UNIDENTIFIED_USER.exe   作:エネーロ

9 / 9
駆け足過ぎたかも....?

捏造設定過多なのでご容赦ください。
スパイダーがギャルっぽくなっちゃった.....


#09 Perfect Harmony / 狂犬と指揮者(コンダクター)

薄暗い非常灯が明滅する、アラサカの地下施設。

コンクリートの床を重い金属音と共に転がったミリテク製のアサルトライフルを拾い上げたジョニーは、血の気の引いた顔で低く唸った。

先ほどの暗殺者《ニンジャ》との死闘で左肩を深く抉られ、肉を裂かれた傷口からは止めどなく血が流れ落ちている。

 

「……」

 

光学迷彩《オプティカル・カモ》を解いた幽霊(ゴースト)──ヴォイドは無表情のまま、腰のポーチから医療用注射器《エア・ハイポ》 を抜き取ると、ジョニーの胸元へ無造作に放り投げた。

 

「ハッ、気が利くじゃねえか」

 

ジョニーは銀腕でそれを受け取ると、躊躇なく首筋のポートへ押し当てる。圧縮空気が薬液を皮下組織へと乱暴に撃ち込む硬質な作動音と共に、凝血剤とペインキラーが急速に細胞へ浸透し、激痛が遠のいていく。

 

「パーソナルリンクを出せ」

 

平坦な声で告げるヴォイドに対し、ジョニーは警戒の色を見せつつも、無言で首の後ろにある外部接続ポートを指で叩いた。

ヴォイドは自身のリンクケーブルを引き伸ばし、ジョニーのポートへと直接物理接続(ジャック・イン)する。

その瞬間だった。

 

「──ッ!?」

 

ジョニーの視覚インプラント《オプティクス》に、かつて経験したことのない膨大なデータが雪崩れ込んできた。

それはただのデータではない。極めて洗練されたUIで、網膜の視界に完璧に統合されている。

壁の向こう側の構造、温度分布、さらには微弱な電磁波の乱れまでが、鮮明な情報として彼の脳髄へと直接叩き込まれた。

 

『アクセス権限を掌握。視覚データを同期した』

 

ジョニーの頭の中に直接、ヴォイドの冷え切った声が響く。

 

その時、通路の前後から重々しい足音が殺到してきた。

ジョニーが起こした爆発と、ニンジャの敗北を察知したアラサカの精鋭警備部隊だ。

重装甲に身を包んだ十数名の兵士たちが、スマートウェポンを構え、完全に退路を塞ぐように二人を包囲する。

 

「武器を捨てろ! 貴様らは完全に包囲されている!」

 

部隊長らしき男の声帯インプラントの声が拡声され、地下空間に威圧的に響き渡る。

だが、ヴォイドは表情一つ変えることなく、ただ無言で立ち尽くしていた。

 

 

 

『……好きに動け』

 

 

 

ローカル通信越しに、ヴォイドの冷徹な声がジョニーの頭蓋を揺らす。

 

その短い一言で十分だった。

ジョニーは血に塗れた口元を歪め、最高に狂った笑みを浮かべる。

 

「ハッ……スーツを着たコーポの犬どもが、偉そうに吠えやがって」

 

銀腕と小銃の擦れあう金属音が鳴る。小気味良い音を立てて小銃(アサルトライフル)の安全装置を外す。

同時に、ジョニーの網膜に展開された真新しいUIが、包囲陣を敷くアラサカの警備員たちの頭部に、致命的な弱点を示す真紅の照準《レティクル》を次々とロックオンしていった。

 

「臭え口は閉じてな!」

 

ジョニーが引き金を絞り込んだ瞬間、小銃(アサルトライフル)が耳を劈くような咆哮を上げた。

腹の底を叩くような重い連射音。短く制御されたバースト射撃が、薄暗い地下施設に閃光を散らす。

無造作に、ただ片手で放たれたように見えるその銃弾は、ヴォイドの示すナビゲーター(恐るべき演算能力)に導かれ、寸分の狂いもなく「仮想の照準」へと吸い込まれていった。

 

「がっ……!?」

「ぐあッ!」

 

最前列に陣取ってスマートウェポンを構えていた数名の警備員が、引き金を引く間もなく頭部を激しく後ろへ弾かれた。

軍用強化ヘルメットのバイザーごと眉間を正確に撃ち抜かれ、鮮血と脳漿を壁に撒き散らしながら、糸の切れた操り人形のように次々と床へ崩れ落ちる。

 

一切の無駄がない、神がかった精度での連続ヘッドショット。

圧倒的優位だったはずの包囲陣を一瞬にして血の海に変えられ、残された警備員たちは信じられないものを見たように動揺を隠せない。

 

