Fate/Divine Brush──桜花浄界──   作:一般ガス会社社員

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士郎の中にあるヤツはライダーの神性をずっと浴び続けていたからか原作より早く起動しています。


Wounds and Sunlight

 

 衛宮邸の茶の間には、朝とは違う沈黙が落ちていた。

 

 朝はまだ、どうにか日常の形をしていた。藤村大河がいつものように現れ、桜を心配し、庭のライダーを白い大型犬として受け入れ、セイバーを「セイラちゃん」と呼んでいた。無理のある説明を、勢いで押し通しただけの朝だった。

 

 けれど、それでも朝食の匂いがあった。

 

 味噌汁の湯気があり、焼き魚があり、士郎が台所に立っていた。

 

 今は違う。

 

 士郎は布団の上に横たえられていた。

 

 顔色は悪く、服は汚れ、呼吸は浅い。それでも生きている。桜の目には、それだけが救いだった。

 

 凛は士郎のすぐそばに膝をつき、険しい表情で状態を見ている。セイバーは布団の横で正座し、唇を固く結んでいた。庭ではライダーが静かに伏せている。背の神鏡には月の光が映り、紅い隈取が夜の中で淡く光っていた。

 

 桜は士郎のそばから離れられなかった。

 

 ついさっき、自分は言った。

 

 約束しましたよね。帰ってきたら、全部話すって。

 

 なら、話してください。教会で聞いたことも、今起きたことも、全部。

 

 そう言った。

 

 けれど、今の士郎を見れば分かる。

 

 話すどころではない。

 

 士郎は生きているだけで精一杯だった。

 

「話は後」

 

 凛が短く言った。

 

 その声に、茶の間の空気が少しだけ動く。

 

「衛宮くん、今のあなたは会話してる場合じゃない。桜、悪いけど水と清潔なタオル。セイバーはそのままそばにいて。動かす時は私が指示するまで待って」

 

「は、はい」

 

「了解しました」

 

 桜は慌てて立ち上がりかけた。

 

 けれど、足がうまく動かなかった。膝に力が入らない。先ほど見た士郎の姿が、頭から離れなかった。

 

 セイバーに支えられて門をくぐってきた士郎。

 

 薄く目を開けて、こちらを見ていた士郎。

 

 大丈夫だ、と言った士郎。

 

 大丈夫なはずがなかった。

 

 あんな顔で、あんな声で、大丈夫なはずがない。

 

「桜」

 

 凛の声で、桜は我に返った。

 

「今は動いて。大丈夫、衛宮くんはまだ生きてる」

 

「……はい」

 

 まだ。

 

 その言葉が怖かった。

 

 それでも桜は台所へ向かった。水を汲み、タオルを用意して戻る。手が震えて、水が少しこぼれた。

 

 凛はそれを受け取り、士郎の体に手をかざした。

 

 魔力の流れを視るように、胸元から腹部、肩、腕へと確認していく。凛の表情は、見れば見るほど険しくなっていった。

 

「……何なのよ、これ」

 

 低い声だった。

 

 桜の胸が冷える。

 

「遠坂先輩……?」

 

 凛は答えなかった。

 

 士郎の状態をさらに調べる。傷口、呼吸、魔力の流れ。治療のために宝石を手に取った凛の指が、わずかに止まる。

 

「普通なら死んでる」

 

 その言葉で、桜は息を呑んだ。

 

 セイバーの表情も強張る。

 

「死んでるって……」

 

「助かってるのがおかしいって意味よ。骨も、内臓も、筋肉も、こんな速度で戻るはずがない。これは普通の治癒魔術じゃない。少なくとも、私の知ってる治療とは違う」

 

 凛は士郎を見る。

 

「衛宮くん。あなた、自分の体に何か仕込まれてる?」

 

 士郎は薄く目を開けた。

 

「……知らない」

 

「切嗣さんが何かしたとか、そういうのも?」

 

「分からない」

 

 切嗣。

 

 その名が出た瞬間、士郎の目がわずかに揺れた。

 

 言峰教会で、士郎は切嗣のことを聞いたのだろう。桜にはまだ詳しいことは分からない。けれど、その名前が士郎にとって特別なものだということは、もう分かっていた。

 

