CyberPunk: EDGE CASE   作:エネーロ

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短いかもしれません。申し訳ありません。

なんか日刊ランキングに乗ったようで、沢山の方に見ていただいているようで嬉しいです。
今回は難産だったので、お見苦しい部分あるかもしれませんがご容赦ください。


#07 Into the Void / 虚無(ヴォイド)

 己の銀腕(クローム)に絞め殺されかけ、未だ足取りのふらつくジョニー・シルヴァーハンド。

 未知の技術(テクノロジー)に興奮冷めやらず、幽霊(ゴースト)の周囲をうろつき舐め回すように観察するスパイダー・マーフィ。

 そして深い溜息を一つ吐き、だんまりを決め込んだらしく壁に背を預ける幽霊。

 三者三様の様子に呆れたように鼻を鳴らし、新たにグラスに琥珀色をつぐローグ。

 

 にわかに騒がしくなったアトランティスのVIPルーム。

 一息に酒を胃に流し込んだローグが、ふと疑問を投げた。

 

「ジョニー、あんたがいるってことはシャイタンも一緒じゃないのかい」

 

 ジョニーは首を回しながら立ち上がり、ソファに重く沈み込むと煙草を咥えた。

 

「ああ、シャイタンは別行動だ。あいつが街の外でアラサカの施設をぶっ壊すヤマの間、俺たちも手軽な裏仕事(ビズ)をこなしてたのさ」

「ま、どっかの誰かさんにめちゃくちゃにされたがな」深く胸を上下させ、細く吐き出した紫煙がローグの顔を撫でる。

 

「街の外? シャイタンの奴、しばらく見ないと思ってたが、外に行ってるとはね。どうせアラサカ絡みだろうが、何しに街を出てるんだい?」

 

 ジョニーは煙をくゆらせながら、無言で室内に備え付けられた大型モニターを顎で示した。

 

『──速報です。ユーロバンクの強力な仲裁と、ネットウォッチの監視の下、長らく続いていたCINOとOTECによる海洋紛争は、ついに両社間の歴史的な平和合意に至りました。この合意により、海は再び平穏を── 』

 

 キャスターの作り物めいた笑顔と、形ばかりの調印式の映像。

 だが、すぐさま別の独立系ニュースチャンネルが暴力的に上書きした映像は、南米やヨーロッパ各地で炎上する軍事施設と、市街地を蹂躙する重装甲ドローンの群れだった。

 

 当事者であるCINOとOTECが矛を収めたにもかかわらず、両社から警備を委託されていた巨大な二匹の番犬──「ミリテク」と「アラサカ」の武力衝突が、もはや隠しきれない規模で決定的になったことを報じる惨状だ。ネットウォッチが発令した『通信禁止措置』すら完全に黙殺し、飼い主の意向を無視した狂犬同士の殺し合いが始まっていた。

 

「ハッ、笑わせるぜ。飼い主どもがビビって和解の握手をしたってのに、放たれた番犬どもがすっかり狂犬になっちまって、未だに互いの喉首を噛み千切ろうとしてやがる」

 

 ジョニー・シルヴァーハンドは煙草の吸い殻を無造作に灰皿へ押し付け、心底愉快そうに、だが冷酷な皮肉を吐き捨てる。

 

「シャイタンは合法的にアラサカを叩きのめせるってんで、しばらく前からミリテクと組んであちこちアラサカの施設を壊しまわってるのさ」

 

 ローグは得心がいったように頷いた。

 

「なるほどね。あのフルボーグの考えそうなことだ」

 

 そこに深く重い溜息が部屋に落ちた。スパイダー・マーフィーだ。彼女は手元のデッキから深層ネットのトラフィック・データを読み込みながら、かつてなく深刻な表情を浮かべていた。

 

「アラサカとミリテク、お互いのお抱えランナーたちがデーモンを送りあってる。一部のデーモンは完全に制御を失って、企業(コーポ)だけじゃなくて民間のネットワークまで汚染しまわってるよ。これじゃネットに接続(ジャック・イン)するだけで、脳髄(アタマ)がこんがり焼け焦げるランナーも出てきそう……」

 

 ローグは、グラスの氷をカラリと鳴らし、底冷えするような冷徹な視線をモニターへと向けた。

 