「何をしている、撃てッ! 制圧しろ!!」

 

部隊長の怒号が地下空間に響き渡る。即座に我に返った黒装備の兵士たちが、一斉にアサルトライフルとスマートガンによる苛烈な十字砲火を開始した。

 

「ハッ、随分と熱烈なハグじゃねえか!」

 

ジョニーは壁を削り取るような弾雨を躱し、近くの太いコンクリート柱の裏へと滑り込んだ。

だが、その表情に微塵の焦りはない。

彼の網膜には今、壁の向こう側に展開してくる敵の配置、心拍数、所持している武器の種類、さらには放たれる銃弾の弾道予測線までもが、鮮明な赤いハイライトとして焼き付けられているのだから。

 

「ハッ、ハハハハッ!! 堪んねえな! 俺の頭ン中に直接、完璧なロックのビートが叩き込まれてやがる!」

 

ジョニー・シルヴァーハンドは、硝煙が立ち込める遮蔽物の裏で、まるで特等席のステージに立つかのように歓喜の嗤いを漏らした。

 

「どんな上等なオモチャで着飾ったコーポの犬だろうが、頭ブチ抜かれりゃ皆等しくただの肉塊だ! さあ、クソッタレども! 最高にイカれたライブと行こうぜ!!」

 

 

『右通路、敵影4。装甲貫通弾装填済み』

『左斜め前方、柱の死角から突入部隊。スマートガンのロックオンを探知。射線予測:頭部。即時回避推奨』

 

壁越しに迫るアラサカ部隊のスマート弾の軌道すら、ジョニーの目には事前に描かれた赤い線として視認できた。彼はただその赤い線を避け、次に顔を出すべきタイミングと、撃ち抜くべき「頭」の位置を把握して引き金を絞るだけでいい。

まるで世界そのものを俯瞰する神にでもなったかのような、圧倒的な全能感。

 

「おいおい空っぽ野郎《ヴォイド》! てめえの頭ン中のオモチャ、マジでどうなってやがる!? 俺が伝説のソロにでもなった気分だぜ!」

 

『……無駄口を叩いている暇があるなら、指示通りに動け。お前のその大仰な射撃モーションも止めろ。弾薬の無駄だ』

 

通信の向こう側から聞こえるヴォイドの声は、ジョニーの熱狂などどこ吹く風と言わんばかりに、ひどく冷え切って平坦だった。

 

「うるせえ! ロックンロールに効率求めてどうすんだ!」

 

悪態をつきながらリロードのために物陰に滑り込んだ瞬間、ジョニーの死角から、ステルス迷彩で息を潜めていたアラサカの警備員が飛び出してきた。

不意打ち。ジョニーが銃を向けるよりも、敵の引き金が引かれる方が早い。

 

だが。

 

『──無効化《テイク・ダウン》完了。右側面、クリアだ』

「がっ、あ……!?」

 

警備員は銃口から火を噴く代わりに、突如として白目を剥き、その場に痙攣して崩れ落ちた。ヴォイドがジョニーの視界を間借りして、瞬きほどの時間で敵の神経系サイバーウェアをショートさせたのだ。

 

次々と部下が倒れていく異常事態に、ついに部隊長が痺れを切らした。

 

「クソッ、援護しろ! 俺がやる!」

 

怒号と共に、部隊長の背骨に埋め込まれたサンデヴィスタンが赤い蒸気を噴き上げる。超加速された肉体が視界からブレて消える。網膜に焼き付くような赤い残像《アフターイメージ》だけを残し、両手に構えた軍用のカタナが、必殺の速度でジョニーへと迫る。

 

ジョニーの手元のライフルは弾切れを告げていた。

迫り来る白刃。だが、ジョニーの網膜には、部隊長の超加速すらも「完璧な予測軌道」としてスローモーションのように描画されていた。

 

『右斜め下への袈裟斬りだ。1歩前へ踏み込め』

 

頭蓋に響くヴォイドの演算結果。

ジョニーは一切の恐怖を捨て、あえて死地である相手の懐へと深く踏み込んだ。

 

「──なッ!?」

 

必殺の一撃を紙一重で躱された部隊長が、驚愕に見開いた目を向ける。

その硬直した極小の隙を突き、ジョニーは相手の腰のホルダーに差されていた予備の小太刀を銀腕で強引に引き抜いた。

 

「貰うぜ、コーポの犬」

 

狂犬の笑みと共に、下から上へとすくい上げるような逆袈裟の閃き。

肉と骨を断つ鈍い感触と共に、部隊長の首が胴体から綺麗に切り離され、宙を舞って血の雨を降らせた。

 

