CyberPunk: EDGE CASE   作:エネーロ

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#24 The Duellists / 幾たびかの戦い

非常階段の踊り場で、モーガン・ブラックハンドはスーツケースを提げる手を替えた。

 

十八キロ。抽出用の演算機材と、予備の起爆パッケージ。

 

肩に吊らず手で提げるのは、撃ち合いの一秒目に捨てられるからだ。

 

捨てられる荷物だけを持て――教本*1にそう書いたのは、自分だった。

 

イヤピースが鳴った。

 

『全部隊へ、こちら統制。アルファ、応答途絶。繰り返す、アルファ、応答途絶』

 

足は止めなかった。

 

途絶した座標はサブネットのアクセス階。予定通り遮蔽の内側へ入ったか、そこで終わったか、二つに一つだ。

 

どちらであっても、地下の仕事は変わらない。見積りに影響しない情報は、聞き流すと決めている。

 

地下四層。保守通路の空気は冷え、血と機械油の匂いが足元に溜まっていた。

 

非常灯の赤の中に、ベータの十二人が倒れている。通路の先に、オメガ・ツーワンの四人。

 

モーガンはしゃがみ、薬莢を一つ拾った。

 

応戦の射線は全周に散っている。十六人分の弾が、一人に、一発も届いていない。

 

斬り口は全て一太刀。低い進入からの斬り上げと、すれ違いざまの水平。

 

倒れた位置を降下順に並べ直し、男一人分の動線を引く。三人目まで引いたところで、やめた。

 

答え合わせは、済んでいた。

 

請けた仕事は全部、三つのどれかで終わらせてきた。確保。排除。割に合わないと見て、自分の判断で引いた撤退。

 

業界誌は今年も、この台帳に全米一位の格付けを寄越した。どのページも結果の欄が埋まっている――それだけの話だ。

 

空白のまま残っている行が、二つある。どちらにも、同じ名前が載っている。

 

一度目は十一年前。アラサカの護送車列を奪る仕事だった。

 

計画に穴はなく、人数はこちらが四倍で、車列に付いた護衛は一人だった。州境の給油所で、雇った腕利き三人が車両の陰ごと斬り伏せられるまで、その配分の意味を誰も知らなかった。

 

積荷が何だったのかは、最後まで分からずじまいだ。

 

二度目は去年、開戦してすぐの西海岸。囲みは完成していて、脱出路は全部塞いであった。

 

夜明けに数えたら、包囲の一角が人間ごと消えていて、拠点は空だった。

 

どちらも、最後は互いに引いた。引き分けとは呼ばない。終わらなかった仕事、と台帳には書いてある。

 

アラサカの名簿に、あの男の名前はない。業界誌のランキングにもない。

 

要人警護の最深部で飼われている剣士を知る人間は、この大陸に十人といない。モーガンはその十人に、自力で入った。二度、得物を合わせるという方法で。

 

薬莢を置き、立ち上がる。黒いクロームの右手が、ケースの持ち手を握り直した。

 

ケンイチ・ザブロウ。

 

三行目は、この地下で書く。

 

 

端末は、ツーワンの報告の通りに残っていた。

 

保守通路の突き当たり。ベータが持ち込んだ抽出用の中継機が、稼働灯を点けたまま床に座っている。

 

ツーワンの最後の声は、これを報告している途中で切れた。位置が悪い。中継機の先はもう、隔離区画へ続く通路の口だった。

 

機材は無傷だ。十六人を斬った側は、これを壊す手間を掛けていない。

 

データに興味がないのか、壊すことが仕事の外なのか、それとも餌か。見積りは三つ、やることは一つ。仕事の残りを、ここで拾う。

 

ケースを開け、端末に繋ぐ。ベータの権限を引き継いだ認証が通り、止まっていた進捗表示が動き出した。

 

抽出再開。完了見積り、十一分。

 

十一分は、支度に使える。

 

持ち込んだ起爆パッケージは六つ。三つ使い、三つは持って帰る勘定にした。

 

一つ目は通路の合流点、腰の高さの配管の陰。二つ目は天井の支持材――降らせる用だ。三つ目は自分の撤退線の後ろへ。

 

磁石が鋼材を噛む音が、冷却液の流れる壁の向こうへ吸われていく。退路は二本。うち一本は、敵にも読める囮にしておく。

 

仕掛けを終え、通路の口へ義眼の赤外を向けた。

 

隔離区画の隔壁まで、遮るものはない。温度は均一。無人、と義眼は返した。

 

