みーつけた、をもう一度。   作:虚憂

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水面に響く、破壊の音色

「あら、あら。ふふふふ! 面白い、面白いね貴女! 破壊の目を握ったのに、壊れないなんて!」

「お、戯れを……ふふ」

 

 

 顔布の奥で血の混じった呼吸を吐き出しながら、私は歪な笑みを返し、かろうじてその場に踏み止まりました。

 息も絶え絶え、私の右腕は――咄嗟に「ずらした」ことによってかろうじて形は保っていますね。時間があれば治りはするでしょうが……目の前の彼女が、それを許してくれるとは思えません。

 

 笑みこそ絶やさないようにしているものの、これは俗に言う絶体絶命という状況に他ならないでしょう。

 目の前に佇むのは、紅い月を背負った破壊の化身というべき存在。

 その少女が気まぐれに掌を『きゅっ』と握れば、あらゆる物質が塵芥へと変わってしまった。

 私の中の本能じみた感覚が、彼女の力の何かを揺らがせたことで形を保てました……いえ、彼女を見るに保ってしまったというべきでしょうか。

 

 

「さあ、さあ。もっともっと、楽しませてよ。遊ぼうよ、お姉さん?」

 

 

 七色の羽を妖しく輝かせながら、少女は残酷なまでに純粋な、きらきらとした瞳で私を見つめてきます。

 

 

「……ええ、不調法な身なれば、不恰好に踊ることしかできませんが。それでよろしければ、お付き合いいたしましょう。お嬢さん」

 

 

 動く左手でふくの裾をそっと持ち上げ、私は世界の果てで手向けられる淑女の礼儀のように、優雅に頭を下げました。

 これを、外の国ではカーテシーと呼ぶのでしょう?

 

 ――にしても、全く。

 人里の外へ出ると、どうしてこうも、退屈とは無縁な事ばかりが起きてしまうのでしょうか?

 

 

 事の発端は、おばあちゃんの生菓子のお店に届いた、一風変わった菓子の注文でした。

 人里の住人ではない、西洋風の瀟洒な装いをした、灰の髪の女中さん。彼女が忽然と店先に現れ、「私の主の為に、ワガシというものを用意して欲しいのだけれど」という相談を受けたのです。

 

 ……まあ、思えば。

 おばあちゃんのいない、私一人が店番をしていたあのタイミングで。

 人里の外――あの深い霧の湖の先に佇む、赤い霧の漂う館に住まう者たちから、そんな注文が来てしまったことにこそ、私はもっと違和感を持つべきだったのでしょうか?

 店番として、ただ誠実に注文をこなし、菓子を携えて人里の境界を出てしまった己の迂闊さ。

 それを今更悔やんだところで、目の前で楽しそうに牙を覗かせる吸血鬼の少女が、時間を巻き戻してくれるはずもありません。

 

 

「ねえ、お姉さん、次はどこを握ってほしい?」

 

 

 無慈悲な破壊の問いかけが、耳元で甘く囁かれます。

 

 

「……ふふ、お嬢さん。お菓子を美味しく召し上がっていただくための『お茶請けの話』にしては、少々、刺激が強すぎはしませんか?」

 

 

 私は動かない右腕の重みをあえて無視し、左手を掲げてーーゆらゆらと。いつも通りに、そしていつもより張り切って。

 人里の外の冷たい風に服の裾を翻しながら、私は顔布の奥から、静かな挑発を投げかけました。

 

 

「あなたに、水面の月が壊せますか?」

「壊して見せるわ。だって私は、破壊神だもの」

 

 

 お嬢さんは、まるで明日の天気でも語るかのような無邪気さで、けれどこの世界の(ことわり)そのものを圧殺するような凶悪な笑顔を咲かせました。

 

 なるほど、破壊の神、ですか。

 ならば、その神の御手が届かぬ世界の『隙間』で、踊り狂って差し上げましょう。

 歪んでいく空間。

 この狭い、地下の空間では錯覚など些末な事でしょうけれど。

 

