CyberPunk: EDGE CASE(旧題:UNIDENTIFIED_USER.exe)   作:エネーロ

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ゲームでもこれくらい強ければな....



#12 Stayin' Alive / 死線(デッドライン)のステップ

「――逃がすと思うのか、ゴミ共がァッ!!」

 

鼓膜を内側から引き裂くような、激しい電気ノイズ混じりの咆哮が夜の港湾に轟いた。

スパイダーの決死のハックによって視覚インプラントのメインカメラを完全に焼き切られたアダム・スマッシャーは、視界を奪われた戸惑いを見せるどころか、沸点を超えた怒りによって駆動系の出力をさらに跳ね上げた。

 

システムの再起動に要する数十秒のタイムラグすら忌々しく切り捨てると、彼は即座に全身のクロームに内蔵された音響探知、熱源センサー、さらには微細な空気の振動すら感知する補助モジュール群を視覚の代替として強引にリンクさせる。

 

視界がないことなど、この殺戮兵器には何の足枷にもならない。行く手を阻む障害物は避けるのではなく、ただ粉砕する。山積みにされた重い軍用コンテナを腕のひと振りで乱暴に薙ぎ払い、彼が怒りに任せて踏み出すたびに、分厚いコンクリートの地面が陥没して蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる。

 

背後から迫り来るのは、もはや重装甲の兵士などではない。ただ物理的にすべてを圧し潰す、純粋な『暴力と死の質量』そのものだった。

 

そのプレッシャーに誰もが呻く。

歴戦の傭兵とて、死を恐れないわけではない。

ナイトシティにおいて伝説とは死に際で決まるものだと嘯く者もいるが、それはあくまでも大義や信念という輝ける舞台があってこその話だ。無慈悲な殺戮マシーンによって、暗く冷たいコンテナヤードの片隅でただ一方的にミンチにされるだけのこの場所は、決して彼らの望む最期ではない。

 

また、後方支援に徹する幽霊(ヴォイド)の戦術支援も、この規格外の怪物相手では万能ではなかった。

ジョニー・シルヴァーハンドのように、己の狂気と蛮勇を極限まで引き出し、システムの提示する最適解と紙一重で噛み合わせることで初めて真価を発揮する代物だ。死の恐怖に支配され、動きに僅かな迷いが生じた凡百の傭兵たちにシステムの恩恵を付与したところで、所詮は付け焼き刃にしかならない。

 

恐怖に足を竦ませた者から順に、屠られていく。

 

暗闇を切り裂くオートショットガンの掃射。一人、また一人。逃げ惑う仲間たちが死神の鎌に撫でられ、次々とただの肉片へと成り果てていく。

硝煙に混じって、色濃い血の飛沫と臓物がコンテナの壁に叩きつけられる。その絶望的な死臭と鉄錆の匂いを背後に感じながら、ローグは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締め、水溜まりを蹴立てて全力で駆け抜ける。

 

「ハァッ……ハァッ……! クソが、あのイカレた鉄屑が……ッ! どこまでも、しつこい、野郎だ!」

 

ジョニーもまた、手にしたマロリアン・アームズを構え直す余裕すらないまま、荒い息継ぎの間に悪態を吐き散らしてローグと並走する。冷たい雨に濡れた彼の銀腕が、街灯の僅かな光を反射して不気味に鈍く光っていた。

 

「ゼェッ……スパイダー! クソッ、なんとかならねえのか! このままじゃ……ひぃっ!? ぜ、全滅だぞ!」

 

ウェイランドが背後から迫る重低音に怯えきった声を上げ、たまらず通信回線越しに泣きつく。

 

『……ッ、無茶言わないで! 今やってるわよ! だけど、あいつ(スマッシャー)防壁(ICE)、直ぐに焼ききるには分厚すぎる!!』

 

安全圏にいるはずのスパイダー・マーフィーの声も、悲痛な焦燥と過負荷による荒い呼吸に染まっていた。

 

『それに、物理的に関節の駆動系をロックしても、自分のモーターを焼き切る勢いで強引に動いてくるのよ! ……ッ、こっちのハックの意味がない!』

 

皮肉なことに、前線を走る傭兵の数が物理的に減っていくにつれ、後方支援にかかる演算の負荷は軽くなっていく。

 

『くっ……、再起動が早すぎる...!』

 

その余力を全てスパイダーのシステム突破の援護へと回したヴォイドであったが、それでもなお、論理的な限界を超えて力任せに迫り来るスマッシャーの理不尽な追走を前に、無表情の奥で苦虫を噛み潰したように呻いた。

 

背後で、最後尾を走っていた仲間の断末魔が響き渡り、そしてふっつりと途絶える。

 

