CyberPunk: EDGE CASE   作:エネーロ

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タワー襲撃に入っていきます


#15 2 Minutes to Midnight / カウントダウン

「──そうか。アラサカはついに、核を持ち込んだか」

 

 

いつものクラブ・アトランティスではなく、アフターライフの最奥に位置する防音VIPルーム。 重苦しい沈黙が支配するその密室に、モーガン・ブラックハンド、ジョニー・シルヴァーハンド、ローグ、スパイダー・マーフィー、そしてヴォイドが一堂に会していた。

ミリテクの象徴とも言える生ける伝説、モーガン・ブラックハンド。 彼は部屋に入るなり、歴戦の傭兵たちを前に深く息を吐き、頭こそ下げなかったものの、その厳格な声に明確な真摯さを滲ませて謝罪を口にした。

 

「今回の港湾襲撃作戦、ミリテク作戦部の見通しが甘かったことは認める。……だが、最大の過ちは俺自身の『驕り』だ。お前たちを死地に追い込んだ責任は、俺にある」

 

「驕り、だと?」

 

ジョニーが、忌々しげに葉巻へ火をつけながらモーガンを睨みつける。その銀腕は、先の死闘の熱と痛みを思い出すかのように微かに軋み音を鳴らしていた。

モーガンは自嘲気味に口の端を歪めた。

 

「アダム・スマッシャーの異常な執着心……奴がどれほど俺という存在を憎悪し、殺したがっているかは知っているつもりだった。だからこそ、俺自身が別の施設で派手に暴れて囮になれば、あの狂犬は防衛任務など放り出して、必ず俺の首を獲りに来ると計算した」

 

「……だが、奴は釣られず、アタシたちの前に現れた」

 

ローグが冷ややかな声で合いの手を入れる。

 

「そうだ」

 

モーガンは重く頷いた。

 

「俺は、あの『死神』の傭兵としての義理堅さ……いや、アラサカという企業に対する番犬としての忠誠心を甘く見積もっていた。俺の姿を追う個人的な憎悪よりも、兵器としての防衛任務を優先するだけの理性が奴にはあった。……完全に、俺自身の傲慢さ(エゴ)が招いたミスだ」

 

天下のモーガン・ブラックハンドが、己の価値を過信し、敵の知性を侮ったと素直に認める。 それは、ストリートの常識からすれば天地がひっくり返るような事態だった。覚悟を持って仕事をこなす傭兵といえど、この伝説の男のミスによって、ジョニーたちはみすみす殺されかけたことに違いはない。

 

「ハッ。生ける伝説様も焼きが回ったな。あんたのそのデカい自尊心のせいで、俺たちは危うくスクラップのミンチにされるところだったぜ」

 

ジョニーが紫煙を吐き出しながら毒づく。だが、その声にいつものような底なしの怒りはなかった。彼自身、あの圧倒的な死の暴力を前にして生き延びた奇跡を実感しているからだ。

 

「ジョニーの言う通りだ。……だが、アンタが自身のミスをごまかさず、素直にゲロしたことだけは評価してやる。企業のスーツ共に囲まれてても、まだストリートの血が通ってるみたいで安心したよ 」

 

ローグは静かに言い放つと、テーブルの上の空のグラスを指先で弾いた。

 

「言葉だけの謝罪は安っぽい。死んでいったアタシの仲間たちのために、最高の酒でも奢ってやってくれ。……懺悔はそれで終わりだ。本題に入ろう」

 

モーガンは小さく頷き、静かに目を閉じて思考を整理した。

 

「……恐らく、今回の強襲依頼の出どころそのものがフェイクだ」

 

モーガンが語り出す。

 

「ミリテクにあの依頼を持ち込んだ別コーポは、間違いなくアラサカのダミーだろう。奴らの真の狙いは、ミリテクの主力を港湾という『死地』へ誘い込み、アダム・スマッシャーを使って一網打尽にして戦力を削り切ることだったに違いない」

 

その言葉に、VIPルームの空気が一段と張り詰める。

あの絶望的な死神の猛追が、ただの偶然ではなく「ミリテクの精鋭を確殺するためのキルゾーン」だったという事実は、生還した彼らに重くのしかかった。

 