「……飼い犬に手を噛まれたどころの騒ぎじゃないね。これから始まるのは、これまでの小競り合いが霞むほどの、本当の『戦争』だよ」

 

 

 そんな彼らの会話を、部屋の片隅で壁に背を預けたまま、主人公──幽霊(ゴースト)はただ無言で聞き流していた。

 

(大筋通り……か……)

 

 記憶を失い、このナイトシティのアンダーグラウンドに放り出されてから、うっすらと感じていた確信。この世界に定められた歴史の流れ、その大枠はやはり変わらない。

 幽霊はCINO、OTECによる海洋戦争(第四次企業戦争)の暗流をいち早く掴み、ネットウォッチや欧州諸国、旧合衆国の諸州国に情報を流していた。しかし、国家の動きは鈍く、結果的に第四次企業戦争の勃発は防げなかった。

 これから始まる世界規模の混乱や旧世界の秩序の崩壊という絶対的な結末は変わらないのだ。自分が関わろうが、関わらなかろうが。

 

 眼を閉じ、深い思案の底に沈みかけるが、ジョニー・シルヴァーハンドの立ち上がる音で意識を現実に引き戻される。

 

 ジョニーは幽霊をジロジロと舐め回すように観察すると、唐突に尋ねた。

 

「おい、陰気野郎。お前、名前は?」

 

「……なに?」

 

 不意を突かれた幽霊は、思わず無表情を崩して呆けた声を漏らす。

 ジョニーは初めて飄々とした態度を崩した男を見て、ニヤリと口角を上げながら再度同じ言葉を放つ。

 

「だから、名前だよ。『幽霊』なんてストリートのあだ名にしてもセンスがねえ。だいたい幽霊だ? ハッ、笑わせるな。いっちょ前に血の通った肉体(ミート)があって、上等なクロームまでぶち込んでるくせに、気取ってんじゃねえぞ」

 

「……名前は、ない。俺はただの情報屋(インフォブローカー)だ。今日ここに来たのも、ローグの次の依頼(ギグ)に関する情報を取引するためだ。ロッカーボーイと雑談に洒落こむのも悪くはないが、あとにしてくれると助かるね」

 

 それに『幽霊』は俺が自称してる訳じゃない。肩をすくめ、再び飄々とした仮面を付けなおした男に、ジョニーは不快げに眉をひそめると、勢いよく机に銀腕を叩きつけ、ギラついた眼で睨みつける。

 

「それだ。ローグの新しい相棒(パートナー)みたいに振舞ってるが、お前の目的はなんだ? なにを求めて、このクソッタレなストリートで仕事《ビズ》をしてる?」

 

「ちょっと、ジョニー。アタシの彼氏面(ヅラ)はやめな」

 

「黙ってろ、ローグ」

 

 ジョニーは横やりを入れるローグに吐き捨てると、改めて幽霊を見据える。その眼は、鈍い決意の光と、巨大企業(コーポ)への復讐に燃える男だけが持つ特有の覇気で輝いていた。

 

「ローグにはすでに目的を話している。生きること。そして、誰にも脅かされない安寧な生活。困らないだけのエディ。……それだけだ」

 

 幽霊はややあってからジョニーを見つめ返し、フラットなトーンで答える。しかし、その適当な答えはジョニーを激昂させる結果になった。

 ジョニーは未だミリテクとアラサカの争いのニュースを垂れ流し続けるモニターを指さし、幽霊の顔に詰め寄った。

 

「安寧だと? ……よく見ろ! 今じゃコーポの連中が神様気取りで暴れ回って、世界はぶっ壊れちまった。奴らが欲しがってるのはエディじゃねえ、俺たちのすべてだ」

「連中は俺たちから自由を奪い、ダチを奪い、最後に残った(ソウル)までストローで啜り上げやがる。そして代わりに、お行儀のいい首輪と『安寧』って名前のクソ甘い幻覚を与えるんだ」

「この街をよく見てみろ! 巨大なタワーから見下ろして、いかにも『私たちが社会に貢献してます』って善人面(ヅラ)だ。だがその足元じゃ、何の罪もない連中がミキサーにかけられて、泥水すすって死んでいくんだぞ! 俺たちは皆、冷たいクロームの下で血を流してんだよ!」

 

