家出人、別名「歴史の観測者」 作:未来で勘違い
本日はお笑い界を代表するこの方、今田さんです。
「いやー、さすがレンドン。大都会だけど昔からの綺麗な街並みも残っています」
無数の赤煉瓦の建物。運河沿いに並ぶ古い倉庫群。保存された工場跡地。かつて世界を変えた産業都市の面影がそこには残されています。
世界で初めて本格的な産業革命を成し遂げたこの都市は、近代社会の出発点とも呼ばれています。
博物館に移動した今田さん。当時の絵画や写真を見ています。
「これとかすごい黒煙。こんな状態でよく暮らしてましたね」
「労働者はやつれています」
莫大な富を生み出した一方で、深刻な環境汚染や過酷な労働環境も生み出しました。発展と苦しみが同居していた街です。
ーー
列車でレンドン市内のとある駅に向かう今田さん。席に座れたところで聞いてみましょう。今田さん、そもそもどうしてこの街を旅先に?
「実は私が一番尊敬する大先輩の芸人が活動していた街なんです」
その人物とは?
「ヒュー・モアです」
ヒュー・モア。〇〇世紀に活躍した女性芸人です。悲劇を笑いにする独自の手法を確立した彼女は「ブラックユーモアの開拓者」、「近代喜劇の母」とも呼ばれます。今では世界中のコメディアンに影響を与えた存在です。同じレンドン生まれの喜劇王が残した、
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ」
という有名な名言は彼女の活動に刺激を受けて発したものだと言われています。
「この仕事をしている以上、コメディアンの原点である方なので、憧れですね」
さあ目的地の駅に着きました。巨大な商業施設が並ぶ都会を歩くと噴水のある広場があります。子供たちが遊んでいるその場所に記念碑が立っていました。
「ありましたね。今からずっと前にここで客を呼び止めていたと」
近代喜劇発祥の地とされるこの場所ではヒューが無名時代よく話術を磨いていました。
「再現された絵もありますね。ここで帽子を置いて話を一生懸命してたんですね」
「売れてないエピソードが好きなんですよ。聴衆が近寄って帽子に手を伸ばしたからお金を入れてくれると思って『ありがとうございます』って言ったそうなんです。そしたら『逆だ! こんなつまらない話聞いてやったから金をくれ』って小銭を奪おうとしたんですって笑」
「僕もスベる度にその話を思い出して、彼女みたいにビッグになってやるという気持ちを持ってやってます」
歴史に名を残す人物も最初の一歩は驚くほど小さい。この広場を見るとそんなことを感じさせます。
ーー
次に訪れたのは、市内中心部にある国立病院です。もっとも、建物の大部分は建て替えられています。それでも正面玄関の煉瓦壁だけは当時のまま保存されています。
「ここなんですね」
当時戦傷者を収容していたこの場所で彼女の芸風が確立されたと言われています。
病院内の資料展示室へ移動する今田さん。壁には古い新聞記事やポスターが並んでいます。その中に一枚の説明文があります。
『若き日の彼女は、慰問活動の一環としてこの病院を訪れた。当時の記録によれば、彼女は従来の励ましや慰めとは全く異なる手法を用いた』
当時の日記の複製がありました。
『最初は皆怒っていた』
『しかし最後には病室中が笑いに包まれた』
『涙を流しながら笑う者もいた』
展示を真剣に見つめます。
「今なら分かる気がします。笑いって楽しい時だけのものじゃないんですよ」
「本当に必要なのは、苦しい時とか、しんどい時とか、そういう時だったりするので。笑いが彼らの心を癒すことになったんですね」
しばらく展示を眺めていると、学芸員の方が一枚の資料を持って来てくれました。今回、特別に非公開のものを見せてくれるそうです。
「え! 本当ですか? 楽しみですね」
白い手袋をはめ慎重に保管箱を開きました。中から取り出されたのは一枚の古い写真です。公演後に撮影されたとされる記念写真です。
写真には大勢の患者たちが写っています。松葉杖を持つ者。車椅子に座る者。包帯を巻いた者。誰もが傷を負っていますが笑っています。
目立つ中央には若い女性です。胸を張り、どこか得意げな顔です。
「えー! これが彼女ですか。すごい」
「楽しそうですねみなさん。話した内容は相当ブラックジョークというか許されなかったと思いますけど、それでもこうやって笑顔にする力はさすがですね。人を傷つけないブラックユーモアって矛盾しているようですけど」
学芸員さんは今田さんにここを注目してほしいと写真を指差します。
「この男の人ですか」
そこには患者たちから少し離れた場所に立つ一人の男性が写っていました。
帽子を深く被っており、しかも写真の端に切れるような形で写っているため顔までは判別できません。知らなければ見過ごしてしまう程度の存在ですが、現在の研究では、この人物が当時の彼女と行動を共にしていた人物ではないかと考えられているそう。
「え? この人?」
複数の新聞記事や書簡からこの数ヶ月に謎の男性と活動していることがわかっています。
男性の正体として愛人だったという説、親族説、さらに初期の活動を支援した後援者、いわゆるパトロンだったという説もあります。
話を聞いて混乱する今田さん。
「結局、何者なんですか?」
学芸員は苦笑します。
まるで舞台には上がらず、その成功を眺めているような立ち位置に写る男性。この人物についてただ一つだけ言えることがあります。
この時期の彼女を支えた人物が存在したという点です。
「歴史には名前が残らない。でもその人がいなかったら、たぶん歴史も少し違っていたのかもしれませんね」
ーー
旅の最後に今田さんが訪れたのは、市中心部にある歴史ある劇場でした。
近代喜劇の聖地とも呼ばれる場所です。彼女が晩年まで立ち続けた舞台でもあります。数々の伝説的な公演が行われた劇場の外観は何度も改修されていましたが、今でもその役割を果たしています。
普段は満席の観客で賑わう場所ですが、この日は特別な許可を得て開館前の劇場へ入ることになりました。
重い扉が開きます。今田さんは静かに中へ足を踏み入れました。
「誰もいない客席、ちょっと怖いな」
何百もの赤い椅子が整然と並び、天井には巨大なシャンデリアが吊るされています。
「歴史は充分感じますね」
彼女は生涯にわたり数え切れないほどの舞台に立ちました。しかし晩年になると、毎年必ずレンドンのこの劇場で公演を行ったといいます。
今田さんはゆっくりと通路を進み舞台の中央へ上がりました。誰もいない客席を見渡します。照明は最低限しか点いていません。
「想像上ですけど、この薄暗い空間の中に無数の観客が浮かび上がっています」
「結局、自分は誰かに見てもらいたくてやってるんだなって」
今田さんは再び客席へ目を向けます。かつてもここには毎晩のように観客が詰めかけていました。
「彼女も見てたんでしょうね」
「この景色を」
晩年の彼女はあるインタビューでこう語っています。
『人生の悲しみをなくすことはできない。だが、その途中で少しだけ笑わせることができたなら、芸人としては十分だ。』
「んー結局、お笑いって人生を変えるとかそんな大げさなものじゃないと思うんです」
「でも、辛い日を少しだけマシにすることはできるんじゃないかって
「自然に笑いを届けて、見てくれている人の生活を少しでも彩る。そんな彼女のようになりたいです」
悲劇の中の笑いを追い続けた一人の芸人。その思想は時代を超え、今もこうして受け継がれています。
「ここが私のアナ◯ースカイ、レンドンです」