転生した悪の総統は異世界でも影から社会を支配する   作:悪役じゃない本物の悪人

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3話 総統の剣リリア

 私の支配戦略は常に情報から始まる。

 

 私が商業ギルド長ゴードンへの本格的な介入を一時停止し、次なる標的としてリリアという孤児に焦点を定めたのは、アンナからもたらされた制御不能な魔力持ちという一文に救いの渇望を見たからだった。

 

 この世界は武力を盲信している。

 騎士団長のような剣も、兄レオルドのような魔法も、すべてが既存のシステムの中で評価される力だ。

 だが、制御不能な力とは、システムの外にある可能性そのものだ。

 

 私は書庫の奥、専用の玉座でアンナから上がってくるリリアに関する詳細な報告書を分析していた。

 

 それは数週間にわたる徹底的な観察の記録。

 

「アンナ」

 

 報告書を読んだ私は、アンナに声をかけた。

 

 私の前の報告書にはリリアの行動パターン、出没する区域、食料の入手経路、そして魔力を暴発させたトリガーが地図と共に詳細に記されている。

 

「はい。彼女は私たちが目として使っている孤児たちとは決して交わろうとしません。極度の人間不信と見られます。そして彼女の力は他者から敵意を向けられた時、特に強く発現する傾向にあります」

 

 アンナはメイド頭としての柔和な仮面を外し、私の目となり耳となる観察者としての冷徹な顔で答えた。

 

「敵意……つまり、恐怖と怒りがトリガーか。……確かに制御は難しいのだろうな」

 

「はい。ですが、それ以外にも空腹と寒さなど生命の危機に直結するストレスが、彼女の魔力を無差別に漏出させているようです」

 

「ふむ」

 

 私は地図上の、リリアがねぐらにしているという旧市街の廃墟に印をつけた。

 

「彼女が最も渇望しているものは何だ? 食料か?」

 

「食料は生きるための手段に過ぎません。彼女が本当に求めているのは……」

 

 アンナは私が教えた分析手法を用い、報告書の裏にある心理を読み解く。

 

「自分の力つまり魔力が、他者から肯定されること。あるいは、自分自身を呪わなくても済むだけの制御する術。その二つかと」

 

 私はアンナの分析に思わず、満足げな笑みが浮かんでしまった。

 

「完璧な分析だ、アンナ。食料や金で釣れる駒はより多くの金で裏切る。だが、尊厳や制御で釣れる駒はその支配者に絶対の忠誠を誓う。なぜなら、それを与えられるのがこの世界で私だけになるからだ」

 

 私はアンナの答えを肯定しながら立ち上がった。

 

「準備は整った。アンナ、旧市街へ行く。私が着られる範囲で見すぼらしすぎず、かと言って派手でもない程度の服を用意しろ」

 

「……フォルグラン様? 貴方様が、自らですか?」

 

 アンナは非常に驚いた様子だった。

 

「そうだ。この取引は私が直接彼女に契約を刻み込む必要がある。将来の剣を手に入れるのだ。主が顔を見せずにどうする」

 

「……承知しました。ですがせめて、機が熟すのをお待ちください」

 

 アンナはそう言って少し焦った様子で部屋を出て行く。

 

「良いだろう」

 

 私はリリアという駒ではなく、将来の剣を手に入れるため、自らその危険な旧市街へと足を踏み入れる決断をした。

 そして私はアンナの情報網が絶好の機会が訪れたと告げるまでの数日間、書庫で待ち続けた。

 

 ◇◇◇

 

 その機会は冷たい雨が降りしきる日の夕刻に訪れた。

 

 リンドブルム旧市街。

 石畳は剥がれ、泥水がそこかしこに溜まっている。

 建物の多くは傾き崩れ、腐った木材と汚水の匂いが雨に混じって鼻をついた。

 

 そんな劣悪な環境でリリアは裏路地の壁に背を預け、必死に雨風をしのいでいた。

 

(寒い……腹が、減った……)

 

 もう三日間、まともな食料を口にしていない。

 痩せぎすの体は、濡れたぼろ布一枚で覆われているだけ。

 体温は容赦なく奪われ、指先は感覚を失いかけていた。

 

 リリアの周囲には誰もいない。

 人々はリリアを「呪われ」と呼んで蔑んだ。

 石を投げることはあっても、決して手を差し伸べることはなかった。

 

 暗い路地に彼女の瞳だけが、飢えた獣のように鋭い光を放っている。

 

(あのパン屋……そろそろ、古くなったパンの切りくずを捨てる時間だ)

 

 リリアは最後の力を振り絞り、壁を伝って立ち上がった。

 リリアが狙っていたのは、旧市街の端にある小さなパン屋の裏口。

 盗むのではない。

 店主が今日はもう売り物にならんと、家畜の餌用に捨てるパンの欠片を拾うためだった。

 

 だが、そのパン屋の裏口には三人の男が雨宿りをしながら、下卑た笑い声を上げていた。

 リリアは咄嗟に物陰に隠れる。

 

(最悪だ……ガルドの連中……!)

