Fate/Divine Brush──桜花浄界──   作:一般ガス会社社員

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ハーフタイム



Invitation from the Witch

 

 学校は、何事もなかったような顔をしていた。

 

 昨日、旧校舎で何が起きたのか。

 

 校舎の壁の内側を赤い糸が走り、生徒たちから力を吸い上げようとしていたこと。骨の兵士が廊下に現れ、セイバーがそれを斬り伏せていたこと。凛が床下の結界の核を撃ち抜き、アーチャーの一撃が外壁の中継点を消し飛ばしたこと。

 

 そんなことを知っている者は、ほとんどいない。

 

 朝の教室では、昨日の体調不良の話が少しだけ出ていた。

 

「昨日、なんか急に具合悪くなったやつ多かったよな」

 

「換気悪かったんじゃね?」

 

「旧校舎、やっぱ何かあるんじゃないの」

 

 そんなふうに、軽い噂として流れていく。

 

 誰も本当のことは知らない。

 

 知らないままでいい。

 

 そう思う一方で、士郎の胸には重いものが残っていた。

 

 結界は潰した。

 

 学校は守れた。

 

 それでも、慎二は戻らなかった。

 

 慎二の席は、今日も空いている。

 

 士郎は、その席を見ていた。

 

 机の上には何もない。椅子もきちんと収まっている。ただ一人、そこにいるはずの人間だけがいない。

 

 いつもなら、慎二は偉そうに教室へ入ってきて、誰かに軽口を叩いて、何でもない顔で席に座っていたはずだ。

 

 その何でもない光景が、今はやけに遠かった。

 

「衛宮」

 

 声をかけられて、士郎は顔を上げた。

 

 一成だった。

 

「間桐のやつ、今日も休みか」

 

「ああ」

 

「最近、妙に休むな。何か聞いているか?」

 

 士郎は言葉に詰まった。

 

 何か聞いているか。

 

 聞いているどころではない。

 

 慎二はキャスターに利用されている。学校結界の火種にされ、嫉妬と怒りを魔術の燃料にされ、今もどこかにいる。

 

 だが、そんなことを言えるはずがない。

 

「……いや。詳しくは知らない」

 

「そうか」

 

 一成は士郎の顔を見た。

 

「衛宮、お前も顔色が悪いぞ。昨日の騒ぎで疲れたのか」

 

「まあ、少し」

 

「無理はするな。最近のお前は、何かを隠している時の顔をしている」

 

 士郎は一瞬、息を止めた。

 

 一成はそれ以上追及しなかった。

 

「言えないことなら無理には聞かん。だが、倒れるなよ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 一成は頷いて、自分の席へ戻っていった。

 

 士郎はもう一度、慎二の席を見る。

 

 嘘をついた。

 

 また、日常の中で嘘をついた。

 

 でも、言えば巻き込む。

 

 知らないままでいてもらうために、嘘をつくしかない。

 

 そのことが、士郎には苦かった。

 

 放課後、士郎は凛と合流した。

 

 場所は旧校舎の近くではない。昨日の件で旧校舎周辺は教師たちが少し警戒している。表向きには、体調不良者が出た場所としてしばらく立ち入りを控えるよう言われていた。

 

 凛は校舎の影で腕を組んでいた。

 

「学校結界は、ほぼ消えてるわ」

 

「ほぼ?」

 

「残滓はある。でも起動するほどの力はない。昨日、核を潰した時点で学校全体を覆う術式としては崩れた。あとは細かい残り香みたいなものね」

 

「じゃあ、学校はもう大丈夫なのか」

 

「少なくとも、昨日みたいな吸収結界は動かない」

 

 士郎は少しだけ息を吐いた。

 

 学校は守れた。

 

 それだけは、確かだった。

 

 だが、凛の表情は明るくない。

 

「問題は慎二くんよ」

 

「居場所は?」

 

 凛は首を横に振った。

 

「追えない。昨日、キャスターが回収した瞬間に痕跡を切ってる。慎二くんに繋がっていた糸も、学校側の結界からは完全に外された」

 

「アーチャーでも無理なのか」

 

 その問いに答えたのは、凛ではなかった。

 

