ジョニーは2015年にはナイト・シティに戻ってるのですが、変更してます。
ナイトシティの摩天楼が放つ毒々しいネオンの光が届かない、荒涼とした
彼らの視覚インプラントの隅には、専用に暗号化されたローカル・ネットワークのウィンドウが展開されていた。暗闇の静寂とは裏腹に、そこではひっきりなしに通信ログが飛び交っている。
『>>アルファ、配置完了。視界クリア』
『>>ガンマ、スナイパー・チーム、高台を確保。風速三・二、補正入力済み』
『>>デルタ、重火器班。
傭兵たちの報告がスクロールしていく中、タイムテーブルが示す「予定時刻」が秒単位でカウントダウンされていく。 目標は、世界最大の
「……五分前。状況は?」
戦線の後方、偽装された装甲車両の中に身を潜めながら、作戦の指揮を執るローグが通信回線に低くドスの効いた声を落とした。彼女の鋭い眼光は、装甲車の窓越しに暗視モードのオプティクスを通して、眼下に広がる一本のハイウェイを睨みつけている。 その問いに答えたのは、彼女のチームに属する腕利きのネットランナーだった。専用のネットランニング用の冷却ポッドに入り、脳に直接ジャックインしている彼女は、
『……信じられない。マジで信じられないわ、ローグ』
ランナーの声には、明らかな驚嘆と、微かな震えが混じっていた。
『前方のセクターから、巨大な熱源反応が接近中。生体スキャン、車両のエンジン波形、すべて「幽霊」が渡してきた事前データと完全に一致してる。アラサカの重装甲輸送車が5両、随伴する護衛のマンティコア・ドローンが10機、乗車している戦闘員の数は32名……装備の型番から、隊列のフォーメーションまで、寸分違わないわ』
ランナーは無意識のうちに、自身の腕に鳥肌が立つのを感じていた。 彼女は作戦決行の前夜、この情報の裏付けを取るために、自身のニューロンが焼き切れるリスクを冒してまで、アラサカの極秘ネットワークの
(だとしたら……あの「幽霊」は、一体どこからこの情報を引き抜いたっていうの……?)
己の腕に絶対の自信を持つランナーだからこそ、その事実がもたらす意味に底知れぬ恐怖を覚えた。 自分たちが見ることすらできない次元から情報を抜き取り、自分たちに提供してきた正体不明の
こいつは本当に味方なのか? 自分たちは、この見えない化け物の掌の上で踊らされているだけではないのか? 疑念が冷たい毒のようにランナーの思考を侵食し始める。
『>>対象、ポイント・チャーリーに到達』
『>>射程圏内に入った。ローグ、指示を!』
前線の偵察チームからの鋭い報告が、ランナーの思考を現実に引き戻した。 ハイウェイの地平線の彼方から、アラサカの赤いロゴを鈍く光らせた重装甲輸送部隊が、土煙を上げて姿を現したのだ。予定時刻に、一秒の狂いもなく。
「……来たか」
ローグは通信回線に響く仲間たちのざわめきと、仲間たちの抱いた疑念を断ち切るように、冷徹な声で吐き捨てた。 彼女の手には、使い込まれたカスタム・アサルトライフルが握り締められている。
「野郎ども、
ローグの号令が暗号化回線に響き渡った瞬間。 静寂に包まれていたバッドランズは、一瞬にして耳をつんざくような爆音と、飛び交う曳光弾の閃光に包まれた。 偽装した傭兵たちが一斉に牙を剥き、巨大な獲物の喉首へと襲い掛かる。ネットの海と現実の硝煙が交差する、容赦のない殺戮の火蓋が切って落とされる。
*
ローグの号令が暗号化回線に響き渡った瞬間、凍てつくバッドランズの静寂は一瞬にして吹き飛んだ。
偽装用迷彩が乱暴に引き剥がされ、岩肌や廃車の陰から無数のマズルフラッシュが閃く。先陣を切ったのは、高台に陣取っていた重火器部隊からの
それを合図に、ハイウェイの両脇から怒涛の
『>>対象車両、足止め成功。第一波、突入する』
ローカル・ネットワークのウィンドウには、傭兵たちの冷徹な通信ログが滝のように流れ続けていた。 突然の奇襲を受けたアラサカの部隊も、さすがは世界最強を誇る
しかし、彼らの反撃の目は、すでに完全に摘み取られていた。
『──右翼のドローン三機、視覚センサー及び
ローグのすぐ隣。防弾仕様の装甲車両の内部で、感情の抜け落ちた機械音声のような男の声が通信回線に割り込んだ。 薄暗い車内を照らすのは、何十ものホロ・スクリーンが放つ青白い光と、強制冷却器(クーラー)から漏れる白い冷気だけ。男は物理的なケーブルを後頭部のポートに繋ぐことすらなく、ただ静かに座席へ身を預けたまま、己の思考のみで
男の思考(コマンド)が実行された瞬間、アラサカのマンティコア・ドローンが突如として自軍の歩兵部隊に向かってガトリング砲を乱射し始めた。
「ドローンがハックされた!