 まるでステージの上でマイクを握りしめ、数万人の観衆に向かってコーポへの憎悪を叫んでいるかのような、熱を帯びすぎた長広舌。 そのあまりにジョニーらしい、自分勝手でポエミックな「演説」が始まったのを見て、ローグは呆れたように深く息を吐き、こめかみを押さえた。

 

 だが、ジョニーは止まらない。ギラついた瞳で幽霊の胸ぐらを掴みかける勢いで、言葉の弾丸を撃ち込み続ける。

 

「自分の首が絞まってることにも気づかず、安全圏からエディを数えて生き延びたつもりか? ハッ、お前の頭蓋骨の中には脳味噌の代わりに、都合のいい幻覚(ホログラム)でも詰まってんのかよ。見事なまでにスッカラカンのドンガラだ」

「いつか世界と一緒に燃え尽きるとしても、決して色褪せねえ(ソウル)ってモンがあるはずだろうが! それなのに、お前ときたら言うに事欠いて安寧だと? 自分のことしか見えねえ、ただ息をしてるだけの都合のいい肉人形じゃねえか」

「名前がないと言ったな? なら、お前にお誂え向きの名前をくれてやる。お前は今日から『ヴォイド(Void)』だ。ストリートのド真ん中で泥水すすりながら、信念も、怒りも、色褪せねえ魂も持っちゃいねえ。ただ自分だけ見てる、陰気で、自己中心的な、空っぽ野郎が」

 

 捲し立て、吐き捨てるように演説を終えると、ジョニーは不機嫌に部屋のドアを蹴り開けて去っていく。

 

「あ、ちょっとジョニー! どこいくの! まったくどっちが自己中なんだか」

 

 スパイダーは呆れたように呟くと焦げ付いたサイバーデッキを抱えなおした。

 

「じゃあ、また。いい依頼があったらまた一緒にやりましょ。ローグ」

 

 ヴォイドもね。

 ウインクを残し、小柄な女は足早に去っていく。部屋には重苦しい沈黙だけが残された。

 

 ローグはグラスに残る琥珀色の酒を見つめ、クスリと冷ややかな笑みを漏らす。嵐が過ぎ去ったあとも何も言わずにその場に棒立ちしている幽霊に対し、彼女はいつものドライなトーンでからかいの言葉を投げかけた。

 

「随分な言われようだったね。お気に召したかい、ヴォイド?」

 

 だが、そのからかいの言葉すら、今の男の耳には届いていなかった。

 

 ヴォイドは、内心に生じた激しい動揺を隠せずにいた。

 空っぽ。生きるだけじゃだめなのか。こんな狂った世界に訳も分からず放り出されて、自分は十分に「うまくやっているほう」じゃないのか。それなのに、なぜあのロッカーボーイの言葉がこれほど深く刺さるのか。

 

 女帝からのからかいに対しても、眉一つ動かさず反応を返さないヴォイド。そのあまりに深い沈黙と硬直を敏感に察知し、ローグはからかいの笑みを消して、訝しげにその横顔へと視線を向けた。

 静まり返るVIPルームのモニターでは、南米で激突したアラサカとミリテクによる軍事衝突の速報が、絶え間なく流れ続けていた。

 

 *

 

 スカベンジャーに身ぐるみ剥がされた直後のように、ひどく無防備で脆い姿。初めて姿を目にしたときには想像もつかなかったその様子に、だがローグは決して笑わなかった。

 

 ジョニー・シルヴァーハンドは企業(コーポ)を憎悪しているが、それと同じくらい、ただ漫然と日々を享受し、生きたまま(ソウル)を腐らせているような連中を激しく嫌悪していた。それは彼のロックな生き様と真っ向から対立するというだけでなく、血塗られた彼の過去が、そうした「無関心」の行き端を知っていたからだ。

 かつて彼が本名の「ロバート・ジョン・リンダー」として従軍していた時代。中米の熱帯雨林で、国とコーポの欺瞞に満ちた大義の下、思考を放棄した兵士たちが虫けらのように使い捨てられていった。理不尽な搾取にただ黙って従うだけの『空っぽの人間』がどれほど惨めな最期を迎えるかを、ジョニーは自身の左腕と引き換えに見てきたのだ。

 

 その事実を知っているからこそ、ローグは彼に呆れ、叱咤し──かつては深い泥沼の中で恋人にすらなった。企業(コーポ)が支配する腐ったシステムに牙を剥くその破滅的な怒りの中に、若き日の彼女もまた、自分と同じ火傷しそうなほどの熱と野心を見出していたのだ。