「お前たちが生き延びたのは奴らにとって計算外だったろうが……アラサカがそこまで周到にミリテクの戦力を削りに来ている事実を踏まえれば、今回の件も合点が行く」

 

モーガンは鋭い眼光でテーブルの上のホログラムを睨みつけた。

 

「タワー地下に核を運び入れたという噂だ。牽制ではないだろう。事実お前たちはブツを見ている。ミリテクが強襲を仕掛けた際に、我々にテロリストの濡れ衣を着せてタワーごと吹き飛ばすための『自爆用』……」

 

「ハッ。自分たちの寝首をかくような真似をしてまで、俺たちをミンチにしたいってか。イカレた野郎どもだ」

 

ジョニーが紫煙を吐き出しながら、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「……先日の一件以降、アラサカは急速に動き出している」

 

モーガンがホロ・プロジェクターを起動すると、ナイトシティの立体マップが浮かび上がった。

 

「奴らはナイトシティ各地にあるデータフォートレスを次々と破棄しはじめ、本拠地――アラサカ・タワーの地下データセンターへと、全情報の集約を始めている」

 

「ちょっと待ちな」

 

ローグが鋭い視線をホログラムからモーガンへと移し、至極当然の疑問を投げかける。

 

「アラサカがアタシたちをすり潰すための『自爆用の核』をタワーに持ち込んでいるなら、なぜわざわざ自社の全データをその爆心地に集約させてるんだい? いくら罠の餌にするにしても、自分から資産を灰にするなんて辻褄が合わないよ」

 

モーガンが答える前に、スパイダー・マーフィーが暗い顔で口を開いた。

 

「……集めざるを得ないのよ。今のままじゃ、データが全部パーになるから」

 

「どういうことだい?」

 

ローグの問いに、スパイダーは重く息を吐き出す。

 

「レイチェ・バートモス。世紀の天才ランナー。一年ほど前、ケイ・アラサカが命じてアラサカ所有の軌道兵器からの質量攻撃を受け、拠点ごと吹き飛ばされた」

 

スパイダーの声には、抑えきれない怒りと悲哀が混じっていた。

 

「でも、ただじゃ死ななかった。その死に際、バートモスは自身の心停止をトリガーに『RABIDS(ラビッツ)』と呼ばれる自律型デーモンを解き放ったのよ。今やそれが無軌道にネットを這い回り、基盤そのものを食い荒らしている。流石のアラサカも自社の莫大な資産をネットの崩壊から守るために、物理的に遮断されたタワー地下へのデータ保全を余儀なくされたってわけ」

 

モーガンは静かに頷き、スパイダーの言葉を肯定した。

 

「その通りだ。だが、ローグの言う通り、あのタワーは最終的な保管庫としては危険すぎる。俺の推測だが……タワーは終着点ではない。奴らの真の目的は、全データを一時的にタワーへ集約させた後、暗号化して丸ごと本国へと国外退避させることだ」

 

その推測に、VIPルームの空気が一段と冷え込んだ。

 

「なるほどな」

 

ジョニーが忌々しげに鼻で笑う。

 

「データをすべて安全な外へ移し終えた直後、空っぽになったタワーに俺たちをおびき寄せて、核でまとめて吹っ飛ばす。完璧な証拠隠滅ってわけか。いかにもコーポの考えそうな腐ったシナリオだ」

 

「だが、これは裏を返せば我々にとっても最初で最後のチャンスだ」

 

モーガンが歴戦のソロとしての鋭い眼光を取り戻す。

 

「奴らが国外へデータを逃がし切る前に、物理的に叩き潰せば、アラサカはこの大陸でしばらく大きな顔はできなくなる」

 

モーガンのその言葉は、ジョニーの闘争心を高ぶらせるには十分すぎる火種だった。

 

「ハッ、上等じゃねえか。あのクソタワーごと、コーポの連中を丸焼きにしてやる」

 

しかし、モーガンはそれに冷や水を浴びせる。

 

「問題は二つある。一つは、アラサカが核を持っているということ。タワーに襲撃を仕掛けるのは、街ごと消し飛ぶかなりのリスクを伴う」

 