 凛は小さく舌打ちした。

 

「分からないことだらけね……」

 

 その時、士郎の体から淡い金色の光が漏れた。

 

 桜は目を見開く。

 

 それは炎ではなかった。

 

 魔術の光とも違う。

 

 静かで、遠く、どこか懐かしい輝き。傷ついた体を、内側から繋ぎ直しているような光だった。

 

 セイバーが息を呑んだ。

 

「……これは」

 

 凛がその反応を見逃さない。

 

「セイバー。何か分かるの?」

 

 セイバーは士郎の体から漏れる光を見つめていた。

 

 しばらく沈黙する。

 

 だが、隠すような沈黙ではなかった。自分の中で確かめているような間だった。

 

「確かなことは言えません」

 

 セイバーは静かに言った。

 

「ですが、マスターと私の間にはパスが繋がっています。契約によって生じた魔力の経路です」

 

「それは分かるわ。サーヴァントとマスターの契約なら当然ある」

 

「はい。本来であれば、マスターから私へ魔力が供給される。しかし今は、その流れが逆にも働いているように見えます」

 

 凛の目が細くなる。

 

「逆?」

 

「私の魔力が、マスターの体に流れ込んでいる。傷を癒しているのは、その影響かもしれません」

 

 セイバーの声は落ち着いていた。

 

 けれど、その奥には迷いもあった。

 

「マスターは私を召喚した。私と繋がった。そのため、私の魔力がマスターの生命活動を支えている。少なくとも、現状の回復には私との契約が関わっていると考えます」

 

 凛は士郎とセイバーを交互に見た。

 

「なるほどね……確かに、セイバーの魔力が流れてる」

 

「ええ」

 

 セイバーも頷いた。

 

「本来ならあり得ないほどの量です。私自身も、ここまで強く流れているとは思っていませんでした」

 

「だから死なずに済んだ、と」

 

「少なくとも一因ではあります」

 

 士郎はぼんやりと二人の会話を聞いていた。

 

 セイバーの魔力。

 

 自分との繋がり。

 

 切嗣。

 

 十年前。

 

 言葉が頭の中でばらばらに浮かんで、形にならない。

 

「俺に……セイバーの魔力が?」

 

 士郎が呟く。

 

 凛は険しい顔で頷いた。

 

「そう考えるのが一番自然ね。少なくとも、今見えている範囲では」

 

 セイバーも静かに続ける。

 

「私も断定はできません。しかし、マスターの回復には私との契約が深く関わっています。今後も注意して観察する必要があるでしょう」

 

 桜はその言葉を聞きながら、士郎の顔を見ていた。

 

 士郎を生かしているものがある。

 

 それが何であれ、今は確かに士郎を繋ぎ止めている。

 

 ほっとしていいのか、怖がればいいのか、分からなかった。

 

 縁側の方で、静かに床板が鳴った。

 

 ライダーが近づいていた。

 

 白い神狼は茶の間の外で一度立ち止まる。桜を見て、士郎を見て、それからゆっくりと前へ進んだ。

 

 凛が少し身構える。

 

「ライダー?」

 

 桜は小さく言った。

 

「ライダーさん……」

 

 ライダーは答えない。

 

 ただ、士郎の布団の横に伏せた。

 

 背の神鏡が淡く光る。

 

 空中に、墨の線が走った。

 

 筆などない。

 

 けれど、そこには確かに筆の軌跡があった。

 

 線は丸を描く。

 

 小さな太陽。

 

 それは眩しすぎる光ではなかった。夜を焼き払うような強い日差しではなく、障子越しに差し込む朝日のような、柔らかい光だった。

 

 凛が息を呑む。

 

「今度は何を……」

 

 次に走った墨の線は、花ではなかった。

 

 それは、欠けたものをなぞる線だった。

 

 士郎の体に直接触れるわけではない。肌の上ではなく、その少し上。金色の光が漏れている場所を、ライダーの筆跡がゆっくりとなぞっていく。

 

 壊れた輪郭を描き直すように。

 

 途切れた線を繋ぎ直すように。

 

 乱れた流れに、もう一度形を与えるように。

 

 画龍。

 

 失われたものへ筆を入れ、あるべき姿を取り戻させる筆しらべ。

 

