CyberPunk: EDGE CASE   作:エネーロ

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週末と言いつつ遅れました、、、


#14 Harder, Better, Faster, Stronger /破滅に向かって

ナイトシティの地下深く、あの血と鉄錆の泥濘の中で目を覚ましたその瞬間から、ヴォイドの脳裏には、決して拭い去ることのできない、ねっとりとした『恐怖心』がエラーログのように張り付き続けていた。

 

それは生身の心臓を物理的に掴まれているかのような、あるいは脳髄に直接デーモンを送り込まれているかのような、安息を許さない持続的な脅威。物理的な脅威をどれほど退けようとも、精神の最深部に埋め込まれたその楔が抜けることはない。

 

なぜなら、彼は知っていたからだ。

これからこの街に、そしてこの世界に訪れる、あらゆる凄惨な悲劇のディテールを。

 

 

 

 

ヴォイドは、ナイトシティという巨大な歪みのすべてを先回りして理解している。

これから紡がれる歴史の、血塗られたタイムラインを完璧に記憶していると言ってもいい。

 

この街の象徴であるアラサカ・タワーの最深部で、誰が、どのような理不尽な死を遂げ、その魂をデータへと変えられて神輿の深淵に囚われるのか。

 

ストリートの頂点へと手を伸ばした若きエッジランナーたちが、どのようにして巨大なシステムの歯車に噛み砕かれ、ネオンの海の藻屑と消えていくのか。

 

そして、すべてを失った者がどのような絶望の果てに裏切られ、誰の腕の中で息絶えていくのか。

 

それは単なる予測や不確かな未来視などではなく、変えることの許されない絶対的なスクリプトとして、彼の脳裏に焼き付いていた。運命の行く末を完璧に掌握しているということ、それはすなわち、これから起きる救いのない人死にのすべてを、無力な傍観者として秒単位でカウントダウンし続ける地獄に他ならない。

 

どれほど足掻こうが、どれほどネットワークの盤面を操作しようが、世界の破滅という大枠の結末は変わらない。確定した死へと向かって漫然と行進を続ける狂人たちの檻。

運命を知るがゆえに、ヴォイドはこの街そのものに対して、底知れない、狂気じみた恐怖を抱かざるを得なかった。

 

 

(──警告:対象エリアの精神的負荷が許容値を超過。辺縁系への介入を推奨)

 

 

視界の端で明滅する無機質なシステムメッセージを、彼は冷え切った意識でただ見つめていた。

 

 

 

 

街への恐怖に次いで、彼の内臓を凍らせるのは、彼自身の内側に眠る『異物』の存在だった。

 

 

 

彼の身体を構成しているサイバーウェア(クローム)は、本来であれば半世紀先に設計・製造されるはずのオーパーツ。かつて彼が、ディスプレイの向こう側で悪ふざけのように組み上げた『最強のセーブデータ』――限界まで拡張され、既存のあらゆる規格を置き去りにしたその分身は、辻褄合わせのような世界のバグによって、聞いたこともない軍事用テックとしてこの生身の肉体に完全インストールされていた。

 

 

 

大脳皮質に直結された次世代型のサイバーデッキは、瞬き一つで視界に収まる全ローカルネットワークを思考の速度で掌握し、強固な軍用ICEを障子紙のように食い破る。

 

眼窩に埋め込まれたハイエンドの視覚インプラント(オプティクス)は、壁の向こう側の熱源反応や敵の心拍数、果ては飛来する銃弾の軌道予測に至るまでを、スパムのようなログとして網膜へリアルタイムで描き出す。

 

脊髄に癒着した未知の神経加速装置(サンデヴィスタン)が脈打てば、世界は極彩色のスローモーションへと変貌し、ナノカーボンで編み込まれた人工筋肉とチタン合金の強化骨格が、企業の重装甲車両すらも素手で引き裂く暴力的なまでの膂力を生み出す。

 

さらには、環境に溶け込み完全に姿を消去する光学迷彩(オプティカル・カモ)に、致死量のダメージを受けてなお強制的に肉体を蘇生させる第二の心臓(セカンドハート)まで――。

 

 

 

それはもはや人間ではない。全身の九割以上を未知のテクノロジーで置換したその肉体は、あの『生ける災害』アダム・スマッシャーすらも旧式のガラクタに成り下がるほどの、常軌を逸した異常な殺戮兵器の完成形だった。

 

