「――あ、見つけましたよ、ゆらさん!」
「おや、大妖精さん」
お赤ちゃんが仕事へと戻り、おばあちゃんから休憩をいただいたが故に。
人里の外をゆらぁ、と気ままに散歩していた時のことです。
向こうからぱたぱたと小さな羽音を響かせて飛んできた大妖精さんが、私に気づくや否や、嬉しそうに声を上げてこちらへと舞い降りてこられました。
「相変わらず、私を見つけるのが本当にお上手ですねぇ」
「えへへ、なんとなく、ですっ!」
「ふふ」
きらきらとした純真な瞳で胸を張る大ちゃんを見つめながら、私は顔布の奥で苦笑いを浮かべました。
……なんとなく、という何かしらの勘だけで、気配も存在も文字通り煙に巻くはずの私の『ゆらぎ』を見破られてしまっては、怪異としての私の立つ瀬がないのですが。
まあ、それをわざわざ指摘して、この眩しいほどの笑顔を遮る理由にはなりませんからね。胸の内にそっとしまっておくのが、お上品というものです。
「大妖精さんも、今日はお散歩を?」
「はい! チルノちゃんたちがどこかに行っちゃったので、湖の周りをふらふら〜ってしてたら、ゆらさんが見えたんです!」
「なるほど。では、私たちはお揃いですね」
大妖精さんは小さな手をせわしなく動かしながら、楽しそうに教えてくれました。
きっと今頃、氷の小さな妖精さんは、他の悪戯好きな仲間たちとでも合流して、人里の預かり知らぬ場所で大騒ぎでもしているのでしょう。
そんな賑やかな主役たちから一歩引いたところで、こうしてあてどなく時間を消費している緑色の妖精と、顔布の怪異。
お互いに「ふらふら」と「ゆらゆら」。
どこか似たような歩調で歩んでいる事実が妙に
「……あ」
ふと、大妖精さんが前方の景色を見つめたまま、ぴたり、と足を止めてしまわれました。
楽しげだった羽音が止まり、彼女の視線の先を追うようにして私も顔布を向けてみます。
「倒木、でしょうか」
そこは、魔法の森の境界。湖からの入り口に当たるその場所には、それなりの数の大木が、無惨に根元からへし折られて転がっていました。
「はい、みたいです。……昨日は、この辺りも随分と騒がしかったですから」
「おや、そうなのですね」
先程までの和気藹々とした愛らしい表情はどこへやら、大ちゃんは痛ましいものを見るかのように、その倒木の群れをただ悲しげに見つめておられます。
自然の化身たる妖精にとって、森の傷跡は自身の痛みに等しいものなのかもしれません。
「大丈夫ですか」
「え? あっ、大丈夫ですよ! ……ただ、ちょっとだけ、悲しいなって思うだけなので。ごめんなさい、変な空気になっちゃいました」
気遣う私に気づき、大ちゃんは慌てて取り繕うように、どこか無理をした笑顔を浮かべてみせました。
健気に見せるその笑顔を、どうにかして本当の笑顔に戻して差し上げたい――そう思うのは、きっとお上品な怪異の
「もし、大妖精さんがよろしければ」
「?」
「少々、この木たちに細工を施そうかと思いまして」
私には、枯れた植物を蘇らせるような根本的な解決はできません。
ですが、傷ついたこの子の心を救うためなら――出来うる限りの、お上品な悪あがきを致しましょう。
「ん……しょ、っと」
私は割烹着の袖を少しだけ
「え、な、何を……?」
「木々にも命があると聞きますから。でしたら、こういうこともできるのではと」
困惑する大ちゃんの目の前で、見かけだけは元に戻った木の幹に、そっと
そうして、私の能力をそっと流し込んでみるのです。
――『元々、この木はこうだったよ。折れてなどいなかったよ』という、強力な錯覚を。
「あっ」
大妖精さんが小さく息を呑みました。
すると……あら、不思議。私の紡いだ『嘘』を本当のことだと信じ込んだのか、木々が、自らの意志でこの形を維持しようと、内側からぐっと踏ん張り始めたのです。折れたはずの繊維が、繋がった錯覚の通りに再び噛み合っていく。
「まだ、倒れて間もない木々でしたから。どうやら上手く行ったみたいですね」
何食わぬ顔で掌を離し、パタパタと衣服の土を払いながら、私は顔布の奥で微笑みました。
「……ありがとうございます、ゆらさん」
大妖精さんはそれを、私の施した奇跡を愛おしそうに見つめて、そう言ってくれました。
けれど、その微笑みはどこか、寂しげで。
「でも、いいんです」
「え……?」
大妖精さんが、ふっ……と小さな手のひらを、私が細工を施して無理に立たせていた木々へと向けました。
「あ」
私の錯覚に踊らされ、内側から必死に力を振り絞っていた木の患部が、もう一度みしりと悲鳴のような音を上げて傾き――
「お疲れ、さまでしたっ」
どすんと倒れる、その前に。
大ちゃんは小さな体をめいいっぱい使って大木の幹を支え、まるで眠りにつかせるかのように、ゆっくりと、優しく地面へと落としたのです。
私の紡いだ『優しい嘘』を、大ちゃんは自らの手で、静かに解いたのでした。
「何を……?」
「? えっと……大丈夫だよって、声をかけて? いやえっと……なんて言うんだろ、ちゃんと今まで頑張ったねって、気持ちを伝える? みたいな。……えへへ、変ですよね」
倒れた木を優しく撫でながら、大ちゃんはいつもの無邪気な調子で頭を掻きました。
「……なるほど」
私はそっと割烹着の袖を戻し、顔布の奥で小さく息を吐き出しました。
怪異である私は、「世界を騙して形を保つこと」を良しとした。
けれど、自然の化身たる彼女は、「寿命を全うした命を、労って土へ還すこと」を選んだ。
……どうやら、余計なおせっかいをしてしまったみたいですね、私は。
命を
「申し訳ありません、大妖精さん。どうやら私は、余計な真似をしてしまったみたいで」
「あ、いえ、本当にその気持ちはありがたかったんです! ……でも、その」
申し訳なさのあまり、私は顔布の端を少しだけ弄りながら頭を下げました。
すると大ちゃんは、また私を傷つけていないかと気遣うような、困った笑みを浮かべて。
「忘れ去られるのも、いいなぁって思うんです。こうやって、誰の知らぬ間に倒れて、その命を終わらせるのも」
「……」
大ちゃんのその言葉は、私の喉の奥を、言葉もなく締め付けました。
「ゆらさんのしてくれたことも、すごく、すごく嬉しくて。わぁってなったんですよ? ……ほ、本当ですからねっ!」
「ふふ、ありがとうございます」
嘘をつけない妖精だからこそ、その必死な弁明が本心であることは痛いほど伝わってきました。
けれど、誰に看取られることもなく、ひっそりと自然へと還っていくことを美しいと笑う、その在り方。
それは、人々の噂にすがり、形を変え、世界から『忘れ去られまい』と必死に足掻いている
何もしなければ、消えてしまう私。
何もしなくても、世界の一部であり続ける彼女。
ちくりと、ほんの少し胸を刺されるような仄かな痛みが私を襲い、私は自分の白い両手を、ただそっと割烹着の下へ隠すことしかできませんでした。
「ふふ……お恥ずかしい。大妖精さんを慰めるつもりが、逆に私の方が、慰められてしまいましたね」