アラサカの指揮官の怒号は、自らのドローンが放った銃弾の嵐によって強制的に途絶する。 男が事前に提示していた「アラサカの戦力データ」は、単なるカタログスペックではない。彼らのサイバーウェアの脆弱性から、指揮系統のタイムラグに至るまで、文字通り“すべて”が完全に丸裸にされていたのだ。
『>>敵左翼、フォーメーション崩壊』
『>>こちらオメガ。敵ネットランナーの
事前の情報に疑念を抱いていたローグ側のネットランナーからの、冷酷で的確な報告が回線に響く。 男によるリアルタイムの完璧な戦況コントロールと、チームのプロフェッショナルな連携のもと、傭兵たちは圧倒的な優位に立ってアラサカ部隊を削り取っていく。だが、ここは死と隣り合わせのストリート。極限の緊張感と莫大な報酬への欲求は、時に致命的な判断ミスを誘発する。
『>>対象車両の沈黙を確認。これより後部ハッチへ接近し、積荷の確保を先行する』
『>>待て、アルファ・ツー! まだ完全なクリアリングが済んでいない!』
仲間の制止を振り切り、制圧を確信して無防備に輸送用装甲車へ近づいた数名の傭兵たち。迅速に任務を完遂しようとする彼らなりの動きだったが、唯一の誤算はアラサカの「奥の手」を甘く見ていたことだ。 半ばひしゃげた輸送車の後部ハッチが吹き飛び、中から現れたのは、重機関銃を携えた地上強襲用大型二足歩行ドローンだった。
容赦のない掃射が傭兵たちを捉える。一瞬にして、前衛に飛び出した数名の身体が文字通り
「……チッ、少しばかり腕が立つからって、功を焦るからこうなる」
装甲車の上からその光景をスコープ越しに見ていたローグが、忌々しそうに舌打ちを鳴らす。 だが、空中に展開されたインターフェースを操る男の指先は全く止まらない。彼の意識の大部分はサイバースペースにあるため、その声には微塵も揺らぎがなかった。
『──問題ない。突出した歩兵部隊がヘイトを買ったことで、火器管制が最大出力に移行している。排熱のために首元の装甲が10秒間だけ展開する。 デルタチーム、今のうちに排熱ダクトを狙え』
『>>
容赦のない弾幕と、ランナーたちによるハッキングの嵐。 戦闘自体は恐ろしいほど一方的なものだった。開始からおよそ十分。アラサカ部隊の抵抗はあらかた粉砕され、ハイウェイには破壊された車両と死体が散乱する惨状が広がっていた。数名の生き残りが車両の陰で呻き声を上げているが、もはや部隊としての組織的な戦闘能力は完全に喪失している。
『>>敵部隊、おおむね
『>>弾薬の消費が予想以上だ。第一フェーズ終了、これより指定の防衛ラインへ再展開する』
ローカルネットには傭兵たちの通信が淡々と流れ続ける。誰一人として歓声を上げる者はいない。彼らは事前に知っている。この襲撃が、単なる「アラサカからの略奪」では終わらないことを。
ローグはアサルトライフルの残弾を確認しながら、車内で未だに膨大なデータ群と格闘している男を一瞥する。 そう、この計画はここからだ。 男の動きがピタリと止まり、ローグたちと共有されている専用の秘匿回線に、再びあの底冷えするような声が響いた。
『──タイムテーブル通りだ。残党の処理は後回しでいい。全員、対装甲戦車の迎撃フォーメーションへ移行しろ』
男の言葉とほぼ同時だった。 傭兵たちの足元、バッドランズのひび割れた大地が、遠くからの重い地鳴りによって微かに振動を始めたのは。
