余命わずかな銭ゲバ令嬢が、無自覚に周囲を曇らせるまで   作:初手ごちそうさまはあまりにも基本

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どうしてガバは発生するのか

「ところで親父……折り入って相談があるんですが」

 

「やめなさいセシリア。気品高き公爵令嬢ともあろう者が、そんな口調で喋るんじゃない」

 

「俺が無事に帰ってきたということで、1000万ゴールドほど恵んではくれまいか」

 

「……話が繋がっておらんのだが」

 

 それからおよそ二十分が経っただろうか。

 ユミリが貰うという〝報酬〟と合わせて金をふんだくろうとしたのだが、残念ながら父はそれを許さなかった。

 

 ボーフォール公爵家といえば、王国でもトップクラスの富を持っているはずなんだけどな。1000万ゴールドくらい大したことないはずなのに、父は〝無駄遣い〟だと言って許さない。ほんとに昭和の頑固親父みたいな男である。

 

 ラックウサギを一週間食いまくるには、およそ一億ゴールドが必要。

 

 前世の記憶を取り戻してからコツコツ(?)と溜めてきた金が1000万ゴールド。

 そしてさっきのカンチョー案件で稼げたのが1000万ゴールド。

 

 となると、残り8000万ゴールドか。

 残り一年しか余命が残されていないのを考えると、だいぶ厳しいな。

 十五歳から今日に至るまで、国王との関係値を築くことには成功した。なのでもう一度国王に取り入れば、短期間で一気に稼げるかもしれないが……。

 

「急に黙りおってからに……。今度はいったい何を企んでおるのだ、セシリア」

 

 ボーフォール公爵家の屋敷。その居間にて。

 テーブルを挟んだ向かい側のソファに座る父ギウスが、呆れたようにそう訊ねてきた。

 

 ちなみにメイドのユミリは、俺の背後に姿勢を正して佇んでいる。たしか漫画の設定上では、セシリアの専属メイドのような立ち位置で、しかもセシリアと同い年だからな。彼女にとって俺は、昔から仕える主人でもあり、また気心の知れた幼馴染とも言えるだろう。

 

「いえ。親父……じゃなくて、父上からどれだけ金をふんだくれないか考えてましてね」

 

「はぁ……。育て方を間違えてしまったか」

 

 ちなみに貴族としての口調はいまだに慣れない。

 ギウスに怒られるから一応は丁寧な口調を心がけているが、時おりタメ口と丁寧語が混ざったり、父上と呼ぶべきなのに親父と言ってしまったり、要するにガバガバ口調である。

 

「どうしてそんなに稼ぐ必要があるのだ。必要な物は渡してあるし、不自由はしていないだろう」

 

「ラックウサギをたらふく食いた……いや、お食べになりたいんですよ。それには大量の銭が必要でしょう?」

 

「……ラックウサギか。たしかにあれは美味だが、前にも食べたことがあるだろう。なぜそこまでする必要がある」

 

「そりゃ当然でしょう! 暗~い顔してるよりも、楽しいことだけを考えて生きていく。それが俺――じゃなくて、私のモットーなんですから」

 

「…………」

 

 いったいどうしたことだろう。

 普段なら秒速で突っ込みを入れてくる父ギウスが、真顔になって黙りこくった。

 

「そうか。残りの人生、暗い顔をするよりも、楽しいことだけをやり遂げる……か」

 

「ん? どうしたんすか親父」

 

 もしかしてしくじったか。

 

 よくよく考えれば、これもまた公爵令嬢としてあるまじき言動だ。

 目先の快楽だけを追い求める生き方は、前世の俺だったらそれこそお似合いだったが、父ギウスが最も嫌う人生だから。

 

 こりゃやばいな。

 ここでしくじっちまったら、一億円を稼ぐどころか、ようやく溜めてきた1000万ゴールドさえ没収されるかもしれない。

 

「あ、え~とですね、親父……」

 だから俺は、相も変わらずのガバガバ口調を繰り広げる。

「勘違いしないでくださいよ。なにも自分だけ気持ちよくなろうとしてるんじゃありません。あ、そうそう、みんなのため。みんなの笑顔のために、俺も――私も、笑顔で明るく生きたほうがいいじゃないってことっす!」

 

 ああ、おっさん口調がまるで抜けていない。

 どうしてガバは発生するんだろう状態である。

 

「なるほど、そうか……」

 

 やばい。

 やばいやばいやばい。

 さすがに怒りがピークに達しつつあるのか、父ギウスがぷるぷると身を震わせる。

 しかもメイドのユミリも似たような反応だな。なぜか目元をおさえ、父同様に身体をプルプルさせている。

 

「あ~、えっと……」

 

 なんて挽回したらいいだろう。

 とりあえずもう諦めて、父ギウスの剣から逃げることだけを考えるか。

 

「やはりそうだったのだな。おまえの態度が急に変わったのは、周りの人々のため……。自身の状況はさておいて、明るく振る舞うことを選んだのだな」

 

「は…………?」

 

 しかし父ギウスは軽く目元をおさえ、力なく呟くのみ。

 

「おかしいと思ったのだ。昔からお淑やかで遠慮しがちだったおまえが、どうして急にこのような態度を取り始めたのか。やはりそれは……まわりの人々のためであったのだな。まさしく公爵令嬢としてふさわしい姿よ」

 

「え、えっと……?」

 

「別人格が憑依でもしたのかと考えたが、よもやそんな非常識的なことが起こり得るはずもない。ようやくこれで得心がいったぞ」

 

「…………」

 

