みーつけた、をもう一度。   作:虚憂

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大男、もしくは神の使い

ーーザザッ、ザッ

 

 下駄のようなものが土を蹴り、あなたの背後を駆ける音が聞こえます。

 あなたが不審に思い、後ろを振り返っても……そこには、人里の薄暗い夜道が伸びているばかり。誰もいません。

 

ーーザッ

 

 今度は、後ろを向いた、そのさらに後ろから同じ音が響くのです。

 じわり、と背中に嫌な冷気が漂い始め、心臓の音がうるさく耳を打ちます。

 

 

「な、なんだ……?」

 

 

 恐怖に耐えかねて、弾かれたように思い切り振り返った瞬間。

 あなたの眼前、鼻の先が触れ合うほどの至近距離に、それは佇んでいました。

 視界を遮るほどに大きな、大きな、一本足の唐傘。

 その中心から、真っ赤な大舌がべろりと垂れ下がり――

 

 

「……ばぁ?」

「ヒッ……!?!?!」

 

 

 そうして、人間は大いに驚き、腰を抜かしたのですが……。

 

 

「……! やった、やったよゆら! 私にもできた!」

「あはは、おめでとうございます、小傘ちゃん。……ああ、そこの方」

「ひ、ひぃ……!」

 

 

 まだまだ甘い小傘ちゃんが、対象を前にしたままぴょんぴょんと喜んでしまっている。

 ……これでは、小傘ちゃんの悪戯止まりになってしまいます。

 

 

「あなたは、大傘のようなものを見て気絶しました。いいですね?」

「えっ、あ……?」

 

 

 記憶と意識を揺らがせて、少しの間眠ってもらうことに。

 ここは人里用の結界の内側ですから、害のある妖怪は来られません。

 少々寝ていても問題はないでしょう。

 

 

「あっ、ごめんゆら」

「いえ、嬉しいというのは当たり前ですからね。……まあ、次からは時と場所を選ぶべきですが」

「う、はーい……」

 

 

 

 


 

 

 

 

……こうして、夜の間の彼女は、『大傘のような怪異』として、人間たちの間で噂されるようになる……のですが。

 それに伴って少々、小傘ちゃんにとってはお辛い事情ができてしまいました。

 

 

「ぅー……ひどくなーい!?」

「どうしたのよ小傘、最近はゆらの仕込みで上手くやってるみたいだったのに」

「だ、大丈夫ですか小傘さん?」

 

 

 みすちーの八目鰻の屋台にて、私とお赤ちゃんと、美宵ちゃん、そして件の小傘ちゃんが揃っています。

 パチパチと爆ぜる炭火の上で、タレが焦げる香ばしい匂いが煙とともに夜の帳(とばり)へ上っていく。

 赤提灯の温かい光に照らされた、賑やかな妖怪たちの特等席です。

ですが、小傘ちゃんの様子が少しおかしいみたいです?

 

 

「ぅー……」

「ふふ、まあ、仕方ありませんよ」

「……あんた、何か知ってるの?」

「まあ、小傘ちゃんの隣で聞いちゃいましたので、あはは……」

 

 

 そう。

 何を隠そうみすちーのお店に2人を呼んだのは私なのです。

 ひどくショックを受けてしまった小傘ちゃんのために。

 

 

「……小傘がこの有様だから、あんたが説明してくれる?」

「ええ、はい。そのつもりではありましたからね」

 

 

 私は手元のお酒をちびりと啜り、少しだけ肩をすくめて見せました。

 

 

「実は、唐傘の怪異のお話が出るたびに、人々の認識から小傘ちゃんがどんどんと外れて行っちゃってるんです」

「……どういうこと?」

「お昼に、いつものように快活な驚かし、を行っているのですが、今日は……その、『例の怪異なんかよりよっぽど健気だなぁ』と」

「あー……」

「そうなんだよっ!? ひどくないっ!?」

 

 

 そう、小傘ちゃんが直面してしまったのは、噂と本物の差異という、誰しもが直面する問題だったのです。

 

 

「そこから話に尾ひれや背びれがどんどんと付いて変化して行っちゃいまして」

「へぇ、どうなってるの?」

「……あの怪異は天気の神様であるから、出会ったら崇めないといけないだとか、今やそいつは十尺はある大男で、血走った単眼で、舌が人間の腕くらいある筋肉質の大男だとか」

「ぷっ……小傘あんた、神様になったの? 出世したじゃない」

「あ、はは……確かにそれは、小傘さんとは程遠いですねぇ」

「ひどいよね!? 酷すぎるよねっ!? 私そんなにマッチョじゃないもーん!」

 

 

 しかも、今日の夜はその噂のせいでお供え物までされる始末ですからね。

 人間たちの妄想というのは中々幅広いものですよねぇ。

 

 

「しかもしかも! 聞いてよもっとひどいんだよ!?」

「何、これ以上があるの?」

「これでも相当乖離してる気がしますけど……」

「あ、あははははー……」

 

 

 2人の反応に、苦笑いしかすることができない。

 

 

「その大男やら神様やらの裏にはねっ!? 白い布をした上品な神の使いやら、より怖いのっぺら布の怪異がいるってことになってるのっ!」

「あっ」

「……ゆらあんた、ミスったわね」

「あはは……面目ありません……」

「私、ゆらの前座じゃないからねっ!?」

「ええ、ええ、重々承知しておりますよ。本当に申し訳ありません。……みすちーさん、こちらの可愛いお化けちゃんに、八目鰻の特上をもう三串(みくし)ほど。お代はすべて、そこの『神の使い』が持ちますので」

「わーい! みすちー、特上ちょうだい! ……って、違うよ! 食べ物で誤魔化されないんだからねっ!」

「あはは、はーい。ちょっと待ってねー」

 

 

 口では怒りつつも、運ばれてきた熱々の串に目を輝かせる小傘ちゃん。

 

 

「まぁまぁ、怪異の噂なんてものは、水鏡の月のように移ろいやすいものです。また明日から、じっくりと『可愛い驚かし』の作戦を練り直しましょう?」

「そうだよ、小傘ちゃん。私みたいな夜雀は、どこまで行っても焼き鳥と可愛いの要素から抜け出せない分、そこらへん苦労してるからねえ。小傘ちゃんへの神への畏れ、もしくは恐ろしいものへの恐怖は、ちょっと羨ましいよ?」

「うー……」

「い、今なら美宵ちゃんのお酌も付きますよ?」

「ゆ、ゆらさん!?」

 

 

 赤蛮奇と美宵ちゃんの呆れ顔を肴に啜るお酒は、ちょっぴり苦く、けれど人里の夜風のように、心地よく私の身体をすり抜けていくのでした。

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