部隊に生き残ったのは、先頭を走るローグ、ジョニー、そしてウェイランドの三人のみ。

だが、彼らが振り返るよりも早く、圧倒的な熱量と駆動音を伴って、完全に視覚インプラントの再起動を終えた巨体が周囲に積まれたコンテナを薙ぎ払いながら立ちはだかった。

 

システムの復旧に伴い、再起動の暗闇の中で明滅していた真紅の光学センサーが、再び禍々しい絶対的な光を取り戻す。四つの赤い眼球が、泥を這いずり回る虫けらを観察するように三人へと固定された。

いつの間にか降り始めた冷たい酸性雨が、極限まで熱を帯びたスマッシャーの分厚い装甲に触れる端から白い蒸気となって立ち昇り、彼の輪郭を悪魔のように歪ませる。

 

「無様な鬼ごっこもここまでだ、ゴミ屑(ミート)ども。もう逃げ道はないぞ」

 

地の底から響くような金属的な合成音声が、冷たい雨音を切り裂いた。スマッシャーは眼下で息を呑む三人をねっとりと見下ろし、加虐的な歓喜に満ちた声を漏らす。

 

「道中に散らばっていたお前らの仲間だった肉片は、どいつもこいつも踏み潰す価値すらない脆いクズばかりだった。……耳障りな悲鳴だけは一丁前だったがな」

 

巨体が右腕を持ち上げると、内蔵された巨大なテックキャノンが周囲の空気を震わせながら、青白いチャージ光を帯び始めた。内部の電磁コイルが限界まで回転し、周囲の空間から根こそぎ酸素を奪い取るかのように致死性のエネルギーが収束していく。

 

「さあ、お前らも同じように挽肉にしてやる。極上の熱で燃え滓に変わるその瞬間を、特別に味わわせてやろう」

 

一切の抵抗を許さない殺戮の瞬間を前にして、スマッシャーの金属的な顎が醜く歪み、装甲が軋む音とともに凄惨で加虐的な笑みの形を作った。

 

直後、網膜を焼き切るほどの強烈な閃光が走った。

 

直撃こそ免れたものの、熱線が着弾した背後のコンクリートの地面は瞬時にドロドロの赤熱した融解物へと変貌を遂げる。

そして、一拍遅れて襲い掛かってきた凄まじい爆発の余波が、三人を容赦なく薙ぎ払った。

熱を伴う爆風というよりは、目に見えない巨大な鉄の壁に全身を全力で殴りつけられたかのような暴力的な衝撃。天地の感覚が完全に消失し、三人の身体は重力から切り離された無力なボロ布のように、空のコンテナの壁面へと激しく吹き飛ばされていった。

 

「がっ……あ……ッ!?」

「ぐぅ、ァ……ッ!!」

 

吹き飛ばされ、硬い地面に激しく叩きつけられた衝撃で、ローグの肺から空気が根こそぎ搾り出された。

 

「ゴホッ……はぁっ……」

 

全身の骨が軋み、口の中に鉄の味が広がる。酸素を求めて痙攣するように喉が鳴るが、すぐには立ち上がれない。

 

地響きのような重厚な足音が、すぐそばまで迫る。

濛々と立ち込める硝煙と蒸気を割って歩み出たスマッシャーは、地面に倒れ伏して身悶えするローグを見下ろし、無慈悲にオートショットガンの巨大な銃口を定めた。

冷たい雨粒が、熱を帯びた銃身に触れては消えていく。

 

「運が良かったな、雌犬。仲間たちより数秒だけ長く生き延びられたぞ」

 

凄惨な笑みを浮かべたスマッシャーが、眼下の獲物へ冷酷な死刑宣告を下す。

 

「無様に命乞いをしろ。そうすれば少しずつ肉片に変えてやる」

 

絶対的な死。しかし、ローグは泥と血に塗れた顔をゆっくりと上げると、怯えるどころか不敵に口の端を歪めた。

 

「ハッ……生憎だけど、アラサカの首輪がついた鉄屑《ガラクタ》に抱かれる趣味はないんでね。……さっさと引き金を引きな、ポンコツ」

 

 

 

 

銃声が、響き渡った。

 

 

 

 

 

「ぐゥゥ……ッ!」

 

銃声の直後、くぐもった機械的な苦鳴を上げたのは、死刑宣告を下したはずのスマッシャー自身だった。 ローグの身体を貫くはずだった散弾は明後日の方向へと逸れ、融解したコンクリートを無意味に穿つ。スマッシャーは巨体をわずかに揺らし、右側の顔面――復旧したばかりの真紅の光学センサーから激しく火花を散らしてよろめいた。

 

