転生した悪の総統は異世界でも影から社会を支配する   作:悪役じゃない本物の悪人

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4話 鉄くずを魔剣へ

 フォルグランがリリアの新たな家として指定したのは旧市街のさらに奥、かつて大規模な火災によって半壊し、今は幽霊が出るだとか呪われていると噂される、都市の誰も寄り付かない旧魔術工房の跡地だった。

 

 分厚い石造りの壁は所々が崩れ落ち、天井は抜け、雨がそのまま降り注ぐ場所さえあった。

 だが、地下へと続く階段だけは奇跡的に崩壊を免れていた。

 

「アンナ、先に地下へ。中で灯りと食料の準備を」

 

「かしこまりました」

 

 アンナはこの薄気味悪い廃墟にも全く動じることなく、私の指示に従い、慣れた様子で地下へと消えていった。

 彼女がこの場所を整備するのはこれが初めてではなかったのだ。

 

 リリアは工房の入り口で立ち尽くしていた。

 冷たい雨は止んでいたが、夜の冷気がぼろ布を通して容赦なく体温を奪う。

 

「……ここが? 私の家?」

 

 リリアの声は恐怖と疑念で震えていた。

 旧市街のゴロツキたちのねぐらよりも、さらに荒廃している。

 

「正確には、お前を最高の魔剣として研ぎ澄ますための私専用の鍛錬場だ」

 

 私は不安そうなリリアの様子も意に介さず、崩れた壁の瓦礫を平然と踏み越えて中に入った。

 

「ここが選ばれた理由は三つある」

 

 私は地下へと続く階段の前で立ち止まり、リリアを振り返った。

 

「まずここは、かつて高名な魔法師、魔術師が使っていた場所だ。この地下室には外部の魔力感知を遮断し、内部の魔力暴走の衝撃を吸収するための強力な遮音結界と防護結界が半壊しながらも生きている」

 

「……」

 

「次にここは都市のゴミ捨て場同然の場所であり、権力者も、ゴロツキも、誰も関心を持たない。お前がここでどれだけ騒ごうと誰も助けに来ないし、誰も邪魔をしに来ない」

 

 リリアの体が微かに震えた。

 それは暗に「お前はここで私に何をされても逃げられない」と宣告されたのと同じだった。

 

「そして最後」

 

 私は地下から漏れるアンナの灯りを背に、リリアへ笑顔を向ける。

 

「私がここをお前の家と定めたからだ。さあ、入れ。お前の調教を始める」

 

 リリアはゴクリと唾を飲んだ。

 ガルドの短剣よりも、この非力な少年の言葉の方が遥かに恐ろしい。

 だが、彼女にはもう、この手を振り払う選択肢は残されていなかった。

 

 ◇◇◇

 

 地下は想像していたよりも広く、そして乾燥していた。

 

 アンナが複数のランタンに火を灯し、隅々までを照らしている。

 壁一面には焼け焦げた本棚と、用途不明の魔術器具の残骸が散乱していたが、アンナが事前に清掃し、寝床と最低限の生活用品が運び込まれた一角が用意されていた。

 

「まずはその汚れた体を拭け。そしてこれを食え」

 

 フォルグランの指示に従ってアンナが清潔な布と温かいスープの入った水筒を差し出した。

 リリアは警戒しながらも、三日ぶりの温かい食べ物の匂いに抗えなかった。

 まるで飢えた獣のようにスープを啜り、硬いパンを貪り食う。

 

「……生き返った」

 

 空腹が満たされると、ようやく思考が回り始める。

 リリアは毛布にくるまりながら、部屋の隅で静かに本を読んでいるフォルグランを睨みつけた。

 

「……で、これからどうするのよ。私に何をさせる気? あんたの剣ってのは、誰かを殺せってこと?」

 

 するとフォルグランは本から目を離さずに答えた。

 

「お前は今のままでは私の剣ではない。ただの鉄クズだ。それも、いつ暴発するか分からない、持ち主を傷つけるだけのな」

 

「なっ……!」

 

「お前にはまず、文字を覚えてもらう」

 

 フォルグランは読んでいた本を閉じ、リリアの前に数冊の子供でも読めそうな絵本と、難解な理論書を同時に投げ出した。

 

「はあ? 文字? 私に魔術の使い方を教えるんじゃなかったの!?」

 

 リリアは混乱した。

 

「魔術とは何か、お前は理解しているのか?」

 

「……力を込めて、火を出したりするやつでしょ?」

 

「愚か者の答えだ」

 

 フォルグランは一蹴した。

 

「魔術や魔法とは現象だ。そして、現象には必ず理論がある。お前がこれまで暴発と呼んでいたものは、お前が自分の魔力をゴミのように、理論なく撒き散らしてきた結果だ」

 