男がもたらした情報は、ここまでのアラサカのデータだけではなかった。 この計画自体が、元々アラサカの輸送部隊を襲おうと準備を進めていたミリテクの偽装部隊の計画をそっくりそのまま利用し、“上書き”したものなのだ。 ゆえに、この直後に起こるミリテクの偽装部隊とのブッキングも、緻密に計算された完全な予定調和である。
「……本命が来たよ。腹を括りな」
ローグが鋭く目を細めた視線の先、土煙を上げてハイウェイの向こうから姿を現したのは、先ほどのアラサカ部隊すら凌駕する圧倒的な火力。上空を制圧する数機のコンバットヘリと、地鳴りを上げて進軍してくるミリテクの
*
ハイウェイの地平線から湧き上がった土煙は、瞬く間に巨大な暗雲となってバッドランズの空を覆い隠した。 現れたのは、企業所属を隠すための匿名化された黒塗りの装甲戦車群と、重厚な火器を積載した数機の戦闘ヘリ。一見すると所属不明の武装集団に見えるが、その連携と圧倒的な制圧力は、ミリテクの精鋭部隊以外にあり得ないものだった。
先ほどまで蹂躙されていたアラサカの部隊は救援信号をキャッチした増援かと期待を膨らませるが、すぐに顔色を変える。
『>>おい、誰だあいつらは! IFFが反応しないぞ!』
『>>味方の増援じゃないのか!? いや、装備が違う……まさか、第三勢力か!?』
アラサカの残党兵たちは、自軍が壊滅させられた直後に現れたこの正体不明の強襲部隊に対し、混乱と恐怖で半ばパニックに陥っていた。
一方、戦線の最後方──偽装された装甲車両に陣取るローグの顔に、焦りの色はなかった。 彼女のすぐ隣、防弾仕様の車内で、男──
『──敵
男の冷徹な思考が実行された瞬間、強襲部隊の戦車が主砲を旋回させるが、その狙いは空を切り、アラサカの残骸や岩肌を無残に打ち抜いた。耳を吹き飛ばすような爆音と衝撃波が荒野を揺るがす。
それを確認した彼女は手元のコンソールで部隊全体の
「全チーム、事前に指定したポイント・デルタへの後退を続けな! 対装甲用のトラップを起動、スナイパーはヘリのローター基部だけを狙え!」
圧倒的な絶望を前にしてもローグが不敵な笑みすら浮かべていられる理由は、彼女のすぐ隣、装甲車両の内部にいる。 物理的なケーブルを一本も繋ぐことなく、ただ静かに座席に深く身を預け、閉じた瞼の裏側で
味方の識別信号が既定の位置に後退したのを確認して幽霊は次の一手を打つ。
『──上空の戦闘ヘリ三機、ジャミングを開始。ミサイルの誘導プロトコルを強制的に書き換える。スマート兵器のロックオンは無効化された、撃ち落とせ』
「聞いたな! 連中の目は今、完全に節穴だ! ハチの巣にしてやれ!」
ローグの掛け声と共に、後退しながらも機をうかがっていた傭兵たちから一斉に反撃の
戦場を支配する男の完璧なバックアップと、ローグの的確な指揮。 ミリテクの圧倒的な火力を前にしても、傭兵たちは決して崩れることなく、緻密に計算された「予定調和の激突」を優位に進めていく。硝煙と血の匂いが混じり合う激しい第二回戦は、完全にローグたちのコントロール下にあるように見えた。
──だが、戦場という名の生き物は、時にいかなる神の計算すらも嘲笑うイレギュラーを生み出す。
『……ローグ。セクター4、ミリテクの装甲兵員輸送車の影から、生体反応』
男の僅かにトーンの変わった声が、ローグのインプラントに届く。
「何人だい」
『4、5、いや7人。妙だな。
常に冷徹な男の声に、初めて微かな「困惑」が混じったのをローグは聞き逃さなかった。 彼女は愛用のアサルトライフルを構えたまま、自身の