 だからジョニーがどれほど熱に浮かされた小恥ずかしい演説をぶち上げようと、彼女は笑わない。

 同時に、この得体の知れない『幽霊(ゴースト)』が、ロッカーボーイの言葉に打たれて己の信念を問い直している様子を冷笑するような底意地の悪さも、ストリートの女帝は持ち合わせていなかった。

 

 ヴォイドがようやくまともな反応を返したのは、ローグが空になったグラスへ新たに琥珀色を流し込む時だった。

 まるで声帯のモーターが焼き付いたかのように、億劫そうに重く口を開く。

 

「……ローグ。次の依頼(ギグ)だが、どんな情報《データ》が望みだ」

「そのことだけどね。しばらく依頼(ギグ)は受けないことにした。今日はそれを伝えるための呼び出しさ」

 

 まあ、余計な邪魔は入ったけどね。そう言うと、ローグは新しく注がれた酒の表面を眺めながら続ける。

 

「さっきのニュースの通り、ミリテクとアラサカは完全に全面戦争(ホット・ウォー)のフェーズに入った。アタシらのチームもそれに備えなきゃいけない。装備はもちろん、精神的にもね」

「企業戦争の波に乗って、いち早く儲ける算段でも立てているかと思っていたが。……流石に慎重だな」

「当たり前だ。これから始まるのは、今までのお遊びとは規模が違う。準備を怠った奴からあっさり死ぬ。アンタだって、それは充分理解してるだろ」

 

 再びグラスを呷ると、ローグは周囲に誰もいない密室であるにもかかわらず、ふと声を潜め、慎重に言葉を選んだ。

 

「実を言うとね、ミリテクからある大規模な作戦(オペレーション)を持ちかけられてる。詳細は知らないし、知りたくもないが……あのモーガンの野郎が音頭を取ってるらしい」

 

 その名を聞いて、ヴォイドはかすかに眉を上げた。

 

「……なに? こないだバッドランズでミリテクの偽装部隊を叩き潰した件は、公然の秘密とは言わないまでも、奴らの情報網なら確実に実行犯(あんたら)に辿り着いているはずだ」

 

 ローグは鼻で低く笑い声を立てる。

 

「だからさ。アンタのおかげとはいえ、アタシらはミリテクの精鋭部隊を、アラサカやフリーの傭兵(ソロ)ども共々、叩き潰してみせた。奴らからすれば、是が非でも手駒として利用して、目的を達成したいのさ。もしアタシが死ねば、連中にとっては報復が完了したことになるし、作戦が成功すればそれはそれで美味しい。……ま、コーポのクソどもが考えそうな盤面(ゲーム)だよ」

「……」

 

 目を閉じ、思案を始めたヴォイドに対し、ローグはかすかに笑みを見せる。

 

「だから、しばらくはデカいヤマに備えて、アタシらは慎重に動く。アンタには悪いが、しばらくは自分の仕事(ビズ)でもやっててくれ」

 

 ローグの言葉に、ヴォイドはしばらく無言だったが、やがて静かに頷いた。

 

「分かった。なら、俺は俺でしばらく自由に動かせてもらう。連絡はいつもの暗号化ルートで頼む。また俺の『耳』が必要になったら呼べ」

 

 踵を返し、重い扉へと歩き始めるヴォイド。ローグはその背中に向かって、ふと声をかけた。

 

「ヴォイド。あのイカれたロッカーボーイに喚かれたくらいで、気に病むんじゃないよ」

「……」

「あの馬鹿の言うことはいつだって大袈裟でいっちょ前だが、アンタの生き様を決めるのはアンタ自身だ。他人にどうこう言われたくらいで曲げるような生き方こそ、一番『信念』がないとアタシは思うけどね」

 

 ヴォイドは振り返らなかった。

 ローグの言葉に一瞬だけ足を止めたが、結局何も言わずに部屋を去っていく。

 

 今度こそ完全な静寂に包まれたVIPルームで、ローグは一人、琥珀色のグラスを傾け続けた。

 

(ヴォイド……。そう呼ばれても、否定はしないんだね、アンタは)

 




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次回更新は週末までにはできればと思ってます。
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