あまりにも異常で、あまりにも規格外の力。

だが、その絶対的な全能感の裏には、常に最悪の仮定(If)が潜んでいる。

 

もし、この規格外の義体(クローム)の存在が、アラサカやミリテクといった巨大企業の防諜網に捕捉されたらどうなるか。

 

コーポのクソどもが、無限の資金と圧倒的な数の暴力を動員して、彼という『特異点』を狩りに来るのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

 

ある日突然、逃げ場のない密室で、企業のエンブレムを黒く塗りつぶした非公式の特務部隊(ブラックオプス)に完全に包囲され、一切の抵抗すら許されぬまま生け捕りにされる。

行き着く先は、地図に存在しない氷のように冷たい企業の地下ラボだ。感情を持たない白衣の研究員たちの手によって、手術台に四肢を拘束され、麻酔もなしに生きたまま皮膚を剥がれ、脳髄を開かれる。連中にとってヴォイドは一人の人間ではなく、無限の価値を秘めた未知のテクノロジーの塊でしかないのだ。

 

規格外のサイバーデッキの構造をミリ単位でリバースエンジニアリングされ、その異常な機能のすべてを骨の髄までしゃぶり尽くされる。

 

そして最後には、自我を構成するニューラルネットワークの深層にまで企業製の凶悪なデータ抽出用デーモンを直接流し込まれ、彼という人間の意識そのものを、二度と復元できない無価値なデジタルデータの塵へと、完膚なきまでにすり潰されるのだ

 

その恐怖に囚われ、自我が完全にパニックを起こしそうになるたび、皮肉にも、脳に組み込まれたクロームのひとつが起動し、跳ね上がった心拍数とアドレナリンを強引にフラットな凪の状態へと叩き落とした。感情を平坦に均す機械の冷徹さ。今までは、その人間性の欠落にむしろ助けられていた。

 

情報屋(インフォブローカー)としてストリートの暗がりに腰を据えて以来、自分の流した情報ひとつで救われた命もあれば、企業の手によって一瞬で灰にされた命もあった。自らスマートガンの引き金を絞り、あるいは電子戦で敵のニューラル・リンクを焼き切って、直接その手で命を奪った回数など、とうの昔に数えるのをやめている。

 

人の命がただの損得(データ)として消費される世界。

いつか自分も、あの足元に転がっていたスカベンジャーのように、無価値な肉片として処理されるのではないか。自身の身体の底知れなさと、それを狙う巨大な捕食者たちへの恐怖は、夜を迎えるたびに彼の首を静かに締め上げていた。

 

 

(──システムチェック:感情抑制フィルター正常稼働。心拍数、毎分60に固定)

 

 

静寂。

 

 

脳幹を極低温の氷水で満たされたような、

 

 

絶対的な虚無。

 

 

 

 

 

 

そして最後に、彼の逃げ道を完全に塞いだのは、この世界の果てに広がる、圧倒的なまでの閉塞感だった。

 

ナイトシティという狂気ネオンの檻から出ようと考えたことは、一度や二度ではない。

情報戦の裏をかき、フィクサーたちを騙し、コーポの裏口座から引き抜いたエディ(€$)の総額は、すでに彼がこの街を離れ、狂った裏社会から永久におさらばして余生を過ごすには十分すぎるほどの巨額に達していた。完璧な偽造IDを用意し、誰も自分を知らない遠い場所へ消える。そんな生存戦略が頭をよぎったこともある。

 

しかし、ネットニュースや報道によって伝えられる、または自力で得た外界の情報は、彼からそのささやかな希望すらも無慈悲に剥ぎ取った。

 

ナイトシティの境界線をひとたび越えれば、そこは街の中など生温いと思えるほどの、正真正銘の地獄。

世界は第四次企業戦争という終わりのない泥沼の真っ只中にあり、地球上のどこを探しても、安全な場所など平方センチメートル単位ですら残されてはいなかった。

 

ひとたびコミュニティを離れれば、インフラは完全に途絶し、まともな食料も、放射能に汚染されていない水すらも手に入らない。頭上を飛び交うのはメガコーポの武装AVと、無差別にすべてを焼き払うための重砲弾だけ。深刻な大気汚染と土壌汚染によって、地球という惑星の環境そのものが、すでに修復不可能なレベルで壊滅していた。

 

大陸を越え、かつて栄華を極めた欧州へ渡ったところで、待っているのは同じ血と硝煙に塗れた企業軍の戦場。

 