「ハッ、どうしたポンコツ! アラサカの最高級品は、足元のゴミ屑に焦点(ピント)も合わせられねえのか?」

 

硝煙の向こう側。マロリアン・アームズの銃口から細い煙を立ち昇らせながら、ジョニー・シルヴァーハンドが底意地の悪い嘲笑を浮かべて立っていた。彼が放った大口径の弾丸が、見事にスマッシャーの視覚インプラントの片側を粉砕したのだ。

 

「ジョニー!?」

 

確実な死を覚悟していたローグが、驚愕に見開いた目をジョニーへと向ける。 だが、反撃はそれだけでは終わらなかった。

 

『――やっとICEを抜けた! 今度こそ!』

 

通信回線越しに、強行突破によるハッキングの最終フェーズを終えたスパイダー・マーフィーの鋭い声が響く。 直後、スマッシャーの右腕に内蔵されていた巨大なテックキャノンの接続部から、不自然な排熱が噴き出した。安全装置が強制的に書き換えられ、致命的なエラーを吐き出した武装ブロックが爆発的な勢いでパージされる。分厚い装甲の一部ごと弾き飛ばされた重火器が、鈍い音を立てて泥濘に転がった。

 

「――キサマらァァァッ!!」

 

夜の港湾を震わせるほどの怒号が轟く。 ただの脆い肉塊と見下していた者たちに致命的な隙を突かれ、己の身体に傷をつけられた屈辱。獲物を嬲ろうと油断した自分への苛立ちと、目障りなドブネズミたちへの怒髪天を衝くほどの憎悪が、スマッシャーの残されたセンサーを赤黒く染め上げた。 死神の殺意は今、完全に一人のロッカーボーイへと向けられた。

 

「ウェイランド! ローグを担いでさっさとズラかれ!」

 

ジョニーは弾倉を素早く叩き込みながら、背後で硬直している若き傭兵に向かって叫ぶ。

 

「シルヴァーマン! あんたはどうするんだ!?」

 

ウェイランドが困惑と焦燥の声を上げるが、ジョニーはそれに答えることなく、自らスマッシャーの視界を横切るようにコンテナヤードのより深い暗闇へと駆け出した。

残された二人に、もはやスマッシャーは一瞥もくれなかった。彼の思考回路は屈辱を晴らすべく、己の眼球を撃ち抜いた銀腕のテロリストを「最優先排除対象」へと書き換えている。重装甲の足がコンクリートを粉砕し、猛然とジョニーの後を追う。

 

『……文字通りの自殺志願者か。全くもって理解に苦しむ』

 

自身の戦術支援の意図を超えた無軌道な単独行動に、後方でモニタリングしている幽霊(ヴォイド)が、無表情の仮面の奥で呆れたような嘆息を漏らす。

 

「うるせえ! これ以上マシなアイデアがねえなら、テメェも黙って手伝え!」

 

ジョニーは悪態を怒鳴り返しながら、入り組んだコンテナの迷路を疾走する。 背後からは、鉄の壁を次々と紙切れのように薙ぎ倒しながら迫り来る圧倒的な破壊の音。一つ間違えれば即座に肉片へと変えられる死の鬼ごっこだというのに、ジョニーの口角は歓喜に歪んでいた。

 

「ハッ、最高だ! 楽しくなってきたぜ!」

 

狂気と死の淵でこそ、彼の魂は最も輝く。 ヴォイドからの戦術データが、ジョニーの視覚インプラントに滝のように流れ込む。背後から放たれるオートショットガンの掃射ラインが、赤い予測線となって暗闇に浮かび上がる。ジョニーはその光の線と線の隙間を縫うように、常人ではあり得ない紙一重のステップで弾の雨を躱し続ける。 ヴォイドの冷徹な演算と、ジョニーの破滅的な身体感覚。水と油の二つの要素が、この極限状態において再び奇跡的な噛み合いを見せていた。

苛立ちを極限まで募らせたスマッシャーの脊椎が、不気味な赤色の光を放つ。軍用規格のサンデヴィスタンの起動。周囲の時間の流れを置き去りにする超加速への移行だ。

 

『――スマッシャーが加速装置(サンデヴィスタン)を起動。右斜め前方、三メートル先へ撃ち込め』

 

ヴォイドの氷のような警告が響いた瞬間、ジョニーは振り返ることなく、自身のインプラントに表示された「今はまだ何も存在しない空間(マーカー)」に向けて、マロリアンの引き金を三度連続で絞った。