「ヒューッ! 傑作だな!」

 

間もなく全滅した警備部隊の死体の海と化した通路の真ん中で、ジョニーは血に濡れた小太刀を振り払い、肩で荒い息をしながら痛快な笑い声を上げた。

 

「……おいヴォイド。てめえのそのイカれたナビゲーション 、マジで上等じゃねえか。アラサカのクソッタレ共をブチ殺すには最高の相棒《バディ》じゃねえか 」

 

ジョニーは自身を完璧にサポートし切った『空っぽの男』へ、皮肉でも何でもない、彼なりの純粋な賞賛を送った。

 

だが。

 

『……賞賛は不要だ。増援が来る前に進め』

 

いつの間にか再び光学迷彩《オプティカル・カモ》を作動させ、空間に完全に溶け込んでいたヴォイドの声が、どこからともなく冷ややかに響く。

 

「ハッ、相変わらずノリの悪い野郎だ」

 

ジョニーが苦笑した直後、彼の視覚インプラントの視界に、次の目標ブロックへと続く3Dの道筋(ナビゲーション・ライン)が鮮やかな緑色で浮かび上がった。

 

「上等だ! このまま最後までブチ抜いてやるよ!」

 

全能感の余韻と興奮が冷めやらぬまま、ジョニーは新たな得物であるアラサカの小太刀を肩に担ぎ、意気揚々と緑色のガイドラインを踏み出していく。

 

『……浮かれるなよ、ロッカーボーイ。今見せているのは、お前が派手に扉を吹き飛ばし、警報が鳴る前の構造データに基づくルートだ。システムは随時更新しているが、アラサカが物理的なトラップを起動している可能性は高い。……足元には気をつけろ』

 

「ハッ、ビビってんじゃねえよ! 勢いに乗ってる時は、そのまま突っ切るのがロックの基本だ!」

背後からの冷ややかな忠告を鼻で笑い飛ばし、ジョニーは血に濡れた小太刀と小銃を担いだまま、次の角を曲がろうと大きく踏み出した。

 

だが、その瞬間。

ジョニーの意思とは無関係に、彼の左腕──ミリテク製の重厚な銀腕の駆動系が、突如としてけたたましいモーター音を鳴らして跳ね上がった。

 

「──なッ!?」

 

銀腕がジョニー自身の胸ぐらを強引に掴み、凄まじいトルクで後方へと乱暴に引き倒す。

直後、彼がたった今踏み込もうとしていた空間を、高出力の単分子レーザーグリッドが青白い閃光と共に交差した。もし一歩でも足を踏み入れていれば、伝説のロッカーボーイは一瞬でサイコロステーキにされていただろう。

 

コンクリートの床に尻餅をついたジョニーの額を、一筋の冷や汗が伝い落ちる。

 

「……おい、てめえ。今、また俺の腕を勝手に動かしやがったな?」

『警告したはずだ。お前の頭蓋骨の中身は、その長ったらしい髪の毛の栄養分しか入ってないのか』

「チッ……クソッタレが!」

 

背後の暗がりから聞こえる平坦な毒舌に、ジョニーは悪態をつきながら立ち上がった。だが、文句とは裏腹に、その顔にははっきりと死を間近で感じた冷や汗が浮かんでいる。

 

(……マジでこの空っぽ野郎、俺のサイバーウェアまで完全に掌握してやがる)

 

パーソナルリンクでの物理接続《ジャック・イン》。それは己の命綱を完全に相手に握らせていることと同義だ。だが、今はその異常なサポートに頼らざるを得ない。

 

その後も、ジョニーの軽率な行動のたびにヴォイドが強制的に義体を操作して致命傷を回避させるという、ひどく胃の痛くなるような強行突破が続いた。

それでも、二人の歪な連携は確実にアラサカの包囲網を食い破っていた。道中に立ち塞がる警備部隊を血祭りに上げながら、順調に数ブロックを突破し、地上へと続くシャフトへと近づいていく。

 

その最中、ヴォイドの視界の端で、ネットワークのステータスアイコンが赤色から黄色へと切り替わった。

 

(……外部への帯域幅(バンドウィズ)が確保できたな)

 

道中、アラサカの防壁を突破するついでに、地下施設内のサブネットのアクセスポイントを片端から物理的に破壊してきた結果だった。強固なジャミングの網目(グリッド)に穴が開き始めたのだ。

 

『──ジョニー!! 聞こえる!? 脳みそフライになってない!?』

 

突如、ジョニーの通信インプラントに、ひどく焦燥した女の声が飛び込んできた。

スパイダー・マーフィーだ。

 