世界そのものが、巨大な破滅のシステムに従って、真っ逆さまに転がり落ちている。

どこに行こうが同じだ。この地球上に、彼が求めた安寧の地など、最初から存在しない。

 

外には絶対的な死の荒野が広がり、内には狂気と裏切りのストリートが渦巻いている。

逃げ場など、どこにもないのだという残酷な事実。世界そのものが終わりに向かっているという根源的な恐怖が、彼の魂の輪郭を削り取っていく。

 

 

 

 

 

 

世界への恐怖から目を背け、解剖される恐怖から逃れるために、彼は自らクロームによる安寧を振り払わず、依存している。

 

感情を殺し、世界をフィルター越しに眺め、何者でもない『幽霊』としての仮面を被る。それだけが、この逃げ場のない檻の中で、彼の自我を辛うじて繋ぎ止めるための、たったひとつの生存戦略だった。

 

網膜の裏側に流れる冷たい情報の光。

恐怖という名のノイズをシャットアウトしたシステムの奥底で、ヴォイドの生身の意識だけが、底知れない孤独の深淵へと、静かに沈み込んでいた。

 

今までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラブ・アトランティスの喧騒の裏側で、バーカウンターの一角だけが奇妙な静寂に包まれていた。

古びた木板の上に並べられているのは、数杯の安いテキーラ。それは、すでにこの世にいない者たちが好んで喉に流し込んでいたアルコールだった。

 

アダム・スマッシャーという絶対的な災害の前に立ちはだかり、歴史の影に散っていったローグの部下たち。伝説に至ることなく肉片へと変わった名もなき傭兵たちへ向けた、手向けの杯である。

ローグは感情の読めない横顔のまま、無言でグラスを持ち上げた。

 

「……アンタたちの口座には、報酬の倍額を振り込んでおいた。家族がいればの話だがね。……せいぜい、あの世で豪遊しな」

 

静かな女帝の言葉に合わせ、横に立つウェイランドが沈痛な面持ちで短く祈りの言葉を紡ぎ、スパイダー・マーフィーが静かに目を伏せる。

ジョニー・シルヴァーハンドでさえ、この時ばかりは持ち前の悪態を呑み込んだ。

 

「ハッ……上等なバックバンドだったぜ、馬鹿野郎ども」

 

ジョニーはそう短く吐き捨てると、黙って強い酒を喉の奥へと流し込んだ。涙を流し、墓石を建てることすら許されないこの苛烈なストリートにおける、彼らなりの最大の追悼の儀式だった。

 

だが、感傷がその場を支配したのは、ほんの数秒のことに過ぎない。

空になったグラスがカウンターに置かれた瞬間、遠巻きに様子を伺っていたストリートの住人たちが、堰を切ったように彼らの周囲へと群がってきた。

 

「おい、本当にあの死神に一発ブチ込んで生きて帰ってきたってマジかよ!」

「信じられねえ……部隊の半分以上がミンチにされたってのに、逃げ切れた奴がいるだけでも奇跡だぜ!」

 

ここ数日の間に、アンダーグラウンドのネットワークには一つの信じがたい噂が熱病のように駆け巡っていた。ローグのチームが、あの生ける死神と真っ向からやり合い、生還を果たした者がいるという事実。

尾鰭に尾鰭がついたその噂は、単なる武勇伝の域をとうに超え、神話の領域へと足を踏み入れる偉業としてストリートで独り歩きしていた。不可能を成し遂げた、新たな伝説。それも、今まさに自分たちの目の前で息をしている生きた伝説たちへの狂騒。

 

「ジョニー・シルヴァーハンド! あんたのイカれた度胸、ストリート中で噂になってるぜ!」

「狂ってやがる! あのスマッシャーの装甲をマロリアンでぶち抜いて、タイマン張ったんだろ!? あんた最高だ!」

 

群衆の視線は、とりわけジョニーへと向けられ、異様な熱を帯びていた。

 

これまでの彼は、耳障りな反逆の歌を喚き散らす、口の減らないロッカーボーイとして扱われることが多かった。裏社会の人間にとって、彼の思想は退屈な現実逃避に過ぎなかった。

だが今は違う。コーポの象徴たる死神を相手に正面から喧嘩を売り、圧倒的な絶望の中で大立ち回りを演じて生き延びた男。その事実は、彼を単なる自己中心的なテロリストから、ナイト・シティが渇望する真のサイバーパンクへと昇華させていた。

