センサーが二つ、三つと不気味に灯った。

 

それは、人間の形を模した巨大な兵器だった。全身を分厚い複合装甲と重火器で覆われた、完全義体の怪物。

陽動部隊に見向きもせず、ただ餌に群がるネズミをすり潰すためだけに待機していた絶対的な暴力の象徴、アダム・スマッシャー。

 

「クソッ、最悪だ……! ジョニー! アンタのせいでとんでもない貧乏くじを引かされたよ! 」

 

ローグが自身のライフルを構えながら、通信越しに怒号を飛ばす。

 

「うるせえ! 文句はこいつを引っ張れなかったモーガンに言いやがれ!!」

 

死神の圧倒的なプレッシャーを前にしてもなお、ジョニーは自身のマロリアン・アームズの銃口を真っ直ぐに怪物へと向け、悪びれることなく吼え返した。

そんな二人の言い合いを、巨大な鋼鉄の怪物はひどく退屈そうに見下ろしていた。

 

 

 

 

 

アダム・スマッシャー。生ける災害と恐れられるこの完全義体の怪物の内側では、今、限界まで高められた破壊衝動と、それを無理矢理に押さえつけるアラサカからの「命令」が激しく軋み合っていた。

彼の最大の標的であり、唯一自分を楽しませるに足る獲物――モーガン・ブラックハンド。あの男が今まさに別の場所でド派手な陽動を仕掛け、自分を誘い出しようとしていることは、スマッシャーの戦術ネットワークもとうに弾き出している。

今すぐこの場を飛び出し、あの男の肉を、骨を、誇りを、己の鋼の拳で粉々にすり潰してやりたい。その血の沸き立つような欲求を、アラサカのクソ忌々しいスーツどもは「重要物資の死守」という無味乾燥な絶対命令で鎖のように縛り付けたのだ。

フラストレーションで人工筋肉が焼き切れんばかりの熱を帯びる中、ようやく自分の前に現れた侵入者。少しは歯ごたえのある代役かと期待したものの――。

 

「……モーガン、小癪な真似を」

 

アダム・スマッシャーの顎部スピーカーから、苛立ちを隠そうともしない、ひび割れた重低音が響き渡る。

 

「ブラックハンドが外で派手に暴れ、俺を釣ろうとしているのは分かっている。それなのに、コーポのクソどもは俺にこの場を動くなと命じやがった。……そうして俺がここに縛り付けられている間に、這い出てきたのは肉の匂いすら薄っぺらい、名も知らぬネズミの群れだ」

 

真紅の光学センサーが、保管庫に散開したチームの面々を値踏みするように舐め回す。

ジョニー、ローグ、ウェイランド。ストリートでは名を馳せた凄腕たちだろうが、スマッシャーの基準からすれば、踏み潰す手間にすら満たない「ゴミ」でしかなかった。

圧倒的な暴力の権化は、内側で煮えたぎる殺意と鬱憤の矛先を、完全に目の前の哀れなネズミたちへと定めた。ブラックハンドと殺し合えなかったこの行き場のない怒り、そのすべてを目の前の弱者どもを凄惨にすり潰すことで晴らす。こいつらの四肢を無惨にもぎ取り、自らの無力さに絶望して顔を歪める様を特等席で眺めることでしか、この苛立ちは鎮まらない。

 

「期待外れもいいところだ。せめて、貴様らの内臓(パーツ)を一つ残らず床にぶちまけ、這いずり回る絶望の悲鳴でも聞かせてもらわねば、俺の怒りは収まらんぞ」

怪物の右腕に懸架されたオートショットガンが持ち上がる。同時に、スマッシャーの背部装甲から強烈な排熱の蒸気が噴き出した。 最初から、出し惜しみなど一切ない。死神は自身の神経加速インプラント『サンデヴィスタン』のスイッチを叩き込んだ。

 

 

 

 

ジョニー達への死刑宣告。

その直後の、赤い視覚クロームの明滅。

常人の視覚では、それは文字通り瞬間移動にしか見えなかったはずだ。

超重量の装甲が物理法則を無視したかのような速度で加速し、スマッシャーが最初の標的として選んだのは、部隊の中で最も与しやすい「弱い肉」――ジョニー・シルヴァーハンドだった。