モーガンは言葉を切り、ジョニーを真っ直ぐに見据えた。

 

「そしてもう一つは、『ソウルキラー 3.0』」

 

ソウルキラー。 その名を聞いた瞬間、ジョニーの顔から好戦的な笑みが消え、全身が凍りついたように固まった。 かつての恋人、オルト・カニンガムが作成してしまった、人間の意識をデータ化し肉体を殺す悪魔のプログラム。10年前、彼が彼女を助け出そうとして失敗した忌まわしい過去。それは今でも喉に刺さった骨のごとく、深くジョニーを蝕み続けている。

 

「……待て、ソウルキラー 3.0だと?」

 

ジョニーの声が、低く震える。

 

「いつの間にアップデートしてやがる。オルトは死んだ。なのになんでアラサカのクソッタレどもが、あれを……!」

 

 

 

 

「彼女は生きている、シルヴァーハンド」

 

 

 

 

モーガンのその一言が、VIPルームの空気を完全に停止させた。 ジョニーが驚愕に目を見開く。

 

「オルト・カニンガムはデータとなって、ネットの海を漂っていた。お前が街に戻る前、ミリテクは彼女とレイチェ・バートモスに接触し、共にソウルキラー 2.0の破壊を目論んだが……失敗した。今、オルトはアラサカの強固なサブネットに囚われている」

 

「スパイダー……ッ!!」

 

ジョニーが弾かれたように立ち上がり、スパイダー・マーフィーを怒鳴りつけた。

 

「テメエ、知ってやがったな!? なんで今まで黙ってやがった!!」

 

「そうやってキレて、準備もなしに一人でタワーに突っ込むと思ったから言わなかったのよ!」

 

スパイダーも負けじと声を荒らげた。

 

「バートモスは殺された! オルトは囚われた! 状況は最悪なのよ!」

 

ソウルキラーは未だ、ミリテクやその他企業に甚大な被害を齎し続けている。その驚異的な殺人能力とデータ搾取能力は、他のデーモンの追随を許さない。 ミリテクは業を煮やし、今回のタワー強襲と併せて、ソウルキラーの完全破壊およびオルト・カニンガムの救出を画策していたのだ。

 

「集約しているデータの破壊は建前。ソウルキラーの破壊こそが、ミリテク上層部の大本命ってわけか」

 

ローグが冷静に盤面を見通し、煙草の煙を吐き出す。

 

モーガンも「まあ、そうだろう」と静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

「で、いつ動く?」

 

ジョニーが苛立ちを隠せない様子で、新しく火をつけた煙草を深く吸い込む。

 

「まだだ。今、各地から凄腕を集めて特殊作戦のストライク・チームを複数組もうとしている。この話をしたのは他でもない。お前たちにも参加を要請するためだ」

 

スパイダーは勿論、レイチェの仇討ちとオルト救出のために参加を快諾した。

ローグは暫くの間、ジョニーの横顔を意味ありげに見つめていたが、やがて短く息を吐き、静かに頷いた。

 

そして、部屋の隅に立つ男――ヴォイドに視線が集まる。

最近では非戦闘時に『システムの仮面』を被らないことが多くなっていた彼は、今も眉間に皺を寄せ、難しい顔をして思案していた。

 

(……ここが、分水嶺だ)

 

ヴォイドの脳内で、未来の記憶が凄まじい速度でフラッシュバックする。

ここでタワーへ行き、ソウルキラーを今度こそ破壊する。それが成功すれば、ジョニーのエングラムが焼かれることも、数十年後に『Relic』が創造されることもない。

サブロウ・アラサカの狂った野望を砕き、未来の悲劇を、この世界を少しでもマシな方向へ進めることができるかもしれない。

 

「……乗ろう」

 

ヴォイドは短く答え、静かに頷いた。

 

 

 

ナイトシティの暗雲を突き抜けるように聳え立つ、摩天楼の頂――アラサカ・タワーの上層階。

 

外部の喧騒や酸性雨の音すら完全に遮断された、静寂と静謐が支配する役員室。サブロウ・アラサカの長男であり、実質的なアラサカ社のトップとして第四次企業戦争の指揮を執るケイ・アラサカは、防弾・防爆仕様の巨大なガラス窓から眼下の街を見下ろしていた。