「……おう、スパイダー。随分と遅いお出ましじゃねえか。こっちはとっくに死にかけて、今は地獄から這い上がってるところだぜ」

『遅いお出まし? よく言うわよ、この単細胞! あんたが後先考えずにアラサカのメイン・データ・フォートレスの入口に物理的な風穴なんか開けるから、あの死んだイカれ野郎(レイチ・バートモス)の遺物みたいな自律型デーモンやら、企業特製の致死性防壁《ブラックICE》やらがセクター中に溢れ返ったんじゃない! おまけにアラサカの妨害電波もね! こっちはあんたが撒き散らしたデジタルなクソの処理に追われながら、自分の神経系(ニューラル)焼かれないようにトラフィック捌いてたの! むしろ五体満足で通信繋がったことに感謝しなさいよ!』

 

息も絶え絶えに文句を捲し立てるスパイダーだったが、彼女の言葉は途中でピタリと止まった。

 

『……ちょっと待って。ジョニー、あんたのパーソナルリンク、別の接続点(ノード)と直結《ジャック・イン》してるわね?』

優秀なネットランナーである彼女の知覚(センサー)が、ジョニーの視覚インプラントに間借りしている強大な「異物」の存在に気づかないはずがなかった。

 

『何この異常なパケットの波形……。あんたの視覚インプラント《オプティクス》に間借りしてるそのUI、信じられないくらい最適化《コンパイル》されてるじゃない。アラサカのスマート兵器の弾道予測アルゴリズムと、敵味方識別(IFF)の偽装コードを、この速度でリアルタイム・レンダリングしてるの!?』

「……そうだ」

 

ジョニーの視界を共有したまま、ヴォイドが短く答える。

 

『その声! あんたあの時の幽霊(ゴースト)!? アハハ、傑作ね! あんなに殺し合いそうになってたのに、結局即席のバディ組んで仲良くローカルネット共有して脱出してんの!?』

「誰が仲良く、だ。この空っぽ野郎をただのナビとして使役してやってるだけだ」

 

ジョニーが忌々しげに吐き捨てるが、スパイダーの興味はすでにロッカーボーイの意地などには向いていなかった。

 

『ねえ幽霊(ゴースト)! あんたが今ジョニーに噛ませてるその戦闘支援システム、どんな構造(アーキテクチャ)組めばそんな処理落ちゼロの化け物コードが書けるのよ!? お願い、その基礎構成(ソースコード)ごと私のデッキに転送(アップロード)して! 絶対にリバースエンジニアリングしてアタシのオモチャにしてあげるから!』

 

回線の向こう側で、スパイダーが目を輝かせてオタク特有の早口になっているのが手に取るようにわかる。

 

『……構わない。暗号化プロトコルは解除してある。受信ポートを開け』

 

ヴォイドは躊躇うことなく、その要求をあっさりと呑んだ。彼にとって、自身の構築したコードなどただのツールのひとつに過ぎず、執着するようなものではなかったからだ。

 

『パッケージ受信完了! さっすが都市伝説の幽霊(ゴースト)サマ、話が早くて最高! 愛してるわ! ジョニーみたいな頭の硬い旧式《レガシー》なんかと組むより、絶対私と組んでサブネット荒らした方が儲かるわよ! あ、それと私もヴォイドって呼んでいい?』

『……検討事項に入れておこう』

 

「……おい」

 

通信回線越しに、ハッカー同士の高度な専門用語の応酬が始まり、ジョニーは完全に蚊帳の外に置かれていた。

 

「おい! てめえら、いつの間にそんな意気投合しやがった!」

 

誰も答えない。

スパイダーは送られてきたコードの解析に夢中になり、ヴォイドは相変わらず冷徹に次の区画のセキュリティをハックしている。

 

「……クソッタレが。てめえらは安全な特等席で見物して、なんで俺一人だけが血みどろでステージのど真ん中に立たされてんだよ!」

『文句を言っている暇があるなら右へ避けろ。通気口からマンティコア・ドローンが来るぞ』

『ジョニー、右よ右! あんたに死なれたらこの化け物システムの実証データが取れなくなっちゃうでしょ! ほら、とっととあのドローンをスクラップにしてきなさい!』

 

「てめえら、ここを抜けたら絶対にまとめて頭カチ割ってやるからな!!」

 

理不尽な扱いに悪態をつきながらも、ジョニーは迫り来るアラサカの重武装ドローンに向けて、銀腕に握ったアサルトライフルを構えた。

狂犬と、幽霊と、天才ハッカー。

奇妙な連帯感で結ばれた最悪の三人の連携は、控えめに言っても劇的な効果をもたらしていた。

 