「難しいな」

 

 空気の中から、アーチャーの声がした。

 

 姿は見えない。だが、近くにいるのは分かる。

 

「キャスターは回収と同時に痕跡を散らした。追跡させる気があるなら、もっと分かりやすい糸を残しただろう。逆に言えば、こちらを誘うなら別の手段を使うはずだ」

 

「別の手段?」

 

 士郎が聞く。

 

 凛が小さくため息をついた。

 

「向こうから連絡してくるってことよ」

 

「連絡って……」

 

「招待状、脅迫状、使い魔、何でもあり。キャスターは慎二くんを手元に持ってる。こっちを動かしたいなら、それを使うのが一番早い」

 

 士郎は拳を握った。

 

「また慎二を餌にするのか」

 

「そういう相手よ」

 

 凛の声は冷たかった。

 

「学校を餌場にした相手だもの。人質を使うことにためらいなんてない」

 

 士郎は慎二の席を思い出した。

 

 空っぽの席。

 

 昨日、赤い糸に繋がれた慎二。

 

 助けられてたまるかよ、と叫んで消えた慎二。

 

 腹が立つ。

 

 慎二にも、キャスターにも、自分にも。

 

「衛宮くん」

 

 凛が呼ぶ。

 

 士郎は顔を上げた。

 

「怒るのはいい。でも、怒りだけで動くのは駄目。慎二くんを助けたいなら、なおさら」

 

「分かってる」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

 士郎はまっすぐ凛を見た。

 

「助けるために、死なない。無茶はしない。勝手に突っ走らない」

 

 凛は少しだけ目を丸くした。

 

 それから、ふっと息を吐く。

 

「……言えるようにはなったじゃない」

 

「まだ実行できるかは分からないけどな」

 

「そこは胸を張るところじゃないわよ」

 

 凛は呆れたように言った。

 

 けれど、少しだけ表情が緩んでいた。

 

 その日の夕方、士郎たちは衛宮邸へ戻った。

 

 桜は茶の間にいた。

 

 机の上には、凛から渡された基礎魔術のメモが置かれている。まだ実践というほどのことはしていない。ただ、自分の中の魔力の流れを感じ、無理に抑え込まず、恐怖で固めないための練習だ。

 

 庭にはライダーがいる。

 

 昨日、キャスターの使い魔を祓った時と同じように、白い神狼は縁側の近くで静かに伏せていた。

 

 しかし、士郎たちが戻ってしばらくした後、ライダーの耳が動いた。

 

 桜も気づく。

 

「ライダーさん?」

 

 ライダーは立ち上がった。

 

 庭の空気が、わずかに変わる。

 

 凛がすぐに立ち上がった。

 

「来たわね」

 

「キャスターか」

 

「使い魔でしょうね。直接来るほど馬鹿じゃない」

 

 士郎は庭へ出た。

 

 セイバーも縁側に立つ。

 

 ライダーは塀の方を見ていた。

 

 衛宮邸の敷地の外。

 

 聖域の境界線に触れない、ぎりぎりの場所。

 

 そこに、黒い蝶のようなものが浮かんでいた。

 

 蝶と言っても、生き物ではない。羽の輪郭は煙のように揺れ、胴には赤い糸が巻きついている。昨日、学校で見た使い魔と同じ系統の気配だった。

 

 ライダーの神鏡が淡く光る。

 

 黒い蝶は、聖域の中へは入ってこない。

 

 入れないのだ。

 

 凛が目を細める。

 

「こっちの結界を測ってる……いや、違う。最初から入る気はないわ。伝言役ね」

 

 黒い蝶は、塀の外でほどけた。

 

 煙のような羽が散り、赤い糸だけが地面に落ちる。

 

 その糸が勝手に動き出した。

 

 まるで誰かの指に操られているかのように、赤い糸が地面の上を這い、文字を形作っていく。

 

 だが、その動きは滑らかではなかった。

 

 ライダーのいる庭から漏れる、微かな熱。

 

 朝日とも炎とも違う、神聖な太陽の気配。

 