無人という答えを鵜呑みにするには、背中の床に転がっている数が多すぎた。

 

ベータの隊員は最後のフレームまで、自分を斬った相手を映せていない。機械の目が拾えない男を、機械の目で探しても、数が合わない。

 

進捗、残り八分。

 

支度は教本通りに済んだ。破っているのは、一項目だけだ――先端は、一人で踏むな。

 

 

声は、義眼の警告より先に来た。

 

「ごきげんよう。ええ天気――とは言われへんけどな」

 

隔離区画へ続く通路の口。無人と返した赤外の視界の中へ、男が一人、歩いて出てきた。

 

「死ぬ日にしては、ちょうどええ日和やろ。……おっさん」

 

黒い上下。得物は左腰に一本、鞘のまま。クロームの露出はどこにもなく、駆動音の一つも拾えない。

 

歩幅は一定で、重心は踵に乗らず、常に爪先の内側にある。距離、十二メートル。白刃の間合いの外、こちらの間合いの内。

 

モーガンは銃口を胸の高さに据えたまま、答えた。

 

「やはりお前か、ケンイチ・ザブロウ」

「二度も顔合わせといて『やはり』はないやろ。水臭いおっさんやで」

 

撃てば届く距離だった。届くだけなら。初弾で終わる相手なら、空白の二行はとうに埋まっている。

 

「ここはアラサカの敷地や」

 

男の右手が、鞘の口へ滑る。

 

「土足で上がり込んで、機械にまで指突っ込んで――落とし前、どないつけるつもりや。おとなしゅう、ここで死んで詫び入れるんが筋ちゃうか」

「用があるのはデータだけだ」

 

視界の隅で、進捗が残り七分を刻んだ。

 

「だが、仕事の邪魔をするなら――今度こそ、終わらせる」

「……ええなあ、その顔や」

 

鯉口(こいぐち)が、鳴った。

 

 

抜き手は、見えなかった。

 

鞘走りの光が非常灯を一度舐め、次の瞬間には男の姿が三メートル手前にあった。十二メートルが、呼吸一つ分。

 

モーガンは考える前に撃っていた。スマートリンクが偏差を食い、三点射が胸の中心線を追う。当たらない。

 

柱の陰から配管の下へ、男は射線の継ぎ目だけを選んで詰めてくる。弾を避けているようには見えない。最初から、弾の来ない場所を踏んでいる。

 

下がりながら、モーガンは自分の背中の位置を測り続けた。三歩下がれば端末に着く。端末を斬られれば、十六人の仕事がゼロになる。下がれるのは、あと二歩。

 

二歩目で、間合いが消えた。

 

サンデヴィスタンが点火する。世界が泥濘(ぬかるみ)に沈み、非常灯の明滅が一枚ずつ数えられる速度に落ち、宙の薬莢が回転を止めて見える。

 

その泥の中を、男は沈まずに来た。

 

引き延ばされた時間の内側で、互いの速度だけが釣り合っている。義体の駆動音も、放熱の唸りもなしに、生身の体温のまま、同じ速度域に並んでいる。

 

何で加速しているのかは、三度目の今も分からない。分かるのは、点火が同時だったことだけだ。

 

一の太刀。右腕で受けた。黒いクロームの装甲が一枚、削がれて飛ぶ。

 

二の太刀は受けられず、左の前腕を浅く裂いた。切っ先の返しが義眼の縁を掠め、視界の右半分に罅の模様が走る。

 

リッパーを閃かせ、油圧ラムで踏み込みごと押し返す。空いた半拍に、前腕の十二ミリを零距離で吐かせた。

 

男は仰け反りもせず、半歩、斜めに沈んで銃口の外へ出た。出ながら、初めて距離を置いた。

 

九秒。空白二行分の、白刃の間合いの合計だった。いま、三秒目が加算された。学び直したことは前と同じ一つきりだ――この間合いでは、勝負にならない。

 

「ええ腕や、おっさん。前より一枚、硬なっとるな」

 

男が刀を軽く振り、刃に乗った血を床へ落とす。モーガンの左腕の分だった。

 

確保。台帳の一列目に置いてきた欄が、この相手には最初から開いていない。

 

生かして獲った人数で売ってきた名前を、殺しにいく撃ち方で汚して、それでもなお、弾が足りるかどうかの勘定しか立たない。

 

天井の支持材で、起爆パッケージが待っている。

 

男の爪先が向きを変えた。その初動に合わせて、モーガンは信管を送った。

 