直後、超加速によってその空間へと「現れた」スマッシャーの胸部装甲に、ジョニーの放った大口径の弾丸が正確に突き刺さる。 いかなる未来予測システムであろうと、超加速中の己の移動先に「置き弾」をされるなど、スマッシャーの計算には微塵も存在しなかった。弾丸の衝撃自体は致命傷には至らないものの、完全な虚を突かれたことで駆動系に一瞬のブレが生じ、巨体がわずかに体勢を崩す。

 

そのコンマ数秒の遅滞が、生死を分けた。 スマッシャーが体勢を立て直した時、ジョニーの姿はすでにコンテナ群を抜け、波の音が間近に聞こえる港の最外縁部へと走り抜けていた。

 

 

 

入り組んだコンテナの迷路を抜けた先、視界が唐突に開けた。 サウスナイトシティ港の最外縁部。海へ向かって突き出した防波堤の上には遮るものは何もなく、鉛色の波がコンクリートに打ち付ける重い水音と、鉄錆の混じった潮風だけが強く吹き付けてくる。逃げ場のない、文字通りの袋小路だった。

息を整える間もなく、背後からコンクリートを粉砕する重低音が迫る。 土煙と酸性雨を突き破り、アダム・スマッシャーの巨体が防波堤へと降り立った。

破壊された右側の光学センサーからは未だ黒煙がくすぶり、パージされた右腕の接続部からは火花が散っている。その満身創痍の姿は、しかし彼の放つ威圧感を少しも減じることはなく、むしろ剥き出しになった殺意をより濃密なものにしていた。 残された赤き眼球がジョニーを射抜き、金属的な顎が憤怒に打ち震える。

 

「名前を言ってみろ、ネズミ」

 

嵐の海鳴りすらねじ伏せるような、地を這う合成音声。 絶対的な死を前にして、ジョニー・シルヴァーハンドはしかし、マロリアンの銃身を肩に担ぎ直すと、心の底から愉快そうに口の端を歪めた。

 

「ハッ、アラサカの番犬はご主人様以外には挨拶もできねえのか? いいぜ、冥土の土産に教えてやる」

 

ジョニーは銀腕の指先で、自身の胸を叩く。

 

「俺はジョニー・シルヴァーハンド。お前らアラサカのクソどもを、根こそぎ地獄へ送ってやる男だ」

 

「シルヴァーハンド……思い上がった腐れ肉が」

 

スマッシャーの装甲がギリギリと軋む。

 

「俺の機体に傷をつけ、ここまで俺を苛立たせた報いは安くないぞ。その手足を一本ずつ引き千切り、脳髄を引きずり出して永遠の苦痛を与えてやる」

 

純粋な暴力の権化による、おぞましい宣告。 だが、ジョニーの意識はすでに目の前の怪物ではなく、自身のインプラントの奥深くへと向けられていた。

 

『――追い詰められたな、死に急ぎ』

 

ローカル回線越しに響く、冷え切った声。

 

「減らず口を叩いてる暇があったら、そのイカれた頭を回しな。……おい、ヴォイド(空っぽ野郎)

 

ジョニーは正面の死神から視線を外さぬまま、静かに、だが確かな熱を帯びた声で通信を返す。

 

「テメェの胡散臭い手品で、俺のバックを務めてみせろ。……主役(リード)が歌い切る前に、このクソみたいなショーを終わらせんじゃねえぞ」

 

回線の向こう側で、わずかな沈黙が落ちた。 そして、常に機械のように冷徹だったはずの幽霊(ヴォイド)が、初めて微かな笑い声を漏らした。

 

『……言われるまでもない』

 

水と油。決して交わるはずのなかった破滅的な狂犬と冷徹な幽霊が、圧倒的な死の淵という極限状況において、奇妙な連帯感で完全に通じ合った瞬間だった。

ジョニーがゆっくりとマロリアン・アームズを構え直す。 呼応するように、スマッシャーも生き残った左腕で巨大なオートショットガンをジョニーの頭へと定めた。

引き金が絞られる、その刹那。 ジョニーの視覚インプラントの端に、防波堤の真上にそびえ立つ巨大な影がハイライトされた。 荷揚げ用の、超大型ガントリークレーン。その先端には、数十トン単位の軍用コンテナが吊り下げられたまま放置されている。

ジョニーの視界を共有しているヴォイドもまた、同時にその存在に気づいた。 回線の奥で、彼が不敵な笑みを深める気配が回線越しに伝わってくる。

 

「……何秒必要だ?」

 

ジョニーは短く問う。

 

『三秒だ。それまで死ぬなよ、ロッカーボーイ』

 

「ハッ、上等だ!」

 




この時代のスマッシャーのスペックにしてはかなり盛ってますのであしからず。
サンデヴィスタンもこの頃はただの知覚の加速機能ぐらいしかないみたいなんですが、オダ戦もそうでしたが性能盛ってます。



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