たくさんのお気に入り登録、評価ありがとうございます。
正直自己満足な作品なのでこんなに読んでもらえるとは思ってもみませんでした。
いろいろと突っ込みどころもあるかと思いますが、引き続きふわっとした感じでお楽しみください。
そういえば鳴潮?というゲームでエッジランナーズのコラボストーリーがあるらしいですね。ルーシーのその後、ということで私も週末にやろうかと思います。...ので更新が伸びるかもです。すみません。
「……ッ、分かってるよ! アタシに指図するな!」
インプラント越しに叩きつけたローグの怒声は、両陣営が放ち続ける重低音によって虚しく掻き消された。
夜明け前の
「各班、現在のカバー位置をキープ! 前線の再構築を急げ!
ローグは身を乗り出して部隊へ怒号を飛ばす。しかし、その指示はストリートの
撤退を優先するのか、迎撃を優先するのか。そして何より、最も危険なヘイトを稼いでいるはずの「銀腕の男」に対する
そのわずかな逡巡は、戦場において致命的なノイズとなって部下たちに伝染する。
『>>ダメだ、牽制の火力が足りない! 対装甲用トラップも尽き始めた!』
『>>アルファ・ファイブ全滅だ! ローグ、右翼の再構築は無理だ!』
ローカル・ネットワークの通信網に、傭兵たちの焦燥に満ちた声が溢れ返る。完璧に統率されていたはずの部隊のフォーメーションが、みるみると瓦解していく。
『──タイムテーブルの遅延、460秒を突破した』
極限の混乱状態にある通信回線に、氷点下の風のような男の声が滑り込んできた。
彼はミリテクの部隊へ絶え間なくジャミングを掛け続け、敵のドローンを無力化しながらも、どこまでも機械的でフラットな音声で事実だけを告げる。
『このままでは
「ローグ、ダメだ! 上空からとんでもない数の熱源反応が来る!」
幽霊の言葉を遮るように、ローグのチームのネットランナーが、悲鳴に近い声を上げた。
「アラサカの増援だ! 死にぞこない共の救援信号を拾い上がったんだ! 規模が違いすぎる、
その絶望的な報告が鼓膜を打った瞬間、ローグの背筋を凍りつくような悪寒が駆け抜ける。
「……ッ、全員、現状配置を放棄!
ローグは部隊のネットワークにフルオープンで叫んだ。
「デルタ、ガンマはミリテクに制圧射撃! その隙にアルファは退路を確保してズラかる! 殿はアタシが務める、いいから走れ!」
『──却下だ。現状の火勢での撤退は、プランCでも無理だ 』
だが、ローグの必死の指示を、幽霊の声が冷酷に切り捨てた。
「なに……? 幽霊、アタシに──」
二度目の怒声を浴びせようとしたローグの言葉は、最後まで続かなかった。
代わりに起きたのは、事態の『強制的な制圧』だった。
次の瞬間。荒野に展開し、猛烈な勢いで迫ってきていたミリテク偽装部隊の動きが、不自然なほどピタリと止まった。
「……え?」
ローグの部下の誰かが、間の抜けた声を漏らす。
銃弾の嵐が止み、突撃のフォーメーションを組んでいたミリテクの装甲車両も、マロリアンを構えていたジョニーの姿も、すべてが一時停止した動画のように硬直していた。
それは、不可視かつ回避不能の
「ガ、ァァァァァァァッッ!!?」
数瞬の不気味な静寂の後、ミリテクの装甲服の内側から、絶叫が弾けた。
ジョニー・シルヴァーハンドらサイバーウェアへの換装率が低い者への影響は限定的だったものの、彼の周囲の部隊は完全に麻痺し、追撃の足は完全に削ぎ落とされた。
殺し合いの熱気に満ちていた戦場が、たった一人の見えざるランナーの手によって、一瞬にして一方的に『蹂躙』されたのだ。
『敵部隊90%のハック完了。撤退ルートをリンクした。……直ちに脱出しろ。死にたくなけりゃな』
阿鼻叫喚の地獄と化したミリテク部隊を後目に、幽霊の無機質で皮肉気な声が通信網に響く。
「…………ッ」
ローグは奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。
自身の未熟な感情が生み出した隙。それを、圧倒的かつ説明のつかない暴力でねじ伏せ、強制的に最適解へと導いた『幽霊』。
彼が味方でよかったという安堵よりも先に、得体の知れない絶対的な力に対する『恐怖』と、プロとしての『屈辱』がローグの全身を焼き焦がしていた。
「……全車、エンジンを回せ! 直ちに撤退!」
ローグの怒声と共に、傭兵たちの車両が猛然と砂埃を巻き上げて走り出す。
夜明け前の赤い空を切り裂いて降下してくるアラサカの降下部隊の光を背に、彼らはバッドランズから逃走した。
*
圧倒的な暴力は、常に無音でやってくる。 ミリテクの偽装部隊に訪れたのは、まさにそれだった。 分厚い装甲も、最新鋭のスマート兵器も、不可視の
「……クソッ、何が起きてやがる!」
ジョニー・シルヴァーハンドは、機能停止し、排熱ダクトから白煙を吹く
彼の
だが、彼の周囲の惨状は地獄そのものだ。 普段はフリーの傭兵たちを「ストリートの野良犬」と見下しているミリテクの専属傭兵たち。彼らの大半は、ミリテク社が支給した高価で強力な
それが仇となった。 軍用クラスの
「ダメだ、システムが完全に掌握された! リブートすら弾き返される!」
装甲車の後部座席から転がり出てきたミリテク側のネットランナーが、鼻や耳から血を流しながらパニック状態で叫んだ。
「おまけにアラサカの増援が来る!
