みーつけた、をもう一度。   作:虚憂

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納涼、首をひらひらと

「……ちょっとゆら、私の頭を抱えないで。というか撫でるな」

 

 

 茶屋で働く友人から、ちょっとしたクレームが入ります。

 その声はもちろん、私の膝の上。

 

 でもですよ、膝の上に置いた彼女の頭があまりにも滑らかで心地よいので、ついつい手が動いてしまうのですから、仕方のないことだとも思うのです。

 

 ……ちなみに、本来あるべき彼女の首元から上は、今はからっぽ。

 傍から見れば世にも恐ろしい怪奇現象ですが、私の『ゆらぎ』で人間の目からは綺麗に隠してありますから、お茶屋の営業には一切支障ありません。……ね、合理的でしょう?

 

 

「えー? いいじゃないですかお赤ちゃん。収まりがいいんですから」

「そういう問題じゃないでしょ、私の首だし」

「他の人には、私の能力で誤魔化してますから見えませんよー?」

「能力で誤魔化すとかそういう問題じゃないってば、聞いてる?」

 

 

 やろうと思えば私だって増やせるわよ……とぼやく彼女からは、本気で取り返そう、という気概は感じられません。

 ……だったら、もう少しこのままでも構いませんよね?

 

 

「聞いていますよ。お赤ちゃんの首は、いつ触ってもひんやりとしていて、この季節には最高の(りょう)になりますねぇ」

「私の首は涼むための道具じゃないんだってば。……それよりさ、あんた、一昨日くらいに人里の裏通りで妙なことしなかった?」

 

 

 お赤ちゃん……赤蛮奇は私の膝の上から、じろりと不満げな視線を上向けてきました。

 

 

「おや、何かありましたか?」

「しらばっくれないの。夜道で顔のない妖怪に遭ったって、人間のあいだでちょっとした騒ぎになってるんだから。私の『ろくろ首』の噂と混ざったらどうしてくれるのよ」

「あはは、首の怪異と顔の怪異が混ざったら、それはもう別種の妖怪ですねぇ」

 

 

 能面のようなかたなしの顔に、異様に伸びた首の怪。

 いやいや、混ざったら私にだって得はありませんから、そんなことは望んでおりませんよ?

 

 

「望む望まないの問題じゃないでしょ。人間たちは、恐ろしいものに区別なんてつかないんだから……」

 

 

 なんて、ここにいない店主さんに聞かれては困りそうな発言をしつつも。

 のんびりとお茶屋で過ごしていたのですが……。

 

 

 ――カララン、と。

 タイミングが良いのか悪いのか、お茶屋の引き戸が開いて、賑やかな人間の足音が響きました。

 

 

「わっ、ちょっと、早く返しなさいよ!」

 

 

 焦るお赤ちゃんの手が、私の膝の上の『自分自身の頭』を掴もうと、盲牌(もうぱい)のようにつかづかと彷徨(さまよ)います。

 

 

「おや、お仕事の時間ですか。名残惜しいですが、はいどうぞ」

 

 

 すぽん、と首が元の位置に収まると同時に、彼女は「い、いらっしゃいませ!」と、何事もなかったかのように営業スマイルを浮かべるのでした。本当に器用な妖怪さんですね。

 

 

「こんにちはー……あ、ゆらさん!」

「おや、美宵ちゃんでしたか、こんにちは」

 

 

 とたとたとやって来たのは、奥野田美宵さん、座敷童子です。

 鯨呑亭という居酒屋で働く妖怪看板娘ちゃんですね。

 

 

「どうしたのよ美宵。こんな時間に」

「お店で出す食材を買い足すついでに、ここの店主さんに言伝を頼まれたんです」

「ああ、仲がいいですもんねぇ、お二人」

 

 

 お茶屋の店主と鯨呑亭の店主は、生来の仲だそうでして。

 よく鯨呑亭でお酒を飲む仲なのだとか。

 

 

「わかった、伝えとくわ」

「お願いします。……あ、そう言えばゆらさんは、今日はお店はよろしいんですか?」

「あ、ばれちゃいました?」

 

 

 そう、かく言う私もこの通りでこそないものの、人里で働くしがない妖怪の一人なのです。

 

 

「今日はお婆ちゃんがぎっくり腰みたいで、お休みすることになったんですよ」

「えっ、そうなんですか? 大丈夫なんでしょうか」

「お婆ちゃん自体は元気そうでしたよ。私がお店を開いておこうかと言ったら「若者に任せ始めるのは、それこそ儂の引退の時期じゃ」と仰ってましたから」

「豪胆よね、あそこのお婆さん」

「目からは職人の覇気を感じましたから、しばらく休めばまたやってると思いますよ」

「なら良かったです、あそこのお婆ちゃんはとても長生きですからね」

 

 

 お婆ちゃんはこの人里でも中々の長生きで知られる老人で、こうやって人の合間で生きる妖怪たちからも一目置かれています。

 下手な木端妖怪たちより長生きなんじゃないでしょうかね?

