余命わずかな銭ゲバ令嬢が、無自覚に周囲を曇らせるまで   作:初手ごちそうさまはあまりにも基本

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銭ゲバ公爵令嬢

 

 ――よし、おっさんのケツ穴はこのあたりか。

 

 俺ことセシリア・ド・ボーフォール()()()()は、息を殺しながら目的地に向かって進み続ける。

 

「え~、本日は我がボーフォール家にお越しくださり、誠にありがとうございます!」

 

 垂れ幕の向こう側では、父上にあたるギウス・ド・ボーフォールが今まさに演説を始めるところだった。広範囲に自分の声を届ける魔導具(マイク)を片手に持ち、聴衆を見渡している。

 

 そう。

 本日は年に一度の、伯爵家以上の貴族が集まる会合が開催されている。

 一般には出回っていない情報をそれぞれで交換したり、貴族同士の政略結婚を画策したり、それぞれの派閥で牽制し合ったりなど――。

 

 単なる〝社交の場〟には留まらない、ここオルフェウス王国の未来を左右する会合である。

 

 本来ならば、公爵家ではなく王家が中心となって開催するものだけどな。

 だが今回は、あえてボーフォール公爵家の屋敷で執り行うこととなった。なぜならば――。

 

「よし、いくのだセシリアよ! おぬしの渾身の一撃(カンチョー)を見舞ってやれ!」

 

 壇上の垂れ幕の裏側で、現国王アリアヌス・フォ・アルフェンスがそう小声で話しかけてくる。

 

「……陛下。重ねて言いますが、お約束を覚えていらっしゃいますね?」

 

「ええい、当然じゃ! あのジジイに一泡吹かせてくれれば、100万ゴールドだって1000万ゴールドだってくれてやるわい!」

 

「クク、その言葉を待ってましたよ」

 

 そう言って不敵に笑う俺。

 前世の自分だったら小汚いおっさんが笑っている構図だっただろうが――今の俺は公爵令嬢。しかもセシリアといえば、このファンタジー漫画世界でも一、二を争うほどの美少女だったので、可愛い女の子が不敵な笑みを浮かべている状態である。

 

 ――セシリア・ド・ボーフォール。現在18歳。

 病弱ではあるものの、気品があって、スタイルも美しくて、男たちの憧れでもあって……。

 

 そんな可愛い女キャラに、俺は転生してしまった。

 

 ここは前世で読み込んでいたファンタジー漫画の世界。どうしてこんな世界に生まれ変わってしまったのかは不明だが、俺は前世でも好き勝手に生きてきた人間だ。公爵令嬢としての堅苦しい生活なんてハナから御免である。

 

 そんなことよりも、金を腐るほど稼いで、うまいもん食って、前世の俺では手が届かなかったような豪遊生活をしたい。こんなこと、父上に言ったらまた大目玉を喰らうんだろうけどな。

 

 いくら外面は〝可憐な公爵令嬢〟であろうとも、俺の内面は小汚いおっさんでしかない。足が臭すぎて仕事をクビになり、ホームレス仲間と馬鹿騒ぎしているだけの毎日だった。馬鹿な奴らと毎日飲んだくれていたので、ぶっちゃけホームレスの時が一番楽しかったまである。

 

 それゆえに、俺はおっさんとのコミュニケーション能力が無駄にうまくなったようでな。

 こうして国王と仲良くなるのは朝飯前だった。

 父親だけは絵に描いたような堅物なので、どうしても俺とは相性が悪いわけだが。

 

「我がオルフェウス王国が独立を果たしてから、長くも三千年が経ちました。初代国王様であるディスナ陛下は――」

 

「それ、今じゃセシリア! 強烈な一撃を見舞ってやれい!」

「はいはいっと……」

 

 そういや、前世でも総理大臣のケツにカンチョーをかましてやったんだったか。

 転生してもやることは同じかよと思わなくはないが、まあ別にいい。これが俺という人間だからだ。

 

「であればこそ、諸君! 今日という記念すべき日を祝して、ぜひとも皆で親交を……ぐぽおおっ‼」

 

 今までクソ真面目に演説していたはずが、突如にして大悲鳴をあげる父ギウス。

 総理大臣をも顔を悶絶させた俺の必殺カンチョーを喰らって、平然としていられる奴はいないからな。

 

「ほっほっほ! 良い気味じゃのギウス! なっさけない悲鳴をあげおってからに」

「ふふ、俺も――いや、私もせいせいした気分ですよ。あんなにクソ真面目に生きてるなんて、ほんと昭和の頑固親父って感じです」

「わっはっはっは! 昭和ってのはよくわからんが、頑固親父ってのには同意じゃ! ほっほっほ‼」

 

 