 

「……マーフィーのやつアラサカの要塞ICEをブチ抜いて、死神の脳髄を直接ショートさせたって噂だ」

「まじかよ。バートモスの野郎、死ぬ前に愛弟子にどんなデーモン仕込んだんだ?」

 

スパイダー・マーフィーに向けられるランナーたちからの羨望と賞賛の声。真偽はどうあれ、災害そのものの頭脳にエラーを叩き込んだという彼女の腕前は、同業者たちを大いに震え上がらせていた。

 

そして当然、ローグやウェイランドへの賞賛も鳴り止まない。すでに一流の傭兵であった彼らが、モーガン・ブラックハンドのチームと同じステージへと進んだことへの熱狂。それは、薄汚いストリートで泥水を啜りながら生きる有象無象にとって、自分たちと同じ暗がりに属する者が頂点へと至ったという、一種の希望の証明ですらあった。

 

祝福の波が店全体を喜びで満たし、アルコールの匂いと歓声が臨界点に達しようとしていたその時。

クラブの重厚な防音扉が、外の冷たい空気を引き連れて静かに押し開けられた。

エントランスの暗がりから姿を現したのは、黒いコートに身を包んだ、仮面のような貌を持つ男だった。

 

ヴォイドだ。

 

彼がフロアに足を踏み入れようとした瞬間、あれほど乱痴気騒ぎを繰り広げていた店内の空気が、急激に静まり返った。

重低音の音楽だけが場違いに響き渡る中、何十という傭兵たちの視線がいっせいに扉の前の男へと釘付けになる。

 

「……おい、あいつが噂の……」

「ああ、たった一人でアラサカのネットワークを完全に支配したっていう……」

「聞いたか? スマッシャーの頭上に、港のクレーンごと数百トンの軍用コンテナを降らせて下敷きにしたのは、あいつの仕業らしいぞ」

「いや、俺は軌道兵器をハッキングして撃ち込んだって聞いたぜ……」

 

ストリートの連中は知っているのだ。ジョニーの蛮勇とスパイダーのハッキングを最高の形で補佐し、あの死神に致死を叩きつけるための領域を作り上げた未知のゴーストが存在していたことを。尾鰭のついた噂の中で、正体不明の不気味な情報屋は、今や真に恐るべきストリートの影の実力者として認識されていた。

 

その不自然なほどの静寂に対し、ヴォイドの内部では即座に生存本能に直結した警戒システムが跳ね上がった。

無機質な視覚インターフェースに、周囲の人間たちの生体反応が次々と赤くハイライトされていく。企業の手先による大規模な襲撃か、あるいは懸賞金狙いのギャングによる待ち伏せか。数万通りの最悪のシミュレーションが脳内を駆け巡り、彼はいつでも致死性のデーモンを空間の全ノードへと放てるよう、サイバーデッキのプロトコルを臨戦態勢へと移行させた。

 

だが、男を取り囲む無数の視線に込められていたのは、敵意でも殺意でもなかった。

それは、得体の知れない怪物に向ける根源的な恐怖と、彼を自分たちと同じ狂った世界の住人として迎え入れようとする抗いがたい畏敬の念が入り交じった、極めて純粋な熱だった。

 

「……通信衛星をハックしてスマッシャーにブチ落としたって、どんなバケモンだよ!」

 

誰かの口から感嘆の叫びが漏れたのを合図に、張り詰めていた静寂は唐突に破られた。

 

「おい、道を開けろ! レジェンドのお通りだ!」

「今夜はあんたも主役だ! とことん飲んでくれよ!」

 

波が反転するように、先ほど以上の爆発的な歓声がフロアを大きく揺らす。瞬く間に群衆に取り囲まれたヴォイドは、何が起きているのかを論理的に解析する間もなく、屈強な傭兵たちに背中を叩かれ、腕を引かれ、熱狂の渦の中心へと強引に引きずり込まれていく。

 

人波を掻き分けた先。困惑を隠しきれない幽霊の前に、ジョニーが不敵な笑みを浮かべて立ち塞がった。その手には、縁ギリギリまで注がれた琥珀色のテキーラが握られていた。

 

「……遅えぞ、空っぽ野郎」

「主役の一人がモタモタしてんじゃないよ。酒が不味くなる」

 