爆圧が通路を殴り、支持材ごと天井が降った。粉塵の白が非常灯の赤を塗り潰し、崩落の音が壁の中の冷却液の音を消す。

 

二秒待って、赤外を向ける。瓦礫の向こう、粉塵の幕の奥に、立っている輪郭が一つ。

 

進捗、残り五分。

 

距離、十五メートル。振り出しに戻した。

 

 

粉塵の幕が薄れるのを待たず、モーガンは横へ動いた。

 

崩落で通路の幅は三分の二になっている。瓦礫の稜線に沿って左へ回り、配管の陰から二点射。応射の代わりに、男の位置が半歩ずれる。

 

さらに左へ。隔離区画の口を軸に、円周の外側を歩く。

 

男は、付いてこなかった。

 

正確には、円の内側だけで付いてくる。モーガンが弧を描けば、男は同じ角度だけ、扉を背にした短い弧で応じる。

 

試しに、崩落の切れ目から旧ルートへ抜ける素振りを見せた。追ってこない。切っ先の高さすら、変わらない。

 

八メートル。男の足が踏む円は、その半径より外へ一度も出ていない。

 

空白二行の理由が、十一年遅れで図面になった。給油所でも、西海岸でも、こちらには奪る物と期限があった。向こうには守る物があった。

 

円と円は縁でしか重ならず、どちらかの鎖が先に引かれて、仕事が終わる前に決闘が終わった。二度とも。

 

今夜も同じだ。こちらは端末に、向こうは扉に、繋がれている。

 

「その扉から」

 

銃口は下ろさず、モーガンは言った。

 

「八メートルと離れないな、お前は」

 

「気ぃついたか」

 

男は構えを解かない。解かないまま、声だけが緩んだ。

 

「来るなら斬る。来んのやったら、追わん。番犬が縄張りの外まで吠えに行ったら、それはもう番犬とちゃうやろ」

 

「なら、こうしよう」

 

モーガンは銃口を天井へ向けた。残る仕掛けの一つが待つ、通路の合流点へ。

 

「俺がこのまま帰る。お前は縄張りを守り切る。互いの雇い主に、満点の報告書が書ける」

 

「――かなんなあ」

 

男の重心は、半歩も動かなかった。誘いの角度ごと、値踏みして捨てた声だった。

 

「そういう手ぇで来るから、相変わらずやりにくうてしゃーないわ、あんたは」

「機械に刺さったままのケースも、担いで帰る。それでもか」

「悲しい雇われ同士や。俺かて、好きでこんな仕事しとるわけやないで」

「なら通せ。データを持って消える。それだけだ」

 

「――せやけどな」

 

切っ先が、元の高さに戻る。

 

「俺にも、守らなあかんもんがあるさかい。ここは通さん。死んでもや」

 

雇われの半径は、契約書に書いてある。降りる条件も、値段も。

 

だが目の前の八メートルは、値段の付いた線の引き方に見えなかった。見えない理由を掘るのは、今夜の仕事の外だ。

 

視界の隅で、進捗が残り三分を刻む。

 

鎖の長さ比べなら、こちらが先に自由になる。あと三分、円の縁で生き延びればいい。

 

 

三分を、二分半まで削ったところで、床が鳴った。

 

銃声でも崩落でもない。足の裏から膝へ抜ける、低く長い振動だった。壁の中の冷却液の音が一拍途切れ、天井から降り残しの粉塵が糸を引く。

 

震源は下だ。この保守層より、さらに深い。

 

モーガンは作戦図を頭の中に開いた。ベータの担当区画、オメガの進入路、アルファの降下軸。どの部隊の火力も、爆破計画も、あの深度には割り当てられていない。

 

「統制、こちらオメガ・シックス。地下最深部で振動。心当たりは」

 

三秒の空白。

 

『オメガ・シックス、こちら統制。……当該区画の情報は、共有権限の外です』

 

回線の向こうで、誰かが読み上げた定型文だった。権限の外。つまり、ある。

 

作戦図に載らない部隊が、この建物の底で、載らない仕事をしている。ミリテクの金で雇われ、ミリテクの作戦図を渡され、その図面に最初から白紙のページが挟んであった。

 

アラサカの名簿に載らない剣士を飼う会社と、遣り口(やりくち)は同じだ。企業の図面は、どこの社章が入っていても、読ませたい線しか引いていない。

 

見積りを直す。不明の戦力が最深部で動いている。抽出の残りは二分。この場の変数は――

 

一つ、消えていた。

 