 墨の線が走るたび、士郎の体から漏れていた黄金の光がわずかに落ち着いていった。暴れるように傷を塞いでいた再生が、少しずつ整えられていく。

 

 凛の目が見開かれる。

 

「ちょっと待って……流れが安定した?」

 

「遠坂先輩?」

 

「傷を直接治してるんじゃない。もともと衛宮くんの中で起きてる異常な再生を、外側から整えてる。欠けた場所を描き直して、無理に繋がろうとしていた流れを正しい形に戻してるのよ」

 

 凛は信じられないものを見るようにライダーを見た。

 

「何なのよ、本当に……治癒というより、修復の補助。しかも、本人を傷つけないように、必要なところだけ選んでる」

 

 ライダーはただ、士郎を見ていた。

 

 静かに。

 

 当然のことをしているように。

 

 士郎の呼吸が、少しだけ深くなる。

 

 痛みが完全に消えたわけではないのだろう。眉はまだかすかに歪んでいる。だが、先ほどまで全身を包んでいた危うさが、少しずつ薄れていくのが桜にも分かった。

 

 壊れたものが無理やり繋がるのではなく、正しい形を思い出していく。

 

 そんな光だった。

 

「……楽になった」

 

 士郎が呟く。

 

 桜の目に涙が浮かんだ。

 

「よかった……」

 

 だが、凛はまったく安心していなかった。

 

「よくないわよ」

 

 低い声だった。

 

 士郎が凛を見る。

 

「遠坂?」

 

「よくないって言ってるの」

 

 凛は士郎の布団の横に座り直した。

 

 怒っていた。

 

 かなり怒っていた。

 

「衛宮くん。あなた、自分が何をしたか分かってる?」

 

「何って……」

 

「サーヴァントの攻撃の前に、生身で飛び出したのよ」

 

 凛の声は震えていた。

 

 怒りだけではない。

 

 恐怖も混じっていた。

 

「普通なら死んでた。というか、死んでなきゃおかしい。今こうして喋れてるのは、あなたとセイバーのパス、それからライダーの補助が重なったからよ。どれか一つでも欠けていたら、ここに戻ってくることすらできなかった」

 

「でも、セイバーが──」

 

「でもじゃない!」

 

 凛が声を荒げた。

 

 士郎は言葉を止める。

 

「あなたはマスターなの。セイバーの主なの。あなたが死んだらセイバーはどうなるの? 桜は? 藤村先生は? あなたが守るって言った人たちは?」

 

 士郎は黙った。

 

 凛の言葉は、茶の間に重く落ちた。

 

 士郎はきっと、悪気があって飛び出したわけではない。

 

 セイバーが倒れると思った。

 

 だから動いた。

 

 たぶん、それだけなのだ。

 

 それだけだから、余計に危うい。

 

「マスター」

 

 今度はセイバーが口を開いた。

 

 その声は凛よりも静かだった。

 

 けれど、ずっと重かった。

 

「私は、貴方を守る剣として召喚されました」

 

「……ああ」

 

「貴方が私を庇って命を捨てるなら、私は剣としての役目を果たせません」

 

 セイバーはまっすぐ士郎を見ていた。

 

「戦場で誰かを庇うこと自体を否定するつもりはありません。ですが、力も策もないまま、ただ身を投げ出すことは守ることではない。それは、貴方自身を失わせ、残された者を苦しめる行為です」

 

 士郎は何も言えなかった。

 

 セイバーの言葉は、刃のようだった。

 

 だが、その刃は士郎を傷つけるためのものではない。

 

 士郎を止めるためのものだった。

 

「俺は……」

 

 士郎は言いかける。

 

 だが、続きが出てこない。

 

 その時、桜は自分の声が出るのを感じた。

 

「先輩」

 

 士郎がこちらを見る。

 

 桜は両手を膝の上で握っていた。

 

 泣きそうだった。

 

 けれど、泣かなかった。

 

「どうして、すぐ大丈夫って言うんですか」

 

「桜」

 

「大丈夫じゃないのに。痛いはずなのに。怖かったはずなのに。みんな心配してるのに。どうして、いつも大丈夫って言うんですか」

 

 声が震える。

 

 それでも止まらなかった。

 

「先輩が死んだら、私はどうすればいいんですか」

 