 

スパイダー・マーフィーがアラサカのローカルネットに蔓延る厄介な自律型デーモンどもを片端から無力化(デリート)していくことで、ヴォイドは演算リソースの全てを「ジョニーの戦闘支援」と「物理的なセキュリティの突破」に全振りすることが可能になった。

ジョニーの視界には、ヴォイドの冷徹な赤いガイドラインに混じって、時折スパイダーのポップで悪趣味なピンク色のデカールが瞬き、ドアのロックを次々と吹き飛ばしていく。

 

アラサカの精鋭部隊の死体の山を築き上げながら、ついに三人は地上へと続くメインシャフトまで残り数ブロックという地点まで到達していた。

 

「ハッ! 最高だぜ! おい空っぽ野郎、スパイダー! このまま正面のメインゲートを派手にブチ破って、アラサカの連中に最高にロックな中指を立てて凱旋しようじゃねえか!」

 

血とオイルに塗れた小太刀を肩に担ぎ、ジョニーはアドレナリン全開で吠える。

 

『……却下だ。目的は脱出であって、お前の承認欲求を満たすことじゃない』

 

だが、ジョニーの背後で空間と同化しているヴォイドは、その熱狂を氷点下の声で一蹴した。

 

『正面ゲートにはすでにアラサカの重装甲部隊が集結しつつある。外に出た瞬間にハチの巣だ。ルートを変更する。右折した先にある、警備の手薄な旧式の搬入用シャフトから抜ける』

「チッ、相変わらずノリの悪い野郎だ。オーディエンスのいない裏口からコソコソ帰るなんて、ロックボーイの辞書には──」

『文句があるなら貴様だけ正面から蜂の巣になってこい。俺は一人で抜ける』

「ああもう分かったよ! 行きゃあいいんだろクソが!」

 

悪態をつきながらも、ジョニーはヴォイドが視界に引いた緑色のナビゲーションラインに従い、暗く埃っぽい搬入用通路へと足を踏み入れた。

スパイダーの事前スキャンでも、この区画の熱源反応はゼロ。アラサカの警備網の盲点であることは間違いなかった。

 

だが。

 

『──ジョニー、止まれ』

 

不意に、ジョニーの頭蓋に響くヴォイドの声から、平坦な無機質さが消えた。

微かな、しかし確かな「警戒」の響き。

 

「あぁ? どうした、またトラップ──」

 

ジョニーが足を止めた直後、彼から十メートルほど離れた通路の中央で、何もない空間が陽炎のように揺らいだ。

ノイズと共に光学迷彩が解除され、一人の男が姿を現す。

 

(……俺の迷彩(オプティカル・カモ)には及ばないが、先程の暗殺者(ニンジャ)よりも遥かに高出力なステルス技術。……それに、スパイダーの索敵センサーすら完全に欺いていたのか?)

 

『ちょっと待って、嘘でしょ!?』

 

通信越しに、スパイダーの裏返った声が響く。

 

『私の索敵(スキャン)アルゴリズムを完全にすり抜けた!? ただの光学迷彩じゃない、熱源から足音の波形まで完全に環境ノイズと同化してたなんて……!』

 

ヴォイドとスパイダーが驚愕する中、現れた男は、先ほどの死神《ニンジャ》たちとは異なり、その顔を隠していなかった。

鋭い眼光と、冷徹な意志を宿した東洋人の顔立ち。無駄を削ぎ落としたしなやかなサイバー・ボディは、装甲の分厚さよりも圧倒的な「速度」に特化していることが一目でわかる。

 

男は腰に帯びた二振りの単分子カタナの柄に手を添え、静かに、だが通路を震わせるほど通る声で高らかに名乗りを上げた。

 

「某(それがし)はオダ。アラサカの繁栄と、誇り高き一族の血脈に懸けて、貴様らネズミのこれ以上の狼藉は許さぬ。死を以て償ってもらう」

「ハッ、時代錯誤のサムライ気取りかよ。コーポの犬はどいつもこいつもセリフがカビ臭くていけねえな!」

 

ジョニーは不敵に嗤い、銀腕で小太刀を構え直す。

だが、次の瞬間。

 

鋭い金属の駆動音と共に、オダの首元から展開した鬼面のような装甲マスク《メンポ》が、彼の素顔を覆い隠した。

それと同時に、オダの背骨に埋め込まれた軍用サンデヴィスタンが、致死量の赤い蒸気を噴き上げる。

 

『ジョニー、気をつけて! そいつのインプラントの出力、さっきの連中とは次元が──』

 

