サイバーウェアの変遷や機能の進化は資料集にあるんですが、具体的な時系列はわからず...
ふわっとした感じでお楽しみください
『──どうする? 取引する気はあるか?』
空気の底が抜けたようなその微かな硬直を、歴戦の勘を持つチームの仲間たちが見逃すはずもなかった。始めはローグの異常な表情に訝しげだった仲間たち。しかし彼らは硬直したままのリーダーの明らかな異変を即座に察知し、得物に手をかけながら周囲を睨みつけ、一瞬にして臨戦態勢に入る。
だが、ローグは無言で片手を上げ、仲間を制止した。 前を見据えたまま、ハッキングされた視線は1ミリも動かさない。ただ、背後に控えるネットランナーへ向け、背中で隠すように指先で素早くハンドサインを送る。
(──回線を繋いでおけ。逆探知して丸裸にしてやれ)
わずかな静寂。軍用の
「……『ノックもせずに』とはね。他人の頭へ土足で上がり込むとは、随分とシツケのなってない
相手は、ここ最近
先ほど話に出たばかりの
そうアタリをつけつつ、ローグは躊躇なく言葉のナイフを突きつける。
「どこからアタシ達の仕事を嗅ぎ付けたのかとか聞きたいことは山ほどあるが. まずはアタシの
『おっと、派手な登場だと思ったんだがお気に召さなかったらしい。実はここのところコーポが俺の頭の玄関へのノックすることに忙しいようでね……いつまでも暗がりに隠れて、
ローグの脅し文句を受け、脳内に響く声は悪びれる様子もなく、どこか飄々とした響きでそう返した。
「……アタシの頭を蹴り破っておいて、随分と気の利いた言い草じゃないか 」
相手の意図を図りかねつつも、ローグは鼻で笑う。
「本心が聞きたいね。……で?」
『いい加減、雨漏りのしないマトモなベッドで眠りたくなったのさ。悪いかい?』
「笑わせる。
『至ってマトモな理由さ。この街で確実に息をするには、大物とのパイプが要る。モーガン・ブラックハンドがミリテクの首輪付きである以上……フリーランスの頂点は実質、アンタだ。ローグ』
「……おだてても安くはならないよ」
口元に薄い笑みを貼り付けたまま、ローグは背後のネットランナーへ鋭い視線を流す。
(──まだか。早く尻尾を掴め)
再度仲間に指先を振りながら、彼女は時間を稼ぐために会話を繋いだ。
「アタシの時間を割かせるんだ。ただの『ご挨拶』じゃ済まないよ。当然、それなりの手土産は用意してあるんだろうね?」
『タイミングが良いってのはまさにそのことだ。アンタらが近々叩く予定の
「……何?」
ローグの目がスッと細まる。
『あんたらが睨みつけてるデータがチーズみたいに穴だらけなのはお察しの通りだ。意図的に奴らが流してるのさ。のこのこ食いついた間抜けはダミー情報でキルゾーンに誘い込まれて、精鋭部隊の歓迎パーティーでミンチにされる仕掛けさ。……だが、俺なら全員が五体満足で帰れる「VIPルート」を渡せる』
背後で、カタカタと狂ったようにコンソールを叩く音がピタリと止んだ。
ローグが僅かに視線を向けると、脂汗を光らせた手練れのランナーが、ゆっくりと両手を上げる「
……このアトランティスの機材とストリート指折りのランナーを使ってなお、影すら踏めないというのか。 ローグは奥歯をギリッと噛み締める。屈辱と、底知れない相手への警戒が交錯した。
『──死地をタダで回避できる命綱だ。顔繋ぎの対価にしちゃ、悪くない
こちらの逆探知が失敗に終わったことすら見透かしているかのような、軽く煽るような
数秒の重い沈黙。 ローグはゆっくりと息を吐き出し、プロフェッショナルとして一切の私情を呑み込んだ。今はチームの命を優先すべき時だ。
「……チッ。いいだろう、
彼女は凄みを利かせた声で、最後通告のように言い放つ。
「だが、データがガセだったら……ベッドどころか、アンタをナイトシティの底なし沼に沈めるからね。忘れるんじゃないよ」
*
薄暗いセーフハウス。絶え間なく降り続く酸性雨が、汚れた窓ガラスを叩いている。
ローグたちの
ネットの深層にはターゲットとなった企業の悲鳴のような通信ログが漂っていた。
数日後、己のダミー口座に約束のエディが弾かれた。同時に届いた暗号通信には、未来の
『……データは本物だったよ。おかげでアタシのチームは五体満足で帰ってこれた。一応、礼を言っておく』
通信越しに響くローグの声は、相変わらず冷ややかだった。
『だがね……アンタのあの「派手なやり方」は反吐が出る。他人の頭に勝手に上がり込んでくるような真似、二度と御免だよ』
いかにも忌々しそうな口調。だが、続く言葉で彼女の底知れないしたたかさが顔を出す。
『とはいえ、仕事の腕は本物だ。……次の仕事でも、アンタのデータが欲しい』
不服そうにしながらも、有益な手札は躊躇なく拾う。それがローグ・アメンディアレスという女の冷徹な流儀だ。だが、彼女はただ都合よく使われるだけのタマじゃない。
『ただし、今度は一つ条件を飲んでもらう』
通信のノイズが、一瞬だけ止んだ。凄みを増した声が、鼓膜を直接震わせるように響く。
『次はアタシの目の前にツラを見せな。直接会わない限り、二度と取引はしない。……
通信ログはそれで終わった。
「……やれやれ。随分と気性の荒いお嬢様だ」
誰もいない部屋に、独り言がぽつりと落ちる。 その瞬間、ハッと息を呑んだ。このナイトシティで目覚めて以来、ただ生き延びることだけを優先し、自らの気配すら消し去ってきた自分が、今、何気なく声に出して言葉をこぼしていたことに。
ローグという大物と繋がりを持てたことで、張り詰めていた生存本能の糸が、ほんの少しだけ緩み始めている。人間味を取り戻しつつある自分自身を自覚し、その事実に心地よさを覚えた。
また、あれほど執拗に頭の
手駒の無駄死にを悟って
静かに立ち上がり、視線を明滅するモニターから外して窓辺へと向ける。
街は今、大きなうねりを迎えようとしていた。 身を隠していたジョニー・シルヴァーハンドの姿が再び
しばし停滞していた歴史という名の歯車が、いよいよ音を立てて本格的に回り出し始めたのだ。
「ままごと遊び、ね……」
壁に掛けられたまま埃を被っていたコートを手に取る。 ローグの突きつけた条件を飲み、初めて「表舞台」へと足を踏み出す時が来た。
暗がりから、この腐った街の深淵へ。 『
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