 なんだ。

 何が起きているのかさっぱりわからんが、なぜか父が瞳にうっすらと涙を浮かべている。

 普段は厳格で、あまり感情を表に出さないギウスがだ。

 

「やはり、私の思った通りでした……」

 そしてメイドのユミリも、なんかよくわからんまま泣いている。

「セシリア様は昔から何も変わらない――いえ、それどころか、より高貴な選択をなさっているのです」

 

「ああ、そうだなユミリ。おぬしの言う通りだった」

 

 あの~、本人置いてけぼりにして自分らの世界に入らないでもらえますかね。

 剣で斬られるよりもよっぽど恐ろしいのだが。

 

「だが許せ、セシリアよ。おまえのために大金を出したいのは山々だが、責ある立場ゆえに、それほどの金額はおいそれと出せん。領民たちの目もあること、どうかわかっておくれ」

 

「あ~、まあ、領民は大事っすからねぇ……」

 

 よくわからんので適当に話を流しておく。

 詳しいことは不明だが、とりあえず怒られずには済みそうだからな。こういう時は余計なことを言わないほうがいいと、前世の勘が俺に告げている。

 

 しかし、これからどうするかねぇ。

 とりあえず金を没収される事態は回避できたが、それはあくまでマイナスがゼロになっただけ。残り8000万ゴールドを稼ぐという目標はいっさい進展していない。

 

 ああ、ラックウサギのあの超絶美味な肉……。

 ぜひともまた味わってみたいのだが……。

 

「ギ、ギウス様! ご歓談中、失礼致します!」

 

 と。

 図らずもほっこりとした雰囲気に包まれていた居間に、突如として絶叫が響き渡った。

 

 思わずそちらに目を向けると、長らくボーフォール公爵家に仕えている老執事が、汗だくで室内に入り込んできていた。

 

 ……ギウスたちが涙を浮かべているにもかかわらず、突然の乱入。

 緊急性の高い報告をしにきたことは、もはや誰の目から見ても明らかだった。

 

「……どうした。落ち着いてゆっくり話すといい」

 

「ぜぇ、ぜぇ……。申し訳、ございません……」

 

 老執事はたっぷり数秒間、みずからの気息を整えると――。

 俺たちを見渡し、動揺したままの表情で叫んだ。

 

「ウォラフ・ガーランドです……! ウォラフが王都内に潜伏しているとの情報が入りました!」

 

「な、なんだと……⁉」

 

 老執事の報告を受けて、父ギウスも目を大きく見開く。

 

 ウォラフ・ガーランド。

 その名は俺も知っている。

 たしか過激派のテロ組織幹部で、いまだに貴族社会の根付いている王国の在り方に意義を唱えているんだったか。

 

 しかしウォラフの厄介な点はそこではない。

 なんと彼は元々、王家が極秘裏に雇っていた暗殺組織の一員だったのである。

 かつて凄腕の暗殺者として名を馳せ、反乱を企てようとしている敵性組織を単身で壊滅に追いやったり、不正を働いていた貴族を一切の痕跡なく殺害していたんだったか。

 

 もちろん、王家が暗殺者を雇っていることは公にはしていない。   

 にもかかわらず王家の暗部を躊躇なく喋り続けたり、さらには思想にそぐわない貴族を裏で殺害しているんだよな。

 国家はウォラフの存在そのものを危険視し、奴を倒した者に懸賞金を与えると言っていた気がする。

 

 ――ん? 待てよ。懸賞金って……。

 

「ま、待て。なぜウォラフの潜伏を事前に察知できたのだ。奴は暗殺者としても手練れのはずでは……」

 

「あまり大きな声では言えませんが……蛇の道は蛇ということでしょう」

 

「…………」

 

 老執事の返答に、父ギウスはすっと押し黙る。

 言うまでもなく、今日はボーフォール公爵家で会合が開かれた日。万一の事件も起こさないため、おそらくは王家が同暗殺組織を見張りに当てさせたのだろう。

 

 そしてその結果――ウォラフの潜伏に勘付いた。

 

「混乱を避けるため、国民の皆さんには通達していないようです。ウォラフの狙いは、恐れながらギウス様やセシリア様かと思われます。どうか今のうちにご避難を……」

 

「うむ、仕方あるまい。行くぞ、セシリア」

 

「――親父。少々お待たせになってください」

 しかしながら、俺はガバガバの口調でその提案を突っぱねる。

「俺は思い出されたのです。そのウォラフには多額の懸賞金がかけられていますね?」

 

「そ、それはもちろんそうだが……」

 途中まで言いかけて、父ギウスがぽかんと口を開ける。

「ま、待て。おまえまさか……」

 

「ふふ、そういうことです。奴さえ仕留めれば、金をがっぽり稼いでうまいもんを――じゃなくて、みんなが笑顔になりますからね! わっはっは!」

 

 っとと、危ない危ない。

 また本音をぶちまけるところだった。

 

「ば、馬鹿を言うでない。相手は凄腕の暗殺者だ。ここは大人しく――げぽあっ‼」

 

 途中でギウスのセリフが遮られたのは、俺がテーブルに乗っていたティーカップを顔面に投げつけたからである。

 

「ぎゃははははは! 油断しましたね父上、先手必勝です!」

 

「こ、この馬鹿たれが‼ 暗殺者にみずから喧嘩を売りに行く公爵令嬢がおるかぁぁ~~~~~!」

 

 父ギウスの絶叫を受けながら、俺は全力でボーフォール公爵家の屋敷を抜け出すのだった。

 

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