 

彼は、絶対的な帝王であるサブロウに極めて忠実な息子であり、常に計算と合理性のみで動く冷徹な企業戦士だ。

アラサカの威信と利益を守るためならば、いかなる犠牲を払うことも厭わない。どれほど血も涙もない冷酷な人間だと周囲から謗られようが、家族と会社のためならば、数万の命を塵芥のように切り捨てる非道な決断すら躊躇なく下してきた。

 

「ケイ様。タワーへの領域侵入拒否機構の準備が整いました」

 

静謐な空間に、足音ひとつ立てずに歩み寄った側近が、深く、そして正確な角度で頭を下げて報告する。その声には、これからタワーが迎え撃つであろう絶望的な戦闘への緊張が微かに滲んでいたが、ケイは振り返ることすらしない。

 

「ご苦労。ミリテクの虫共の動きは、引き続き逐一報告を入れろ。いかなる些細な兆候も見逃すな」

「かしこまりました」

 

側近が恭しく一礼し、部屋を退出していく。

再び一人になったケイの足元――タワーの地下何百メートルという深く堅牢な檻の中には、今、極秘裏に搬入された「戦術核」が静かに眠っている。

 

かつて彼の祖国である日本が辛酸を舐めた、忌まわしき驚異の大量破壊兵器。

もしミリテク軍の強襲部隊がアラサカの防衛網を突破し、地下のデータフォートレスや『ソウルキラー』のコアに到達するようなことがあれば、最悪の場合、このナイトシティの中心部ごと吹き飛ぶことになる。

 

多くの巨大企業にとって、核兵器などというのは牽制や脅しのための道具にすぎない。「互いに使えば破滅する」という前提のもとで、交渉のテーブルにつかせるためのカードだ。

だが、ケイ・アラサカは違った。

 

彼の精神の根底には、祖国と父から受け継いだ大義と、歪んだカミカゼの精神が宿っている。彼にとって、あの起爆スイッチは決してハッタリなどではない。ミリテクという野蛮な簒奪者にアラサカの至宝を奪われるくらいならば、タワーごと敵の主力を灰燼に帰し、すべてを無に還す。その凄絶な覚悟は、核を搬入した時点でとうに決まっていた。

 

「ナイトシティ……」

 

窓ガラスの向こう、眼下に広がるコンクリートのジャングル。

分厚いスモッグに覆われ、毒々しいネオンが絶え間なく瞬く欲望と暴力の吹き溜まり。

 

ケイ・アラサカはサブロウに忠実な僕であり、優秀な支配者だ。しかし、この果てしなく堕落した街の空気だけは、何度吸い込んでも慣れることはなかった。名誉も秩序もなく、ただ己の刹那的な欲望を満たすためだけに這いずり回るストリートの愚民たちと、血に飢えた野蛮な傭兵ども。

 

「本当に、醜悪な街だ」

 

ぽつりと漏れたその呟きは、冷たいガラスに吸い込まれて消えた。

もしミリテクがこのタワーに踏み入れば、この街の半分は消し飛ぶことになる。だが、窓ガラスに映るケイの漆黒の瞳には、幾万の命が消えることに対する一切の躊躇いがなかった。

 




お気に入り1000件突破ありがとうございます。
こんなに多くの方に読んでいただけるとは思っていなかったので嬉しいです。
エッジランナーズ2の情報も出てきましたし、サイバーパンクの二次小説ももっと増えてほしい......
最近エッジランナーズのTRPGを買ってルールブック読んでいるのですが、REDもそうですが、情報量が多くて作品に組み込みたいこといっぱいです。が、なかなか難しい.....
そもそもエッジランナーズ編まで続くのか...?
皆さんもTRPGをやらなくてもルールブックを読むだけでも楽しいのでぜひ。

長くなりましたが、少しでもよかったと思っていただけましたら、評価、お気に入り登録よろしくお願いいたします。
また、感想もありがたく拝見させていただいております。お気軽に書いていってください。


今週中にもう1話投稿出来たらいいなの精神で頑張ります
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