男の切っ先が、下がっている。顔はこちらへ向けたまま、耳だけが、床の下の音を追っていた。

 

覚えのある音を確かめる追い方では、なかった。半径の内側で完結していた男の目が、初めて、床の向こうの測れない深さを測ろうとしている。

 

守るものへの道順を、引き直している目だった。

 

男は二歩、後ろへ退がった。円の中心へ。切っ先は下げたまま、視線だけはこちらに残して。

 

「――続きは、また今度や」

 

隔離区画の口で、一度だけ足が止まった。

 

「次はあんたの縄張りで会お。そんときは、最後までや」

 

モーガンは、答えなかった。

 

銃口は男の背中を追っていた。八メートル。遮蔽なし。スマートリンクは射線の解を三つ並べ、どの解も、外さないと告げている。人差し指は、引き金の遊びの外に置いたままだった。

 

男は振り返らず、隔壁の内側の暗がりへ消えた。

 

撃たなかった勘定を、モーガンは頭の中で立てた。背中を撃てば、正体不明の振動と、扉の内側の何かと、この地下で一人で向き合うことになる。番犬は持ち場に帰しておく方が安い。数字はそう言っている。

 

数字の後ろで、別の帳尻が合っていないことも、分かっていた。台帳の三行目は、背中を撃った線で埋める行ではない。それは損得の言葉ではなかったし、言い換える気も、なかった。

 

視界の隅で、進捗が残り九十秒を刻んだ。

 

 

進捗が百に達し、稼働灯が消えた。

 

モーガンはケーブルを巻き取り、ケースを閉じた。ベータの中継機は置いていく。抜き取った後の箱に、もう値段はない。

 

撒いた仕掛けの残り二つは、活きたまま置いていく。帰り道の背中には、それで足りる。

 

床の振動は、続いている。間隔が短くなっていた。何かの工程が、底の方で進んでいる。

 

測る手段はなく、測る権限もなく、割り当てられた仕事の欄にも載っていない。載っていない仕事は、しない。教本の最初のページに書いたことだ。

 

隔離区画の口は、開いたまま暗い。八メートルの円の中に、もう誰も立っていない。

 

十六人の脇を、来た順に戻る。ツーワンの四人。ベータの十二人。倒れた姿勢は来た時のままで、非常灯の赤も同じ明るさで点いている。

 

変わったのは、ケースの重さだけだった。十八キロに、十六人分の仕事が乗って、行きより重い。

 

数字の上では、同じ十八キロのはずだった。

 

非常階段の一段目に足を掛けたところで、イヤピースが鳴った。

 

『オメガ・シックス、こちら統制。状況を報告されたし』

「オメガ・シックス。ベータの抽出任務、完了。データは確保した」

『敵性戦力との接触は』

 

モーガンは二段目に足を掛けた。

 

「――継続中だ」

 

回線を切り、手すりの感触を確かめて、上りに入る。左前腕の裂傷が、段を踏むたび同じ拍で脈を打った。生きている勘定の音として、悪くなかった。

 

台帳の三行目は、開いたままにしておく。

 

閉じ方なら、もう決めてある。

 

*1
モーガンは「エンフォーサーズ・ハンドブック」を執筆し、同年には100万部以上を売り上げた。この本の発売により、ソロプロという職業全体が向上した。




ケンイチって誰だよってなってるはずなので解説っぽい何かです(ケンイチ最初に出した時にやれよって話ですよネ、すみません)

ケンイチ・ザブロウ(座武路剣弌)
ミチコ・アラサカ(サンダースン)の護衛をミチコ4歳の頃から務める。
剣術、ソロとしての技能はモーガン・ブラックハンドがライバル視するほど。
アダムスマッシャーに対してモーガンが対して興味を持っていなかった事実を踏まえると、サイバーパンク2020の時代においては近接戦闘の最強格と言って過言はないように思える。
2077時代にも存命。

捏造設定として関西圏出身、アラサカタワー防衛任務に従事など。

モーガン・ブラックハンド
サイバーパンク世界におけるソロとしての生き方を定めた第一人者といっていい存在。
ナイトシティだけではなく、ストリート全体の伝説と言っていい存在。(ジャッキーもゲーム冒頭で彼の名前をサラッと出している)
スマッシャーとの対比によって完全な生身だと思われがちだが、様々なクロームは搭載されている。スマッシャーと比べて生身の比率が高いだけらしい。
2077時代でも目撃情報があり、死んだ扱いになっておらずアフターライフには彼の名を冠したカクテルは存在しない。
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