「《焔牙(ブレイズ)》……。」
老人が呟いたその一言の意味は、老人の視線によって理解できた。無言で、雪の地面に屹立する僕の右手に握られた、僕の《魂》。それは、禍々しい黒色をした、大太刀。恐らく、これが老人の言う、《焔牙》なのだろう。
「これはこれは!!面白いではありませんか!!ここまで立派なのは見たことがありませんよ!!」
射るような相貌と、煽るような口調で喋り両腕を広げるのは、青年《K》。先程、僕を蹴り飛ばした男だ。
……絶対に、由美香だけは守る!!守りきって見せる!!
「ウォオオ!!」
「!!」
地面を踏み込み、力を解放した僕は、あっという間に《K》の眼前に躍り出た。僕も、《K》もそのことに驚く。身体能力が、 超化されたみたいだ、と思った。
「クッ!!」
僕の繰り出した、逆袈裟斬り(右上から左下へと斜めに斬る斬り方)に対し、苦しげに僕の大太刀を懐から出したナイフで跳ね返す。
その後も何度か斬りつけるものの、いくら身体能力が跳ね上がっているとはいえ、やはり子供だからか、すぐに跳ね返される。
「どうしました!!あなたの怒りはその程度ですか!!」
大太刀を跳ね返された直後の隙に、僕の頬をナイフが掠める。そんな時にそう言い放たれ、僕の怒りは更に燃え上がった。
「うるさい!!うるさい!!うるさぁい!!」
大太刀を握る手に尚も力がこもる。横凪ぎに斬り払った僕の一撃は、《K》のナイフを、金属がぶつかり合う甲高い金属音を響かせながら、大きく弾いた。
「っ!!」
「これで…… 止めだ!!」
大きな隙を見せた《K》の腹を、 斬り裂こうと、チャキッ……と音を出して上段に大太刀を構え、正に振り下ろそうと体の重心を前に掛けたとき、女の子の声が大きく響き渡った。
「ダメぇええ!!」
「っ!?」
僕の体は、メデューサと目を合わせて石化したかのように、振り下ろそうとしたままの体勢で止まった。
「……どうして止めるの、由美香。」
「ダメ……ダメだよ災禍……。災禍は、そんなこと、しちゃいけないよ……!」
涙ぐみながら、数メートル離れた所にいる由美香が、僕を見る。彼女の大きな瞳が、潤い、目尻に透明な液体を貯めているのを見て、ますます疑問に思う。
「だって……由美香を、無理矢理捕まえようとしてるんだよ?由美香はいいの?僕と、離ればなれになるの、嫌じゃないの?」
「嫌よ!?嫌だからこそ、そんなことしたらダメなの!!今、災禍がそんなことしちゃったら……きっと、戻れない気がする。そんな気がするのよ!!」
「由美香……。」
服を掴んで、握り締めながらの彼女の説得は、さっきまで怒りで燃え盛っていた僕の怒りを、まるで元々なかったかのように急速に抑えていく。
だけど……僕らのことを、 『悪意』が許してくれるはずがなかったんだ。
「全く……あなた方を見ているとヘドが出ます。」
「!!」
そんな突如聞こえた『悪意』の声に、慌てて意識を戻すと、その途端に目の前に拳が迫っていた。とてつもない衝撃に、もんどりうって僕は、白銀の地面に仰向けに倒れた。
温かい液体が、痛みと共に顔に流れる。その影響で、片目を閉じざるを得なかった。
血だ、血が僕の頭から流れているんだ。容赦ない『悪意』の……容赦ない《K》の拳により、出血しているんだ。
「まずは、あなたに枷をつけさせてもらいます。躾の悪いペットには、お仕置きです。」
そう言いながら、動けない僕の視界に、《K》の足が映る。ガシッ、と頭を鷲掴みにされたかと思うと、首筋に何かを当てられ、その何かを僕に注射した。
「がぁっ……がああああ!!」
「災禍!?災禍ぁ!!」
体を蝕むかのように液体が体を巡り、その感覚が無くなる頃には、僕の隣に雑に置かれていた大太刀が、黒い焔をあげて消えていた。
「……《装鋼の技師(エクイプメント・スミス)》様、そろそろお時間です。」
「……うむ。」
遠目に見えるヘリの中へと、一足先に《K》が乗り込んだ。老人も、入るかと思われたが、その場で誰かを待つように立った。
……やっぱり、由美香を連れて行く気なのか。
「ダメ、だ……由美香。行かないで、よ……。」
首すら動かせない状況の中、由美香へと声をかける。すると、今度は由美香の足が視界に映る。最後の力を振り絞って見た、彼女は……涙を流していた。そして、涙を流しながら、彼女は言った。
「ごめんね……。」
何で、何で謝るの……?謝るべきなのは、守れなかった僕の方なのに……!