 

 ガルドとは、旧市街で幅を利かせているゴロツキたちのリーダー格だ。

 彼はこの旧市街の武力の象徴であり、リリアのような孤児から、わずかな食料や金を巻き上げることで生計を立てていた。

 

「おい、ガルド。あのパン屋、今日はまだ捨てねえのかよ」

 

 手下の一人が、寒そうに腕をこすりながら言った。

 

「まあ、待てよ。それよりあそこ、「呪われ」がいやがったぜ」

 

 ガルドはリリアが隠れた物陰を、正確に指差した。

 リリアの体が強張る。

 

「ヒャハッ! 出てこいよ、見放された呪われ! お前がいると、雨宿りの気分も悪くなるぜ!」

 

 リリアは逃げ道がないことを悟り、ゆっくりと物陰から姿を現した。

 その手にはチリチリと、制御不能な魔力の火花が散っていた。

 恐怖と寒さ、そして空腹が彼女の意志とは無関係に魔力を漏出させていた。

 

「さっさと消えろ! 泥棒猫!」

 

 ガルドが吐き捨てる。

 

「……まだ、盗んでない」

 

 リリアはかろうじて声を絞り出す。

 

「ああ? 盗む前に捕まえてやるって言ってんだよ!」

 

 ガルドはリリアが魔力を漏出させているのを見て、面白そうに目を細めた。

 

「おっと、怖いねえ。だがよ、お前のその火花、当たったことねえよな?」

 

 ガルドの言う通りだった。

 リリアの魔力は威嚇にはなっても、実害を出せるほど制御されてはいない。

 それが彼女が呪われていると蔑まれる理由であり、ガルドのようなゴロツキが強気に出られる理由でもあった。

 

「魔力持ちの癖に、生意気なんだよ!」

 

 ガルドが腰に提げた錆びた短剣を抜き放った。

 

「今日は気分が悪い。お前のその魔力が出る手を一本、切り落としてやろうか?」

 

「ひっ……!」

 

 リリアの顔が恐怖に歪む。

 

「や、やめて……!」

 

 彼女が後ずさると、すぐに背中が冷たい石壁にぶつかった。

 

(逃げられない……!)

 

 ガルドが嗜虐的な笑みを浮かべて短剣を振り上げた、その時。

 

「――そこまでだ。下衆共」

 

 静かだが、冷たく、有無を言わせぬような威厳を帯びた声が、雨音を切り裂いて響いた。

 

 ガルドは振り上げた短剣を止めて、声のする方を振り返る。

 

 すると裏路地の入り口に、一人の少年が立っていた。

 歳は十五ほど。

 旧市街には似つかわしくない、みすぼらしくとも清潔な服。

 痩せた体躯はガルドの腕の半分ほどの太さしかない。

 

「けっ」

 

 ガルドは短剣を下ろさずに笑った。

 

「なんだぁ、坊ちゃん。貴族様の正義ごっこかよ」

 

 手下たちも下卑た笑いを浮かべる。

 

「ここは貴族のガキの来るところじゃねえぜ。その綺麗な服、剥いで売っちまうか?」

 

 ガルドは新たな獲物を見つけたとばかりに、少年へと歩み寄った。

 

 しかし、少年――フォルグランは迫りくる三人のゴロツキを前にしても、一切動じなかった。

 その瞳はまるで路傍の石でも見るかのように、冷え切っていた。

 

「忠告だ」

 

 彼は静かに言った。

 

「今ここで私に背を向け、去るのであれば命だけは助けてやる。だが、一歩でもこちらへ踏み込めば――貴様らの未来はない」

 

 その言葉に魔法のような強制力はなかった。

 

 だが、ガルドたちは動けない。

 目の前の少年から放たれる何かに、彼らの本能が警鐘を鳴らしていたのだ。

 

 それは幾万の軍勢を率いる将軍の覇気でも、強大な魔法師の威圧でもない。

 死線と権謀術数の闇を生き抜き、一国を裏から支配してきた悪の総統だけが放つことができる、絶対的なカリスマだった。

 

「な、なんだよ、こいつ……」

 

 手下の一人が怯えた声を出す。

 

「うるせえ! 見かけ倒しだ!」

 

 ガルドは恐怖を振り払うように叫び、短剣を握りしめた。

 

「こいつは魔力もねえ! 筋肉もねえ! このリンドブルムじゃ、非力な奴は死ぬしかねえんだよ!」

 

 彼はフォルグランの正体に気づいていなかった。

 ただの非力な少年貴族が、自分たちの縄張りに迷い込んだと信じていた。

 

「武力、か」

 

 フォルグランはここで初めて嘲笑を浮かべた。

 

「お前がガルドだな。旧市街の三ブロックを仕切り、パン屋の売れ残りを強奪し、孤児から銅貨を巻き上げている」

 

「なっ……!?」

 

 ガルドの動きが止まった。

 

「お前の背後には、西市場のボルという男がいるな? お前は彼に上納金の一部を横領されていることに気づいていない。そして、お前が今握っているその短剣。三日前に南の武器屋から盗んだものだ。その武器屋の主人はお前を捕らえるために、すでに本家の騎士団に非公式の捜索願を出している」