 その一言で、茶の間が静まり返った。

 

 凛も、セイバーも、何も言わなかった。

 

 ライダーの背の神鏡が、静かに光っている。

 

 士郎は桜を見ていた。

 

 何かを言おうとして、言えない。

 

 桜は、そこでようやく気づいた。

 

 自分は怒っている。

 

 士郎が傷ついたことに。

 

 士郎が死にかけたことに。

 

 それなのに士郎が、大丈夫だと当たり前みたいに言ったことに。

 

 怒っていた。

 

「……悪い」

 

 士郎が小さく言った。

 

 桜は首を横に振る。

 

「謝ってほしいんじゃありません」

 

「……」

 

「生きていてほしいんです」

 

 士郎は言葉を失った。

 

 その言葉は、茶の間の誰にも届いた。

 

 凛が深く息を吐く。

 

「桜の言う通りよ。衛宮くん、あなたのそれは善意なんだろうけど、危なすぎる。自分の命を勘定に入れてない。普通の人間は、あそこで飛び出せない。飛び出さないのが正しいの」

 

「でも」

 

「でも、じゃない」

 

 凛は強く言った。

 

「守りたいなら、死なない方法を考えなさい。生きて守るの。死んで誰かの盾になることを、最初の選択肢にしないで」

 

 士郎は黙って頷いた。

 

 完全に納得できたわけではないのだろう。

 

 桜にも、それは分かった。

 

 あの場面に戻ったら、士郎はまた動くかもしれない。

 

 けれど、今の士郎は少なくとも、何かを考えようとしていた。

 

 それだけでも、桜は少しだけ息ができた。

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 やがて、桜は口を開いた。

 

「私も、話があります」

 

 凛が桜を見る。

 

「桜?」

 

「ライダーさんは、先輩に何かあったことに気づいていました」

 

 士郎はライダーを見る。

 

 白い神狼は静かに伏せている。

 

「でも、ライダーさんは動きませんでした。私のそばにいました」

 

 桜の声は落ち着いていた。

 

 だが、そこには確かな重みがあった。

 

「それは、私を守るためです。私がここにいるから。私が何もできないから。ライダーさんは、先輩のところへ行けなかった」

 

「桜、それは──」

 

 士郎が言いかけると、桜は首を横に振った。

 

「ライダーさんを責めているわけではありません。私を守ってくれたことも、分かっています。嬉しいです。怖い時、そばにいてくれて、安心しました」

 

 桜は右手の令呪を見た。

 

「でも、それだけではだめだと思いました」

 

 凛は黙って聞いている。

 

 セイバーも静かに桜を見ていた。

 

「私、守られるだけではいたくありません」

 

 桜は言った。

 

「聖杯戦争のことを知りたいです。それだけじゃなくて、魔術のことも学びたいです。マスターとして何ができるのか、自分にはどんな力があるのかも知りたいです。危ないことをしたいわけではありません。でも、何も知らないまま、誰かに守ってもらうだけではいたくないんです」

 

 士郎が何かを言いかけた。

 

 桜には、何を言おうとしたのか分かった。

 

 危ない。

 

 関わらなくていい。

 

 きっと、そういう言葉だ。

 

 でも士郎は言わなかった。

 

 言葉を飲み込んだ。

 

 それを見て、桜は少しだけ胸が温かくなった。

 

 凛が腕を組む。

 

「本気なのね」

 

「はい」

 

「知るっていうのは、怖いことよ。知らなかった方がよかったと思うこともある。魔術の世界なんて特にそう」

 

「それでも、知らないままは嫌です」

 

 桜は凛を見た。

 

「私は、ずっと知らないままでした。だから、もう嫌なんです」

 

 凛の表情が少しだけ揺れた。

 

 遠坂先輩。

 

 その呼び方を、桜はまだ変えられない。

 

 変えていいのかも分からない。

 

 凛は目を閉じた。

 

 そして、深く息を吐く。

 

「分かった」

 

 桜の顔が上がる。

 

「遠坂先輩」

 

「危険なことはさせない。戦闘にも出さない。ライダーを無理に動かすこともしない。でも、知識だけは入れる。聖杯戦争のことも、魔術の基礎も教える。あなたが何も知らないまま怯えている方が、よっぽど危ない」