 彼の言葉はリリアの根底にある「自分は欠陥品だ」という長年の自己否定を、容赦なく抉った。

 

「嘘よ! 鑑定でも微弱って……!」

 

「鑑定など、単なる基準でしかない。彼らは総量しか測れない。だが、お前が持つのは密度だ」

 

 フォルグランは立ち上がり、埃っぽい床に棒で図を描き始めた。

 それは前世の科学知識とこの世界の魔術理論を融合させた、彼独自の理論だった。

 

「いいか、リリア。お前の魔力は極度に凝縮され、制御を待っている最高の宝石だ。だが、その宝石を制御する脳がお前には致命的に欠けている」

 

 彼はリリアの頭を棒の先で軽く突いた。

 

「だから、まず脳を作る。文字を覚え、計算を覚え、理論を学ぶんだ。お前がなぜ自分の力が暴発するのか、その仕組みを理解しない限り、お前は一生、自分の力に怯え続ける化け物のままだ」

 

 リリアはその言葉に反論できなかった。

「化け物のまま」という言葉が彼女の胸に突き刺さったのだ。

 

「……わかったわよ。やればいいんでしょ、文字!」

 

 リリアはヤケクソのように叫んだ。

 

 ◇◇◇

 

 その日からリリアの地獄が始まった。

 

 それは剣を振るう訓練でも、魔法を撃つ訓練でもなかった。

 朝から晩まで続く、フォルグランによる徹底的な教育だった。

 

「これはアだ。そしてこれは火を意味する古語の変形だ。発音しろ」

 

「……ア」

 

「違う。口の開き方が甘い。お前の発声は魔力を発現させる音としても認識される。正確に発音しろ」

 

 フォルグランの教育はスパルタそのものだった。

 彼は前世の効率的な学習法を用い、リリアが最低限の理論書を理解できるだけの知識を、驚異的な速度で詰め込んでいく。

 

 リリアは生まれて初めての学習という行為に、何度も音を上げた。

 

「もう無理! 頭が痛い! なんで私がこんな……!」

 

「逃げるのか?」

 

 だが、その度にフォルグランは冷たい瞳で彼女を見据えた。

 

「ガルドのような連中に、再び怯える日々に。腹を空かせ、寒さに震え、自分を呪いながらパンの欠片を漁る日々に戻りたいと、そう言うのか?」

 

「……っ!」

 

 リリアは唇を噛んだ。

 

「お前に与えられた選択肢は二つだ。ここで知識という武器を手に入れ、私の剣として生きるか。あるいは、今すぐここを出て、無知で非力な化け物として死ぬか。選べ」

 

「……続けるわよ!」

 

 リリアは泣きながら文字を書き、発音をし、計算を解いた。

 

 不思議なことに、あれほど嫌っていた学習が彼女の頭脳に急速に吸収されていく実感があった。

 彼女は虐げられてきただけで、決して愚かではなかったのだ。

 

 

 ――数週間が経過し、リリアが簡単な文章を読み書きできるようになった頃、私はついに魔術理論の講義を始めた。

 

「いいか、リリア。この世界の魔術師どもはやれ詠唱だ、やれ魔法陣だと形式に囚われすぎている」

 

 そもそも人によって魔法師を名乗ったり、魔術師を名乗ったりと名称さえ統一されていないのがこの世界の魔力関連の発展具合だ。

 

 私は埃っぽい床に、前世で学んだベクトルの概念に近い図を描き出した。

 

「だが、本質はそこにはない。魔力とはエネルギーだ。そして、エネルギーを扱うにおいて最も重要なのは効率と指向性だ」

 

「しこう……せい?」

 

 慣れない言葉にリリアが? を浮かべる。

 

「狙った一点に、すべての力を集中させる技術だ。お前がこれまでやっていたのは、これだ」

 

 私は図の上に足元の砂を一握りバラ撒いた。

 

 「これがお前の暴発だ。力は分散し、何も破壊できない。ただ、周囲を汚すだけだ」

 

 次に私はその砂を集め、一点に積み上げた。

 

「私がお前に教えるのはこれだ。お前の体内の魔力を、針の先端に集めるイメージ。そして、その針で的確に一点を突くんだ」

 

 

 彼の教えはリリアにとって驚くほど論理的で分かりやすかった。

 それまで感覚でしか掴めなかった魔力が、知識と論理によって、初めて道具として手触りを持ったかのような感覚。

 

「……やってみる」

 

 リリアは初めて自らの意志で、魔力を制御しようと試みた。

 

 地下工房の隅に置かれた、分厚い鉄板。

 これが彼女の最初の的だ。

 

 彼女はフォルグランに教わった通りの呼吸法を試みる。

 するとすぐに体内でこれまで忌み嫌ってきたあの熱が高まっていくのを感じる。

 

 それを無理やり抑え込むのではない。

 認識し、受け入れ、そして導く。

 

(針の先に……針の先に……!)