 

 ガルドの顔から血の気が引いた。

 

「な、なぜ……お前、なぜ、それを……」

 

「私がなぜ知っているか、そんな過程は重要ではない。重要なのは私が知っているという事実だ」

 

 フォルグランは一歩、静かに踏み出した。

 

「お前が私をここで傷つければ、お前のこれらの罪状は今夜中にボルと騎士団の両方に間違いなく届けられる。するとどうだ? お前はこの街で生きてはいけなくなる」

 

 ガルドは自分のナイフよりも遥かに冷たく鋭利な、情報という名の刃を喉元に突きつけられていることに気づいた。

 

 この少年は非力ではない。

 彼はガルドが積み上げてきたすべてを、指先一つで崩壊させることができる。

 そんな、なによりも最も恐ろしい力を持っていた。

 

「ひ……」

 

 ガルドは震える手から短剣を落とした。

 

「お、覚えてやがれ……!」

 

 彼は意味のない捨て台詞を吐き、手下たちと共に、雨の中を転がるように逃げ出した。

 

 ◇◇◇

 

 後に残されたのは、呆然とするリリアと私だけだった。

 雨が二人の間を隔てるように降り続いている。

 

「……なぜ、助けたの?」

 

 リリアは壁に背をつけたまま、警戒を解かない。

 おそらく彼女は貴族は自分たち平民を搾取し、弄ぶ存在でしかないと思っているからだろう。

 鋭い眼光をこちらに向けて彼女は続けた。

 

「あんたも私を、笑いに来たの?」

 

「……勘違いするな」

 

 私はリリアの前にゆっくりと歩み寄り、その鋭い瞳を覗き込むようにしゃがみこんだ。

 

「私はお前を助けたのではない。ガルドたちが私の計画の邪魔になったから、排除しただけだ」

 

「……計画?」

 

「そうだ。私はお前を観察していた。リリア」

 

 その言葉にリリアの肩が跳ねた。

 

「お前、その力を制御したいか?」

 

 その言葉は悪魔の囁きのように甘く響いた。

 

 ………………。

 

 リリアが息を呑む。

 これまで化け物としか扱われたことのない彼女にとって、その問いは予想外のものだった。

 

「できるわけない……! 私は呪われてるんだ!」

 

「呪い?」

 

 私はリリアの言葉を笑い飛ばす。

 

「あれを呪いと呼ぶのはそれを利用する知性がない愚か者のすることだ。お前のそれは力だ。未加工の、それも最高の原石だ」

 

「……原石?」

 

 何の話だとリリアは顔をしかめる。

 私はそんな表情に応えるように解説を始めた。

 

「お前がこれまで暴発と呼んでいた現象は単なるエネルギーの非効率な拡散だ。お前の魔力は総量はともかく、その密度が極めて高い。それは欠点ではない。むしろ最大の才能だ」

 

 私は書庫で読み漁った魔術理論を前世の科学知識で再構築した独自理論として淡々と説いていく。

 

 

 リリアは何を言われているのか半分も理解できなかった。

 だが、この少年が初めて自分の力を才能と呼んでくれたことだけは理解できた。

 

「私はお前に力の使い方を教えてやる。制御の仕方を、その磨き方を。この私だけが、お前の言うその呪いを祝福に変えることができる」

 

 フォルグランはその痩せた手を、リリアに差し伸べた。

 

「その代わり」

 

 彼の瞳が一切の感情を排した、絶対的な支配者の目に変わる。

 

「お前の力、魂、未来、そのすべてを私のために使え」

 

 リリアは差し出された手を見た。

 それは貴族の子供らしく血色の良い、しかし非力な手だった。

 

 だが、その手の向こう側には、ガルドの短剣よりもこの世のどんな武力よりも恐ろしく、そして魅惑的な力の存在を感じた。

 

 これは救いではない……取引だ。

 この少年は自分を化け物としてではなく、明確な力として必要としている。

 

 そして自分が最も渇望していた力を制御する術を与えようとしている。

 

「……あんたの、名前は」

 

「私はフォルグラン。お前の主となる男の名だ」

 

 リリアは泥まみれの震える手で、その手を取った。

 握り返された手は非力だが、確かな温かさを持っていた。

 

「……いいわ。その取引、乗ってあげる。私を……私を、この呪いから解放してくれるなら」

 

「契約成立だ」

 

 フォルグランは優雅に微笑んだ。

 それは聖者のようでありながら、どこまでも冷たい、悪の総統の笑みだった。

 

 

「アンナ」

 

 私が背後に声をかけると、いつからそこにいたのか、物陰からアンナが傘を持って現れた。

 

「彼女を工房へ連れて行け。食事と寝床、そして清潔な服を与えろ。彼女は今や孤児ではない。私の剣だ」

 

「かしこまりました」

 

 アンナはリリアに傘を差し向ける。

 

 警戒しながらも、その傘に入るリリアを見ながら、私は自身の計画がさらに一歩前進したのを確信した。

 

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