「……チッ、クソッタレが!」
ジョニーは忌々しそうに、目の前のハイウェイで砂埃を上げて遠ざかっていく「正体不明の傭兵部隊」のテールランプを睨みつけた。
獲物をかすめ取った連中に既視感を覚える。部隊配置の癖、戦術の妙。あの中にローグがいる気配がした。かつてオルト・カニンガムを救うため、共にアラサカ・タワーの深淵へ挑んだ元恋人。あの時の思い出は、今となっては苦い残り香のようなものだ。彼女があの場所にいたことに対し、恨みや憎しみはない。傭兵が裏社会の
「野郎ども、ズラかるぞ! 車のエンジンが死んでるなら自分の足で走れ!」
ジョニーの怒号と共に、命からがら動ける者たちだけが、辛うじてシステムが生き残っていた予備のバギーに乗り込んでバッドランズからの敗走を開始した。
*
激しく揺れる撤退の車中。 ジョニーチームのネットランナーであるスパイダー・マーフィーは、静かに自身のカスタム・サイバーデッキから接続ケーブルを引き抜いた。 彼女のデッキは、ミリテクのランナーたちのように火花を吹いて黒焦げになるような無様な真似は晒していなかった。
「ちょっとジョニー! 冗談じゃないわよ、私の可愛いデッキの遮断回路が三つも焼き切られちゃったじゃない! 一体どこのイカれたランナーがこんな規格外のデーモンを……」
文句を垂れながらも、スパイダーの口元には微かな笑みが浮かんでいた。 彼女はただ一方的に攻撃を防いだわけではない。敵の放った超質量のジャミングの波の裏側に、彼女自身がカスタムした自律型の監視デーモンを密かに忍ばせていたのだ。 スパイダーの指先が空中に展開されたホロ・キーボードを軽やかに叩く。デーモンが持ち帰ってきた暗号化されたデータ群が、彼女の視覚インプラントの端で小気味よく展開されていく。やがて、解析プログラムが一つの『通信シグネチャ』を特定してピタリと止まった。
「……ふーん。見つけた」
スパイダーは解析したばかりのログをジョニーのオプティクスへ転送する。
「ねえ、ジョニー。今の連中に繋がっていた連中のシグネチャ……ローグよ。ローグたちが、あそこにいたわ」
「ローグか」
ジョニーはその名を見て、肩をすくめた。 傭兵の端くれが、戦場で出し抜かれた。それだけの話だ。
「フン、相変わらずあいつは、いいタイミングでオイシイところをかっさらうのだけは天才的だな」
ジョニーは薄く笑い、煙草を指先で弾き飛ばす。
「あの女なら、アトランティスに行けばいつでも会えるだろうよ。その時に、酒を奢らせるだけだ」
車内の反対側では、ミリテクの専属傭兵たちが怒り心頭で喚き散らしていた。
「聞いてねえぞ! 第三者が介入してくるなんて情報は、上層部からのブリーフィングのどこにもなかった!」
「情報部は無能の集まりか! 作戦は完全に失敗だ、クソッ!