スパイダーの悲鳴じみた警告よりも早く。

 

『ジョニー!! 避けろ!!』

 

ヴォイドの鋭い指示が飛んだ時には、オダの姿はすでに元の場所から完全に「消滅」していた。

 

「なッ──!?」

 

ジョニーの視覚インプラントが、アラートの赤色で埋め尽くされる。

ヴォイドの絶対的な演算による「弾道予測線」の描画すらも置き去りにするほどの、純粋で暴力的な超加速。

一瞬にしてジョニーの懐へと潜り込んだオダの双眸が、メンポの奥で赤く発光した。

 

下から上へとカチ上げられる、不可視の刃の斬撃。

 

「──おおおぉぉオオッ!!」

 

ジョニーは本能のままに咆哮を上げ、持っていた小太刀を盾にするように強引に振り下ろした。

 

直後、けたたましい金属の悲鳴が暗い通路に反響し、視界を白く染め上げるほどの火花が弾け飛んだ。

ジョニーの持つアラサカ製小太刀の刀身が、オダの単分子カタナによる神速の連撃を受け、瞬く間に熱を帯びて赤熱していく。

 

「重ッ……! はええなクソッタレが!」

 

常人ならすでに三十回は細切れにされているであろう斬撃の嵐。ジョニーは自身の戦闘経験と、ヴォイドが視界に強制的に割り込ませる「回避シーケンス」を頼りに、必死の防戦を強いられていた。

 

「ハァッ、ハァッ……! クソッ、てめえら、どうなってんだ!? さっきまでのハッキングの魔法はどうした!」

 

右へのステップで袈裟斬りを躱し、コンクリートの壁が背中に触れた瞬間、ジョニーは血を吐くような声で通信回線へ怒鳴った。

銀腕で握ったアラサカ製小太刀の刀身は、オダの猛烈な連撃を受け続けることで最早限界を迎えつつある。刀身はひしゃげ、刃こぼれというよりは「削り取られた」ようにボロボロだった。

 

『……不可能だ』

 

通信越しに響くヴォイドの声には、先ほどまでの全能感が嘘のように、確かな焦燥が混じっていた。

 

『奴の人工神経(ニューラル)も、サンデヴィスタンの制御系も、一切の外部通信を遮断している。完全なスタンドアローンだ。アラサカのサブネットにも、軍用の戦術データリンクにも繋がっていない。……アクセスするための「扉」そのものが存在しない』

 

ヴォイドは暗がりに身を潜めながら、見えない歯を強く噛み締めた。

システムが常軌を逸した演算能力とハッキングスキルを持っていようと、物理的な接続点がない完全な独立環境《ローカル》のクロームには干渉のしようがない。

 

そしてそれは同時に、目の前の男──オダの、戦闘者としての異常性を証明していた。

現代の軍用サイボーグのセオリーである「AIによる戦術支援」や「味方とのデータリンク」を一切捨て去っている。確かに優れたサイバーウェアは纏っているが、己の純粋な技量と反射神経のみで、アラサカの戦闘上位者(ニンジャ)に立つ。それがいかに狂気じみた鍛錬と狂信の産物であるか。

 

「チッ、上等なクローム着込んでるくせに、やってる事は原始的なチャンバラかよ! コーポの犬の分際で、外の回線《ネット》にはビビッて引き籠ってやがるとは恐れ入るぜ!」

 

ジョニーは悪態をつきながら、再び迫り来るオダの刃を下から弾き上げる。

重い金属音。ジョニーの膝が折れそうになるほどの凄まじい膂力。

 

「吠えるなネズミ。それに我らは失敗を許されぬ。万全を期すのが戦士の務め」

 

オダのメンポの奥で、無機質な赤い双眸が冷酷にジョニーを見下ろす。

サンデヴィスタンによる超加速の中でありながら、オダの呼吸は全く乱れていない。対するジョニーの息はとうに上がりきり、先ほどのニンジャにつけられた左肩の傷からは再び血が滲み出し、彼の体力を容赦なく削り取っていた。

 

『──「我らは網を編む。見えない糸で、冷たい電子の底に」』

 

ふいに、ひどくノイズまみれの通信回線に、スパイダー・マーフィーの不気味なほど落ち着いた声が響いた。

それは状況報告でも、戦術的なアドバイスでもない。意味不明なポエムだった。

 

「おいスパイダー! てめえ、こんな時に何ラリってんだ!」

『「鋼の鬼は扉を持たず、されどその目には星が映る」……うるさいわねジョニー、黙ってて! 今、物理的な入力ポートを経由しない、視覚情報《オプティクス》の光点明滅パターンによる強制的なバッファオーバーフロー攻撃※1のコードを組んでるの!』