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……ッ、ジョニー・シルヴァーハンド!」
そこには爆炎と土煙に煽られながらも雄々しく立つ銀腕の男。ジョニーは自身の部隊をハンドサイン一つで的確に動かしていた。彼が指示を飛ばす先々で、自軍の前線が少しずつ広がっていく。
「おい、そこを叩け! 連中の
ジョニーの怒号が響く。彼は自らマロリアン・アームズを手に最前線へと踊り出た。 遮蔽物に隠れることすらしない。自らに向けられる銃弾の嵐を、紙一重の回避行動と、銀色の義手で受け流しながら、彼は信じられないような精度で引き金を絞り続ける。
腹に響くような金属が擦れあう重低音が数発。 放たれる弾丸は、バイザー越しに眼球を貫き、あるいは装甲の接合部という最も脆弱な一点を正確に射抜いていく。狂気すら感じさせる獰猛な笑みを浮かべながら、彼は目前の「
*
「あんた、今までどこで……!」
銃弾の雨を縫うように、ローグは遮蔽物から弾かれたように飛び出し、傍らの装甲車の上へと躍り出た。 オプティクスの通信回線を通さない、彼女自身の肺から絞り出された生身の肉声。それは戦場の爆音にかき消されるはずのちっぽけな声だったが、彼女にとっては己の魂を揺さぶるような叫びだった。
スコープ越しに捉えたかつての恋人の姿は、彼女の記憶に焼き付いているものよりも、ひどく憔悴しきっていた。頬は痩せこけ、ストリートを放浪していたかのような無精髭が生えている。 しかし、その両目だけは違った。アラサカに対する狂気じみた憎悪と、世界そのものを焼き尽くさんばかりのギラギラとした野望の炎。それだけは、あの2013年のアラサカ・タワー襲撃の時から──いや、それ以上に強烈な光を放って滾っていた。
「ローグ! 前線のアルファ・チームから応答がありません! 指示を!」
「右翼の防御が破られそうです! 後退しますか!?」
ローカル・ネットワークに飛び交う部下たちの悲鳴に近い報告が、ローグの意識を現実に引き戻そうとする。だが、ジョニー・シルヴァーハンドという劇薬を突然目の前に突きつけられた彼女の思考は、ほんの数秒間、致命的なフリーズを起こしていた。 あまりの事態に動揺したローグの指揮が一瞬遅れる。幽霊のサポートによって完璧に統率されていたはずの傭兵たちの動きにノイズが走り、圧倒的に優勢だったはずの戦線が、急速に膠着状態へと陥り始めた。
『──ローグ。タイムテーブルから238秒の遅れが出ている。このまま戦線が膠着すれば、アラサカの増援部隊に完全に捕捉されるぞ』
インプラント越しに響く、幽霊の冷徹で機械的な警告。 感情の波など一切存在しない、どこまでもフラットで計算し尽くされたその声は、ローグの胸の内に渦巻く混乱をさらに掻き乱した。
「……ッ、分かってるよ! アタシに指図するな!」
己の失態と、ひとかけらも制御しきれない感情の揺れを誤魔化すように、ローグは車内にいる男に対して苛立ち混じりに怒声を張り上げた。 アサルトライフルの
そんな傭兵部隊の混乱と、企業の思惑が入り乱れる戦場のド真ん中で。 かつて世界を熱狂させ、そして世界を敵に回した伝説のロッカーボーイは、燃え盛る巨大企業への憎悪の賛歌を歌うかのように、マロリアンの引き金を絞り続ける。 すべてを破壊し尽くす狂気の重低音が、夜明け前のバッドランズにどこまでも響き渡っていた。
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