軍隊の規律の中で思考し、失敗すれば企業の冷徹な論理で切り捨てられるだけの「コーポの犬」たち。フリーの傭兵であるジョニーは、そんな彼らをゴミを見るような冷ややかな目で見つめながら、マロリアンのシリンダーを撫でた。
「……ま、あのアホどもには、せいぜい上役のケツを舐め回して謝り倒してもらうとしようぜ」
夜明けの赤い空の下、狂犬は低い声でそう呟き、遠く霞むナイトシティの摩天楼へと帰還していくのだった。
*
後日。
ナイトシティの聖域、アトランティス。厳重な防音と対電子防壁で守られた極秘の
ローグは、深く腰掛けた革張りのソファで、今回の
「……パーフェクトだよ」
フィクサーは成功の報告を受け、
「正直、最初は笑い話かと思ったよ。CINOとOTECという二つの巨大な壁を、たった一晩の
フィクサーは琥珀色の酒を煽り、毒々しい笑みをさらに深める。
「それを1ミリの狂いもなく完遂した。
『次の依頼の打合せがあるので失礼』と足早に去っていったフィクサー。
手放しの賛辞を受け流し、ローグはただ独り黙ってグラスの氷を回していた。
彼女の脳裏に焼き付いているのは、成功の美酒や莫大な報酬への満足感ではない。あの荒野で、幽霊が最後に見せた「説明のつかない、理外のハッキング」だ。
あの
(……アタシがあいつを飼い慣らし、上手く制御していると思っていた。だが、現実は逆だ。アタシが、あいつの引いた図面の上で都合よく利用されているだけなんじゃないか?)
ローグは眉間を揉む。あんな軍用の
だとしたら、奴の真の目的は何だ。なぜ、わざわざストリートの泥水に浸かっている?
底知れぬ恐怖と疑念の冷たさが、ローグの背筋を這い上がっていた。
*
気晴らしにVIPルームを出て、アトランティスのメインバーに腰掛けたローグは、いつもなら飲まない高価な酒のグラスを傾けていた。刺激的な香りが、僅かに過去の苦い記憶を呼び起こす。
にわかに、入り口のステンドグラスの扉が乱暴に開かれ、店内が騒がしくなった。
喧騒の先頭に立つのは、誰の目にもそれとわかるギラつく銀色の
「……ハイ、ローグ」
スパイダーが店内のローグを見つけ、申し訳なさそうに手を上げる。それに気づいたジョニーは、周囲の客を邪魔だとばかりに突き飛ばし、ローグの隣の空き椅子にズカズカと座り込んだ。
「……久しぶりだな、ローグ。実を言うと、この間ちょっとした仕事に失敗しちまってよ」
ジョニーはローグの手元にある良酒を一瞥し、鼻で笑って口の端を歪めた。
「随分といい酒を飲んでるみたいじゃねえか。稼ぎがいいなら、俺にも一杯奢ってくれよ。……なあ、
数年ぶりの再会。ストリートの狂犬らしい、遠回しで皮肉たっぷりの嫌味。
ローグの胸の奥で一瞬だけ安堵と懐かしさが跳ねるが、彼女はそれをおくびにも出さず、氷のように冷たい視線で言葉の応酬を返す。
「『ひさしぶりだな』だって? ジョニー、何年も姿を眩ましておいて、最初の一言がそれかい?」
ローグは手元の酒を飲み干すと、呆れたようにため息をついた。
「しかも言うことに欠いて、企業の首輪付きだって? ...ふん、何年もストリートから姿を消してたような『ビビり』に、とやかく言われる筋合いはないね」
「奢ってほしいなら、まずはその臭い口を洗いな」ローグの痛烈なカウンター。ジョニーが青筋を立てて立ち上がったところで、たまらずスパイダーが「まあまあ!」と仲裁に割って入る。そして周りをぐるっと見渡して声を潜めた。
「場所を変えましょう? 内緒話もしたいし」
周囲の野次馬の目を避けるため、三人は再びVIPルームへと場所を移した。
防音扉が閉まるなり、スパイダーがローグに詰め寄る。
「ねえ、ローグ! あのバッドランズで撃ち込まれたデーモン、あんたのところのランナーでしょ!? 私の可愛いデッキが危うく丸焦げになるところだったんだから!」
興奮したように声を弾ませるスパイダーに思い出したかのようにジョニーも疑問を放つ。
「ああ、あれか。俺の義手もしばらく動きが悪くてな...一体誰の仕業だ? 俺たちを一撃でのしたのは」
