みーつけた、をもう一度。   作:虚憂

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怪談、あるいは悪戯

「これ、風の噂で聞いた話なんですけど……。

 

 ……あぁ、いえ。風の噂、というよりは、誰もいない霧の湖の底から、しめやかに流れてきた『寂しい忘れもの』のようなお話なんです。

 

 

    暗い、夜も更けたころ。

 あなたがふらりと街を、歩く頃。

 あるいは、白く煙る霧のなかを、一人で彷徨っている頃。

 ふとふと、誰かに話しかけられるのです。

 

 姿は見えません。ただ、どこかお上品で、けれど人を食ったような、のほほんとした声。

 あなたはなぜだか、その声がとても愛おしくなって、時間を忘れて、楽しく会話を交わすのです。

 

 

 ――けれど、おかしなことに。

 別れた瞬間、あなたはその相手のことを、どうしても思い出せなくなります。

 名前も、声も、そこに誰がいたのかさえ、するりと記憶の霧に巻かれて消えてしまう。

 おかしいな、と首を傾げて、あなたが引き返そうとしたその時。

 背後から、衣擦れの音。

 

 

『もし、よろしければ』

 

 

 そんな風に、すぐ耳元でささやかれ、驚いて振り返ってみたならば。

 

 

『こんな顔じゃ、ありません?』

 

 

 そう言って、そこにぽつんと佇んでいるのは、

 目も、鼻も、口も、なにもかもが綺麗に抜け落ちた――真っ白な、形なしの顔なのです」

 

 

 

 


 

 

 

 

「わあぁぁぁっ!?」

「あはは、驚きすぎですよ、大妖精さん」

 

 

 とまあ、綽々と。

 驚く彼女を傍目に、私はけらけらと笑うのです。

 

 

「驚きますよっ」

「ふふ、私の噂話をしてくれていたものですから、つい」

 

 大妖精さんが話していた件は、先日私が起こした小さな怪異、に類するものだった。

 あんまり綺麗な月夜でしたから、妖怪としてのサガを抑えきれませんでしたね。

 

 

「む、むぅ……!」

「おや、怒らせてしまいましたか? ……あの人間が悪いのですよ? あんな良い月の夜に、一人でふらふらと出歩いているんですから」

 

「私とて妖怪の端くれ、あれだけお膳立てをされたのならば……ね?」

「そんな理由で驚かされる身にもなってください!」

「あはは、正論ですねぇ」

 

 

 妖精の中では比較的、まともというかまとめ役という立場にある彼女。もちろん妖精としていたずら好きな面もあるのだが、それはそれとして他の妖精の主張が激しいんですよね。

 

 

「では、お詫びと言っては何ですが。私が人里で聞いた内緒話、お聞きになりますか?」

「内緒話、ですか?」

「ええ。……なんでも、夜道を歩いていると後ろから肩を叩かれるという噂話がありまして……」

「ひえっ、そ、それはお詫びになりません! 追い怪談です!?」

「おや、お気に召しませんでしたか?」

 

 

 少々、私の脅かしの後には刺激が強すぎたようですね。

 目尻に涙がちらついていますから。

 

 

「ふふ、からかいが過ぎましたかね?」

「ゆらさん……!」

「冗談ですよ、冗談。そんな妖怪、この幻想郷にはそうおりませんからね」

 

 

 思い当たる節がないわけではないものの、彼女たちが人里でいたずらをするような気質かと聞かれるとそうでもない、というのが私の意見である。

 

 

「ほ、本当ですか? ゆらさんのお話は、聞いているとどこまでが本当なのかわからなくなりますから……」

「お褒めに預かり光栄です。とは言え、あなたに信用していただけていないというのは少々悲しいですねぇ」

 

 

 ですので。

 ここは、彼女のご機嫌取りといきましょうか。

 袂から取り出しますのは、人里で買って置いた小さい紙包み。

 

 

「大妖精さん、こちらをどうぞ」

「え?」

 

 

 そうして差し出したのは……金平糖。

 この夜に似合う、きらきらとした甘味菓子です。

 

 

「人里で買ってはいたものの、食べ損ねていまして。ご一緒に、どうですか?」

「……! 食べます!」

「ふふ、それは良かった」

 

 

 先ほどまでの涙目はどこへやら。現金なものですが、そんな素直なところが彼女の美徳なのでしょう。

 小さな手のひらに金平糖をいくつか分けてあげると、彼女は宝物でも扱うように、そっと口へ運びました。

 

 ……しゃり、しゃりと。

 口の中で金平糖が、転がる音が響きます。

 

 

「ん……おいしいです。あまくて、あったかくなります」

「それは何より。……夜の湖は、少々冷えますからね、甘いもので少し元気づけをしておくと良いでしょうね」

 

 

 残りの包みを彼女に渡して。

 

 湖の向こう側から、聞き覚えのある賑やかな声が響いている。

 どうやら、大妖精さんの愉快なお仲間たちが帰ってきたようですね。

 

 

「お仲間のお迎えがいらしたみたいですよ?」

「え? ……あっ、チルノちゃん!」

「ふふ、残りの菓子を、袂に隠して独占するのか、律儀に分け合うのかはお任せしますよ」

「あっ……えっと、ありがとうございました!」

「……どういたしまして?」

 

 

 お詫び、という体で渡した筈なのですが。

 ……本当に、あの子は素直ですね。

 

 

「……ふふ、お気をつけて」

 

 

 夕闇が人里を包み込み、遠くの山々が黒い輪郭へと溶けていく時間。

 私は彼女の小さな背中が見えなくなるまで見送り、それから、手のひらに残った金平糖の甘い匂いをそっと嗅ぎました。

 人間を驚かせるのも一興ですが、たまにはこうして、小さな妖精の心を少しだけ『ゆらがせて』、甘い記憶を置いていくのも悪くありませんね。

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