 

極限状態の中で、天才ハッカーの脳内は完全に別の次元へとトリップし始めていた。彼女は完全に手詰まりとなった現状を前に、正気の沙汰とは思えない手段でオダの独立環境《ローカル》への侵入を試み続けているのだ。

 

『ダメ、プロトコルが弾かれた。こいつのオプティクス、軍用の最新式のアイスで網膜保護されてる!』

 

「ならそのポエムを読むのをやめて、俺がミンチになる前に別のアプローチを考えやがれ!!」

 

ジョニーが怒鳴った瞬間、オダの姿が再びブレた。

 

「しまッ──」

『右へ飛べ、ジョニー!』

 

ヴォイドの警告と同時に、ジョニーは無理やり身体を右へと投げ出す。

直後、彼の立っていた場所の壁が、豆腐でも切り裂くように深く、鋭く抉り取られた。もしヴォイドの警告がコンマ一秒でも遅れていれば、ジョニーの胴体は真っ二つにされていた。

 

「……ハァッ、ハァッ」

 

床を転がり、なんとか立ち上がったジョニーだったが、その足取りは明らかに限界を迎えていた。

体力も、武器も、限界だ。

対するオダは、再び二振りの単分子カタナを静かに構え直し、無慈悲に歩を進めてくる。

 

暗がりに潜むヴォイドは、冷徹な演算でジョニーの生存確率が「0%」に収束していくのを確認していた。

このままでは、ジョニーシルヴァーハンドは死ぬ。

ヴォイドは、静かに、そしてひどく緩慢な動作で自身の両手──素肌《リアルスキン》を纏った、戦車すら解体できる「兵器」である自身の拳を見つめた。

 

(俺自身が、手を下すしかないのか……?)

 

自らのスペックをアラサカの前に晒す。それは、彼が最も避けたかった「最悪(最善)の選択」だった。

だが、迷っている時間は、もう一秒も残されていなかった。

ヴォイドは拳を握りしめ、視線を対峙する二人へと向けた。

 

 

一方のジョニーも、血の味がする唾を吐き捨て再び覚悟を決めていた。

名もなきニンジャに殺されかけた時と同様に、最期まで抗おうと折れた小太刀を握り直そうとした。

──その瞬間だった。

 

『──少し体を借りるぞ、ジョニー』

 

頭蓋に響いたヴォイドの怜悧な声と同時に、ジョニーの意思とは無関係に、限界を迎えていたはずの彼の左腕──銀腕が唐突に跳ね上がった。

直後、オダの放った不可視の神速の袈裟斬りが、ジョニーの首を刎ねる寸前でピタリと止まる。

 

「な……ッ!?」

 

オダの仮面の奥で、驚愕に見開かれた目が赤く光る。

ジョニーの銀腕が、自身の首の皮一枚のところで、オダの単分子カタナの刀身を指で挟み込むように──完璧な真剣白刃取りで受け止めていたのだ。

 

ギリギリギリッ! と、銀色のクロームが許容量を超えた負荷に悲鳴を上げ、掌から火花と白煙を噴き上げる。

 

「ぐぅぉぉッ!? おいヴォイド、腕がイカれちまうぞ!!」

 

だが、ヴォイドの狙いはジョニーに防御させることではない。オダの「足」を止めることだ。

神速の死神の動きが完全に停止したその刹那、オダの背後の空間が陽炎のように歪み、光学迷彩を解いたヴォイドがヌルリと実体化した。

 

「──チッ!!」

 

背後の異常な気配に気づいたオダが、もう一振りの刀を反転させて突き立てようとする。だが、遅い。

ヴォイドは無言のままオダの背後に密着すると、その両腕を鋼鉄の万力のような力で強引に背中側へと拘束し、完全な羽交い締めへと持ち込んだ。

 

「グ、おォ……ッ!? 貴様、この出力は……!?」

 

サンデヴィスタンによる超加速と、アラサカ最高峰の軍用クローム。その絶対的な膂力を持ってしても、オダは背後の男の腕をミリ単位すら振りほどくことができなかった。

規格外のサイバーウェア。かの最強のサイボーグに匹敵する絶対的な暴力の前に、オダの肉体は完全に無力化されていた。

 

オダの動きを封じ込めたヴォイドが、血を吐くような余裕のない声で叫ぶ。

 

「ロッカーボーイ!! 奴の神経ソケットへ物理接続《ジャック・イン》しろ!!」

『ジョニー!『完全な独立環境(スタンドアローン)』だったら、直接ケーブルをブチ込むしかない!』

「ハッ……最初からそう言えや!!」

 