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言うのは早いわよ。かなり厳しく教えるから」

 

「はい」

 

 桜は小さく頷いた。

 

 その表情はまだ不安げだった。

 

 けれど、先ほどまでとは少し違っていた。

 

 守られるだけの顔ではなかった。

 

 凛は次に、士郎を見た。

 

「あなたもよ、衛宮くん」

 

「俺も?」

 

「当然でしょ。マスターとしては桜より危なっかしいんだから。基礎から全部やり直し。魔術のこと、聖杯戦争のこと、サーヴァントのこと、戦場で絶対やってはいけないこと。全部叩き込む」

 

「……お手柔らかに頼む」

 

「無理」

 

 即答だった。

 

 士郎は黙った。

 

 セイバーが少しだけ頷く。

 

「私からも、戦場での立ち回りを教えます。マスターは自分の身を守る術を覚えるべきです」

 

「セイバーまで」

 

「当然です」

 

 セイバーの声は真面目だった。

 

「私は貴方を守ります。ですが、貴方自身が死に向かって走るのであれば、守ることは困難です」

 

 士郎は返す言葉がなかった。

 

 凛は場を切り替えるように、指を一本立てた。

 

「それじゃ、まず今日の情報整理」

 

 士郎は布団の上で少し身を起こそうとした。

 

 桜がすぐに手を伸ばす。

 

「先輩、無理しないでください」

 

「大丈夫だ」

 

 桜の目が鋭くなる。

 

 士郎は慌てて言い直した。

 

「……いや、無理はしない」

 

 凛が呆れたようにため息をつく。

 

「学習が早くて助かるわ」

 

 士郎は黙って布団に戻った。

 

 凛は話し始める。

 

「まず、今日襲ってきたのはアインツベルンのマスター。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。御三家の一つ、アインツベルンの人間よ」

 

「御三家……遠坂、間桐、アインツベルン、でしたよね」

 

 桜が言う。

 

「そう。聖杯戦争の根幹に関わる三つの家。その一角が、あの子」

 

 凛の顔が険しくなる。

 

「問題はサーヴァント。バーサーカー。単純な力だけなら、今まで見た中で間違いなく最悪クラス。セイバーの攻撃は通った。でも、止まらなかった。アーチャーの狙撃もほぼ無傷。宝具か、特殊な耐久か、まだ詳細は不明」

 

「傷が塞がった」

 

 士郎が呟く。

 

「そう。あれは普通の再生じゃないわ。少なくとも、ただ頑丈ってだけじゃ説明できない」

 

 セイバーも頷いた。

 

「剣は確かに届きました。ですが、決定打にはならなかった。あのサーヴァントを倒すには、通常の攻撃では足りない可能性があります」

 

「通常の攻撃じゃ足りないって……どうすればいいんだ」

 

「それを考えるのよ」

 

 凛は言った。

 

「正面からぶつかれば負ける。なら、情報を集める。弱点を探す。戦場を選ぶ。こちらの戦力をどう使うか考える」

 

 凛の視線がライダーへ向く。

 

「そして、ライダー」

 

 桜が少し身を固くする。

 

 凛は慎重に言った。

 

「イリヤは最後に、衛宮邸にいる“眩しい子”みたいなことを言っていた。あれがライダーのことを指しているなら、アインツベルンにもライダーの気配を勘づかれた可能性がある」

 

 桜がライダーを見る。

 

 ライダーは静かに目を細めていた。

 

「この家はライダーの聖域で守られてる。低級の使い魔や呪いなら簡単には入れない。でも、存在そのものを完全に隠せるわけじゃない。むしろ、これだけ清浄な気配を出していると、分かる相手には目立つ」

 

「目立つのか」

 

 士郎が聞く。

 

 凛は深くため息をついた。

 

「目立つわよ。夜の街に朝日が落ちてるようなものだもの」

 

 庭のライダーが、ふん、と鼻を鳴らした。

 

 どこか得意げにも聞こえた。

 

 凛は半眼になる。

 

「褒めてるようで褒めてないわよ」

 

 士郎は少しだけ笑いそうになった。

 

 重い空気の中で、そのやり取りだけが少しだけ日常に戻してくれた。

 