 赤い糸はそれに触れることを嫌がるように、不自然に歪み、時折びくりと跳ねながら蠢いていた。まるで、目に見えない熱に皮膚を焼かれた蛇が、身をよじっているようだった。

 

 間桐慎二は預かっている。

 

 返してほしければ、今夜、柳洞寺へ。

 

 白い荒神を連れてくるなら、少年は返せない。

 

 桜の呼吸が止まった。

 

 士郎の手が震える。

 

 ライダーは静かに赤い文字を見下ろしていた。紅い隈取が、夕暮れの中で濃く見える。

 

 凛はしゃがみ込み、糸を観察する。

 

「やっぱりね」

 

「遠坂」

 

「キャスターからの招待状よ。慎二くんを餌にして、こっちを柳洞寺へ誘い出すつもり」

 

「柳洞寺……」

 

 士郎はその名前を繰り返した。

 

 山の上の寺。

 

 冬木の中でも古い場所。

 

 そして、魔術師が工房を構えるには、あまりにも都合のいい場所。

 

 セイバーが静かに言う。

 

「罠ですね」

 

「罠よ」

 

 凛は即答した。

 

「でも、完全な嘘とも限らない。慎二くんを手元に置いているのは事実でしょうね。わざわざライダーを名指しで外してきた。相当警戒してる」

 

 凛は地面の赤い文字を見る。

 

「それに、あの文字の歪み方。ライダーの聖域から漏れる神気を、糸そのものが避けてる。キャスターはライダーの力をただ警戒してるだけじゃない。ひどく嫌悪しているわ。神聖な魔力そのものが、あの女にとっては毒に近いのかもしれない」

 

 ライダーが低く鼻を鳴らした。

 

 不快そうだった。

 

 凛はライダーを見る。

 

「逆に言えば、あなたを怖がってるってことよ。衛宮邸の白い荒神、ね。嫌な呼び方だけど、効いてる証拠でもある」

 

 桜は赤い文字を見つめていた。

 

「兄さんを……」

 

 声が小さく震えている。

 

 士郎はすぐに言った。

 

「桜、行く必要はない」

 

「……分かっています」

 

 桜は答えた。

 

 けれど、その声は揺れていた。

 

「分かっているんです。私が行っても、兄さんが本当に返される保証なんてない。むしろ、私まで利用されるかもしれないって」

 

 桜は胸元に手を当てる。

 

「でも、一瞬、思ってしまいました。私が行けば、兄さんが戻ってくるんじゃないかって」

 

 士郎は何も言えなかった。

 

 凛も黙っている。

 

 桜は続けた。

 

「そう思ってしまうのは、きっとまだ、兄さんに呼ばれたら行かなきゃいけないって思っているからです。私が何とかしなきゃいけないって、そう思い込んでいるからです」

 

 ライダーが桜のそばへ歩み寄る。

 

 白い神狼は、桜と赤い文字の間に立った。

 

 昨日と同じように。

 

 だが、桜は今度、ライダーの後ろに隠れなかった。

 

 その背に手を置きながら、赤い文字を見つめていた。

 

「私は行きません」

 

 桜は言った。

 

 声は震えていた。

 

 けれど、消えなかった。

 

「行きたいんじゃありません。行かなきゃと思ってしまうだけです。でも、それは違うんですよね」

 

 凛が頷く。

 

「ええ。違うわ。あなたが行けば解決するなんて、キャスターに都合のいい考えよ」

 

「はい」

 

 桜は頷いた。

 

「だから、ここで待ちます。逃げるためじゃなくて、ここを守るために」

 

 ライダーの神鏡が柔らかく光った。

 

 それは桜の言葉を受け止めるような光だった。

 

 士郎は桜を見る。

 

 桜は怖がっている。

 

 それでも、怖さを理由に自分を差し出そうとはしていない。

 

 そのことが、士郎には強く響いた。

 

 茶の間に戻ると、凛はすぐに作戦会議を始めた。

 

 ちゃぶ台の上には、簡単な冬木市の地図と、柳洞寺周辺のメモが広げられている。

 

「行くのは、私、士郎、セイバー。アーチャーは周囲から監視と援護」

 

「ライダーは?」

 

 士郎が聞く。

 

「衛宮邸に残す」

 