「――へぇ。誰が頑固親父ですって?」

 

 

「…………あ」

 

 二人してほくそ笑んでいる間に、俺たちの姿を気づかれたらしい。

 背後を振り返った父ギウスが、俺とアリアヌス国王を交互に睨みつける。

 

「陛下。なぜ我がボーフォール家で会合を開催することにしたのか、今の今まで私にはわかりませんでしたが……。よもや()()()()ではありますまいな?」

 

「ひえっ。そ、そんなことあるわけないじゃん。ひゅ~ひゅ~」

 

 窮地を悟ったのか、わざとらしく口笛を吹くアリアヌス国王。

 

 国王は六十代半ばで、父ギウスは四十代前半。

 立場的にも年齢的にも国王のほうが圧倒的に格上なのだが、なぜか父ギウスが国王を追い詰めている状況だった。

 

「おまえもだセシリア!」

 

 ぎくっと。

 急に名前を呼ばれ、俺は背筋を伸ばしてしまう。

 

「まったく、十五歳までは良い子だったというのに、いったいどこで道を踏み外してしまったのだ。昔のおまえはあんなに可愛く……」

 

 その十五歳ってのは、ちょうど俺の人格が覚醒した頃合いなのだが……。

 って、今はそんなことはどうでもいい。

 

「ちょっと国王陛下、父上を止めてくださいよ。このまま説教が始まったら何時間かかることか」

 

「そうは言われてものう。ギウスが言ってることは正論じゃし」

 

「そんなことはありませんよ陛下。父上は便秘に悩んでおりました。そこでほら、直腸に大きな穴を開けることで、でっかいうんこが……」

 

「この、馬鹿者どもが~~~~~~~ッ‼」

 

 びゅん! と。

 まさか剣を隠し持っていたのか、父ギウスが俺と国王に向けて刀身を横一文字に振り払った。

 ギリギリ頭上を掠めていったからまだ良かったものの、数センチの差で俺と国王の額に傷がついているところだったぞ。

 

「ば、馬鹿者は貴様じゃギウス! 〝国王〟と〝実の娘〟に剣を振るう奴がおるか!」

 

「問答無用です! 今日こそは私も容赦はしませんよ!」

 

「ぐうっ……! こ、この無礼者め!」

 

 格式高きボーフォール家での会合は、もはや混沌状態に陥っていた。

 

 父ギウスは俺たちに剣先を向けてきているし、それに伴って聴衆たちも戸惑いの声をあげている。まあだいたいの者たちが、「また始まった」と言わんばかりに呆れの表情を浮かべている状態だけどな。

 

「はあ、またこの流れか……」

「まさに親の顔より見た光景ですな」

 

 そう。

 まさしくこれは〝いつものこと〟。

 俺が父ギウスに向けてカンチョーをしたことも、そんな父が俺や国王に向けて剣を振るったことも、まさに日常茶飯事の出来事と言えた。

 

「というより、あのセシリア令嬢も随分と明るくなったものですな。以前はこう、もう少しお淑やかだった印象なのですが……」

「三年前から様子が変わったようです。もうご病気や立場に振り回される人生を辞めたいとおっしゃっていたようですね」

「そうは言っても、だいぶ割り切りすぎなような……」

 

 名だたる貴族たちがこういう風に噂話をしているのも、もはや様式美だと言えるだろう。

 

 ――とまあ、そんなことを考えている場合ではない。

 

 今、俺たちの目の前には、殺意マシマシの父ギウスがいる。

 現在は戦場に出ることのない父ギウスだが、戦闘力は本物。若かりし頃は王国軍の中将にまで上り詰め、漫画の設定では剣で戦車を一刀両断していたという。貴族なのに王国軍に入るとか、戦車を剣で斬るとか、どんだけ設定盛ってんだよ。

 

 とにもかくにも、父ギウスがキレたら本気でやばい。

 この会場どころか、街ひとつくらい余裕で消し飛ぶだろう。

 

 となれば、やることはひとつ!

 

「おらぁっ、喰らいやがれっ!」

 

 品性の欠片もないセリフを吐き出しつつ、俺は思い切り右足を振り上げる。

 瞬間、ガラス製のヒールが勢いよく吹き飛んでいき――父ギウスの顔面に激突した。

 

「ぐおうっ……!」

 

 父ギウスもこの動きを読み取れなかったか、無様に悲鳴をあげるのみ。

 

「おお、あれがセシリア様必殺のヒール投げ……!」

「元中将をも怯ませるとは、さすがはギウス様の血を引いていらっしゃるだけはある……!」

 

 よしよし、いい感じだ。

 父ギウスが怯んでいるこの刹那こそが絶好の機会である。

 