 

しかし、ジョニーはすでにそこにはいなかった。

 

『――右へ跳べ』

 

スマッシャーがサンデヴィスタンを起動させるコンマ数秒前。ジョニーの視覚インプラントのど真ん中に、ヴォイドからの強制的な赤い警告アラートと、スマッシャーの突進軌道を示す予測線が焼き付けられていたのだ。

 

ジョニーは思考を挟むことなく、指示通りに右側のコンテナの陰へ大きく跳躍する。

直後、ジョニーが先ほどまで立っていた空間を、スマッシャーの巨大な鋼の拳と、散弾の嵐が通り過ぎた。コンクリートの床が粉々に粉砕され、破片が弾丸のように飛び散る。

ジョニーは体勢を崩しながらも、空中でマロリアン・アームズの引き金を絞った。放たれた大口径の弾丸が、挨拶代わりとばかりにスマッシャーの肩部装甲へ着弾し、火花を散らす。

 

「なに……?」

 

自身の必殺の奇襲が、ただのロッカーボーイに完全に読まれていたことに対し、スマッシャーの赤い瞳が微かに揺らぐ。

だが、攻撃の手は止まらない。スマッシャーは即座に標的を変えた。背部のマイクロミサイル・ポッドを展開し、無数の弾頭をばら撒きながら、今度はウェイランドへと突進を仕掛ける。

 

『ウェイランド、三時方向へ二メートル後退。跳弾が来る、防御壁を斜め四十五度へ展開しろ。ローグ、三秒後に装甲車の残骸が吹き飛ぶ。左の鋼鉄支柱の裏へ走れ』

 

絶対的な演算支援を行うヴォイドの冷徹な声が、チーム全員の脳内に響き続ける。

 

無数のミサイルが着弾し、保管庫の至る所で連続的な爆発が巻き起こる。コンテナが紙屑のように吹き飛び、分厚い鉄骨が飴細工のようにへし折られる中、ウェイランドは指示通りに構えたシールドで散乱する致死の破片をギリギリで弾き返し、ローグは爆炎の舌先を躱して新たな遮蔽へと滑り込んだ。

 

弾道予測、射線警告、障害物の強度計算、スマッシャーの関節モーターのわずかな駆動音から導き出される次のアクション。

ヴォイドの常軌を逸した演算が弾き出すそれらの「最適解」を強制的に視覚へ共有された歴戦の傭兵たちは、まるで全員が極限の知覚を獲得したトップソロへと変貌したかのように、神がかった連携で死神の猛攻を躱し、いなし、受け流していく。

 

『ジョニー、敵の左斜め後方へ回り込め。装甲の接合部に0.5秒だけ隙ができる』

「無茶言うぜ!!」

 

爆煙の中から飛び出したジョニーが、指示された一点に向けてマロリアンの弾丸を三発連続で叩き込む。

だが、強烈な着弾音と共に火花は散ったものの、スマッシャーの体勢は僅かにも揺らがなかった。ジョニーの特注弾ですら、絶頂期の死神の分厚い複合装甲にはまともなダメージを与えられない。

 

彼らに反撃の余裕などほとんどなかった。

いくら頭で攻撃の軌道が分かっていても、スマッシャーの放つ圧倒的な暴力の質量は、かすっただけでも彼らの命を容易く刈り取る。右腕のオートショットガンが吠えるたびに遮蔽物が消し飛び、踏み込みの衝撃だけで周囲の地面がクレーターのように陥没していく。

極限の集中力で回避行動を取り続ける全員の額には、濃密な冷や汗が浮かんでいた。わずかでもヴォイドの処理が遅れれば、あるいは自分たちの動きがコンマ一秒でも遅れれば、確実に肉塊に変えられるという絶望的な綱渡り。

 

「ハッ……ハハハハハ!!」

 

あらゆる死角からの攻撃を躱され、何十発もの銃弾を浴びているというのに、スマッシャーは狂気的な電子音の嗤い声を上げた。

 