 凛は即答した。

 

「キャスターはライダーを明確に警戒してる。普通なら、嫌がる戦力ほど連れていきたいところだけど、今回に限っては違う。向こうは慎二くんを盾にしている。ライダーを連れていけば、それを理由に慎二くんを隠すか、最悪さらに利用する可能性がある」

 

 桜の顔が少し強張る。

 

 凛は続けた。

 

「それに、ライダーを動かせば衛宮邸の守りが薄くなる。敵が本当に柳洞寺にだけ罠を張っている保証はない。桜を狙う別働隊が来る可能性もある」

 

 セイバーが頷く。

 

「敵の要求を完全に呑むわけではない。しかし、敵の警戒を利用するということですね」

 

「そういうこと」

 

 凛は赤い糸の残滓を包んだ紙を見た。

 

「今回は敵の望みを半分だけ飲む。ライダーは連れていかない。でも桜も渡さない」

 

 士郎は頷いた。

 

「俺は行く」

 

「言われなくても連れていくわよ。慎二くんを助けたいと言ったのはあなたでしょ」

 

「うん」

 

「ただし、士郎」

 

「分かってる。勝手に走らない」

 

「それもあるけど、今回はもっと大事なこと」

 

 凛は士郎をまっすぐ見た。

 

「キャスターの工房に入る可能性がある。学校結界とは比べものにならないほど危険よ。床も壁も空気も信用できない。慎二くんの声が聞こえても、姿が見えても、すぐに飛び込まないこと」

 

 士郎は息を呑む。

 

 慎二の声。

 

 助けを求められたら、自分は動いてしまうかもしれない。

 

 だが、そこを読まれている。

 

「……分かった」

 

「今の間は何?」

 

「自分に言い聞かせてた」

 

「ならよし」

 

 凛は少しだけ表情を緩めた。

 

 アーチャーの声がどこからともなく響く。

 

「柳洞寺にキャスターがいるなら、山全体が工房と考えた方がいい。特に山門周辺は警戒すべきだ」

 

「山門?」

 

 士郎が聞く。

 

「入口は、敵が最も支配しやすい場所だ。迎撃役を置くならそこだろう」

 

「キャスターが?」

 

「本人が出るとは限らん」

 

 アーチャーの声は冷静だった。

 

「使い魔、罠、あるいは別のサーヴァント。どれもあり得る」

 

 士郎は黙った。

 

 またサーヴァント。

 

 バーサーカー、キャスター、そしてまだ見ぬ誰か。

 

 聖杯戦争は、少しずつその姿を見せている。

 

 セイバーは士郎の隣に立っていた。

 

「マスター」

 

「何だ、セイバー」

 

「慎二を助けたいという気持ちは理解します。しかし、あなたが倒れれば、誰も助けられません」

 

「ああ」

 

 士郎はセイバーを見る。

 

「助けるために、死なない」

 

 セイバーの目がわずかに動いた。

 

「その言葉を、戦場でも忘れないでください」

 

「分かった」

 

 セイバーは静かに頷いた。

 

 それは約束だった。

 

 出発までの短い時間、桜は庭にいた。

 

 ライダーも隣にいる。

 

 夜の空気は冷たい。

 

 衛宮邸の庭は、ライダーが張った聖域のおかげか、外よりも少しだけ澄んでいるように感じられた。

 

 桜はライダーの背に手を置く。

 

「本当は、行きたいです」

 

 白い神狼は、黙って桜を見る。

 

「怖いです。兄さんに会うのも怖い。キャスターという人も怖い。何が起きるか分からないのも怖いです。でも……兄さんのことを見届けたい気持ちもあります」

 

 桜は少しだけ目を伏せた。

 

「でも、今の私が行けば、きっとみんなの足を引っ張ります。兄さんの声を聞いたら、動けなくなるかもしれない。キャスターに何か言われたら、また自分が行かなきゃって思ってしまうかもしれない」

 

 ライダーは動かない。

 

 ただ、桜の言葉を待っている。

 

「だから、ここで待ちます」

 

 桜は顔を上げた。

 

「逃げるためじゃありません。先輩たちが帰ってくる場所を守るために。私が私のままでいるために、ここで待ちます」

 

