みーつけた、をもう一度。   作:虚憂

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秘密、それは水鏡の向こう側

「……ああ、そう言えば」

「?」

 

 皆に酔いが回り、小さい宴会場の熱が高まり始めた頃のこと。

 くい、と残りのお酒を飲み干していた私を、お赤ちゃんがじぃっと見つめていました。

 

 

「ええと、どうかなさいました?」

「いや……そう言えば、あんたの顔布の下って見たことないなーって」

「え」

「あ、確かに?」

「……ゆらってぽわぽわしてるけど、食べる時とか飲む時に絶対顔見せないよねー……うぅん」

 

 

 小傘ちゃんはそろそろお眠が近いかもですが。

 それ以上に大変なことになるやもしれません……!?

 

 

「ふふ、私の素顔ですか? そんなもの、のっぺら布の名の通り、目も鼻も口もない、ただの真っ白な『()』があるだけですよ?」

 

 

 私はお上品に袖で口元を隠しながら、ふらふらと立ち上がりました。

 

 

「嘘おっしゃい。あんたずっと八目鰻も大福も普通に美味しそうに食べてるじゃない。口がなきゃ咀嚼(そしゃく)の音は聞こえないわよ」

 

 

 お赤ちゃんの酔った目が、じろりと鋭さを増します。

 

 

「あ、あはは……。それはその、空間を『ゆらがせて』直接胃袋に転送している、とでも言っておきましょうか。……おや、夜風が冷たくなってきましたねぇ、そろそろ私はーー」

 

「逃がさないよー! ……ひっく」

「小傘ちゃん!?」

 

 

 逃げようとした矢先に、酔いの回った小傘ちゃんにがしっと抱きつかれてしまいました。

 

 

「ねーねー、ちょっとだけ見せよー!」

 

 

 完全に『出来上がった』小傘ちゃんが、私の顔布に手を伸ばしてすり寄ってきます。美宵ちゃんも「私も、ちょっとだけなら……」と目を輝かせていて。

 ま、まずいですね逃げ場がありません。

 

 

「お、お待ちになってください、小傘ちゃん、美宵ちゃん! 乙女の秘密を暴くのは無粋というものです!」

 

 

 私は慌てて、隣にまで来ていたお赤ちゃんの『頭』をひょいと持ち上げました。

 そして、自分の顔の前に、小傘ちゃんの前に、お赤ちゃんの生首を盾のように突き出します。

 

 

「なっ!? あんた何私の頭を身代わりに使ってんのよ!?」

「ちょうど目の前に、目隠しに最適な劇薬(おかしら)がありましたので!」

「なるほど……じゃなくて。盾にするなーーっ!!」

 

 

 私の手の中で、お赤ちゃんの頭がガブッと誰かの手を甘噛みしました……が、それは私のではなく、私の顔の前にあるお赤ちゃんの顔を剥がそうとしていた、小傘ちゃんの手。

 

 

「ひゃんっ!? 蛮奇さんが噛んだぁ!」

「あんたが私を剥ぎ取ろうとするからでしょ! もう、これ以上私の頭で遊ぶなー!」

 

 

 生首を抱えた私と、手を抑える小傘ちゃん、そしてそれを必死に宥める美宵ちゃん。みすちーの屋台の一角は、文字通りてんやわんやの大騒ぎになってしまいました。

 お猪口の触れ合うカランという涼やかな音。お赤ちゃんの頭が私の腕の中で不満げに鳴らす歯ぎしり。小傘ちゃんの、少し赤くなった頬とふにゃふにゃとした笑い声。

 屋台の熱気とは対照的に、人里の夜風はどこまでも冷たく、私たちの足元をすり抜けていきます。

 

 

 ーーそうしてやがて、皆が疲れ果てて笑い転げる頃には、顔布のことなどすっかりどこかへ吹き飛んでいました。

 

 

「はい、お赤ちゃん、お頭をお返ししますね。おかげで大変見事な防壁になってくれました」

「二度と防壁にするな。……っていうか、あんたの顔布、ちょっとズレてたから直してあげたわよ」

「おや、それはそれは」

「ふん、あんなに抵抗してたのに、私に見られそうになっちゃって。しゃんとしなさいよ」

 

 

 お赤ちゃんが不機嫌そうに自分の首に頭を乗せながら、私の頭をぽんと叩きます。私は慌てて、顔布の端を丁寧に整え直しました。

 

 秘密があるからこそ、怪異は怪異らしく、お上品でいられるというもの。

 夜風に揺れる赤提灯の下、友人たちの楽しげな声を背中で聴きながら、私は今夜も、自身の輪郭を心地よくゆらがせるのでした。

 

……ふふ。認めざるを得ませんね。今夜のお酒は、少々美味(おい)しすぎました。

 人里に紛れ込む、拠る辺なき怪異の私ですが。こんな温かい騒がしさのなかにいると、自身の境界線まで本当に溶けていってしまいそうになります。

 ふとふと見上げれば、雲の隙間から、本物の月が冷たい光を人里の屋根に落としていて。

 

 

「水鏡に映る月を、無理に掴もうとしてはいけません。私の素顔もまた、この幻想郷の霧のなかに、ずっと隠されたままでいいのです……ね?」

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