「行きますよ、国王陛下! 今のうちに逃げるのです!」

「ほっほっほ! さすがはセシリア、大胆じゃのう!」

 

 国王の腕を掴み取り、俺は会合の会場を後にするのだった。

 

★  ★  ★

 

 

 王都オルフェウス。

 

 その路地裏に逃げ込んできた俺は、ひとまず荒れまくった呼吸を整えることにする。

 ちなみにアリアヌス国王は既に王城へと帰還済みだ。溜まりまくっている公務があったらしく、探し回っていた大臣によって強制的に帰らされた形である。

 

「助けておくれ、セシリア~~~!」

「仕事したくないよ~~~」

 とか叫んでいたが、面倒くさかったので放置しておいた。

 

 ……っていうか、仕事溜まってんのにカンチョーで遊んでる場合じゃねえだろ。

 このあたりの破天荒さもまた、アリアヌス国王の特徴のひとつでもあるが。

 

「けどまあ、ここまで来りゃあの頑固親父も追ってこねえだろ……」

 

 そうひとりごちながら、俺は路地裏を力なく歩き続ける。

 オルフェウス王国を代表する公爵家のひとつ、ボーフォール家。その令嬢が出歩くにしてはあまりにも小汚い場所だが、もちろん、俺はそんなこと気にしない。

 ――おいおい、みっともねえな清志(きよし)。そんなにガツガツ食わなくたって、飯は逃げやしねえよ――

 ――うるへー。ほまえはいふうはうかかかったほんしゃねえそ――

 ――ちゃんと飲み込んでから喋れよ……!――

 

 野宿に慣れていたホームレスおじさんにとって、これくらいの環境は序の口。むしろ俺にしてみれば、これでもまだ綺麗すぎるほうだ。

 

「そういや、野崎のクソじじい今でも元気でやってんのか……?」

 

 ふとした時に思い出すのは、日本に置いてきたホームレス仲間たち。

 

 みんな訳ありの連中だし、互いの過去を詮索したりはしない。過去にどんな半生を過ごしてきたのか、どんな人と関わってきたのか……そんな立ち入った話はしない。

 

 それでも、俺たちの間には不思議な絆が生まれていた。

 特に野崎のクソじじいは、もう八十を過ぎたのにやかましいほど元気でな。俺もよくガミガミと怒鳴られていたもんだが、ほとんどの歯が抜けていたので、何を言っているのかわからない。

 

 それを俺が突っ込んで、互いに笑い合う日々を送っていたんだっけか。

年齢も年齢だし、そろそろ身体にもガタが来てそうだったけどな。今も元気に過ごしているといいが……。

 

「ぐぷっ…………!」

 

 と。

 ふいに吐き気を催した俺は、たまらず近くの地面に内容物を吐き出す。

 

「だはは、参ったなこりゃ。いくら心は元気でも、身体は正直ですってか」

 

 ――そう。

 俺は晴れて公爵令嬢(金持ちの娘)として生まれたわけだが、それで何もかもがハッピーになったわけでもない。

 

 前述の通り、このセシリア・ド・ボーフォールは病弱な身体でな。

 生まれつき身体が悪く――医師の診察によれば、余命はあと一年のみ。

 

 俺には詳しいことはわからんが、たしか超過魔力循環病(ちょうかまりょくじゅんかんびょう)という病名だったか。

 体内の魔力回路が暴走し、身体の臓器という臓器に負荷がかかり続けるのだと聞いている。しかし過剰な魔力によってそれらの臓器は〝見かけ上〟は正常に稼働し続け、死ぬその直前まで、俺は身体に不調を感じることはない。

 

 たまにこうして、吐き気を催したりすることはあるけどな。

 余命一年という差し迫った状況の割には、俺は通常通りの生活を送ることができていた。厳密に言えば、これも過剰な魔力による〝見せかけの健康〟でしかないようだが。

 

「……ったく、細けえことを考えるのは苦手なのによ」

 

 そう呟きながら、俺は胸部をおさえつつ不敵な笑みを浮かべる。

 いかに余命が短いとしても、俺のモットーは変わらない。

 

 前世では手が出なかった豪遊生活をして、今この瞬間を誰よりもハッピーに生きる。

 公爵令嬢なので元より裕福な生活をしているが、これだけじゃ足りないからな。

 世界中のうまいもんを喰らい尽くして、世界のありとあらゆる美少女を眺め続けて、良いところのお嬢様じゃ決して行けないようなギャンブルにも手を出してみたい。

 

 それが俺のモットーだ。

 

 国王アリアヌスからの()()を受けていたのも、悪ふざけ半分、金欲しさ半分といったところだった。

 立場上忙しいはずの国王も、なぜか俺を強く気にかけてくれるしな。

 