 ライダーの背の神鏡が淡く光った。

 

 月の光を受けた神鏡は、桜の顔を静かに映している。

 

 そこに映る桜は、まだ弱い。

 

 怖がっている。

 

 けれど、目を逸らしてはいなかった。

 

「お願いします、ライダーさん。私と一緒に、ここを守ってください」

 

 ライダーはゆっくりと桜に頭を寄せた。

 

 桜はその額に手を置く。

 

 温かかった。

 

 それだけで、少しだけ呼吸が楽になった。

 

 夜。

 

 士郎たちは柳洞寺へ向かった。

 

 空は暗い。

 

 月は雲の間に隠れたり、出たりしている。山へ向かう道は静かで、街の明かりも少しずつ遠ざかっていく。

 

 士郎の隣にはセイバー。

 

 少し前を歩く凛。

 

 アーチャーは姿を見せていないが、周囲の高い場所を移動している気配がある。

 

 柳洞寺へ近づくほど、空気が変わっていった。

 

 冷たい。

 

 それだけではない。

 

 山全体が、何かを隠しているような感覚。

 

 凛が小声で言った。

 

「ここから先は、地面も空気も信用しないで。キャスターが本当にここを拠点にしているなら、山全体に手を入れている可能性がある」

 

「分かった」

 

「セイバー、前をお願い。士郎は私の近く。何か見えても走らない」

 

「分かってる」

 

 士郎は短く答えた。

 

 石段が見えてきた。

 

 柳洞寺へ続く長い階段。

 

 夜の山道に、白く浮かび上がるように続いている。

 

 上を見ても、山門はまだ遠い。

 

 士郎は一段目に足をかけた。

 

 その瞬間、空気の密度が変わった。

 

 ただ冷たいのではない。

 

 山全体が巨大な魔力の檻になったような、重く、濃い圧迫感。土地そのものに染み込んだ霊気が、外から入ってきた異物を見定めるように肌へまとわりつく。

 

 息が詰まる。

 

 足元の石段が、ただの石ではなく、何かの術式の一部に見えた。

 

 セイバーが鋭く息を呑み、その足を止める。

 

 彼女の周囲に纏われた風が、目には見えない壁に触れたように微かに乱れた。不可視の剣を隠す風の結界が、山の霊気と反発し、ぱちり、と小さな音を立てる。

 

「セイバー?」

 

 士郎が声をかける。

 

 セイバーは山門の方を見上げたまま答えた。

 

「マスター、気を引き締めてください。この霊山には、サーヴァントの力を著しく制限する結界が張られています」

 

「セイバーも?」

 

「ええ。完全に封じられるわけではありません。しかし、動きも魔力の巡りも重い。地の利は完全に向こうにあります」

 

 凛も顔を上げていた。

 

「やっぱりね。柳洞寺の霊地そのものを利用してる。空からの侵入も、たぶん弾かれるわ」

 

 空気の中から、アーチャーの声が低く響いた。

 

「こちらも上から近づくのは難しい。山門を通れ、ということだろう」

 

 凛が舌打ちする。

 

「招待状ってわけね。入り口まで指定済み」

 

 士郎は石段の上を見た。

 

 まだ山門は遠い。

 

 だが、その先に何かがいる。

 

 気配がある。

 

 冷たいものではない。

 

 むしろ、澄み切った刃のような気配。

 

 石段を少し上がると、それははっきりした。

 

 山門。

 

 その上に、影が一つある。

 

 月を背にしている。

 

 長いものを持っているように見えた。

 

 刀か、槍か。

 

 夜の空気の中で、その影は静かに立っていた。

 

 セイバーが士郎の前へ出る。

 

「マスター、下がってください」

 

 声は低い。

 

 戦う者の声だった。

 

 士郎は足を止める。

 

 凛が小さく舌打ちした。

 

「やっぱり、入口に置いてきたわね」

 

 山門の影が、ゆっくりと動いた。

 

 そして、静かに笑ったように見えた。

 

 魔女の招待状は、柳洞寺に辿り着いた時点で、すでに罠だった。





囚われの慎二

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