 

「では、お嬢さん。――開演、といたしましょうか」

 

 

 この類の弾幕ごっこ(あそび)得手(えて)ではないのですが。

 弾幕ごっこですらない、一方的な殺戮を前にして。そんな呑気なことは言えませんねぇ。

 

 ……直後、地下室の闇を真っ赤に塗り潰すような、圧倒的な熱量を持った破壊の光が爆発しました。

 

 

 

 


 

 

 

「お嬢様」

「どうしたのかしら、咲夜」

「あの者を、どうして呼び寄せたのですか? それも、妹様の部屋に導くなんて……」

「……ふふ」

 

 

 地下から響いてくる、重低音の地鳴りのような破壊の余波。

 紅魔館の静寂を揺らすその不穏な音を、月光の差し込むテラスで聞きながら、レミリアは優雅にカップを皿へと戻しました。

 完璧で瀟洒な女中である咲夜の、いつになく焦燥を孕んだ問いかけ。

 

 人里の小さな菓子屋へ赴かせ、おばあちゃんではなく『あの白い顔布の怪異』が一人で店番をしているタイミングを見計らって注文を届けさせたのは、他でもない、この幼き館の主の差し金だったのです。

 

 

「何を心配しているの、咲夜。私はただ妹に、おいしい東洋のお菓子を届けてあげただけよ? 素晴らしい『お茶請け』と一緒にね」

「ですが、あれは……」

「『水面の月は壊せない』、か。ふふ、面白いことを言う妖怪じゃない。フランドールがどれだけ力を込めても、その手からすり抜けて『ゆらいでしまう』運命。……ねえ、咲夜。すべてを壊してしまうあの子の前で、決して壊れない幻が踊るのよ? これ以上ない、最高の余興(あそび)だと思わない?」

 

 

 レミリアの緋色の瞳が、夜の闇の中で妖しく、愉しげに輝きました。

 すべては、この吸血鬼の退屈を紛らわせるための、そして地下の妹に束の間の「壊せない玩具」を買い与えるための、残酷で、けれどどこか計算された運命の悪戯。

 地上で冷徹に微笑む姉の視線は、厚い石床を透過して、今も地下で死線をくぐり抜けている、あの白い顔布の妖怪を冷たく見下ろしているのでした。

 

 

「それにね、咲夜」

「はい」

「……本来なら、私が遊んであげるつもりだったのよ?」

 

「ーーわたしとあの子、どっちの方があの妖怪には幸せなのかしらね?」

 

 

 ふふ、と喉を鳴らして笑う主の言葉に、咲夜はただ黙して、深く頭を垂れることしかできませんでした。

 

 逆らうことすら叶わぬ、あらかじめ定められた『運命』の檻の中で、美しく飼い殺されること。

 

 あるいは、あらゆる理を握り潰す『破壊』の暴風の中で、一瞬の火花のように命を燃やし尽くすこと。

 

 人里にすがり、人々の噂にすがって飢えを満たす怪異にとって、どちらがより残酷な絶望なのか。レミリアはそれを、一盤のチェスを愉しむかのような冷徹さで見つめている。

 激しい地鳴りが、再び足元からテラスへと伝わってきました。

 

 ――そんな地上の、悪魔たちの品定めなど知る由もなく。

 今この瞬間も、地下の暗闇の中では、一人の怪異がプライドと執念だけを武器に、必死のステップを刻み続けていました。

 

 

「あははは! すごい、すごいよお姉さん! まだ壊れない!」

「っ――、あは、ふふ……! お褒めに預かり、光栄、の至りです……!」

 

 

 飛び散る紅い弾幕の嵐。

 ゆらは、すでに限界を迎えているあちこちの痛みに耐えながら、左手一本で服の裾を払い、なおもお上品な、けれど死に物狂いの『水月の舞』を踊り続けるのでした。

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