 

 

「まぁ、それでも私たちよりは下……よね?」

「おそらく……?」

「あはは、真実はお婆ちゃんのみぞ知ってますねぇ」

 

 

 実は百年単位で生きてますとか言われたらそれはそれで納得できちゃいそうです。

 流石にないとは思いますけどね?

 

 

「と言うわけで、今の私は、お茶屋で働くお赤ちゃんのお邪魔をする大義名分を得られたと言うわけです」

「大義名分になってないから。……全く、ほら美宵、あんたも座っちゃいなさいよ。お代はそこの顔無しが払ってくれるから」

「えっ、でも……」

「ふふ、構いませんよ。今日の私はお暇なので」

「わあ、じゃあお言葉に甘えて……ゆらさん、ごちそうさまです!」

 

 

 美宵ちゃんは嬉しそうにパタパタと私の隣の席へ滑り込みました。

 私は袂に手を差し入れ、お茶屋の金平糖……ではなく、今朝お婆ちゃんの家から勝手に持ち出してきた、出来立ての柔らかい大福の包みを広げます。

 

 

「おや、店主に無断でそんなものを」

「いいんですよ。お婆ちゃんにはちゃんと『お給料の先払い』として、ぎっくり腰の腰をさすってあげる代わりに貰い受けてきましたから。3人で食べましょう?」

 

 

 口ではああいうお赤ちゃんですが、お婆ちゃんの大福は好きなんですよねぇ。

 百年を生きるかもしれない人間の味を、私たちは三人で、小さく『しゃり』とではなく、もぐもぐと分け合うのでした。

 そして、お赤ちゃんが淹れてくれた温かいお茶が、三人の前に並びます。

 美宵ちゃんはふぅ、とお茶を一口啜ると、少し真面目な顔をして私と赤蛮奇を見つめました。

 

 

「あ、そうだ。ごちそうになるついでと言ってはなんですけど……最近、鯨呑亭に来る人間の間で、ちょっとおかしな噂があるんです」

「噂、ですか? 美宵ちゃんの耳に入るということは、お酒の席での戯言(ざれごと)ではなさそうですねぇ」

「はい。なんでも……『夜道で誰かとお喋りしたあと、家に帰ると、その日話した楽しい記憶だけが、ごっそり消えている』って言うんです。私の能力とも違って、なんだかすごく、お上品な消え方をしてるみたいで……」

「んぐっ」

 

 

 その言葉に、赤蛮奇の視線がじろりと私の『顔布』の奥へ突き刺さるのを感じました。大福を詰まらせないように、ほらお茶飲んでください?

 

 

「もしかして、ゆらさんですか?」

「……ふふ、どうでしょうね。私の『揺らぐ程度の能力』なら、確かに記憶認識をゆらがせることも可能ではありますけれど」

「ふぅ……もしかしなくてもあんたでしょ」

 

 

 あ、ばれちゃいましたね。

 とは言え美宵ちゃん以外の妖怪はこんな風に、異変にならない程度の怪談を起こすものですよ?

 ある程度であれば、人間たちだって笑い話怪談話に変えてくれますからね。

 

 

「ね? じゃないわよのっぺら布妖怪」

「あはは、お口が厳しいですねぇ」

「そういう風になさること自体は知っているんですけれど……そうなんですね、良かったです」

「おや、良かったとは?」

「ふふ、ゆらさんなら変なことはしないって思っていますからね」

「お褒めに預かり光栄です、美宵ちゃん」

「……でも、本当に不思議ですね。消えた記憶って、どこに行っちゃうんでしょう」

 

 

 美宵ちゃんがぽつりと溢した疑問に、私は手元の大福をじっと見つめます。

 

 

「……さあ、どこでしょうね。ですが、霧のなかに隠したものは、霧が晴れればまたそこにあるものです」

 

 

 失われるのではなく、ただ少しだけ、お互いの距離がゆらいで見えなくなっているだけ。

 水鏡に映る月は、ひとたび水面がゆらいでしまえば見えなくなる淡いもの。

 ですがそれは、ゆらぎが収まればまた、そこに映るでしょう?

 

 

「だから大丈夫ですよ、美宵ちゃん。もし大切なものを忘れてしまっても――きっと私たちは何度でも、それを『みーつけた』って、笑い合えるのですから」

 

 

 私の言葉に、赤蛮奇が少しだけ意外そうな顔をして、それから「……ふん」と優しく鼻を鳴らしました。

 人里にふとふと現れる、正体不明の影が一つ。彼女たちの温かい記憶に守られながら、私は今日も、この幻想郷をふらりふらりと移ろっていくのです。

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