「ただのゴミ屑の分際で、なかなかどうして踊れるじゃないか! ただ逃げ回るだけのネズミ共め……これなら、少しは『本気』を出しても壊れまい!!」

 

怪物の全身のクロームが赤熱し、サンデヴィスタンのさらなる出力上昇を告げる甲高い駆動音が保管庫に鳴り響く。右腕のキャノン砲に、青白いチャージ光が集束し始めた。

直撃すれば、コンテナ群ごと塵一つ残らず消し飛ばされる。これ以上の戦闘の継続は、確実に部隊の全滅を意味していた。

だが、その凶悪なチャージ光が放たれるより一瞬早く、セーフハウスのダイブ・チェアに身を沈めていたスパイダー・マーフィーが、死神のネットワークへと自身の意識を深くダイブさせ、不可視の牙を剥いていた。

 

『――撃たせてたまるか、このスクラップ野郎!!』

 

狙うは、右腕のキャノン砲の強制パージ、あるいは照準システムの完全な焼き切り。ナイトシティ最高峰のランナーである彼女の放った致死性の攻撃性デーモンは、通常であれば軍事システムですら一瞬で鉄屑に変えるほどの威力を持っていた。

だが、スマッシャーの動きは止まらない。 突如として、スパイダーのニューラルリンクの視界に真っ赤な警告ログが滝のように溢れ出した。

 

『嘘でしょ……ッ!?』

 

ダイブ空間でスパイダーが戦慄の思考を漏らす。スマッシャーの分厚い装甲の下に張り巡らされていたのは、要塞化された軍事サーバーすら凌駕する規格外のブラックICEだった。それはただの防御壁ではなく、侵入者のデーモンを即座に解析し、逆探知して相手の脳髄を直接焼き切ろうとする自律型の捕食プログラムである。

 

「くっ、ああっ……!!」

 

脳髄を直接焦がすような強烈なフィードバックに、現実空間のスパイダーの肉体が激しく痙攣し、限界まで歯を食いしばる。

 

『ナメるな……! アタシを誰だと思って……!!』

 

彼女は自身のシナプスが焼き切れるリスクを承知で、防壁のわずかな隙間を縫い、より凶悪なハックをスマッシャーの視覚モジュール一点にのみ集中させた。

直後、スマッシャーの真紅の光学センサーが突如として激しいノイズと共に明滅し、完全に光を失った。

 

「……チッ、鬱陶しいハエめ」

 

視界を奪われたスマッシャーが、苛立たしげに右腕のキャノン砲のチャージを中断し、巨大な鋼の腕で己の頭部を乱暴に叩く。

 

『今よ!! 視界を潰した!』

 

スパイダーの血を吐くような叫びがローカル回線に響き渡る。

その報告より早く、怪物が動きを止めたわずかな隙を見逃さなかったローグが、崩れかけた支柱の裏から身を乗り出した。

「 こんなイカれたバケモノと心中する気はないよ! チャンスは今しかない!」

 

彼女は即座に踵を返し、喉が裂けんばかりの怒号を部隊全員へ飛ばす。

 

「総員、即時撤退!! 物資は放棄しろ、這ってでもここから抜け出すんだ!!」

 

その怒号を引き金として、チーム全員が一斉に出口へと駆け出した。 目標であったはずの核爆弾も、傭兵としてのプライドもすべてかなぐり捨て、ただ一秒先の生存だけを渇望する絶望の撤退戦が幕を開けた。

背後からは、光を奪われた鋼鉄の怪物が、憤怒に満ちた電子の咆哮を上げながら無差別に重火器を乱射し、強引な足取りで追撃してくる轟音が響く。 視界を潰した程度で、あの規格外の暴力が止まるはずもなかった。 頭上を掠める凶悪な散弾の嵐と、コンクリートを砕きながら迫り来る超重量の駆動音が、必死に逃げ惑う彼らの背中に冷酷な事実を突きつけていた。

 

 

――死神の鎌は、未だ彼らの首筋に向かって振りかぶられたままであると。

 




作者の中でのランナーとしての実力は
スパイダー>超えられない壁>ルーシー
だと思ってます。


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