 たぶん下心はないはずなので、おっさん同士、惹かれ合うものがあるんだろう。いつも俺の体調を気遣ってくるあたり、気心の知れたおっさんがいなくなることを危惧しているんだと思う。

 

「――ああ、やっぱりこんなところにいたんですね」

 

 と。

 やっと吐き気が収まったところで、この場で二番目に聞きたくない者の声を聞いた。

 

「くそ。なんでこの場所がわかったんだよ、おまえ……」

 

「ただの推測ですよ。国王陛下とセシリア様、どうしても目立ってしまうお二人が逃げ込む先と言えば、おのずと潜伏先は絞られますから」

 

「ちっ、面倒くせえ女だな……」

 

 そう言って俺が振り返ると、目の前にはボーフォール家のメイド――ユミリ・カーナが佇んでいた。

 黒と白を基調としたメイド服を身にまとい、ご丁寧にも腹部に両手を重ねている。

 

「それで、わざわざ何の用だよ? 無理やりお――私を連れ出そうって魂胆か?」

 

 およそ公爵令嬢の口調ではないが、さりとて矯正するつもりはない。

 残り一年の人生、こんなことに気を遣いたくはないし――なにより、粗暴な男だった俺がお嬢様言葉なんて喋れないからな。

 

「ふふ、それこそまさか。連れ戻したいのは事実ですが、無理にとは考えておりません」

 ユミリはそう言うと、ゆっくりと俺の目の前まで歩み寄ってきた。

「セシリア様とお会いしてから、早いもので八年ですか……。月日が経つのは早いものです」

 

「は? なんでいきなり感傷に浸ってんだ」

 

「……私にはわかっております。元来、セシリア様はお淑やかで、誰よりもお優しい方であると。そんなセシリア様が、私たちに余計な心配をかけさせまいとするのは――何も不思議なことではありません」

 

「すまん。何が言いたいのかさっぱりわからんのだが」

 

 なにしろ前世の俺はデリカシーの欠片もないおっさんだった。

 言葉の裏なぞ一切わからないので、言いたいことがあるならはっきり主張してもらわないと理解ができない。

 

「ふふ、いいのですよ。ただ、皆さんもわかっているとお伝えしたいのです。ギウス様も国王陛下も――普段はあのような調子ですが、あなたのことを心から気にかけていらっしゃると」

 

「ああ、そうだろうよ。特に父上は、今でも血眼で私を捜しているに違いねえ」

 

「…………あの、セシリア様」

 いったいどうしたことだろう。

 ひとり身震いしている俺に、ユミリは一層切なげな表情で呟いた。

「そろそろ、お休みになってはいかがでしょうか? いくら症状の出にくい超過魔力循環病であっても、身体が辛くなる頃合いでは……」

 

「ん? いいや、そうはいかねえな」

 あくまでも強気でそう言い放つ俺に、なぜかユミリの瞳に陰りが生じる。

「まずはそうだな、ラックウサギの肉をたらふく食わんとな! でないと死ぬに死にきれん!」

 

「…………っ」

 

 ラックウサギといえば、この世界における超希少動物の一匹。

 

 なかなか見つけるのが難しいうえに、発見してもすぐ逃げてしまうんだよな。しかもべらぼうに皮膚が固いので、凄腕の戦士でさえ傷一つつけられないと聞いたことがある。

 

 それゆえに、ラックウサギの肉はおいそれと手に入らない。

 ただの丸焼きのみならず、炙ったりスープにしたり、沢山の調理法で食おうとすると、それこそ莫大な金額が必要になる。

 

 いかに高名なボーフォール公爵家といえども、さすがに一食のためにそんな大金を使うことはできない。あの頑固親父なら尚更、この無駄遣いを許さないだろう。

 

 だから、俺の手でその金を稼ぐ。

 そうだな――一週間くらいラックウサギを満喫しようと思ったら、だいたい一億ゴールドは必要か。

 

「ユミリも、何か金を稼げそうな案件を知ってたら私に紹介してくれ! 父上にだってカンチョーできるからな、がっはっは!」

 

「そうですか。最後の最後まで、あなたはまわりを心配させまいと……。であれば、私もそれに付き合わないといけませんね……」

 またしても諦観の表情を浮かべるユミリ。

「――そうですね。まずはおとなしく家に帰りましょう。それだけで、私はギウス様から報酬をいただけますので」

 

「よしきたっ! そうと決まれば帰るぞ、ユミリ‼」

 

 まずは一億ゴールドを溜めて、たらふくラックウサギを食う。

 これを当面の目標と決め、俺はユミリとともに帰路に着くのだった。

 

「クックック、父上からどれだけふんだくれるかな~? 今から交渉の仕方を考えとかないとな!」

 

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