「これ以上清めたら、本当に神社になるんじゃないの、この家……」

 

「うちは普通の家なんだけどな」

 

「普通の家に神霊級のライダーとセイバーがいて、マスターが三人集まってる時点で普通じゃないわよ」

 

「それは……そうか」

 

「そうよ」

 

 凛は疲れたように言った。

 

 セイバーは真面目に頷く。

 

「確かに、戦力の密集としては異常です」

 

「セイバーまで真面目に分析しなくていい」

 

 士郎が言うと、桜が少しだけ笑った。

 

 その笑顔を見て、士郎は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

 

 痛みはまだある。

 

 体も重い。

 

 だが、ここに戻ってこられた。

 

 桜がいる。

 

 凛がいる。

 

 セイバーがいる。

 

 ライダーがいる。

 

 そのことが、今は何よりも大きかった。

 

 凛はもう一度、士郎の状態を確認した。

 

 魔力の流れを見て、傷の塞がり方を見て、最後に信じられないという顔をする。

 

「……本当に回復が早すぎる」

 

「セイバーとのパスと、ライダーのおかげ……ってことか?」

 

「雑にまとめればそうね」

 

 凛は渋い顔で言った。

 

「でも、そんな雑な話で済ませていい状態じゃないわ。衛宮くん、あなたの体、絶対に普通じゃない。セイバーとの契約が関係しているのは分かる。ライダーが外から整えたのも分かる。でも、中心にあるものがまだ分からない」

 

「中心にあるもの……」

 

「そう。あなたの中にある何か」

 

 士郎は自分の胸元に視線を落とした。

 

 何も分からない。

 

 ただ、体の奥にまだ淡い熱のようなものが残っている気がした。

 

 セイバーはそれを見つめていた。

 

「マスター」

 

「なんだ」

 

「今は無理に考えるべきではありません。ですが、貴方の回復と私の魔力が関係している以上、私も今後注意します」

 

「ああ。頼む」

 

「はい」

 

 桜がそっと士郎のそばに座る。

 

「先輩」

 

「ん?」

 

「明日から、私も一緒に話を聞きます」

 

 士郎は反射的に口を開きかけた。

 

 危ない。

 

 そう言おうとした。

 

 だが、桜が先に言った。

 

「危ないから、知るんです」

 

 士郎は言葉を失った。

 

 桜は静かに続ける。

 

「何も知らないまま守られているだけでは、きっとまた同じことになります。私が怖がっているだけだと、ライダーさんも動けません。だから、聖杯戦争のことも魔術のことも知りたいです。自分で考えたいです」

 

 士郎は桜を見た。

 

 いつもの桜だった。

 

 けれど、少し違った。

 

 弱々しく笑って、すべてを飲み込むだけの桜ではない。

 

 怖くても、自分の足で立とうとしている桜だった。

 

「……分かった」

 

 士郎は言った。

 

「俺も、ちゃんと聞く。ちゃんと考える」

 

 凛が腕を組んで頷く。

 

「よろしい。まずは二人とも、明日から基礎講座ね」

 

「二人とも?」

 

「当然でしょ。衛宮くんと桜、まとめて面倒見た方が早いもの」

 

 桜は少しだけ驚いた顔をした。

 

 それから、小さく笑う。

 

「よろしくお願いします、遠坂先輩」

 

 凛の表情が一瞬だけ揺れた。

 

 けれど、すぐにいつもの顔へ戻る。

 

「……ええ。覚悟しておきなさい」

 

 庭のライダーが静かに伏せる。

 

 背の神鏡には、月が映っていた。

 

 士郎の体から漏れていた金色の光は、もうほとんど見えない。ライダーが描いた墨の線も、畳の上で淡くほどけていく。

 

 傷は塞がりつつある。

 

 けれど、何も終わってはいない。

 

 バーサーカーという怪物。

 

 イリヤスフィールという少女。

 

 言峰の言葉。

 

 十年前の火災。

 

 そして、士郎の中に眠る不可解な光。

 

 聖杯戦争の夜は、まだ深い。

 

 太陽の下で癒えた体と、夜に残った恐怖。

 

 その両方を抱えたまま、衛宮邸の夜は更けていった。





美少女3人に叱られる衛宮士郎くん

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