ジョニーが低い声で問い詰めるが、ローグは「そろそろか...」と時計を流し見、扉を見つめる。間もなくVIPルームの扉が、音もなく静かに開いた。
入ってきたのは、黒いコートに身を包んだ、無表情を貼り付けた男。
「…………」
直感で男が「その張本人」だと悟ったジョニーは、即座に愛銃マロリアン・アームズを抜き放ち、幽霊の眉間を正確に狙い定めた。しかし、巨大なハンドキャノンの銃口を向けられてもなお、幽霊は表情一つ変えず、静かに一歩ずつ距離を詰めてくる。
その様子を見たジョニーはローグを一瞥した。
「……へえ。しばらく見ないうちに、随分と男の趣味が変わったじゃねえか、ローグ。こんな得体の知れない、無口なオタクを飼い慣らして、自分の
ジョニーは再び幽霊へと冷酷な視線を戻す。
「テメェだな。俺のチームを砂漠で遊ばせてくれたのは」
突きつけられた銃口を前にしても、幽霊の凪いだ瞳は一切の動揺を見せなかった。
彼の中にあったのは、恐怖ではなく、極めて冷徹な思考だった。
(ジョニー・シルヴァーハンド。……無鉄砲で死にたがり。破滅への道も気にせず直進する正真正銘の
幽霊は内心で、未来の記憶を思案する。狂気に任せたアラサカ・タワーへの無謀な突撃。そして、
(いっそここで俺がこいつを殺すか、あるいは二度と銃を握れないように痛めつけてやれば、こいつがRelicになってサブロウ・アラサカの野望の一助にならない可能性もあるのか?)
極めて傲慢で、血も涙もない自己回答。
ジョニーが引き金を絞ろうとしたその刹那、幽霊の目が青く光る。
ガリガリッ、と嫌な金属音が鳴り響いた。
「な……ッ!?」
ジョニーの左腕──
「ぐっ……あ、が……ッ!?」
マロリアンが床に落ちる。ジョニーは息を詰まらせ、両膝を突いて自身の左腕を引き剥がそうと藻掻くが、ビクともしない。
幽霊は、床で苦悶する伝説のロッカーボーイを冷徹に見下ろし、静かに口を開いた。
「ご挨拶だな、ロッカーボーイ。しばらくストリートの表舞台から離れていた間に、
一触即発、ジョニーの首の骨がへし折られるかという極限の緊張感。
『排除』が完了しようとしたその時。それを真っ向からぶち壊したのは、目を輝かせたスパイダー・マーフィーだった。
「ちょちょちょ! どうやったのそれ!? どんなデッキ積んでるの!? 義体プロトコルを、そんな一瞬で遠隔ハックするなんて……ねえ、お願い、今のログあとでこっそり見せて!」
突然の殺意を前に恐怖するどころか、純粋な技術的興味で詰め寄ってくるスパイダー。
そのあまりにも場違いで、空気を読まないオタクの熱量を浴びた瞬間、幽霊の脳内で動いていた『傲慢さ』が、ふっと緩みを生じた。
(……馬鹿馬鹿しい)
この世界の人間の行動を、己が縛り付ける理由などどこにもない。他人の迷惑など顧みず、己の信念のために無鉄砲に突っ走り、結果として破滅に向かうとしても……その愚かさこそが、『ジョニー・シルヴァーハンド』がジョニーたる所以なのだ。
幽霊は思わず、呆れたように微かな「苦笑」を漏らした。
「おっと、悪い。死にそうだな」
そして視線を外し、
「……ゲホッ、ハァ……ッ! やりやがるな、クソッタレが……」
ジョニーは赤く腫れた喉を乱暴にさすりながら、忌々しげに悪態をつく。だが、幽霊を見上げるその瞳は、圧倒的な実力差を食らいながらも決して牙を折らない、狂犬のそれだった。
「ねえねえ、使ってるデッキのアーキテクチャだけでも教えてくれない!?」
依然として、幽霊にまとわりつき続けるスパイダー。
相も変わらず無鉄砲に突っ走るジョニーと、どこまでも空気の読めないスパイダー。一歩間違えば大惨事になっていたにもかかわらず、全く成長の欠片も見られない旧友たちの姿に、ローグはひどく頭を痛めたように、深々とため息を吐いた。
「……あんたたち、
呆れ返るストリートの
制御不能の劇薬たちは今、アトランティスの密室で、分かち難く交差していた。
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