ジョニーは咄嗟の機転で、オダの刀を抑え込んでいた銀腕──すでにヴォイドの制御を離れていた──を離し、生身の残る右腕の手首からパーソナルリンクのケーブルをシュルリと引き出した。

そして、ヴォイドの異常な力によって微動だにできず硬直しているオダの首裏──装甲の隙間に露出したデータポートへと、躊躇なく自らのリンクケーブルを突き刺した。

 

『──「赤い光が三度瞬く時、扉は開かれ、深淵が覗く」』

 

物理回線が繋がった、まさにそのコンマ一秒後。

ノイズまみれの通信回線から、言葉遊びの結末をなぞるスパイダー・マーフィーの狂騒的な声が響き渡った。

 

『かくして扉は開かれた! 冷たき電子の底で、鬼の脳髄(ニューラル)を啜り貪る!!』

 

スパイダーがジョニーのリンクを経由してオダの完全独立環境へと流し込んだのは、彼女が即席でコンパイルを終えていた致死性の軍用デーモンだった。

 

「が、あァァァァアアアアッ!?」

 

オダの全身が激しく跳ねた。

サンデヴィスタンが制御を失って暴走し、背中のポートから黒い煙を噴き上げる。強固なアイスで守られていたはずの彼のインプラントは、内側から強引に焼き切られ、メンポの隙間から血の混じった泡が吹き出した。

 

「離れろ!」

 

ヴォイドが拘束を解き、ジョニーと共に素早く後方に飛び退く。

直後、オダは痙攣しながらコンクリートの床に崩れ落ちた。彼の視覚インプラントの赤い光は明滅を繰り返し、やがて消えかけの電球のように暗くなっていく。

 

仰向けに倒れたオダは、もはや指先一つ動かすことすらできない状態でありながら、憎々しげな視線をジョニーとヴォイドに向けた。

 

「我が、忠義……。御前(サブロウ様)の、礎と……ならん……」

 

カツン、と仮面が外れ、血に濡れた口元から最後の呼気が漏れる。

ジョニーとスパイダーには理解不能の言語。

 

「……影と散る、無念の刃、残るとも……三太夫、後は……」

 

それが、アラサカの誇る最強の死神の最期だった。

完全に機能停止したオダの死体を見届け、ジョニーは糸が切れたようにその場に座り込んだ。

 

「……ハァッ、ハァッ。クソッ、マジで死ぬかと思ったぜ……」

 

銀腕からはいまだに焦げた匂いと白煙が立ち上り、全身の傷からは絶え間なく血が流れている。

 

その横で、ヴォイドは静かに自身の両手を見下ろし、小さく、誰にも聞こえないほどの微かな安堵の息を吐き出した。

 

(……なんとかなった、か)

 

完全な肉弾戦に持ち込まれれば、ジョニー達に彼自身の「異常性」を隠し通すことは不可能だった。薄氷を踏むような勝利だった。

 

『──ぷはぁっ! あーッ、スッキリした!!』

 

ふいに、ジョニーとヴォイドの通信回線に、いつものスパイダーの明るい、しかし疲労困憊の声が飛び込んできた。

先ほどの狂気じみたポエムの面影など微塵もない、オタク特有の軽いノリだ。

 

『軍用スタンドアローンの壁を外側から突破するなんて、流石のアタシでも脳みそ焼き切れるかと思ったわ! ほら、ジョニー! ヴォイド! ボサッとしてないで早くそこから離脱する! トラウマ・チームとアラサカの事後処理部隊がもうそこまで来てるわよ!』

 

「……チッ、人使いの荒い女だぜ」

 

ジョニーは悪態をつきながらも、ヴォイドが差し出した手を無言で掴み、重い身体を引きずり起こした。

 

性格も、思想も、アプローチの仕方も、何一つ噛み合っていない。

だが、この得体の知れない「空っぽの男」と、イカれた天才ハッカー、そして狂犬のロッカーボーイという即席のチームは、互いの足りない部分を補い合い、見事に「絶対の死地」を食い破ってみせたのだ。

 

遠くから鳴り響くサイレンの音を背に、ジョニーとヴォイドは暗い搬入用シャフトの階段を駆け上がる。

酸性雨の降るナイトシティの濁った空気が、ようやく彼らの肺を満たした。

 

 

 

※1 「無線通信が切られててハックできないなら、あいつの目ん玉に直接『光の点滅で作ったウイルスコード』を見せつけて、脳みその処理能力をパンクさせて強制的にエラーを起こしてやる!」という、まさに天才ハッカーならではの強引極まりない力技

 




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