 

 リリアの指先に、チリチリと青白い火花が散った。

 

「ダメだ!」

 

 フォルグランの声が飛んでくる。

 

「拡散している! イメージが曖昧だ! お前が見ているのは針ではない、火花だ!」

 

「うるさい! わかってるわよ!」

 

 リリアは焦る。

 焦れば焦るほど、魔力は制御を失い、火花となって四散した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 魔力の無駄遣いは体力を激しく消耗する。

 リリアはそんな脱力感と失敗に膝をついた。

 

「……やっぱり、私には無理なんだ。呪われてるんだ……」

 

「アンナ」

 

 フォルグランは黙って見ていたアンナに声をかけた。

 

「はい」

 

 アンナは小さな木箱を持ってきた。

 その中にはフォルグランが密かに用意させた、高価な魔力回復薬が入っていた。

 

「これを飲め」

 

「……?」

 

「お前は今夜、魔力が尽きるまでこれを繰り返す。飲め」

 

 リリアはよくわからないままにその高価そうな薬を飲み干した。

 何とも言えない味が口いっぱいに広がる。

 

 そして再び、訓練が始まった。

 

 失敗。

 魔力回復薬。

 失敗。

 魔力回復薬。

 ………

 …………

 ………………

 

 フォルグランはリリアの成功を褒めることも、失敗を咎めることもない。

 ただ淡々と彼女の魔力の拡散パターンを観察し、的確な修正案を提示するだけだった。

 

「お前の意識が指先に集中しすぎている。魔力の流れは、体幹から始まり、腕を通り、指先で収束する。指先は蛇口に過ぎん。蛇口だけひねっても水源がなければ水は出んだろう?」

 

「……体幹」

 

 リリアは言われた通りに意識を集中させた。

 

 もはや時刻は夜明け前。

 彼女の精神は疲労と魔力回復薬の副作用で、極限まで研ぎ澄まされていた。

 

(針の先端……いや、違う。主が言った。体幹から指先へ。一本の槍として)

 

 リリアは指先ではなく、自らの体全体が魔力の槍と化すイメージを描いた。

 

 その瞬間、彼女の指先に集まった魔力は火花ではなかった。

 それは光さえも吸い込むような、一点の闇だった。

 

「――放て」

 

 フォルグランの冷徹な声が響く。

 リリアはフォルグランの指示を聞くかどうかのタイミングでその闇を鉄板に向かって突き出した。

 

 ――っ!!

 

 甲高い、耳をつんざくような金属音。

 

 リリアが放った魔力は詠唱も魔法陣もなしに、分厚い鉄板の中心をまるで熱したナイフがバターを切るように容易く貫通していた。

 

「……あ」

 

 リリアは自分の指先を見つめて震えていた。

 鉄板には直径数ミリの、完璧な円形の穴が空いていた。

 その穴の周囲は高熱でわずかに溶けている。

 

「……できた」

 

 これまで自分を呪い、周囲を傷つけてきた忌まわしい力が今、初めて制御できたのだ。

 彼女は魔力の完全な枯渇と、達成感の余韻でその場に崩れ落ちた。

 

「……まだだ」

 

 フォルグランはその成果を見ても表情一つ変えない。

 

「実戦ではこんな小さな穴を開けても意味がない。相手は動くし、抵抗もする」

 

 彼は崩れ落ちたリリアの前にしゃがみこんだ。

 

「だが、第一段階はクリアだ。よくやった、リリア」

 

 初めて、彼はリリアの成果を認めた。

 そして彼の手がリリアの頭に伸ばされる。

 

「……あんた、本当に何者なの……」

 

 リリアは自分を化け物から魔術師へと変貌させたこの非力な少年に、もはや逆らうことのできない、絶対的な畏敬の念を抱いてしまっていた。

 

「私はお前の主だ」

 

 フォルグランは冷ややかに笑い、リリアの頭から手を離すと次の書物を開く。

 

「今日の学習は終わりだ。明日からはお前に『応用魔術理論』と『この都市の権力構造』を教える。お前には私の剣として、斬るべき相手を正確に認識してもらわねばならんからな」

 

 リリアはこの男が自分を道具としてしか見ていないことを知っていた。

 だが、その道具であることに彼女は今、初めて誇りを感じ始めていた。

 

 こうして悪の総統フォルグランによる調教はリリアの魂の最も深い部分に、絶対的な忠誠という名の楔を打ち込んだのだった。

 

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