何か言おうと口を動かすも、喉から声が出ない。何とか言おうと、頑張ってる内に、彼女は老人の隣に立った。
そして、ヘリが降りてきて、老人の後ろについていく由美香が、此方を見た。……彼女の瞳と目が合う、その瞬間、ヘリの風圧が僕に届き、そこで……意識を、失った。
――――
「……。」
少女、冬木穂香は、今眼前で起きた光景に、息を飲んだ。殆ど理解できなかったけれど、とにかく、目の前で倒れている少年を助けなければならない。そう強く思った。
「んっ、重い……!」
少年、斬龍災禍を、跡をつけながら何とか引っ張り、数十分後に穂香の家へと着いた。
玄関を通り、居間に寝転がらせてからの穂香の手捌きは、見れば目を疑うほどにテキパキとしていた。姉がよく怪我をするから、いつのまにか身に付いてしまったものだが、今回は幸を奏した。
災禍の頭の出血を止めて包帯を巻き、切り傷などは消毒を少しして、ガーゼで自然治癒に任せ、傷を残さないようにした。
これまた幸いにも、災禍に傷は思ったより少なく、後は安静にさせるだけであった。
カチ、カチ、……と、無機質な音が響く中、穂香は、災禍の幼い寝顔を見守っていた。この少年が、あの現場にいたなど、信じられなかった。
その後も、意外と可愛いかも、とか、早く起きないかな、など色々思っていたが、夕焼けが差した頃には、災禍を寝かしているソファの前の、机にもたれ掛かって眠ってしまっていた。
――――
「んぅ、うう……あれ?ここは?」
そう言って、何故か寝転がっているソファから起き上がったとき、体中がギシリ、と痛んだ。しかし、何とか堪えて辺りを見回す。
何処かの民家のようだけど……何で僕がこんなところに?というか、今まで僕は何を……、
「っ!!」
思い出した!!僕は……何故かいつものあそこにいて、由美香が、誰かに拐われたんだ!!
「でも、所々、思い出せない……。」
正直いって、寝起きのように記憶がない。どんなに思い出そうとしても、思い出す気配がない。
……まぁいいや、今はただ、由美香を助けなければ。……実力も、行動力も無さすぎる今は、苦汁を飲み続けるしかないのだろうけれど。
そう割りきって、ふと横を見ると、机にもたれ掛かって眠る、幼い少女がいた。感覚的に、この子がここまで僕を引っ張ってきて、介護してくれたのだろうと分かった。
背中に残る冷たさと、体に幾つかの応急処置の後から理解できたからだ。
「おっと、もうこんな時間。」
時計をみやると、もう夕方だった。窓から差し込む茜色の光と、窓から見える茜色の空が、白銀の景色を仄かに紅く染めている。少し、懐かしい気がした。
痛む体にムチを打って立ち上がって、玄関から外へ出ようとしたとき、少女が目についたので、風邪引かないように、と来ていた温かいジャンバーを羽織らせ、そそくさと立ち去り、走って家まで着いたのだった。
――――
「んう……。」
冬木 穂香は、六時を回った頃に目を覚ました。眼を擦り、意識を覚醒させる。
「あっ……。」
ファサッ、と衣擦れの音がしたので音先を見ると、少年、斬龍 災禍の物とおぼしきジャンバーが着せられていた。少年は既に帰り、風邪を引かないように着せてくれたのだろう、そう思うと、少女の胸に温かい気持ちが生まれた。
「災禍……。」
少女がその気持ちを、『好き』だと言うのを知るのは、しばらく後のことになる……。
はい!!言い訳はしません!!ひたすらにすみませんでしたぁ!!
誹謗・中傷は控えてください、自分が枕を濡らしますので。
さて、何だかんだでかなりのスパンが開いたものの、何とか過去編最終話にこぎ着けました。とても読んでくださった皆さんには大変ご迷惑をかけまくりましたが、それでもお付き合いしてくれた方、一度でも読んでくださった方、全ての方に感謝です。
続編に関してですが、正直可能性は低いかもしれません。理由は、この通り気分なので長い間投稿しない可能性があることです。また皆さんに、ご迷惑はかけたくありません。なので、期待しないでくださるとありがたい(かもしれない)です。
それでは!!長ったらしい後書きまで付き合ってくださりありがとうございました!!さようなら!!