ローグが呆れたように鼻で笑うと、スパイダーも楽しげに微笑んだ。

 

 

 

 

 

アトランティスの騒乱が遠ざかり、VIPルームの閉ざされた扉の向こうで、5人だけの静かな時間が流れていた。

 

中央のテーブルに並べられたグラスには、かつてここにいた仲間たちの好んだ酒が注がれている。

伝説のソロに成れなかった者たち、あの死神の鎌に刈り取られた彼らへ、ローグたちは無言で献杯の杯を掲げた。沈黙が支配する空間には、彼らの名前を呼ぶ声もなく、ただ彼らがナイトシティの塵に還ったという事実だけが重く横たわっている。

 

チームだけでの、再びの一連の追悼を終えた後、ヴォイドは深いため息とともに、自身の眉間を親指と人差し指で強く揉み解した。

 

先ほどまでの、祝祭の波に飲み込まれたことによる精神的な疲弊が、システムでは処理しきれない形で体に残っていたのだ。

 

「悪いが、あんな騒ぎは二度と御免だ」

 

ヴォイドのぼやきに、ローグが吹き出した。

 

「贅沢を言うんじゃないよ。あんたがスマッシャーの下半身を潰してくれなきゃ、アタシたちは今頃店どころか、この世にもいなかったんだからね」

 

ウェイランドがグラスを重ねてくる。

 

「まったくだ。あの化け物を相手に、あそこまで立ち回れるネットランナーなんて他にいやしねえ。今回は命拾いしたよ、幽霊(ヴォイド)

 

不信感の色は、とっくに彼らの目から消えていた。

スパイダー・マーフィーも、自分のデッキを愛おしそうに撫でながら、ヴォイドに熱っぽい視線を送る。

 

「ジョニーのあのイカれた特攻を支えきった手腕、ストリートのランナー連中が気絶するほど羨ましがってたわよ。……次もアタシと組んでよね」

 

ジョニーはテーブルに足を投げだしながら、テキーラを煽る。

 

「チッ……まあ、だ。今回のところは認めてやらんこともねえ」

 

ジョニーは、わざとらしくそっぽを向きながら、ポツリと続けた。

 

「俺の最高のステージを、最高のバックバンドとして支えきったんだ。テメェがただのクソッタレな空っぽ野郎じゃないってこと、やっと証明したわけだ」

 

アダム・スマッシャー。

その名前が持つ、あまりに重く、圧倒的な死の影。彼らエッジランナーたちがその死神の鎌から生き残れたのは、紛れもなくヴォイドの演算と、その神がかったバックアップがあったからこそだ。

 

自分を認めてくれる「仲間」たちが、すぐ側にいる。

その事実に触れた瞬間、ヴォイドはこれまで必死に張り巡らせてきた、システムの仮面をふと剥がし落とした。

脳内で無感情を齎していた頼もしい存在をシャットダウンする。

 

 

(──警告:システムオフは冷静な判断力を著しく低下させます。戦闘時以外でも本機能は推──)

 

 

いつもは毒素として排出し、データの数値として処理していたアルコール。それを、彼は初めてグラス越しに口へと運び、噛み締めるように嚥下した。焼けるような刺激が喉を通り、胃へと落ちる。

 

 

彼らは生きている。

 

 

その当たり前の実感が、胸の奥を温めた。

 

気がつけば、仮面の下の唇が、自然と柔らかな弧を描いている。

そのあまりに年相応で、少年のように純粋な笑みに、ジョニーたちが驚いたように目を見開いた。いつもは冷徹なランナーとして振る舞う彼が、ただの等身大の若者としてそこにいる。

 

 

結末は変えられない。ジョニーの最期も、数多のエッジランナーたちの悲劇も、自分は知っている。

 

だが、今この瞬間、目の前で笑い合っている彼らとなら、その既定路線の運命すら捻じ曲げられるのではないか。

 

分からないことだらけだ。不安も恐怖も、決して消えたわけではない。

 

それでもヴォイドは、今この瞬間だけは、自身の演算が導き出す無機質な「最適解」を否定したくなった。

 

この全能感(・・・)こそが、彼が初めて手にした、何者でもない自分自身の「生」の証だった。

 

 

 

ローグたちは信頼と親愛を込めてグラスを重ねた。

何物でもなかった男への歓迎もこめて。

 

 

 

 

 

『ようこそ、ナイト・シティへ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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